環境保全型農業レポート > No.90 減農薬からIPMへ
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.90 減農薬からIPMへ

    ●必要だった減農薬

     少し古いが,1993年に旧総務庁が農業環境保全行政監察を行なって,肥料の使用や土壌汚染の問題とともに,農薬の使用に関する行政の実態を調べ,その結果を1994年12月に公表した。その概要は,「行政総務週報」1745号5〜7ページ(1994年12月22日),および,「環境新聞」(1995年2月22日)に収録されている。

     この行政監察で農薬使用については,「都道府県,普及センター,農協等が作成している農薬による防除基準や防除暦・栽培暦には(例えば,県レベルでは調査した11県の12防除基準中5防除基準において延べ31作物の80件で),農薬安全使用基準に照らして適合していないものが少なくない。」と指摘された。そして,「農薬の適正使用を推進するため,都道府県等の防除基準等を作成するに当たっては,農薬安全使用基準等に適合するものとなるように都道府県を指導するとともに,引き続き農薬の適正使用の確保を図ること。」が勧告された。

     こ勧告は,防除基準や防除暦などには,農薬取締法に基づいた農薬使用基準を遵守せずに,使用基準を超える量の農薬散布などを指示しているものが少なくなく,国はせめて使用基準に準じた防除基準や防除暦などを作るように指導しろと述べたものである。

     この当時,農業現場では,農業者が病害虫の発生状況を自分で確認せずに,防除暦に示された時期に指示された農薬を機械的に散布することが日常化していた。この機械的な農薬散布が経済的に無駄であるだけでなく,クモなどの天敵までも殺してかえって害虫の発生を助長させて被害を増やし,さらに野生生物保護の点でもマイナスとなっていることが,当時福岡県で農業改良普及員をされていた宇根 豊氏(現在,農と自然の研究所代表理事)によって指摘された。宇根氏は自ら工夫した「虫見板」で害虫の発生状況を確認して,農業者が農薬散布の必要性の有無を自ら判断することによって,不要な農薬散布を減らすことができることを示した。そのことを著書『減農薬稲作のすすめ』(擬百姓舎:1984年),「防除暦が百姓をダメにする」(『現代農業』.1986年1月号.212〜215ページ),著書『減農薬のイネつくり』(農文協:1987年)などで訴えた。この宇根氏の努力を契機に減農薬という言葉とその重要性が定着したといえよう。

    ●特別栽培農産物とエコファーマー農産物

     農薬使用基準を守れば,農産物に付着する農薬残留量が人体に有害なレベルになることはないとはいえ,化学農薬や化学肥料を使用して生産された農産物の安全性に対する懸念が消費者の意識の中に根強く存在している。このため,化学農薬や化学肥料を使用しない有機農業や,農薬や肥料を減らした農業への関心も高まり,農林水産省は1992年に「有機農産物及び特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」を制定した。この中で有機農産物とは別に,化学農薬や化学肥料の使用量を減らして栽培した農産物を「特別栽培農産物」と呼び,「減農薬栽培農産物」や「減化学肥料栽培農産物」などの区分を設けた。その後,2000年に有機農産物は「有機農産物の日本農林規格」で規制され,2001年に特別栽培農産物は「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」で規制されるようになった。ガイドラインは2003年に改正され,化学農薬の使用回数と化学肥料窒素の使用量の双方が同時に,当該地域の慣行の使用回数と使用量の5割以下の条件で生産された農産物だけを特別栽培農産物と呼ぶことに改正された。このため,減農薬栽培農産物や減化学肥料栽培農産物といった区分はなくなった。

     また,「持続農業法」に基づいた持続性の高い農業生産方式を導入した農業者は「エコファーマー」と認定されている。エコファーマーが都道府県の定める「持続農業導入指針」に定められた栽培条件を守って生産した農産物には都道府県の定めたロゴマークを付けることができる。その栽培条件は,多くの場合,化学農薬の使用回数と化学肥料窒素の使用量の双方を同時に,当該地域の慣行の使用回数と使用量の7〜8割以下にすることとなっている。

    ●農薬取締の強化

     農業環境保全行政監察は,防除基準や防除暦には農薬使用基準を守っていないものが少なくないことを指摘したものの,農薬使用の実態についての問題点を十分抽出できなかった。農薬の使用は,登録された適用作物や対象有害生物について承認されているが,2002年7月以降,登録対象外の作物に使用されたり,日本では作物に登録されていない農薬が違法に輸入されて使用されたりしている事例が立て続けに発覚した。このため,2002年と2003年に農薬取締法が改正され,農薬取締法の厳格な遵守が徹底された。

     また,日本で「農薬取締法」に基づいて食品生産のために使用が認められた登録農薬数は約350だが,そのうち,食品中の残留基準があるのは194にすぎず,160弱の農薬には残留基準がない。このため,残留基準のない農薬の残留が食品から検出されたとしても,流通が規制されなかった。食品の安全性を確保するために,「食品衛生法」が改正されて,残留基準のない農薬などには,人の健康を損なうおそれのない一律基準値として0.01ppmを設定するなどのポジティブリスト制度が2006年5月から導入された(環境保全型農業レポート.No.31.残留農薬ポジティブリスト制度の導入)。

     こうした農薬関係の規制強化によって,違反行為に対する監視が厳しくなった。

    ●減農薬は不必要な農薬散布を減らすこと

     減農薬が食品や環境の安全性確保に有効だと評価されるのは,化学農薬によって病害虫や雑草を防除する化学的防除体系の下で,防除暦などにしたがって有害生物の発生レベルが低くて,必要のない農薬散布を減らした減農薬を行なっても,単収が確保される上に,食品と環境の安全が向上するからである。かつては農薬使用基準に適合していない農薬散布を指示している防除基準や防除暦があったり,農業者が登録されていない農薬を使用することがあったりして,農薬使用の適法性が疑わしいケースが少なくなかった。しかし,農薬取締法が強化された今日では,そうした違法行為はなくなり,適法だが,不必要な農薬散布を行なったとしても,農薬散布が農薬使用基準に準拠していることが担保されているはずである。

    ●IPMは減農薬とは別次元の概念

     最近,IPMが盛んに登場する。農林水産省消費・安全局の植物防疫課は,2005年11月に病害虫,農薬などの分野の有識者からなるIPM検討会を発足させた。同検討会では,IPMを「総合的病害虫・雑草管理」と訳し,『総合的病害虫・雑草管理とは,利用可能なすべての防除技術を経済性を考慮しつつ慎重に検討し,病害虫・雑草の発生増加を抑えるための適切な手段を総合的に講じるものであり,これを通じ,人の健康に対するリスクと環境への負荷を軽減,あるいは最小の水準にとどめるものである。また,農業を取り巻く生態系の攪乱を可能な限り抑制することにより,生態系が有する病害虫及び雑草抑制機能を可能な限り活用し,安全で消費者に信頼される農作物の安定生産に資するものである。』と定義した(環境保全型農業レポート.No.18.総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案)。

     IPMは,様々な防除技術を組み合わせて化学農薬使用量を減らして,食品と環境の安全性に対するリスクをできるだけ減らす防除体系なので,減農薬になることには変わりはない。しかし,端的にいえば,減農薬はもともと有害生物を防除する化学的防除体系のなかで,まず使用する化学農薬を選択して,その使用量削減の努力を行なうのに対して,IPMはまず化学農薬以外の防除技術を検討し,経済性などを考えたときに他の技術よりも化学農薬の方が妥当なら,農薬を選択するのであって,農薬の選択を後回しにする。

     また,減農薬では,有害生物の発生状況を調べて,不必要な農薬散布を行わず,必要な農薬散布によって有害生物を防除する。しかし,今日のように農薬散布量を通常よりも大幅に減らすには,減農薬で使用した有害生物の発生状況調査だけでは不足であって,様々な農薬代替技術に関する知識を総動員する必要がある。つまり,IPMでは減農薬とは違った知識や技術も必要になる。

     こうしたことから,IPMは減農薬とは別次元の概念といえる。しかし,最近では農家指導に使われる防除基準や防除暦には代替技術が組み込まれて,標準の農薬使用量自体がかつてよりも減ってきている。このため,現場には化学的防除一辺倒でなく,IPM的な防除が既に浸透してきているといえる。

    ●認知度が低いIPM

     農林水産省消費・安全局の第6回IPM検討会が2007年6月11日に開催されたが,その際に,事務局が消費者,流通業者,農業者,農薬メーカのIPMについての意見をまとめた資料が提出された。

     それによると,IPMという用語はあまり広くは認知されてなく,次の意見がだされた。

     消費者団体からは,

     ・IPMを知らなかった

     ・消費者は「農薬=悪」というイメージをもっているので,農薬の使用が減るという点で良いので,もっと宣伝すべきではないか

     ・農水省には多くの施策があり,その中でIPMの具体的な位置づけを示すべきだ

     ・IPMという用語では認知できない,

     などの意見がだされた。

     流通関係者からは,

     ・減農薬だけを売りにしたブランドでは意味がない

     ・安全・安心,トレーサービリティ,環境配慮は当たり前で,その上で価格や品質の方向に向かっており,IPM農産物を何で評価するのか,収量か品質か農薬か,はっきりさせる必要がある

     ・食の安全の基準が高くなっており,個々の農家では対応できないので,地域でブランド化やマーク等の運動を展開する必要がある

     ・消費者は安全な農作物を知るために生産現場に行く努力していないので,消費者に教育して欲しい,

     などの意見がだされた。

     農業関係団体からは,

     ・消費者は,表向きは安全・安心と言うが,実際はきれい,安い,おいしいを買う

     ・指導は個々の農家でなく,産地単位で行わないと長続きしない

     ・農地・水・環境保全向上対策では,エコファーマーを要件としているが,エコファーマー農産物は減農薬を条件にしており,そこにどうIPMを組み込んでいくのか

     ・指導に当たっては,農薬使用を何割減らしたいのかをまず掲げ,そのためにはこういう技術を導入するというやり方になるのではないか,

     などの意見がだされた。

    ●IPMの認知度を高める

     IPMの概念はまず害虫防除の分野からだされ,FAO(国連食糧農業機関)は1966年にIPMの定義を行ない,1992年に農業生態系への影響も考慮に入れて,定義をし直している(第1回IPM検討会資料:我が国におけるIPMに向けた取組みの現状等について)。

     世界的にはIPMの概念と呼称は既に一般的だが,日本では減農薬の用語が上述した経緯によって広く流布して,IPMの認知度が低い。減農薬とIPMは,農薬使用量を減らす点では同じ結果をもたらすが,そこに至るプロセスが全く異なる。日本では行政が,1992年の「有機農産物及び特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」の制定の際,あるいは,それが無理であったら,2001年の「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」のなかに,農薬散布回数を50%以下にするという減農薬の記述だけでなく,減農薬を達成するために,IPMの必要性とその実践を記述しておくべきであったろう。今からでも,特別栽培農産物の表示ガイドラインや持続農業指針のなかにIPMを記述して,認知度を高めることが必要であろう。農林水産省はIPMの認知度を高めるために,IPMに関するフォーラムを農林水産省の講堂で開催する。

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