環境保全型農業レポート > No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか

    〜EUの放射能事故対処ハンドブック〜

    ●経緯

     1986年4月26日に旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の4号原子炉が事故を起こし,大量の放射能が現在のウクライナ共和国,ベラルーシ共和国およびロシア連邦だけでなく,ヨーロッパ各国に広く飛散した(環境保全型農業レポート.No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書)。この事故による緊急な放射能対策が一段落したところで,1990年代初期にイギリスが,事故やテロなどによって放射能汚染がくり返された場合に備えて,非常時対応マニュアルの策定作業に着手した。

     この作業はイギリスだけの問題でないとの視点から,EUは2004年4月から2009年3月まで,放射能事故や事件に際して,EU加盟国の中央政府や地方政府が,しっかりした情報に基づいて,市民を含む利害関係者の理解を得つつ,迅速に適切な意志決定をできるようにするためのハンドブックを策定する研究プロジェクトのEURANOS (ユーラノス:European approach to nuclear and radiological emergency management and rehabilitation strategies:核および放射線の非常時管理と復旧戦略に対するヨーロッパのアプローチ)を組織した。

    ●3つのハンドブック

     このEURANOSプロジェクトは,その成果として,下記の3つのハンドブックを刊行した。

     (1) Nisbet, A.F. et al. Generic Handbook for Assisting in the Management of Contaminated Food Production Systems in Europe Following a Radiological Emergency(ヨーロッパの放射能緊急事態に際しての汚染食料生産システム管理支援のための包括的ハンドブック)

     a. Version 1(第1版) (2006)

     b. Version 2(第2版) (2009)

     (2) Brown, J. et al. Generic Handbook for Assisting in the Management of Contaminated Inhabited Areas in Europe Following a Radiological Emergency(ヨーロッパの放射能緊急事態に際しての汚染居住地域管理支援のための包括的ハンドブック) (2007)

     (3) Brown, J. et al. Generic Handbook for Assisting in the Management of Contaminated Drinking Water in Europe Following a Radiological Emergency (ヨーロッパの放射能緊急事態に際しての汚染飲料水管理支援のための包括的ハンドブック)(2009)

     これらの3つのハンドブックの概要は下記にまとめて紹介されている。

     Nisbet, A.F. (2010) Decision aiding handbooks for managing contaminated food production systems, drinking water and inhabited areas in Europe. Radioprotection 45(5): S23-S37. http://dx.doi.org/10.1051/radiopro/2010014

     これらのハンドブックは下記を目的としている。

     ▲フードチェーン,飲料水供給や,居住地域の汚染による被害を軽減する管理オプション(緩和対策)に関する最新の情報を提供する。

     ▲これらの管理オプションの実施に影響する多くの要因の概要を説明する。

     ▲事故発生に備えた対策計画の策定について指導書を提供する。

     ▲管理オプションを如何に選択し組み合わせて回復戦略を構築するかを例示する。

     ハンドブックの読者としては,事故が生じた際に対応すべき国および地方の行政府,放射線保護専門家や,事故の被害を受ける農業および食料生産の代表的部門,水を利用する代表的工業部門,その他を対象としている。そして,具体的にどの管理オプションを実施するかや,どのような対策戦略を策定するかには,これの関係者に加えて,地域住民や消費者などの参加を加えた場で論議することが大切であることを強調している。本ハンドブックは汚染地域の管理に関する科学的,技術的および社会的側面についての包括的な最新情報を含む参考文献とみることもできる。

     これらの3つのハンドブックのうち,汚染食料生産システムに関するハンドブックの第2版の概要を中心に紹介する。

    ●汚染食料生産システムの58の管理オプション

     3つのハンドブックは,放射能汚染の影響を軽減するための緩和対策の詳しい個表を掲載している。ここで「緩和対策」と記したが,その英単語は「カウンターメジャー (countermeasure)」である。一般の人達のなかにはカウンターメジャーを,農地や食料の放射能汚染の緩和対策というよりも,放射能汚染を起こした行為に対する対抗策との印象を受けるとの意見が少なくなかった。そこで,そうした誤解をなくし,農地や食料の放射能汚染の緩和対策という意味に理解してもらえるために,管理オプション(選択肢)と表記している。そして,3つのハンドブックでは,食料生産システムについて58,居住地域について57,飲料水について6つの管理オプションを記載している。

     これらのうち,食料生産システムについての58の管理オプションの一覧表を表1に示す。

     なお,ハンドブックでは,事故ないし事件による汚染をいくつかの時期,すなわち, (1)大気からの放射性核種の沈積以前(事故ないし事件の発生から大気に舞い上がった放射性核種が降雨によって作物体に沈着を開始するまでの期間),(2) 前期(沈着が始まってから間もない時間ないし日の単位の時期),(3) 中期(沈着開始後の週ないし月の単位の期間),(4) 後期(沈着が始まってから月ないし年の単位の期間)に区分している。

    ●管理オプションのデータシート

     汚染食料生産システムの58,居住地域の57,飲料水の6つの管理オプションはそれぞれ,同じ様式の表形式で,概要情報(9項目),制約条件(3項目),効果(2項目),実現条件(7項目),廃棄物(3項目),被曝(2項目),介入コスト(8項目),副次的影響(6項目),実践経験(1項目),主要参考文献,コメントといった項目について,合計約4ページずつ記述されている。

    ●「表土の削り取り」のデータシート

     データシートの例として,「表土の削り取り」のデータシートを紹介する(表2)。

     「表土の削り取り」は,放射性核種が沈着している厚さ2〜5 cmの表土を削り取って,廃棄物処理施設ないし廃棄場所に貯留するものである。放射能の90〜97%を除去できて,実施効果は非常に高い。

     表2ではブルドーザーを使用することになっているが,日本ではそれに加えて,バックホーやホイールローダなども使用している。

     データシートは管理オプションを実施するのに必要な問題として,管理オプションを適用する時期,必要な装置・装備,インフラや消耗品,実施コストを記述しているのに加えて,次のような多くの注意事項を記述している。

    (A)環境的側面

     すなわち,放射能の除去効果が高い反面,表土を削り取ることによって,特にヨーロッパの農業や田園風景で重要な要素を占めている放牧草地については,その地上部の茎葉と地下部のルートマット層を全部撤去して,一時的にせよ裸地状態にしてしまう。その結果,アメニティや景観を破壊し,放牧草地に生息する動植物を激減させてしまう。このため,環境保護区や環境保護事業を実施している地区では実施が法的に制約されるだろうし,そうした地区でなくとも環境面で市民の抵抗がありうることを指摘している。

     また,副次的影響でも,放牧草地や耕地を削って裸地状態にし,その期間が長ければ長いほど,水食や風食を受けるリスクが高まり,土壌生物が激減し,景観が損なわれることを指摘している。

    (B)放射能汚染表土の貯留場設置に対する近隣住民の受入可能性

     そして,削り取りで生じた多量の放射能汚染表土の廃棄ないし貯留場の設置には,近隣住民が反対することを指摘している。そして,誰しも自分の生活圏への貯留に抵抗感を持っているため,汚染土壌をどこに貯留するのかが大きなネックとなって,この管理オプションは小規模でしか適用できないと記している。

    (C)作業者の健康管理

     実際に表土の削り取りを実施する作業者の健康を守るために,作業内容をきちんと説明し,ほこりっぽい条件になるなら,呼吸器を保護するために,防塵マスクなどを着用し,作業中の被曝量が規定された上限を超えないようにすることなどが必要なことをきちんと事前に説明することが大切であることを指摘している。

    (D)農業への影響

     肥沃な表土5 cmを削り取ることによって,土壌肥沃度が低下するので,堆肥などの土壌改良材を施用するなどの肥沃化処理を行なった土壌の客土が必要な場合が考えられる。また,削り取り後に長い期間にわたって裸地状態を維持していれば,侵食によって肥沃度がさらに低下する場合もありうる。このため,植生の再生を速やかに行なう必要があろう。

     これらのほか,重量機械で削り取り作業を行なうことによって,5 cm以下の土壌が圧密されて,次作以降の作物生育に影響が出る可能性があることを指摘している。

    (E)地域社会への影響

     放射能汚染を受けた地域との汚名が流布し,人々の当該地に対するイメージが「自然」から「不自然」ないし被害地に変わり,農業やその関連活動のグリーンツーリズムなどが崩壊する。2次産業の食品産業に対しても信頼が低下することが指摘されている。そして,いろいろな管理オプションを実施しても,食品(作物,酪農製品,肉)に感覚的汚染が残る。日本の今日の用語でいえば,風評害による経済的損害が生ずる。さらに,廃棄物処分場をめぐって地域で論争が起きる可能性があることが指摘されている。

    ●管理オプションの実行に影響する因子

     汚染された土地の回復戦略を立案して実行する際には,下記の因子を考慮しなければならない。

    (1)時間的・空間的因子

     事故が起きてからの時間経過にともなう沈着放射性核種の濃度レベルとその変化,環境中での移動といった時間的因子や,影響を受けた面積規模や土地利用形態といった空間的因子を考慮して,管理オプションを選択しなければならない。例えば,事故が起きて放射性核種が大気から沈着することが予告された時点では,乳牛が屋外に放牧されていたり,葉菜類の野菜が収穫期を迎えたりしている場合などには,緊急に牛を畜舎に戻したり,速やかに収穫するなどの緊急行動が必要である。

     しかし,沈着が起きて汚染が生じてしまい,沈着が終了した後の段階では,適切な管理オプションを決定して実行するまでに数週間や数か月があることが多い。そうした状況下では,利害関係者の対話や協議が不可欠である。

    (2)管理オプションの効果

     管理オプションの技術的効果とは,(i) 汚染された食べ物や飲料水の摂取による内部被曝量,(ii) 浮遊物体の吸入による内部被曝量,(iii) 沈積した放射性核種による外部被曝量の削減程度のことで,ハンドブックでは,ターゲット物体(土壌,作物,建築物表面,道路など)のオプション実施後の放射能濃度の減少パーセントとして表示している。

     しかし,被曝量を直接減らすのではないが,安心を提供する支援的手段(例えば,モニタリング装置の用意やモニタリング結果の生中継など)といった管理オプションもある。このように有効性は技術的および社会的基準の双方の影響を受ける。

    (3)廃棄物処理問題

     管理オプションを実行すると,管理する必要のある廃棄物が生ずる。このため,オプションを選択した際には処分ルートを考えていなければならない。ハンドブックには,食料生産システムや,居住地域から生ずる廃棄物に関するデータシートや記述も記されている。

     また,廃棄物の地域住民,作業者や環境に対する影響を評価する際には,廃棄物の汚染レベル,生産された廃棄物の量,廃棄物への曝露による作業者や国民への被曝量を考慮することが大切である。

    (4)放射線の影響(作業者の保護)

     ここでの放射線影響は,管理オプションの実施作業者(農業者や除染従事者)が受ける被曝量の増加分を意味する。

    (5)環境への影響

     管理オプションを実施すると,環境への影響が生ずることになる。影響には,直接的環境影響(生物多様性,土壌肥沃度や土壌構造などの低下,土壌侵食の促進,大気や水の汚染など)や,間接的影響(個人の生活スタイルが変更される場合や,アクセス制限によって環境の利用性が変化する場合に生ずる)がある。各管理オプションの環境影響についての情報はデータシートに記載されている。

    (6)経済的コスト

     管理オプションを実施することによる経済コストとしては,管理オプション実施のための実施コストに加え,その実施による生産の停止,事業の閉鎖,代替の土地・建物の一時的用意,労賃・消耗品・装置・輸送のコスト,廃棄物処理・処分コストや環境修復実施のコストなどの直接コストが存在する。その他に,間接コストとして,定量化するのが難しいが,市場シェアの低下,グリーンツーリズムへの影響,人々が通常の生活に戻れない場合のコストなどがある。

    (7)社会的および倫理的側面

     社会的および倫理的な問題も存在する。どの管理オプションを実施すべきかを決定する際には,個人やコミュニティの関心事を考慮に入れて,当該地域の利害関係者の関与をえることが重要である。一部の管理オプションは,アクセスや活動の制限によるなどによる混乱,不安やストレス,汚染地に対する汚名(事業やツーリズムに影響するなど)を生ずることによって,地域社会にマイナスの影響を与える可能性を持っている。そうした場合,保証の提供や生活条件の改善などのプラス条件によってバランスを取る必要がある。また,管理オプションを選択する際には倫理的問題(自由や尊厳の制限,コミュニティのメンバー間での被曝量の違い,動物福祉,将来世代の環境リスクなど)にも対処する必要がある。

    (8)コミュニケーションおよび情報問題

     当局が如何に情報を提供するかは,市民の信頼を維持して,回復計画の成功に大きく影響する。信頼はもろく,容易に失われやすく,いったん失われると,再構築することや回復することは極めて難しい。過去の経験から,危機的でない状況になる前に情報およびコミュニケーション戦略のフレームワークを,利害関係者の関与を得て,構築しておくことが重要であることが示されている。

    ●管理戦略の構築のためのフレームワーク

     放射能汚染事故が生じた際に,政策立案者は汚染食料生産システムの修復などについて管理戦略を構築しなければならない。事故が小規模で単一の放射性核種だけが放出された場合には,事故後最初の数日間ないし数週間に,1つか2つの管理オプションを適用する戦略を作ることになろう。また,大規模に多様な放射性核種が多量に放出された場合には,多数の一連の管理オプションを事故後のいろいろな段階にわたって実施する,より複雑な管理戦略が必要になろう。

     管理戦略策定の際に選択すべき管理オプションは表1のものであり,その内容や注意点はそれぞれのデータシートに記されている。それらを参考にして管理オプションを選択して管理戦略を策定することになるが,事故によって放射性核種の構成や量に加えて,現場の状況も様々なので,どの事故にも適用できる汎用的な管理戦略を提示することはできない。ハンドブックでは,個々の事故ケースに応じてどの管理オプションを選択して組み合わせるかについて,そのために便利な表を追加しつつ,下記の8つのステップを提示している。

     ステップ1:汚染される,または,汚染されたのは,何の食料生産システムのどの部分(例えば,穀物生産とかミルク生産など)か,居住地域のどの部分かを特定する。

     ステップ2:ステップ1で特定した部分について,生産継続のための選択表を照合する。すなわち,ハンドブックでは,食料生産システムを,穀物,葉菜類,果樹,ミルク,肉牛・羊,卵,野生採取および栽培の食用植物,野生採取のキノコ・木の実,トナカイに分けている。そして,それぞれの生産を継続するために,表1にある各管理オプションについて,「汎用性があって推奨する」,「一部に検討を要する問題があるが推奨する」,「十分検討し広く意見を求めるべき経済的ないし社会的制約事項がある」,「技術的または理論的制約があるか,特定の場や時期に適用できる」の評価を付した選択表を作成している(省略)。この表を参照して,対象とする汚染された食料生産システムを修復するための管理オプション候補を選定する。

     ステップ3:ステップ1で確認した部分について,対象の放射性核種に関する廃棄物処理のための選択表(省略)を照合する。これによってステップ2で候補として選定した管理オプションのうち,廃棄物処理の点で不適当なものを除外する。

     ステップ4:ステップ3で残った管理オプションについて,その有する主要問題点を記したチェックリスト(省略)を照合し,実施する際に生ずる主要問題点を調べる。例えば,表土の削り取りのオプションについては,次が記されている。(1) 環境保護事業がある場合には,実施が制約される,(2) 作物が立毛中は適用できない,(3) 過剰水分土壌,砂土,凍結土壌,礫質土壌,急傾斜地には適用できない,(4) 多量の廃棄物が生ずる。

     ステップ5:選定候補の管理オプションについて,その実施によって達成可能な対象媒体(土壌など)中の放射性核種レベルと,食品の放射性核種の最大許容レベルとの関係を示す表と照合する。

     例えば,管理オプションとして「表土の削り取り」,食糧生産システムとして「作物」や「肉類」の生産用圃場を想定したとしよう。表1から,表土のはぎ取りは,土壌中の放射性核種濃度を90%除去できることがわかる。つまり,作物や肉類の生産用圃場の場合,土壌のセシウム濃度が12,500 Bq/kg以下であれば,表土の削り取りによって,圃場に残っている土壌のセシウム濃度が1,250 Bq/kg以下となり,作物や肉類の放射性核種の最大許容レベルの1,250 Bq/kg以下となる。

     また,ミルクを生産する圃場の場合は,土壌のセシウム濃度が10,000 Bq/kg以下であれば,表土の削り取りによって,土壌のセシウム濃度が1,000 Bq/kg以下となり,作物や肉類の放射性核種の最大許容レベルの1,000 Bq/kg以下となる。この数値を参考にして,選択候補のオプション単独で食品の規制値を達成できるか,他のオプションと組み合わせるかを考える。  

    (注)上述の結果から,作物や肉類の生産用圃場の土壌について,その放射性セシウム濃度が12,500 Bq/kg以下であれば,表土の削り取りによって土壌のセシウム濃度が食品の許容レベル以下になるので,生産が可能になる。また,仮に土壌の放射性セシウム濃度が12,500 Bq/kgを超えた場合であっても,表土削り取りを行なった上で,土壌から作物へのセシウムの移行率を考えると,作物中の放射性セシウム濃度は食品の許容レベル以下になることが期待できる。ただし,表土削り取り作業による被曝量の増加分などを考慮する必要がある。

     ステップ6:選定候補の管理オプションを実施した場合に,その作業過程,生じた廃棄物,廃棄物の保管のいずれの段階で被曝が生ずるかをチェックする表を照合する。表土の削り取りの場合には,この3つのいずれの段階でも被曝が生ずる可能性がある。

     ステップ7:候補として残っている管理オプションについて個々のデータシートを吟味し,場ごとの特性を踏まえて,不適切な管理オプションを排除する。

     ステップ8:ステップ1〜7によって選定された,生産の継続と廃棄物管理のための管理オプションを組み合わせて,大気からの放射性核種の沈積開始前の段階から沈積開始後期の管理戦略を構築し,利害関係者に提示する。

     事前に作成した管理戦略は,実際に放射能汚染が生じた場合,その汚染状況などによって修正する必要が出てこようが,政策立案者は,放射能汚染事故の危機的状況が生ずる前に,こうしたステップを踏んで管理戦略案を作成し,利害関係者で論議して管理戦略を策定しておくことが大切である。

    ●「農業ネットワーク」参加者の意見

     ヨーロッパのベルギー,フィンランド,フランス,ギリシャ,イギリスの農業に関係する農業者,消費者などいろいろな分野の利害関係者が,「農業ネットワーク」という名称の会合を持ち,2001年から定期的に集まって,表1の管理オプションの受入可能性などを論議した。その主要意見が各管理オプションのデータシートに記述されている。

     例として,汚染された食料生産システムを修復して作物生産を継続させるための土壌管理に関する管理オプションに関する「農業ネットワーク」参加者の意見を紹介する(表3)。

     「農業ネットワーク」参加者の大部分が受入可能と評価した,土壌−作物ないし作物−家畜の放射性核種の移行削減をねらった土壌管理オプションは,通常の深さ20〜30 cm耕耘,土壌への肥料や石灰の施用,セシウム結合剤の飼料への添加であった(表3)。

     深耕(45cmの反転耕)や表層埋没プラウ耕(環境保全型農業レポート.No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ)の受入可能性については意見が分かれた。すなわち,受入可能とする意見がある一方で,深耕や表層埋没プラウ耕は,特に日頃耕耘されていない土壌の肥沃度に悪影響を与え,生物多様性に変化を起こす。ヨーロッパの一部では大型トラクタの利用が限定されており,汎用性が限定されている。深耕や表層埋没プラウ耕によって汚染が不可逆になり,少数者は放射性核種を深くに埋没させると,やがて土壌中を水平・垂直方向に移動する可能性があり,受け入れられないとの意見もあった。

     また,表土の削り取りについては,除染効果は高いものの,多量の廃棄物の処理がネックになって,小規模の場合を除いて,受け入れられなかった。

     政策立案者が技術的やコスト的要素を重視して管理戦略を策定しても,農業者,地域住民や消費者から納得されないもので,それを強行実施すれば,行政に対する不信が生じてしまう。こうした不信が生じないように,管理戦略を構築することが大切である。なお,農業ネットワーク参加者の意見はあくまでもヨーロッパでの意見であり,日本など他の国では,自国の特性を踏まえて,違った意見集約がなされて良いはずである。

    ●日本が特に参考にすべきだった管理オプション

     EUの汚染食料生産システムに関するハンドブックは,初版が2006年,第2版が2009年に刊行されていた。2011年3月に福島第1原発事故が起きてしばらくの間,日本でこのハンドブックを話題にしたことはなかったと思う。もしも農業関係の政策立案者や研究者がハンドブックの内容に習熟していて,事故後に速やかに的確な対処方策を農業者や消費者に提示していたならば,放射能汚染の農業影響をかなり減らすことができたし,行政に対する信頼を高めることができたと思われる。

     表1の汚染食料生産システムの管理オプション一覧のなかで,速やかに実施していれば,特に被害を軽減できたと思われる事項を指摘してみる。

     A.沈着開始の予告とそれへの備えの指示

     2011年3月11日のマグニチュード9.0の地震と巨大津波で福島第1原発の非常電源を含めた電源が全て遮断され,原子炉の炉心溶融開始が開始され,3月12〜15日に4つの原子炉建屋が爆発し,多量の放射性核種が大気に飛散した。しかし,政府は3月14日の時点で放射能拡散の可能性は低いとした。それは,経済産業省原子力安全・保安院が福島第一原子力発電所の事故の深刻さを過小評価していたことによる。すなわち,事故やトラブルの深刻さを示す国際原子力事象評価尺度で,当初,「事故」ではなく「事象」に分類されるレベル3と暫定評価し,3月18日にアメリカのスリーマイル島原発事故に相当するレベル5に,4月12日にチェルノブイリ原発事故と同じレベル7に暫定評価を引き上げた(朝日新聞 2011年4月23日)。こうした経過のために,建屋の爆発時に多量の放射性核種が大気に飛散し,降雨で大気から作物や土壌に沈着する危険性が十分認識されなかった。しかも,そうしたことが起きたとしても30 km圏内に限られ,その外側では問題ないと広報されて,農業者を始め国民の多くがそのように理解していた。

     このため,表1の「沈積以前」(事故/事件発生から沈着開始まで)の期間が認識されなかった。つまり,建屋が爆発したから,これから放射性核種が飛散し,大気から作物,土壌や水面に放射性核種が沈着する可能性があるので,表1にあるこの期間の管理オプションを実施しておこうという認識を持つことがなかった。そして,3月16日に採取した原乳,3月18日に採取したホウレンソウなどから基準を超える放射能が検出され,生産者や消費者が大いに驚かされてしまった(環境保全型農業レポート.No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着)。

     B.セシウム結合剤(AFCF:ヘキサシアノ鉄酸アンモニウム)の飼料添加物認可

     表1に「AFCF(ヘキサシアノ鉄酸アンモニウム)の濃厚飼料への混合」と「放牧反芻家畜へのAFCFボリの投与」とがある。AFCFは,環境保全型農業レポート.No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書に紹介したように,腸での放射性セシウムの吸収を減らして,ミルクや肉への移行を最大で1/10に削減できる。AFCFボリは,AFCFをワックスで包み込んで丸薬状に成形したもので,粉末状のAFCFよりも溶解性が遅く,放牧反芻家畜に直接投与して消化管内で徐々に溶解させることをねらったものである。AFCFボリについては投与を認めていない有機農業グループもある。

     日本では,AFCFが飼料添加物として法律(飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律)で認められていない。もしも認められていれば,福島第1原発事故直後の原乳の廃棄や, 3月に放射性セシウムで汚染された稲ワラが宮城県などから広く流通して生じた7月16日頃からの牛肉の放射性セシウム汚染をかなり減らすことができたはずである。

     AFCFの飼料混合・直接投与は,チェルノブイリ事故後に作られた技術である。スカンディナビアの国などはチェルノブイリ事故の影響をEUのなかで強く受け,家畜へのAFCF利用が必要であった。このため,EUはAFCFを1996年に暫定的に4年間飼料添加物として法律で認めた。その後,なおAFCFの利用が必要な国があっただけでなく,今後の新たな事態に備えるために,2001年にAFCFを飼料添加物として法律で正式に認めた (Commission Regulation (EC) No 2013/2001 of 12 October 2001 concerning the provisional authorisation of a new additive use and the permanent authorisation of an additive in feedingstuffs) 。日本では,事故後の2011年6月からAFCFの効果や安全性の確認を急遽検討しているhttp://www.s.affrc.go.jp/docs/press/110629_2.htm。しかし,EUに比べて対応が大幅に遅れたことは否めず,放射能汚染事故に備える危機対応意識が弱かったことが背景にあろう。

     C.葉から果実への放射性核種の転流

     放射性物質の大気への大量放出が大幅に減少してからしばらくたったにもかかわらず,5月11日から基準値を超える放射性セシウムで汚染された新茶(荒茶)が東日本の各地で報告された。この報告は,3月中旬の事故原発から2か月が経ち,みな胸をなでおろしていた時期だけにマスコミを賑わすこととなった。そして,福島県で5月26日から6月21日に収穫されたウメや,8月26日に収穫されたユズから基準値を超える放射性セシウムが検出された。

     これらの茶葉や果実の汚染は,原発事故直後のような大気からの放射性核種の沈着に起因するものではない。大気から土壌に沈着した放射性核種が根によって吸収されたとするには,放射性核種の濃度が高すぎる。このため,その原因について当初戸惑いがあった。農林水産省は2011年6月2日に,茶葉について,葉(新芽)で検出された放射性セシウムは,土壌中から吸収されたものではなく,古葉に付着したものが葉面から吸収され,新芽に転流したものと推定した。

     EURANOSのハンドブックには,「葉から果実への放射性核種の移行の剪定,摘葉による軽減」が記述されており,この記述を承知しておれば,チャや果樹のような永年性作物での,タイミングのずれた汚染に戸惑いすることは少なかったであろう。

     D.ファイトレメディエーションの不記載

     表1には,土壌中の放射性核種の吸収能力の高い植物を栽培して,土壌中の放射性核種の濃度を下げるファイトレメディエーションが,管理オプションとして記載されていない。一般にファイトレメディエーションは,時間を要してでも,コストと手間をかけずに行なう汚染土壌の修復に用いられる。迅速に土壌中の放射性核種レベルを下げることができるファイトレメディエーションがあるならば,表1に記載されたであろう。

     福島第1原発事故に際して,日本ではヒマワリ,ナタネなどによる土壌の除染になぜか強い期待が寄せられた。ヒマワリを用いて,それを確認する実験も行なわれたが,1作という短期間に眼に見えるほどの放射性核種レベルの低下は認められなかった(農林水産省農林水産技術会議事務局(2011年9月14日)農地土壌の放射性物質除去技術(除染技術)について)。除染能力の低いファイトレメディエーションに対して,現地の方々に期待を持たせていたため,失望の声が上がった(日本農業新聞,2011年9月17日)。

    ●福島第1原発事故にともなう廃棄土壌の問題

     2011年8 月26 日に原子力災害対策本部は「除染推進に向けた基本的考え方」において,福島第1原発による放射能汚染の除染について,下記を打ち出した。

     (1) 国は推定年間被曝線量が20 mSvを超えている地域を中心に直接的に除染を推進し,推定年間被曝線量が20 mSvを下回ることを目指す。

     (2) 推定年間被曝線量が20 mSvを下回っている地域においても,市町村,住民の協力を得つつ,効果的な除染を実施し,推定年間被曝線量が1 mSvに近づくことを目指す。

     (3) とりわけ,子どもの生活圏(学校,公園等)の徹底的な除染を優先し,子どもの推定年間被曝線量が一日も早く1 mSvに近づき,さらにそれを下回ることを目指す。

     こうした除染を行なえば,汚染された土壌,落ち葉,がれきなどの処分が問題になる。2011年8 月26 日に原子力災害対策本部は「除染に伴って生じる土壌等の処理除染に関する緊急実施基本方針」を出し,次の方針を打ち出した。

     (1) 除染にともなって生じる土壌,また地域に存在する稲ワラや堆肥,がれきなど(土壌等)の処理に関し,長期的な管理が必要な処分場の確保やその安全性の確保については,国が責任を持って行なうこととし,早急にその建設に向けたロードマップを作成し,公表する。

     (2) しかしながら,こうした抜本的な対応には大規模な処分場の確保および整備のための時間が必要であり,これを待っていたのでは迅速な除染が進まない恐れがある。

     (3) したがって,除染にともなって生じる土壌等は,当面の間,市町村またはコミュニティごとに仮置場を持つことが現実的であり,国としては,財政面・技術面で市町村の取組に対する支援に万全を期す。

     環境省は,福島第1原発事故で放出された放射性物質の除染など検討するために,「環境回復検討会」を設置している。2011年9月27日の第2回検討会に除染対象面積と土壌などの削り取り量の推定値が提出された(表4)。表4には,森林面積の10%について落ち葉回収,草刈り,枝打ちを実施して除染するケースを掲載したが,1 mSv以上の汚染地を除染すると,土壌などの削り取り量が2,120万 m3になると試算された。約124万m3の東京ドーム17個分の容積に匹敵する莫大な量である。これを市町村またはコミュニティに設ける仮置場で分散保管するとしても,その場所の選定や作り方については地域住民との間に摩擦が生ずるであろう。

     2011年 9月26日にNHKテレビの「クローズアップ現代」で放映された茨城県南部の守谷市の事例が,このことを物語っているといえる。守谷市は利根川を挟んで千葉県と接しているが,福島第1原発からの放射性核種が沈着して,環境放射能レベルが周辺地域よりも高いホットスポットとなっている。小学校の校庭の放射能レベルが高いことを心配した母親達が,校庭の放射能レベル低減のために,校庭の土壌の削り取りを市役所に要望したが,削り取った土壌をどこに保管する場所を見つけられないから,削り取れないと市役所は回答し,事態の前進が期待できなかった。そこで,PTAと市役所などが話し合いをもち,代案として,表土の削り取りをせずに,表土の上に汚染されていない土壌を客土して,土壌からの放射能レベルを下げることを関係者が了解し,その効果を確認した上で,皆が参加して校庭で運動会を開催したという。

     このように,廃棄物の貯蔵や保管のための場所の選定は難問題となることが多い。それゆえ,できるだけ他の管理オプションを実施して,表土の削り取りはやむをえない場合に限定し,再生計画を構築することが必要であろう。

    ●終わりに

     放射性セシウムによって汚染された農地が広範囲に生じてしまった。それをどのように修復してゆくのか。放射性セシウムの大部分を除去してクリーンな農地を確保するために,農業生産上は,表土の削り取りが望ましい。しかし,削り取った放射性汚染土壌の保管場所や処分方法について,地域住民の抵抗感が強い。その上,表土を5 cmも削り取ると,その後に客土を素早く行なって,栽培を早急に再開しないと,環境保全上の問題が多々生じてしまう。このため,できるだけ,表土の削り取りは必要最小限に抑えて,廃棄土壌をできるだけ生じない対策が望まれる。

     農地の放射性セシウム濃度については,2011年4月8日付の原子力災害対策本部の「稲の作付に関する考え方」によって,5,000 Bq/kg土壌以下の水田で水稲の作付が認められている。これは,水田土壌から玄米への放射性セシウムの移行係数を0.1と設定したので,食品衛生法上の玄米の暫定規制値の上限値(500 Bq/kg)を確保するには,水田土壌の放射性セシウム濃度が5,000 Bq/kg土壌以下であることが必要であるとの計算によるものである。

     この5,000 Bq/kg土壌が,水田に限らず,農地一般の作付可能上限値のように扱われている。この点の科学的検証が必要だが,当面は農地一般の作付可能上限値とみなすと,作土の放射性セシウム濃度が5,000 Bq/kg以下の土壌では,表土に局在しているセシウムを作土全体に混和して,5,000 Bq/kg以下にすれば良いことになる。通常,土壌から作物の収穫部位への放射性セシウムの移行係数は,特殊土壌を除き,0.01以下なので,食品の安全基準が満たした作物を収穫できるはずである。

     農地について作土の平均放射性セシウム濃度を調べた結果(基準日の2011年6月14日現在に換算した濃度)(農林水産省(2011年8月30日)農地土壌の放射性物質濃度分布図の作成について)をみると,福島第1原発の近くと,そこから北西方向に宮城県境近くまでベルト状に伸びた地域を除いた福島県内や,他の近隣県の農地の放射性セシウム濃度は5,000 Bq/kg土壌以下である(図1)。それゆえ,こうした土壌では耕耘によって作土を混和して,廃土を出さないようにすべきであろう。

     他方,福島第1原発の近くと,そこから北西方向に宮城県境近くまでベルト状に伸びた地域の農地は5,000 Bq/kg土壌を超えている。そうした土壌では,目下の考え方だけだと表土の削り取りをせざるをえない。しかし,表土削り取り以外の方法で,人体への被曝を削減し,かつ,食品の上限規制値を達成でき,廃土を出さない方法があるならば,そうした方法も認めることが望まれる。例えば,放射性セシウムが集積している厚さ5 cmの土層を,畑の通常の作土深の20〜25 cmより下の30 cm以下の土層に埋め込む,45 cmよりも深い反転耕などの可能性も検討する必要があろう。廃土の問題をクリアする目処がしっかりついていない段階で,表土の削り取りを実施してしまうと,地域に禍根を残すことになる。どのような管理オプションを選択するかについて,農業者,地域住民,消費者も加えて,十分議論してから計画を実行することが大切であろう。

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