環境保全型農業レポート > No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識

    ●平均値では見えてこないこと

     これまでの施肥の実態を調べた報告は,個々の農業者を,平均値とその変動を表すための1つのデータとして扱ったものが多く,たとえ過剰施肥であっても,個々の農業者がなぜそうした施肥行動をとっているかを解析した例は少ない。

     愛知県の渥美地域(渥美半島の市町村は田原市に統合)は,1960年代から施設栽培の一輪ギク(1茎に1花を咲かせる中・大輪品種)の大産地で,現在は日本一の産地となっている。愛知県東三河農林事務所農業改良普及課の山内高弘氏は,渥美半島の施設ギク農家がどのような肥料投入行動をとっていて,その背景にはどのような技術的意識があるのかを調べた(山内高弘・大原興太郎 (2006) 肥料投入行動に違いをもたらす技術と意識−愛知県渥美地域における施設ギク生産の環境負荷問題.農林業問題研究.164: 281-290)。この報告の概要を紹介する。

    ●調査方法

     この調査は,渥美地域の施設ギクを生産している農業者30人に対する聞取りによって行なわれたもので,2003年12月〜2004年3月には,化学肥料,堆肥や農業薬剤といった投入物の使用実態,キクの生産本数や上物品率,所得,投入物コストや施肥についての考え方などについて聞き取り調査,また,2005年8月〜9月に同じ農業者に対して,アンケート形式で環境保全意識について聞き取り調査を行なっている。

    ●施設ギク栽培土壌の実態

     渥美地域の耕地土壌をみると,低地には灰色低地土があるが,台地上の畑はほとんどが黄色土で,施設ギク栽培土壌も黄色土である。元々の土壌は,約200万年から1万年前まで続いた更新世の間氷期の高温な気候下に生成された亜熱帯性の土壌で,腐植が少なくて黄色を呈した酸性の強い,やせた土壌で,細かな粒子が密に詰まって孔隙率が低く,土壌を水に分散させると,粘土粒子が長時間懸濁し,容易には沈降せず,物理性が良くない。

     渥美地域ではキクは年間2.7〜3作栽培するのが標準で,長期に連作している農家が多い。2001年1〜12月に旧赤羽根町(現田原市赤羽根町)の15戸57施設の1輪ギク栽培土壌を分析したJA愛知みなみの結果によると,21年以上連作の施設が44%,11〜20年連作の施設が32%,6〜10年連作の施設が16%,1〜5年連作の施設が9%と,長期連作した農業者が圧倒的に多い。そして,後述するように,施肥基準を超えた施肥が長年の連作でくり返された結果,土壌の電気伝導度,無機態窒素,可給態リン酸,交換性カリは,土壌診断基準の適正値を超え,土壌pHは低くなっている。しかし,栽培に支障をきたすことは少ない。

    ●窒素投入量と農家の技術・経営レベル

     愛知県の施肥基準では年間3作10a当たりの三要素施用量は,窒素63 kg,リン酸28 kg,カリ63 kgとなっている。著者は,化学肥料と有機質資材の窒素含有量を合わせた総窒素量のレベルによって,30人の農業者を3つのグループに分類した。

     <窒素投入量で分類した3つのグループ>

     すなわち,年間の総窒素投入量が,

     A.県のキク年間施肥基準量(63 kg/10a)の1.5倍の95 kg/10a以上の第1グループ(95 kg N/10a≦総窒素量)

     B.県の基準以上で,95 kg/10a未満の第2グループ(63≦総窒素量<95 kg N/10a)

     C.県の基準未満の第3グループ(63 kg/10a>総窒素量)

     各グループの人数分布,平均総窒素投入量や平均有機質資材窒素投入量を表1に示す。

     有機質資材の全窒素は,その資材の種類によって無機化程度が大きく異なるのに,肥効率で化学肥料相当量に換算することなく,その全量を化学肥料窒素量と単純に加算したやり方は,いささか乱暴と思える。しかし,3つのグループによって施肥の方法(表1)や経営指標ないし技術指標(表2)が異なる傾向が認められた。

     <グループによる技術・経営レベルの違い>

     (1) 総窒素投入量の最も多い第1グループには,基肥に加えて1〜2回の追肥行なう農業者が6割を占めていたが,総窒素投入量がより少ない第2さらには第3グループほど,3〜5回の追肥を行なう者や,基肥なしで点滴灌水施肥を随時行なう者の割合が高く,点滴潅水施肥を行なう農業者の割合が高いほど,1作当たりの平均肥料投入時間が短かった(表1)。

     (2) 年間10a当たりのキクの平均生産本数には,グループ間であまり差がなかった。しかし,3つのグループを合わせた総平均の1.1倍以上の本数を生産した多収穫農業者の割合は,グループ1と3が約30%だったのに対して,グループ2は15%と低かった。そして,年間の上物(秀の2LとL)品率でも,グループ1と3は約60%だが,グループ2は約50%と低かった。また,総平均の1.2倍以上の上物品率を上げた高品質農業者の割合をみると,グループ1が40%と断然高く,次いでグループ2が28.5%,グループ3が7.7%であった(表2)。

     (3) こうした結果から,グループ1には多収穫で高品質なキクを生産している技術力の高い農業者が多いことが示された。そして,グループ3の平均上物品率はグループ1と同じレベルで技術力は高いが,上物品率が総平均の1.2倍を超える高品質農業者割合は低く,グループ1に次いで技術力の高いグループといえる。グループ2には高品質農業者も少なくないが,相対的に技術力の低い農業者が多く存在し,全体として技術力の最も低いグループといえる。

     (4) 高品質または多収穫農業者は全部で12人であったが,そのうち農業薬剤費を多く要している(総平均の1.2倍以上)農業者は3人にすぎず,また,所得や経営規模が大きい農業者(総平均の1.2倍以上)で農業薬剤費を多く要している農業者は13人中の1人のみで,技術力や経営力の高い農業者は,農薬に大きく依存しない栽培を行なっていた。

     (5) 平均肥料費は,総窒素投入量が最も多いグループ1で最も高く,総窒素投入量がより少ないグループ2と3で順次低くなるはずである。しかし,グループ3のなかに肥料費に異常に高い金額をかけている農業者が1人いるために,グループ3の平均肥料費がグループ2を上回ったが,これを除けば,グループ3の平均肥料費はグループ2よりも低くなる。平均農業薬剤費はグループ1と3でほぼ同じだが,グループ2で高くなっている。こうした投入資材コストの差が一つの要因になって,平均所得はグループ3が最も高くなった(表2)。

     (6) キクの生産の善し悪しは肥料だけでなく,適切な農業薬剤散布や灌水などによっても異なってくる。著者のデータから肥料費と農業薬剤費の合計と所得との関係をみると,グループ内でバラツキが大きいものの,グループ3には肥料費+農業薬剤費が相対的に少ないにもかかわらず,年間所得が300万円/10aを超える農業者が7人中の3人にも達していることが注目される(図1)。このことから,窒素の多投がある程度,品質向上に結びつくものの,所得向上には必ずしも結びつかず,窒素投入を抑制して高い所得を上げられる可能性が示唆される。

    ●農業者の施肥に対する意識

     2003年の上記の調査と同時に,施肥についての考え方も調査して,次の結果がえられた。

     (1) 農業者は自分の肥料投入量についてどのように評価しているのだろうか? 年間の総窒素施用量が県の施肥基準を下回っている第3グループには,肥料投入量が「かなり多い」とか「多い」と回答した者がいなかったのは当然といえる。しかし,肥料投入量が施肥基準を超過している第1グループ1と第2グループで,自ら肥料投入量が「かなり多い」または「多い」と認識している農業者はいずれも約30%ずつもあり,「適切」と自己評価している人がそれぞれ約40%ずつで,約30%ずつの人は「少ない」とすら自己評価していたのは驚きである。

     (2) 現在行なっている肥料投入は何をねらっているのかについて,品質の向上に「大いに関係する」と「関係する」と回答した人は,合わせて,第1グループで100%,第2グループで85%,第3グループで100%,また,収量の向上に「大いに関係する」と「関係する」とする人は合わせて,第1グループで90%,第2グループで77%,第3グループで57.2%であった。

     この結果は,いずれのグループの農業者も品質の向上を意識して現在の施肥を行なっているものの,収量の向上を意識している農業者の割合は多肥を行なっているグループほど高く,施肥量の少ない第3グループでは,収量よりも品質向上を意識して施肥を行っていることを示している。

     (3) では,なぜ多いと自ら感じながら施肥量を減らさない農業者が少なくないのか? この点については,1995年にすでに調査を行なっていた。1995年時点では施肥量が「多い」と回答した農業者は全体の50%を占めていたが,そのうちの55.6%が「それだけ投入しないと不安だから」,22.2%が「習慣的に施用」,11.1%が「多いが必要」,11.1%が「考えていない」と回答していた。

     この結果から,施肥量を減らして品質や収穫本数が激減するのが怖く,科学的な施肥設計といわれても激減のリスクが起きないとも限らないなら,キクの施肥応答が鈍いこともあって,何とか生産できるから,いままでの施肥を続けた方が安全だといった意識がうかがえよう。

    ●農業者の施肥設計の立て方

     では,どの程度の農業者が,土壌診断を受けていて,それを踏まえた施肥設計を行なっているのか。

     (1) 上記の結果から予想されるが,土壌診断を受けている農業者の割合が第3グループで高かった。すなわち,土壌診断を毎作と年1回行っている者の割合が,第3グループで85%に達したのに対して,第1と第2グループではそれぞれ10%と23%に過ぎなかった。

     (2) 窒素を基準よりも多く施用している第1グループの50%は土壌診断を全く行なっておらず,事実,窒素の施肥基準を守っていると回答した者は皆無であった。そして,施肥基準を「知っているが守っていない」と「(知ってはいるが)自分の考えで実施」を合わせた者は80%に達していた。そして,第2グループは基準を超えた施肥を実施しているにもかかわらず,その46%は窒素の施肥基準を「守っている」か「だいたい守っている」と回答している。これは第2グループの農業者の多くが,施肥基準を間違えて理解している可能性を示していよう。

     (3) 他方,第3グループでは,窒素の施肥基準は「守っている」と「だいだい守っている」を合わせた農業者は約70%に達しており,実際に県の施肥基準未満の窒素投入を実行していることと符合する。ところが,奇妙なことだが,肥料投入や土作りを土壌診断結果の指摘どおりに実施している者は一人もいなく,約70%の人は参考にしているだけであった。

     (4) 堆きゅう肥などを連用した場合に窒素施用量を減らすかについて,有機質資材を施用している者の多くは「相応量を減らす」か「ある程度減らしている」と理解できる。しかし,第3グループに「減肥の必要ない」としている者がいるのは,第3グループで施用されている有機質資材には,ヤシガラ,ココヤシチップ,笹の葉堆肥といった窒素濃度が低く,C/N比の高い資材が使われているケースが多いことを反映していると考えられる。

    ●環境問題に対する認識

     2005年,同じ農業者に環境保全意識についてアンケート形式で聞き取り調査を行なった結果をみると,どのグループでも農業者の大部分は一般的環境問題や農業の環境に与える影響について,少なくとも人並みかそれ以上の関心をもっていると回答している。そして,肥培管理が周辺環境を乱す可能性があることについても,「良く知っている」と「そうらしい」と回答した農業者は,両者を合わせると,60〜77%に達している。

    ●まとめ

     各グループの施肥に対する意識と行動について,著者は次のようにまとめている。

     <第1グループ>

     (1) 技術力や経営成果の高い者が少なくない。

     (2) 窒素無機化率の高い食品残渣堆肥や牛ふんを多く使う傾向があるうえ,有機質資材から供給される養分量を考慮しないで,通常の施肥を行なっているケースが多い。

     (3) 肥料投入に対して,品質向上や収量増加を他のグループよりも大きく期待している。

     (4) 土壌診断を行なわず,自分の経験で肥料投入を行っている者が多い。

     <第2グループ>

     (1) 技術力や経営成果が低い者が多い。

     (2) 土壌診断もある程度行なっているが,経験による施肥を行なって,投入量が多くなっている者が多い。

     <第3グループ>

     (1) 技術力や経営成果の高い者が多い。

     (2) 連作を意識して,窒素無機化率の低い有機質資材を使用している者が多い。

     (3) 生育に合わせて,養分を供給する点滴潅水施肥や追肥回数を多くしている者が多い。

     (4) 土壌診断を受けて,それを参考にした施肥を行なっている者が多い。

     かつて,やせた黄色土地帯でキクの栽培を開始した時代には,多肥によってキクの収量や品質が顕著に向上したであろう。その後,多肥で連作した結果,土壌に多量の養分が集積するようになったにもかかわらず,多量養分に鈍感なキクで生育障害が分かりにくいため,土壌診断もせずに,昔からの経験でだましだまし生産を続けている者が第1グループや第2グループには多いといえよう。そうした農業者に,科学的な施肥設計の大切さを如何に伝えるかが大切であろう。

     また,土壌診断を受けても,土壌診断で指摘されたとおりに施肥や土づくりを行なっている者が,第3グループには一人もおらず,大部分は,土壌診断を参考にするにとどまり,指摘とは別に自分で施肥設計を立てている点が気になる。少なくとも窒素については,農業者に納得される施肥設計ができていない問題があるかもしれない。その背景には,通常の土壌診断では地力窒素の放出量を診断してくれないので,窒素については土壌診断結果から適切な施肥設計を立てられないということがあるのではないかと気になる。農業者に役に立つ土壌診断と,的確な施肥設計を提示することが,指導者にとって大切であろう。

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