環境保全型農業レポート > No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例

    ●農業由来のリンが表流水の富栄養化の主因の一つ

     先進国では,集約農業によって水質の劣化している表流水(湖沼,河川,河口など)が多い。かつては,その原因として,工場などの特定汚染源から排出された有機や無機の汚濁物質の比重が高かった。しかし,法律規制と公害防止技術の発展の結果,特定汚染源からの有機汚濁物質や無機の有害物質の排出量が大幅に低下した。そして,現在では,非特定汚染源の農業と家庭雑排水から排出される窒素とリンが主原因になっているケースが多くなっている。

     表流水の汚染物質として窒素とリンに注目すると,窒素では汚染源としての農業の比重が高く,リンでは窒素の場合よりも工場排水や下水処理場の排水の比重が高いケースが多い。しかし,工場排水の規制が強化され,下水処理水の三次処理(窒素とリンの除去)が普及するとともに,リンでも農業が汚染源に占める割合が高まってきている。

     EU(欧州連合)における水系へのリン負荷量に占める農業の寄与割合をみると,リン酸肥料や中小家畜の飼料へのリン酸添加量の多い旧東欧のリトアニア80%,エストニア71%,ポーランド67%,ラトビア58%に加え,北アイルランド54%,ドイツ52%,フィンランド59%,デンマーク48%などで,リン負荷量に占める農業の比重が高くなっている(環境保全型農業レポート「No.48.EUでは農業が水質汚染の主因」)。

     アメリカでも農務省が,リンが表流水の富栄養化に重要な役割を果たしており,水系へのリンの流入防止をはかるには,リンの過剰施用をやめ,土壌粒子ごとリンを農地から水系に運ぶ土壌侵食を起こさないことが必要なことなどを,1999年から積極的に広報している。その広報パンフレット(A.N. Sharpley, T. Daniel, T. Sims, J. Lemunyon, R. Stevens and R. Parry (1999) Agricultural phosphorus and eutrophication. 37p:現在はその第2版(2003)(38p)を入手できる)で,次のように指摘している。

     「農業指導者は,これまで永年にわたって窒素に基づいた施肥管理を広めてきた。農業者は,リン問題を最近になってやっと認識させられた。多くの農業者は当惑し,科学者は誤った指導をしてきたのではないか,リンの管理問題を強調せず,裏切りを行なってきたのではないかと,感じていよう。」

     しばらく前までは,リンは水に溶けにくく,土壌粒子に吸着されてしまうので,水系に流入することはないと指導された。しかし,化学肥料や家畜ふん尿が多量投入されて,かつては想像できない高いレベルにまで,土壌中のリン濃度が上昇してしまった。その結果,豪雨で生じる表面流去水によって,土壌表面を流される土壌粒子に吸着されたリンが表流水に流入している。また,リン濃度が異常に高くなった耕地土壌では,地下浸透する水にリンの一部が溶けて地下水に流入している。光が差し込む表流水に生息しているアオコなどの窒素固定を行なう光合成微生物は,硝酸などの窒素化合物がなくとも,無機態リンがあれば増殖して,富栄養化を引き起こす。このため,表流水中のリン濃度が上昇するとともに,アメリカでもリンによる水の富栄養化が深刻化している。

     こうした背景の下に,欧米では農業におけるリンの投入量削減に取り組んでいる事例が増えている。最近,デンマーク,北アイルランドおよびアメリカでのこうした4つの取り組み事例を紹介した記事が報告された(R.O. Maguire, G.H. Rub遵`k, B. Haggard, B.H. Foy (2009) Critical Evaluation of the Implementation of Mitigation Options for Phosphorus from Field to Catchment Scales. Journal of Environmental Quality. 38(5):1989–1997)。この概要を紹介する。以下の記述で特に出典が記載されていない部分は,この報告による。

    ●デンマーク

     デンマークでは,西部地域で家畜生産(豚50%,牛38%),東部地域で作物生産(オオムギ,コムギ,ジャガイモ,シュガービートなど)がそれぞれ専作的に生産されている。そして,農地には排水路が良く整備されており,農地からの排水は排水路を経て河川や湖沼,や河口に流入し,表流水の富栄養化をもたらしているケースが多い。

     第二次大戦後に,化学肥料の使用量や中小家畜飼料への無機リンの添加量が急速に増加した。そして,デンマークの農業全体についてリン収支を計算すると,余剰リン量が戦後急速に増加し,1970年代末に農地1 ha当たり29 kg P/haに達した。表流水の水質劣化を防止するために,デンマークは1980年代初期に化学肥料や家畜ふん尿の施用規制を行なった。その結果,農地全体でのリンの余剰量は2006年には11 kg P/haに低下した。これにともなって,農業全体でのリンの利用率が1980年の24%から2006年には56%に上昇した。

     このリン収支はOECD(経済協力開発機構,日本は1964年に加盟)の農業環境指標で行なったものと考えられる。OECDの報告書によると,デンマークの農地全体での余剰リン量は1990〜92年の平均で17 kg P/haであったが,2002〜2004年の平均で11 kg P/haに低下した。他方,同じ時期の日本での余剰リン量は,それぞれ65 kg P/haと51 kg P/haで,デンマークよりもはるかに多く,2002〜2004年の平均値はOECD国のトップになっている(環境保全型農業レポート.「No.114.OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」)。

     デンマークは表流水の水質劣化を抑制するために,農業からの養分ロスの規制を1980年代初期から開始したが,施行当初には農地からのリンが水質劣化に寄与していることはほとんど知られておらず,化学肥料と家畜ふん尿の窒素を対象にして規制を行なった。すなわち,家畜飼養密度の制限,作物への窒素(ふん尿と肥料)施用上限の設定,農場における窒素収支の計算などを法律で義務化した。

     デンマークでの動きに遅れて,EUは1991年に「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令」(硝酸指令)を公布した(環境保全型農業レポート.「No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化」)。この法律は,硝酸汚染や富栄養化が生じているかその危険がある,国内の全ての地下水と地表水とその集水域内の農業を対象にして,肥料や家畜ふん尿由来の窒素を削減するために,加盟国が1991年から1995年までに法律施行のための準備作業を段階的に進め,遅くとも1999年12月までに窒素削減行動を実行することを規定している。しかし,多くの加盟国が意図的に準備作業を遅らせたり,あえて違反行為を行なったりして,時間かせぎをしていた(環境保全型農業レポート.「No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書」)。2001年末時点で予定どおりに準備作業を行なったのは唯一デンマークだけであったが(European Commission (2002) Implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources. 51p ),デンマークが他の国よりも先行できたのは,硝酸指令に先立って肥料や家畜ふん尿の施用削減に着手していたからといえる。

     硝酸指令は窒素の施用を規制しているが,リンの施用を規制していない。しかし,肥料や家畜ふん尿の窒素施用量に上限を設けたり,施用可能な時期や圃場条件などを制限したりしたことは,付随してリンの施用量に上限を設け,施用条件を制限したことにもなった。なかでもリンについて効果が高かったのは,硝酸指令が家畜ふん尿の秋から冬における散布を禁止し,この間に家畜ふん尿を貯留する施設を建設することを義務づけたことである。この家畜ふん尿の9か月貯留容量要件によって,ふん尿施用を秋から春にシフトさせることが可能になった。これによって,雨の多い冬期における,表面流去水によるふん尿リンのロスとその粗孔隙を通じた排水土管への溶脱を減らしたと理解されている。

     濃厚飼料の穀物中にはリン酸がフィチン態リン(イノシトール-6-リン酸)の形で存在しているが,動物は一般にはフィチンを分解できない。例外は,4つの胃袋を持ち,ルーメン(第1胃)に莫大な数の微生物が共生している牛などの反芻動物である。その微生物がフィチンを分解してくれるおかげで,牛は放出された無機リンを利用できる。しかし,ルーメンを持たない豚や鶏は,フィチン態リンを利用することができない。そのため,飼料に無機態リンを添加している。添加したリンは吸収された後,その多くが排泄されるので,豚や鶏のふんには多量のリンが含まれることになる。

     政府は利用性の低い飼料用リンを廃止し,リンの利用効率の高い新しい飼養標準を採用して,豚生産者が飼料への無機リン酸の添加を削減することを助長した。その結果,屠殺用豚のリン排泄量は,1985年の1頭当たり1.05 kg Pから, 2000年には0.72 kg Pに減少した。さらにフィチン分解酵素のフィターゼを事前に飼料に加えて,穀物中のフィチンを分解させ,放出された無機態リンを利用させ,飼料への無機態リンの添加を止めた。この技術の普及によって,2002年には1頭当たりのリン排泄量が0.62 kg Pに減少した。そして,2004年に飼料用リンに課税する制度を導入した。

     デンマークはこのように,1980年代から既に20年を超える期間にわたって農業からのリンを排出する努力を重ねている。しかし,目に見える表流水の水質改善は生じていないし,表流水へのリン排出に対する農業の寄与率は一定の状態にとどまっている。過去に農地から排出されて排水路や水系の底泥に溜まっているリンが,水中のリン濃度が減少すると溶け出てくるので,いったん汚染した水質を改善するにはなお長時間が必要である。

    ●北アイルランド

     北アイルランドはアイルランド島の北東部を占める地方で,連合王国(イギリス)に属している。北アイルランドの2008年における農業粗生産額の構成割合をみると,ミルク33%,牛23%,羊3%,豚5%,家禽13%,卵2%,土地利用型耕種農業5%,園芸4%,その他12%で,草地と牛を中心とした家畜生産が軸になっている(Department of Agriculture and Rural Development (2009) Statistical Review of Northern Ireland Agriculture 2008 )。

     ネー湖などの主な湖では,アオコの発生する富栄養化が問題になっている。1970年代から,都市の発生源からのリン負荷削減を軸にして取り組みを行なってきた。しかし,都市からのリン流入量が減ったにもからわらず,湖や流入河川中のリン濃度が上昇した。そこで,1990年代中期からは,農業からのリン排出抑制をターゲットにして取り組みを行なっている。

     北アイルランドは農業におけるリンの収支の指標として,輸入濃厚飼料と化学肥料からの農業へのリンのインプット量と輸出農産物によるリンのアウトプット量との差を使用している。この差は第二次大戦後から現在まで常に年間15 kg P/haを超える輸入超過となっている。こうしたリンの余剰が長期に続いた結果,大方の土壌のリン濃度が,最大収量を支えるのに必要な濃度を超える土壌が増えてしまった。このため,1999年から農業者に対して「リン酸管理責任運動」を開始し,家畜ふん尿のリンを利用するのを優先し,必要なら,リン肥料を無施肥にするなど,リンの適正な施肥計画の必要性を農業者の集会で説明し,農業イベントで展示し,新聞やラジオでも広報し,指導している。

     その結果,基準とした「リン酸管理責任運動」を開始した1999年には,化学肥料と輸入濃厚飼料からのリンのインプット量がほぼ同じでそれぞれ11.7と11.3 kg P/haであったものが,2006年には化学肥料リンのインプット量が4.4 kg P/ha (37%)も減少した。しかし,濃厚飼料の使用量が増え,そのリンのインプット量が3.8 kg P/haも増加してしまった。このため,2006年におけるリンのインプット総量はわずかに0.6 kg P/ha減少しただけにとどまった。輸出農産物によるリンのアウトプット量が若干増加したとはいえ,その分を加味しても,リンのインプットとアウトプットの差の削減分は,わずか1.4 kg P/haだけであった。

     硝酸指令は,硝酸汚染や富栄養化が生じているか,その危険のある国内の全ての地下水と地表水と,その集水域の農業を対象にして規制を行なうことを規定している。しかし,イギリスと北アイルランドは,飲料用水源として利用している水系とその集水域だけを対象にすると勝手に解釈して,規制面積をあえて狭く運用してきた。これに対して,欧州委員会がイングランドと北アイルランドを法律違反として欧州裁判所に訴え,2000年12月に両国が法律違反であるとの判決を下した(環境保全型農業レポート.「No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化」)。

     判決を受け,イングランドとともに北アイルランドも判決に全面的にしたがう行動をとった。北アイルランドは,2006年に「硝酸行動計画規則(北アイルランド)」を公布し,硝酸指令に全面的に則した規制を行ない,農場の家畜飼養密度をふん尿窒素で,原則として,最大年間170 kg N/haに制限し,液状スラリー散布を10月中旬から1月末まで施用禁止とするなどの規制を実施した。この規則は窒素で規制したものだが,リンのロス削減にも貢献する側面も多い。なかでも飼養密度をふん尿窒素で規制したことによって,特に中小家畜農場は,家畜ふん尿を農場から搬出するか土地還元以外の他用途利用を行なうようになり,窒素やリンの農地への投入量が減少した。また,従来はスラリー散布を1年中認めていたが,表面流去のリスクが高い冬期におけるスラリー散布が禁止されたことから,散布したスラリーからのリンの表面流去が大幅に減少したと考えられる。

     なお,草地で牧草を生産しながら牛を飼養している農場では,一定条件を満たせば,飼養密度を年間最大250 kg N/haにできる。その条件は,農場のリン余剰量が年間10 kg P/haを超えないこと,高泌乳量生産を行なっている酪農農場については,リン濃度が新鮮重で0.6%以下の濃厚飼料を採用することである。

     しかし,硝酸指令での窒素だけの規制ではリンの適正管理ができないため,2006年にリンの施用を直接規制する法律として「リン(農業使用)規則(北アイルランド)」も公布した(Phosphorus (Use in Agriculture) Regulations (Northern Ireland) 2006 )。この法律によって,農場管理者は,法律に規定された所定の分析および計算方法にしたがって,家畜ふん尿や有機質肥料と土壌から供給される可給態リンと作物のリン要求量を計算し,化学肥料のリンを施用できるのは,可給態リンの供給量が作物要求量を下回る場合に限定された。違反者には罰金または収監が課せられる。

    ●アメリカのPインデックス

     次にアメリカにおける農地からのリン排出削減に関する2つの取り組み事例を紹介するが,アメリカではそうした取り組みにおいてPインデックスを活用しているので,まずPインデックスを簡単に紹介しておく。

     Pインデックスは,圃場のリンが表面流去水によって土壌ごと表流水に運び込まれるリスクの程度を示す指標で,アメリカ農務省の農業研究局のLemunyon and Gilbertによって 1993年に開発されたもので,その後,地域の実情に応じて様々な改変がなされてアメリカでは広く利用されている。

     Pインデックスは,表1に示すように,圃場からの表面流去水によるPの流出にかかわる要因(場の特徴)とその程度を用いて計算する。例えば,土壌侵食については,当該圃場の侵食量が年間10〜15 t/エーカ(22〜34 t/ha)だとすると,そのPロスランクの値の4と,土壌侵食の重み付け係数(最左欄のカッコ内数値)の1.5を乗じて,6.0の値をえる。同様に他の要因(場の特徴)についても,当該圃場における該当数値を当てはめて同様な計算する。そして,各要因での[重み付け係数]×[Pロスランク値]の値の総和を算出する。総和の値が,圃場からのリンの排出リスクを表す。

     表1の計算方式では,総和が<8なら排出リスクは「低」,8-14なら「中」,15-32なら「高」,>32なら「甚高」と評価する。そして,総和が<8なら,現在の農業管理を継続していればよいが,>32なら必要な保全対策を直ちに講じなければならないなどの評価をする。個々の要因での値とその総和の値に応じて,当該圃場の耕作者に対して改善指導が行なわれる。取り上げる要因とその重み付け係数,要因のPロスランクの仕方などは,州の農業や自然の条件に応じて異なっているが,どの州ともPインデックスに応じた改善対策のマニュアルを作成して,農業者を指導している。

    ●アメリカのチェサピーク湾

     チェサピーク湾はアメリカの首都ワシントンD.C.の東側にある巨大な湾で,その集水域は6つの州(メリーランド,バージニア,ペンシルバニア,ニューヨーク,デラウェア,ウェストバージニア)にまたがっている(図1)。湾の水質悪化は古くから生じており,1980年に,湾の汚染対策のために関係州の取り組みを支援する組織として,「チェサピーク湾コミッション」が設立された。現在はメリーランド,バージニア,ペンシルバニアの3つの州議会が中核になっている。チェサピーク湾に流入するリン全体の45%は農業に由来し,全体の27%がふん尿,18%が無機肥料に由来すると推定されている。

     チェサピーク湾コミッションは,湾への養分流入を削減するコスト効果の高い戦略を刊行しているが,6つの戦略のうちの4つはリンを削減する次のような農法である(Chesapeake Bay Commission (2004) Cost-Effective Strategies for the Bay. 12p )。

     (1)飼料と給餌の改善による家畜ふん尿へのリン排泄量の削減

     メリーランド州やデラウェア州などで活発な家禽生産で飼料へのリン添加量の削減するもので,これを完全に実施すると,特段の経費増加なしに,湾に流入するリンを年間100 トン削減できると試算されている。

     (2)養分管理プラン

     過剰施肥をなくすように,作物の要求量と要求時期に合わせて,肥料とスラリーを施用する計画を農業者に作成させるものである。メリーランド州はほぼ全ての農業者に養分管理プランを求め,バージニア州は大規模家畜生産経営体にだけ養分管理プランを要求している。養分管理プランを完全に実施すると,kg当たり62ドルでの経費で,湾に流入するリンを年間363トン削減できると試算されている。

     (3)高度養分管理

     上記の養分管理プランは作物の最大収量を上げる現行の施肥基準に基づくものだが,最大収量を上げるのに必要な量よりも養分量を15%減らし,収量減に対する補償額を受け取るものである。畝作物(畝立てして栽培する穀物のことで,豆類,ワタ,タバコ,サトウキビなど)と採草用牧草で,これを完全実施すれば,kg当たり210ドルの経費で,湾に流入するリンを年間363トン防止できると試算されている。

     (4)保全耕耘  土壌撹乱を最小にしてカバークロップと作物残渣を維持し,土壌侵食を最小にする。圃場の30%で採用されれば,追加コストなしで,湾に流入するリンを年間1,175 トンできると試算されている。

     コミッションに参加している各州は,連携をとりつつ,上述のPインデックスをベースにして,当該地域により適した類似性の高いPインデックスを開発し,対策を実施すべき圃場を選定し,改善指導を行なっている。これまでの努力によって,1985年と2002年の間に湾へのリン負荷量が,年間12,318トンPから8,863トンPに減少したと試算されている。しかし,クリーンウォータ法(アメリカの表流水の水質汚染防止を図る法律)の基準を満たすには,5,818トンP/年にまで削減する必要があるとされている。

     農業でこうした努力がなされたものの,水質やチェサピーク湾の健全性はわずかに改善されただけである。チェサピーク湾生態系の健全性のスコアは,100を原生状態とすると,1983年に23であったが,その後に28に回復しただけである。

    ●アメリカのアーカンソー州

     アメリカのオクラホマ州のタルサ市はスパビナウ川水系を水道水源にしているが,その上流部はアーカンソー州になる。アーカンソー州の北西部では大規模な家禽生産が活発で,地域経済を支えている。この水源の水質悪化は養鶏企業のずさんな家禽ふん管理によって生じたとして,タルサ市とタルサ都市公共事業局は,いくつかの家禽事業所とアーカンソー州のディケータ市を2002年に告訴した。

     告訴は2003年に和解したが,和解合意では,農業生産の確保の必要性を認めて,牧草や作物の生育に必要なリンの要求量を維持させながら,ユーカ・スパビナウ集水域(図2)に適した新しいPインデックスを開発し,それに基づいて家禽ふんを施用した圃場から水源へのリン負荷量を最小にすることを求めた。

     当該集水域では,9万トンの家禽ふんが生産されていたが,その三分の一以下しか作物用に農地還元されていなかった。和解合意は,Pインデックスに基づいて圃場の実態に即した養分管理プランを策定し,家禽ふんの三分の二未満を2008年まで農地還元することを求めた。養分管理プランに基づいて,年平均2.5〜3.1 t/haの家禽ふんが施用されたが,このなかのP施用量は37〜47 kg/haで,アーカンソー州の施肥基準よりも60%少なく,リンの過剰施用にはなっていない。

     Pインデックスの策定に際しては,既往のアーカンソー州のPインデックスが家禽ふんの水抽出リン濃度を一律に500 mg/kgとしていたが,この値は実際の半分程度だったので,家禽ふんの水抽出リン含量の実測値(5年ごとに測定)を利用させるようにした。また,既往のインデックスが土壌侵食を考慮していなかったが,考慮するようにした。そして,家禽ふんを施用してよい圃場は,可給態リンが一定濃度以下(メーリッヒ3法で300 mg P/kg未満)とするなど,リンの過剰施用を回避した。

     養分管理プランにしたがって適正量の家禽ふんを施用する際に余剰となった家禽ふんは,近隣の他の農場の圃場で利用してもらったり,アーカンソー州東部デルタ地帯やオクラホマ州西部平原地帯に輸送して利用してもらったりした。

     こうして和解合意によって集水域規模で養分管理が劇的に変化したけれども,和解合意に示された2003〜2008年の期間では,まだ集水域規模での水質改善を見るにいたっていない。

    ●終わりに

     農業から排出されたリンが表流水の富栄養化に貢献していることは分かっていても,法律で明確にその規制を行なっている事例は多くはない。ここに示した4つの事例は国や自治体が法律や判決に基づいて,農業からのリンの排出削減に取り組んだ事例である。いずれも苦労しながら,農地からのリン排出削減に成功した。しかし,非特定汚染源の農業から広範囲にわたって排出された養分は,生態系のなかの底泥などに蓄積され,長期にわたって少しずつ放出されてくるので,直ぐには水質が元に戻らない。ここに示された4つの事例でもリンの投入量削減の努力を続けてもまだ水質改善には至っていない。

     これら4つの事例から次の点が注目される。

     (1)圃場,農場,地域レベルでリンの物質収支を計算して,余剰リン量を算出した上で,削減戦略を立てている。

     (2)水質改善に取り組むには集水域で取り組んでいる。

     (3)市民はいきなり国による法律規制を好まず,ボランタリーな取り組みを好むので,ボランタリーな取り組みが失敗してから,法律が施行されている。

     日本では,上述したように,農業におけるリン酸の余剰量が世界で最も多く,かつ,これまでのリン酸多施用によってリン酸が適正レベルを大幅に超えた土壌が非常に多いにもかかわらず,今回紹介した欧米の例に比べると,農業からの養分排出規制がはるかに遅れた状況にある。

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