環境保全型農業レポート > No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価
記事一覧
  • No.219 日本農業のエネルギー消費構造 12/12/17
  • No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要 12/12/16
  • No 217 道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度 12/11/26
  • No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する? 12/11/25
  • No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版 12/11/24
  • No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準 12/10/26
  • No.213 イギリスではポリトンネルが禁止に? 12/10/25
  • No.212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限 12/09/24
  • No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 12/09/23
  • No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要 12/08/24
  • No.209 窒素安定同位体比は有機農産物の判別に使えるのか 12/07/20
  • No.208 デンマーク農業における窒素・リンの余剰量の削減 12/07/19
  • No.207 有機農業の理念と現実 12/07/02
  • No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検 12/07/01
  • No.205 イングランドの農業者は持続可能な土壌管理の知識を十分持っているか 12/06/05
  • No.204 バイオ素材をベースにしたプラスチックの持続可能性評価 12/06/04
  • No.203 OECD加盟国における水質汚染 12/05/08
  • No.202 ヨーロッパの河川における水質汚染の動向 12/05/07
  • No.201 有機農産物の日本農林規格が改正 12/03/31
  • No.200 薬用石鹸成分,トリクロサンの生物への影響 12/03/30
  • No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状 12/03/06
  • No.198 トウモロコシのエタノール蒸留粕の飼料価値と飼料供給に与える影響 12/03/05
  • No.197 コスト効果の高い余剰窒素削減政策は何か 12/02/01
  • No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題 12/01/31
  • No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点 11/12/19
  • No.194 アメリカの養豚 ふん尿管理の動向 11/12/18
  • No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書 11/11/24
  • No.192 岡山・香川両県から瀬戸内海への窒素とリンの負荷量 11/11/23
  • No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書 11/10/31
  • No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか 11/10/12
  • No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表 11/10/11
  • No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産 11/09/20
  • No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果 11/08/22
  • No.186 カドミウム関係法律の改正とコメの濃度低減指針 11/08/21
  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価 11/08/20
  • No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い 11/07/21
  • No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行 11/07/20
  • No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか 11/07/19
  • No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着 11/06/13
  • No.180 放射性汚染土壌を下層に埋設する表層埋没プラウ 11/06/06
  • No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 11/05/20
  • No.178 農薬の使用状況と残留状況調査の結果(国内産農産物) 11/04/19
  • No.177 キャッチクロップ導入と硝酸溶脱軽減効果 11/04/18
  • No.176 イギリスが世界の食料・農業の将来展望を刊行 11/04/17
  • No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い 11/03/28
  • No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか 11/02/26
  • No.173 施設ギク農家の肥料投入行動とその技術的意識 11/02/25
  • No.172 世界の有機農業の現状(2) 11/01/14
  • No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー 11/01/13
  • No.170 有機JAS規格の改正論議が進行 10/12/23
  • No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか 10/12/22
  • No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中 10/12/21
  • No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 10/12/03
  • No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行 10/12/02
  • No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策 10/11/04
  • No.164 家畜ふん堆肥製造過程での悪臭低減と窒素付加堆肥の製造 10/11/03
  • No.163 固液分離装置を用いた塩類濃度の低い乳牛ふん堆肥の製造 10/09/14
  • No.162 アジアではリン肥料の利用効率が低い 10/09/13
  • No.161 EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件 10/08/26
  • No.160 OECD加盟国の農業環境問題に対する政策手法 10/08/25
  • No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術 10/07/20
  • No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す 10/07/19
  • No.157 有機質肥料による養液栽培 10/06/22
  • No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行 10/06/21
  • No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず 10/06/20
  • No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開 10/05/27
  • No.153 EUのCAPに関する世論調査結果 10/05/26
  • No.152 農林水産省がGAPの共通基盤ガイドラインを策定 10/05/06
  • No.151 イギリスの有機質資材の施用実態 10/05/05
  • No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書 10/03/29
  • No.149 有機栽培水稲のLCAの試み 10/03/28
  • No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題 10/03/04
  • No.147 アメリカの家畜ふん尿の状況 10/03/03
  • No.146 IPMを優先させたEUの農薬使用の枠組指令 10/02/01
  • No.145 甘い日本の農地への養分投入規制 10/01/31
  • No.144 欧米における農地へのリン投入規制の事例 09/12/28
  • No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す 09/12/27
  • No.142 英国の企業等の環境法令遵守支援ツール 09/11/28
  • No.141 米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討 09/11/27
  • No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ 09/10/31
  • No.139 家畜ふん堆肥窒素の新しい肥効評価方法 09/10/30
  • No.138 バイオ燃料作物の生産にどれだけの水が必要か 09/09/30
  • No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない 09/09/29
  • No.136 日本の輸入食品の残留動物用医薬品の概要 09/08/27
  • No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要 09/08/26
  • No.134 日本の輸入食品監視統計の概要 09/08/25
  • No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析 09/08/24
  • No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長 09/08/03
  • No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明 09/08/02
  • No.130 イギリスが農業用資材に含まれる園芸用ピートを明確に表示するよう指示 09/06/26
  • No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は? 09/06/25
  • No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法 09/05/26
  • No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤 09/05/25
  • No.126 食品のカドミウム新基準値設定の動き 09/04/17
  • No.125 EUの水に関する世論調査 09/04/16
  • No.124 アメリカはエタノール蒸留穀物残渣の利用を研究 09/03/03
  • No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる 09/03/02
  • No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正 09/02/17
  • No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行 09/02/16
  • No.120 カドミウム濃度の低い玄米とナスを生産する新技術 09/01/19
  • No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス 09/01/18
  • No.118 家畜排泄物の利用促進を図る都道府県計画 08/12/12
  • No.117 鶏ふんのエネルギー利用とリンの回収 08/12/11
  • No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少 08/11/26
  • No.115 世界の農業普及の流れ 08/11/25
  • No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス 08/10/16
  • No.113 養豚場を除く畜産事業場からの排水規制が強化 08/10/15
  • No.112 望まれるリンの循環利用 08/09/16
  • No.111 人工衛星画像を利用した新しい世界の土地劣化情報 08/09/15
  • No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化 08/08/13
  • No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘 08/08/12
  • No.108 農林水産省が8作物のIPM実践指標モデルを公表 08/08/11
  • No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書 08/07/19
  • No.106 EU環境総局が土壌と気候変動に関する会合を主宰 08/07/18
  • No.105 EUとアメリカの農業環境政策の違い 08/07/17
  • No.104 超強力な生分解性プラスチック分解菌 08/06/03
  • No.103 ダイズの作付頻度を高めると土壌が硬くなる 08/06/02
  • No.102 農業がミシシッピー川の水と炭素の排出量を増やした 08/04/06
  • No.101 日本も農地土壌の炭素貯留機能を考慮 08/04/05
  • No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書 08/04/04
  • No.99 茨城県の「エコ農業茨城」構想 08/03/06
  • No.98 EUの生物多様性に関する世論調査 08/03/05
  • No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず 08/01/18
  • No.96 八郎潟を指定湖沼に追加 08/01/17
  • No.95 イギリスの下水汚泥の土壌影響に関する研究報告書 08/01/16
  • No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法 07/12/19
  • No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点 07/12/18
  • No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果 07/11/08
  • No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響 07/11/07
  • No.90 減農薬からIPMへ 07/10/11
  • No.89 中国における農業環境問題 07/10/10
  • No.88 ユーレップギャップがグローバルギャップに改称 07/10/09
  • No.87 超臨界水処理による家畜ふん尿のエネルギー利用技術 07/09/14
  • No.86 有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性 07/09/04
  • No.85 気候緩和評価モデル 07/09/03
  • No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書 07/07/23
  • No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収 07/05/31
  • No.82 EUREPGAP(ユーレップギャップ)の概要 07/05/30
  • No.81 農林水産省が基礎GAPを公表 07/04/28
  • No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育 07/04/27
  • No.79 MPSの環境にやさしい花の生産が日本でも開始 07/04/26
  • No.78 畜産事業所からの排水基準 07/04/25
  • No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例 07/03/26
  • No.76 有機農業の推進に関する基本的な方針(案) 07/03/25
  • No.75 家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案 07/03/24
  • No.74 EUのLCAに基づいた環境政策 07/03/23
  • No.73 硝酸は人間に有毒ではない!? 07/02/15
  • No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006 07/01/20
  • No.71 2005年度地下水の硝酸汚染の概要 07/01/19
  • No.70 「持続性の高い農業生産方式」の追加案 07/01/18
  • No.69 EUの環境および農業に関する世論調査結果 07/01/17
  • No.68 有機農業推進法が成立 06/12/17
  • No.67 野菜畑と河川底性動物との関係 06/12/16
  • No.66 EUの統合環境地理情報データベース 06/12/15
  • No.65 特別栽培農産物ガイドラインの一部改正案 06/12/14
  • No.64 亜鉛の排水基準が改正 06/12/13
  • No.63 コシヒカリへの地力窒素発現量予測 06/11/30
  • No.62 EUが農薬使用に関する戦略を提案 06/11/23
  • No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料 06/11/22
  • No.60 EUが「土壌保護戦略指令案」を提案 06/10/13
  • No.59 国内未登録除草剤残留牛ふん堆肥による障害 06/10/12
  • No.58 高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問 06/10/11
  • No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件 06/10/10
  • No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案 06/09/10
  • No.55 環境にやさしいバラの生産技術 06/09/09
  • No.54 対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」 06/08/12
  • No.53 朝取りホウレンソウは硝酸含量が高い 06/08/11
  • No.52 イギリスの食品保証制度 06/08/10
  • No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果 06/08/09
  • No.50 食品のカドミウム規制に終止符! 06/07/14
  • No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発 06/07/13
  • No.48 EUでは農業が水質汚染の主因 06/07/12
  • No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS 06/06/15
  • No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態 06/06/14
  • No.45 コンニャク根腐病対策の新展開 06/06/13
  • No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付 06/05/11
  • No.43 亜鉛の基準に関する動き 06/05/10
  • No.42 食品中カドミウムの国際基準案最終段階 06/05/09
  • No.41 長崎県版GAP(適正農業規範) 06/04/06
  • No.40 イギリスの農薬使用規範 06/04/05
  • No.39 成分表示と消費者の価格許容調査 06/03/15
  • No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果 06/03/14
  • No.37 福島県の「環境にやさしい農業」 06/02/27
  • No.36 流出水への監視強化へ 06/02/26
  • No.35 持続農業法施行規則の一部改正 06/02/25
  • No.34 欧州の水系汚染対策 06/02/24
  • No.33 家畜ふん堆肥施用量計算ソフト 06/01/19
  • No.32 JAS規格が一部改正 06/01/18
  • No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入 06/01/17
  • No.30 EUの農業環境支払事務の会計監査 05/11/29
  • No.29 有機畜産関連の日本農林規格告知 05/11/28
  • No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術 05/11/08
  • No.27 福岡県「農の恵み事業」 05/11/07
  • No.26 フードチェーン・アプローチ 05/09/23
  • No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因 05/09/22
  • No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢 05/09/21
  • No.23 定植前リン酸苗施用法 05/08/31
  • No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度 05/08/30
  • No.21 フード・マイル計算の難しさ 05/08/29
  • No.20 続・コメのカドミウム基準情報 05/07/26
  • No.19 殺菌剤耐性いもち病菌の出現 05/07/25
  • No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案 05/07/23
  • No.17 精米カドミウム含量の動向 05/05/19
  • No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌 05/05/18
  • No.15 水田の汚濁物質排出量 05/05/17
  • No.14 北海道「遺伝子組換え」条例 05/04/21
  • No.13 北海道「食の安全・安心条例」 05/04/20
  • No.12 「農業生産活動規範」とは 05/04/19
  • No.11 湖沼の水質保全はどうなる 05/04/18
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  • No.185 イギリスが国土の生態系サービスを評価

    ●生態系サービスとは

     我々の生活や経済活動は,地球上の様々な生物と生態系の働きに支えられている。最も基本的な例を述べれば,我々の呼吸は光合成生物の作り出した酸素ガスによって支えられており,食料,繊維,木材などは生物体そのものか,その加工品である。また,農業,林業,水産業の対象生物の生育は,生態系における養分や水の循環,生物間の拮抗作用による有害生物の抑制などの生態系の発揮している働きに支えられている。生態系は,市場で販売されている食料,繊維,木材などの供給を支えているだけでなく,廃棄物の分解,水供給や気候の調節といった点でも重要である。さらに,生態系はレクリエーションやスポーツ,思索,芸術活動などのための空間も提供し,風土を作り出すのにも重要な働きをしている。

     このように,生態系が我々の生活に提供しているいろいろな働きないしサービスを生態系サービスと呼んでいる。

    ●生態系サービスの分類

     生態系サービスは,国連のミレニアム生態系評価委員会の報告書(Millennium Ecosystem Assessment, 2005. Ecosystems and Human Well-being: Synthesis. Island Press, Washington, DC. 137p.)では,次のように分類されている。

     (1) 基盤サービス Supporting Services:生活の基本的インフラを提供しているサービスで,一次生産,土壌生成,陸上および水生生態系における水や養分の循環など。他の全ての生態系サービスの基盤ともなっている。

     (2) 調節(調整)サービス Regulating Services:授粉,有害生物の抑制,気候制御,土壌や大気の質の制御,廃棄物の分解,淡水の浄化,など。

     (3) 供給サービス Provisioning Services:食料・繊維・木材の供給,淡水の供給,燃料・原材料用バイオマスの供給など。

     (4) 文化的サービス Cultural Services:生態系による野外学習やレクリエーション機会の提供と,それによる美的満足,健康の向上,精神的福利厚生の高揚など。

     市場経済価値しか評価しない立場では,木材伐採を禁止した森林は,何らの売上をもたらさないので,経済的価値はゼロである。しかし,樹木が生い茂った森林は木材の供給こそしないが,様々な生態系サービスを発揮して我々の生活を支えている。しかし,そうした市場で評価されない価値の経済評価は今まで無視されてきている。そこで,市場評価されている生態系サービスだけでなく,市場で評価されていない生態系サービスの価値も経済評価して,我々の国土管理の仕方を考え直す動きが活発化してきている。

    ●イギリス国土の生態系サービスの評価

     イギリス(イングランド,ウェールズ,スコットランド,北アイルランド)は,国連のミレニアム生態系評価委員会の報告書によって,生態系サービスが人間の幸福に大切であるとともに,地球全体の生態系サービスが劣化してきていることが指摘されたことを踏まえて,2007年にイギリス下院の環境監査が,イギリス全土について生態系サービスを評価し,今後におけるその劣化を予測して,政策対応を打ち出すべきだとの勧告を行なった(House of Commons Environmental Audit (2007) The UN Millennium Ecosystem Assessment. First Report of Session 2006-7; HC77, 58 pp. )。

     これを受けて,イングランドのDEFRA(環境・食料・農村問題省),スコットランド政府,ウェールズ政府,北アイルランド政府などから拠出された総額130万ポンドを用いて,2009年中頃から2011年初めにかけて,500人を超える自然科学者,経済学者,社会学者や,政府,学界,NGOおよび民間組織などの関係者の参加を得て,イギリス国土の生態系評価(UK National Ecosystem Assessment)の検討が実施された。この評価では,イギリスが生態系からどれだけの便益を現在えていて,今後の人口増加や気候変動などによって,50年後に農林水産業や生態系サービスはどのように変化するのか,そうした予測を踏まえて,今後の国土利用をどうすべきかを検討した。

     検討結果は次から入手できる。

     概要版UK National Ecosystem Assessment (2011) The UK National Ecosystem Assessment: Synthesis of the Key Findings. UNEP-WCMC, Cambridge.

     27章からなる詳細説明のテクニカルレポート(まだ最終版となっていない章もある)

     この概要を紹介する。

    ●イギリスの現状

     第二次世界大戦の終了した1945年以降,イギリスは国家再建のために,食料や工業の生産向上,住宅建設やインフラ整備などに重点的に取り組んだ。例えば,イングランドでは作物生産面積が1940年から1980年の間に40%増加し,現在のコムギ単収は1945年の3倍以上に増加した。また,牛乳単収が1960年から2009年の間に2倍に増加するなど,畜産の生産性も飛躍的に向上した。木材生産では外来種植林して針葉樹生産を増やし,現在では,針葉樹木材がイギリスでの木材生産量の95%以上を占めるようになった。

     こうした農林業の生産拡大は,生態系や生態系サービスにインパクトを与えた。例えば,イングランドとウェールズの囲い込まれた半自然草地の97%が,1930年から1984年の間に集約化や耕地への転換によって失われた。特に窒素肥料とリン肥料の大幅な使用量増加にともなって表面流去水とともに窒素とリンの流亡量が増えて,水生生態系に悪影響が生じた。農地での生物多様性の指標である農地鳥類指標が,1970年と1998年の間に43%も減少した。また,20世紀初期から木材生産が増加し始め,特にスコットランドでは他の生息地を犠牲にして広大な針葉樹の植林が行われた。イギリスの現在の約300万haの林地面積の2/3は木材用で,その大部分は100年未満の非在来種の林地となっている。

     こうして生産性が向上する一方で,特に生物多様性や,土・水・大気の質にかかわる様々な生態系サービスの提供が減少した。

    ●イギリスやEUの政策変更

     こうした動きに対処するために,イギリスは「1981年野生生物およびカントリーサイド法」を公布するなどの独自の動きを行なったが,最近では主にEUの政策変更に技術開発も加わり,特に最近の10〜20年間に一部の生態系サービスが改善されてきている。

     例えば,農業では,1990年代初期以降,EUの共通農業政策による農業者支援が部分的に生産と切り離されて,カントリーサイドの環境保全をはかる農業を実践する政府の募集するプログラム(環境スチュワードシップ)に参加して,その条件を遵守することを条件に農業者を支援するようになった。様々な環境スチュワードシップが実施されており,イングランドでは約900万haの全農地面積のうちの約650万haが対象となっている。肥料施用量も低下し,イングランドおよびウェールズの場合,窒素の施用量の平均値が,1987年の約150 kg/haから2009年には100 kg/ha弱に低下した。このことは,大気からのイオウの沈着量の減少(1970年代に比して90%の減少)とともに,海洋生態系や淡水生態系の水質の改善に寄与している。

     林業政策も生産だけの重点から,1980年代半ば以降は,レクリエーションや生物多様性の維持を含む生態系サービスの提供を重視するようになり,広葉樹の植林を増やして人工林を多様化するようになった。イギリスの広葉樹林と混合林の面積は,1998年から2007年の10年間に約7%増加した。

     イギリスでは国民の80%は都市部に居住しており,その多くの人にとって自然は,日々の生活に関係を有していない。しかし,国民の姿勢も変わり,環境問題に対する認識も高まってきた。例えば,自然保全関係の団体の会員数が劇的に増加し,1944年のナショナルトラストの会員は7000人に至らなかったが,現在では350万人となっている。「鳥類保護ローヤルソサエティ」は1960年に丁度1万人であったが,現在では100万人を超えており,イギリスの45の「野生生物トラスト」は80万人の会員を有するまでになっている。また,果実や野菜を家庭で作ることに興味を持っている人が最近では急激に増えている。

    ●8つの生態系

     イギリス国土の生態系評価では,8つの生態系に分けて調査を実施した。

     (1) 山岳・荒野・ヒース地:イギリスの陸地の18%を占有。山岳と高地性の荒野・ヒース地は連続した最大の半自然生態系。山岳・荒野・ヒース地はイギリスの飲料水の約70%の水源であり,土壌炭素の約40%を保持し,国の最も代表的景観も多い。

     (2) 半自然草地:かつて粗放的な伝統的農業の所産として,イギリスの陸地の大きな部分を占めていたが,半自然草地面積は大幅に減少し,イギリスの多様な草地(全陸地の1%強)のわずか2%を占めるだけ。半自然草地は文化的サービスでも高く評価されて,白亜の傾斜草地の多いサウスダウンズには年間約4000万人・日の観光客が来訪。

     (3) 囲い込み農地:イギリスの陸地面積の約40%で食料の約70%を生産。囲い込み農地面積の半分は耕地で,主にイングランド東部に存在。残りの大部分は養分の集積した草地で,主にイギリスの西部に存在。囲い込み農地は供給サービスの提供に加えて,大きな文化的意義も有して,イギリス低地の景観の重要な決定要素となっている。

     (4) 森林:イギリスの陸地の12%を占有。ヨーロッパで森林率の最低の国。森林の少なくとも80%は100年未満で,古い森林は5%のみ。20世紀に植林された大部分は針葉樹(非在来が多い)。広葉樹が優占しているのはイングランドのみ。大規模林地の多くは木材生産用。最近では林地のレクリエーションや炭素貯留といった生態系サービス提供がしている点がますます評価されてきている。

     (5) 淡水系:流水系,湿地,洪水氾濫原。イギリスには38.9万 kmを超える河川,湖が20万ha,沼,ヨシ原,低地の隆起泥炭地や放牧沼沢地が合わせて少なくとも39万ha,氾濫原が約100万ha。淡水系は多角的に利用されており,魚釣り,ボート遊び,スポーツなどのレクリエーションや災害(特に洪水)制御で重要。

     (6) 都市部: イギリスの陸地の7%弱を占有。10人中8人が都市部に居住。緑地面積は非常に限られ,緑地へのアクセスは不平等分布。都市部は他生態系の提供する生態系サービスに依存。

     (7) 沿岸部: 砂浜,砂利浜,海岸草地,潮間帯沼沢地,崖,潟などからなり,イギリスの陸地の0.6%を占有。沿岸部の約1/3は自然のもの。沿岸部には年間2億5000万人が来訪。土砂の沈積,魚介類の繁殖場としても重要。

     (8) 海洋: 排他的経済海域は陸地面積の3.5倍。沿海はツーリズムやレクリエーションに重要。沖合は漁業,気候ストレスの回避,廃棄物分解などに重要

    ●生態系サービスの現状と今後の動向

     本調査において,現在,生態系サービスの約30%が低下し続けていると評価された。例えば,土壌は持続的な農業生産や野生生物多様性を支える基盤だが,主に大気からのイオウなどの酸性物質の沈着と不適切な土壌管理によって劣化している。1980年代以降にイオウの沈着が大幅に減少したので,土壌の緩衝容量が現在回復しつつあるものの,耕地の土壌炭素量は引き続き減少し,工業や運輸からの高レベルの大気汚染物量は,全体としてほとんどか,または全く減少していない。ミツバチなどの授粉者は,年間数億ポンドに相当する生態学サービスを提供していると試算されているが,引き続き減少している。また,自然保全活動にボランティアで従事する者が増えているものの,若者世代では,子供の安全性への関心や都市部でのグリーンスペースの減少などのために屋外で過ごす者が減ってきている。

     イギリスの人口は,現在の約6200万人から2033年には約7200万人に増加すると予測されており,食料供給やその他の基本的生態系サービスの提供の必要性は高まっている。さらに単身家庭の割合が,1961年の12%から今日では約30%に増加し,さらに増加しよう。このため,より多くの土地が宅地に転用され,人口1人当たりの水やエネルギーの需要量が増えることになろう。

     現在のところ,気候変動はイギリスの生物多様性や生態系に比較的小さなインパクトを与えているだけである。しかし,今後の数十年間に気温上昇や降雨パターンの変化といったインパクトが増えると予測されており,農業生産や,洪水防止などの生態系サービスも大きな影響を受けると予測される。

     表1は,今回の調査結果から50年後における,8つの生態系による生態系サービス提供の動向をまとめたものである。これは8つの生態系における生態系サービスの絶対量を示したものではなく,8つの生態系ごとの相対的な動向を比較したものである。このため,生態系サービス量自体が,わずかな面積のために低いレベルの半自然草地や,面積的には多くとも生態系サービスレベルの低い都市部で現状維持が多いといっても,これら2つの生態系の,国土全体の生態系サービスへの貢献はわずかに過ぎないことに注意する必要がある。

    ●対応方策

     A.生態系サービスの社会的価値を考慮することが大切

     生態系サービスはイギリス経済と国民の生活の双方に大切だが,生態系サービスの多くは,市場価格に反映されていない。しかし,仮に市場で価格の付けられている商品の生産に直接貢献している生態系サービスに限定するとしても,その金額は数10億ポンドに相当する。例えば,2010年におけるイギリスの生産農業所得は72億ポンドに達する(農業総産出額は207億ポンド。因みに,2010年の年間平均額を用いて,1ポンドを135円とすると,生産農業所得は0.97兆円,農業総産出額は2.8兆円にのぼる。この農業所得は,品種,資材,機械などの農業技術開発や農業者のノウハウと,生態系サービスとの所産である。農業生産には,水の浄化と制御,土壌肥沃化プロセス,授粉,洪水防止などの生態系サービスが大きく貢献している。

     今回の調査で生態系サービスを経済評価した結果(表2)の年間評価額をみると,授粉で4.3億ポンド,湿地の水質浄化で15億ポンド,湿地の洪水防止で19億ポンドなどが記載されている。この評価額の全てが農業生産に関係するのではないが,まだ評価されていない生態系サービスの分も考慮すれば,農業に貢献している生態系サービスの評価額は数10億ポンドに達することが容易に理解できよう。

     農業生産を支える生態系サービスには市場で対価が支払われていないし,通常農業者もそれに支払をしないですんでいる。このため,無料の生態系サービスを使いすぎて,資源の枯渇や劣化につながりやすい。例えば,灌漑用水を無料で自由に使うことができる場合には,水を使いすぎて水源を減らし,灌漑によって流亡した養分による水系汚染が誘発されやすい。また,農薬の不適切な使用によって授粉昆虫を減らし,野生生物多様性を損なうこともありうる。それゆえ,農業生産か生産サービスの保全のどちらか一方を選択するのではなく,どの生態系サービス(農林水産物の生産を含む)の組合せが社会に正味でプラスの利益をもたらせるかが問題である。市場価格だけの評価ではなく,広い社会的価値を考慮して最善の方策を得ることが大切である。

     B.ウェールズでの試算事例

     理解を容易にするために,ウェールズについて,農地を全て多目的森林に土地利用転換したときに生ずる,市場価値(農産物生産と材木生産)と非市場価値(土壌の炭素貯蔵価値とレクリエーション価値)がどのように変化するかを示すマップ(ウェールズを2 km四方のメッシュに分割)が示されている。

     第1のマップは,農地を農業から撤退させて森林にした際に失われる農産物の市場価値の損失額(マイナスの値)を示したもので,農業損失額は山岳地帯で低く,低地地帯で高くなっている。

     第2のマップは森林から生産される木材価値(プラスの値)を示している。第1のマップに示された農業の市場価値の損失分と,第2のマップの木材市場価値の獲得分を比較すると,前者が後者よりも常に大きい。したがって,現在の市場に任せた状況では,ウェールズの農村地帯の大部分で農業が優占し,森林は土地価格が低い高地地域に限定されているのが理解できる。

     第3のマップは,森林に転換したときに生ずる,非市場価値の炭素貯留の経済評価額の変化を示している。森林は農地よりもより多くの炭素を貯留するので,この値はほぼ常にプラスである。ただし,植林によって泥炭地が乾燥し,水分飽和で嫌気的だった泥炭地に空気が流入して好気的になり,微生物による有機物の好気的分解が活発化して,多量の炭素が放出される場合はマイナスになる。

     第4のマップは,レクリエーション価値の経済評価額の変化を示している。農業でよりも森林のほうでレクリエーション価値が高いので,この場合もほぼ常にプラスであり,インフラの道路網が良好な都市周辺で最も高いという,人口分布の影響が強く現れている。そして,これは森林がいったん作られてしまうと,都市から離れるほど,森林のレクリエーション価値は大幅に減少し,ある距離以上離れるとゼロになるとしている。

     これらの市場価値と非市場価値の双方について,評価額を足し合わせる。その際,農業や林業に対する全ての補助金を排除して,農業から森林に移行することによる社会の正味の便益を計算する。この計算を行なうと,農地を森林に転換して,社会に正味でマイナスの便益をもたらす場所は,一つは人口の多い地域から比較的離れた西部地域(農業が高い価値を持ち,森林にしてもレクリエーション価値をあまり生み出せない場所)で,もう一つは中央山岳部に沿った泥炭地(植林によって湿地が乾燥して大量に炭素の排出が起きる場所)である。他方,多目的森林への移行によって正味で利益を生み出せると考えられる場所は,市場力から森林があった方が良いと考えられる場所で,南東部(カーディフ周辺)と北西部(マージーサイドと大マンチェスター内のイングランドとの国境)の人口の多い地域に多い。

     この結果を森林委員会の森林化計画と照合すると,森林化計画地は低地(したがって都市部)から離れ,土地価格が安い遠隔の高地に多い点は,上記の結果から基本的には妥当といえる。ただし,森林化計画地の中には,森林化すると泥炭を乾燥して炭素排出を引き起こして地球温暖化に貢献する泥炭地も含んでおり,そうした土地は森林化すべきでない。

     こうしたケーススタディは,我々が生態系サービスの経済・社会的価値を意志決定に取り込まなければならないことを明快に示している。市場はその市場価格が大まかに社会的価値物財を効率的に配分できるが,資源配分を市場だけにまかせてしまうと,価格つけのなされていない生態系サービスを含む非市場物財の社会的最適配分に失敗してしまう。

    ●生態系サービスの経済価値の評価

     今回のイギリス国土の生態系評価では,27章からなる詳細説明のテクニカルレポート(全体は1000ページを超える)の第22章に生態系サービスの経済評価が詳しく記述されている。第22章はまだ完成しておらず,近く完成版が出るとのことなので,今後数値が修正される可能性もあるが,表2に示すような結果が出されている。

     経済評価手法を説明すると,ややこしくなるので省略する。また,生態系サービスの中には経済評価を行うのに必要なデータや評価手法がないものもあって,完全な評価にはなっていない。

    ●結論

     本報告書は結論として下記を指摘している。

     (1) イギリス国民が生態系サービスから得ている経済,健康や社会的な便益は,生活や経済に極めて重要であり,これらを考慮して生態系とそのサービスの変化とのかかわりを評価しなければならない。生態系の効果的な保全や持続可能な利用は生活,将来の繁栄や持続可能なグリーン経済に不可欠である。

     (2) 現在国の経済的枠組や地方の意志決定を行なう際には,大部分の生態系サービスを考慮することが省略されている。しかし,現在では,生態系サービスの市場価値の大方や,一部の非市場価値を計算する概念的枠組が存在し使用することができる。

     (3) 国や地方の意志決定に非市場価値の評価を含めないと,資源配分効率が低いものになってしまう。そして,農場マネージャーが非市場性生態系サービスの価値を把握できる手法を開発することも必要である。

     (4) 温室効果ガス排出削減や炭素隔離など,空間的に限定されていない生態系サービス価値もある。しかし,その他の生態系サービスの価値は空間的に強く限定されており,例えば,林地のレクリエーション価値は,高い密度の人口集中センターの近郊に限定されている。

     (5) 地方の意志決定の中に,生態系サービスの空間的要素を十分に考慮することは,生態系サービスの価値を高めることになろう。

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