分野別農書一覧

地域農書農事日誌特産(産品)農産加工園芸畜産・獣医
農法普及開発と保全災害と復興本草・救荒学者の農書

【地域農書】

書名県名解説
亀尾疇圃栄北海道神奈川条約により開港を余儀なくされた当時の函館では,住民の定着と食糧の自給が急務であった。庵原凾斎は函館近在の亀尾沢を拓き,各種作物を試作して,この地での農業の可能性を示した。
耕作噺青森津軽地方の耕作の具体的な方法を講に寄り合った古老たちが切々と語り合う地方色豊かな農書。風土,気候,農事,農具,田拵,苗代,植付,水利,糞養など23章よりなる。
奥民図彙青森津軽の農民の農事,生活,農具などを具体的に絵解きした書。農民の服装から魚や鳥のとり方,祭りなど幅広く人情味あふれるタッチで描く。
耕作口伝書青森元禄11(1698)年,津軽藩士の著わした農書。岩木山の雪形の状態などにより作業適期の遅速を判断するなど,立地・風土に根ざした書。
津軽農書 案山子物語青森本書は陸奥国の農民・山田某が氏神社の例祭のあとにみた夢物語という体裁をとる。内容的には稲作栽培の手引書であると同時に,農民教化,農業経営の方策を説いている。
軽邑耕作鈔岩手南部軽米地方の畑作指針書。飢饉に備え,日常の基本食糧として穀物と野菜を重視し,これらの作物の栽培法と組合せを詳述。東北畑作の基本型がうかがわれる。
遺言岩手「人と生れて人の道を知らずんば有べからず」で始まる格調高い遺言。人の道,凶作の心得から商人の心得,家族・使用人についての心得にいたる9条からなる。現代に通じる普遍性をもつ。
民間備荒録岩手宝暦5(1755)年,一関藩の藩医による著作。飢饉時の草木の食べ方,飢えた人々への手当ての仕方,農民が飢饉に備えてつくるべき草木を説く。
老農置土産並びに添日記秋田羽後地方での水稲栽培,水利,駆虫法から畑作のあり方まで,耕作体験から出た営農の秘訣と農民の生き方を心をこめて子孫に伝える書。
菜種作リ方取立ケ条書秋田18世紀末に普及されはじめた菜種の栽培法,施肥法,搾油法を図解をおりまぜて説く。とくに油粕類やいわし類のすぐれた肥効を力説する。
除稲虫之法秋田自己の体験と老農の話からまとめた水稲害虫防除法。稲害虫を,穂虫,根虫,葉虫,菟虫に分け,生態観察をもとに無農薬栽培をすすめる。
無水岡田開闢法秋田救荒作物としての馬鈴の効用と栽培法を,老農岡田明義が栽培試験の結果などから説く。馬鈴の経営上の有利性と栽培条件を記す。
上方農人田畑仕法試秋田農業指南のため羽後の国を訪れた大坂の農人2人に教えられた農事の記述。水稲のほか,ねぎ,大根などの野菜の栽培が詳しい。
農業心得記秋田羽後国秋田郡の肝を務め,自ら鍬や鎌を握った体験をもつ著者の86歳のときの著作。すでに『老農置土産』などを書いていた著者は,自分の経験,知恵の集大成として本書を書いた。
北条郷農家寒造之弁山形米沢地方の立地条件をもとに各種作物の栽培法を詳述。漆など,特産物についても記す。筆者は農村在住の下級武士。
農事常語山形苗代,施肥,耕起,田植,除草および畑作から成る。全体を貫くのは「農業は手入れしだいで結果に天地ほども開きがでる」との思想。
地下掛諸品留書福島田畑の耕作について,技術と経営の両面から述べた書。一般論でなく,上田,中田,下田,さらには乾田,湿田など,それぞれの条件下での必要労力,技術を考察しているところに特色がある。
農民之勤耕作之次第覚書福島高冷地猪苗代地方での稲作を詳述。稲作に不利な寒冷という自然条件をどうとらえ,どう克服していったかがよくわかる。年間の作業手順,男女それぞれの作業標準,労力配分など,経営方法も詳述。
会津農書福島会津幕内村に住んだ佐瀬与次右衛門の著。体系的な農書で東北地方農書の白眉とされる。上中下3巻。土壌論から稲作,畑作と農業全般を扱う。田畑の土の観察と分類は精緻をきわめる。
会津農書附録福島『会津農書附録』8巻のうち発見された2・4・6・8巻を収録。次項の『会津農書』の解説書であり,同書を補足しつつその内容を平易に理解させることをめざした書。
会津歌農書福島『会津農書』の著者が『会津農書』の内容を農民にわかりやすく説明するため「和歌」の形式にまとめたもの。上中下3巻からなり,それぞれ「会津農書」の上中下に対応し,和歌は1,668首を収める。
幕内農業記福島佐瀬与次右衛門の養子林右衛門が『会津農書』の内容のうち畑作の部分を深めるために著わした。なす,うり,大根など,野菜に重点をおいて記している。
蚕当計秘訣福島岩代国梁川の蚕業家である著者は,シーボルトのもたらした寒暖計を改良し,蚕室の温度調節の目安になる温度計を製作して本書とともに頒布し,環境制御による農業への端緒を開いた。
農書 全福島『会津農書』を範として,その内容を関心にそって摘記し,後半部分で会津の山間高冷地である地域の農法をわかりやすく述べる。
伝七勧農記福島精農家・伝七の事績を記述した前半部分と,克明な農事観察記録の後半部分とからなっている。天明・天保の大凶作を克服するための実践的な農事記録。
田家すきはひ袋 耕作稼穡八景福島岩代国二本松藩の郷保与吉が,自ら体得した農業技術と行なうべき人の道を多くの絵と和歌を取り入れて記述。
菜園温古録茨城水戸藩郡方手代の著者が,三十数年の村々巡察中の見聞をまとめた著作。菜園ものから各種の作物,肥料のつくり方までを詳しく記録している。『農業全書』の水戸版をめざしたもの。
精農録茨城日々の天候,農作物の種類,作業別の労力を中心にした労働と生活の記録。問答の形式をとって技術の内容を深めているところに特色がある。
東郡田畠耕作方并草木目当書上茨城農村振興を主眼目にした水戸藩の安政の改革にさいして藩に提出したもので,藩内4郡の1つ東郡の農業の実態を記している。東郡内4郷の地勢の特徴とそれに対応する農作業がよくわかる。
農業順次茨城名主頭を務めた著者が,地方役人の求めに応じて書き上げたもの。1年間の農作業暦,規模別の経営収支など,この地方の農業の実態と,自らの「順合見合」の農業観を述べている。
飯沼定式目録高帳茨城下総国飯沼(現茨城県南西部)の関係23か村は,「飯沼3,000町歩」といわれる美田をつくり上げた。本書は,普請方法,入用金,借入金の返済状況など,新田組合が確認しておくべき事項の覚書。
農業自得栃木下野国上三川の老農・田村吉茂の著。数ある農書のなかでもとくに農民的発想の強い書として著名。現場での観察から雌雄説を拒否し,陰陽説に対しても観念論に陥らない。
農業自得附録栃木80歳をこえた著者晩年の著。一貫して米麦中心の農業を主張し,商品作物の栽培には消極的。作物ごとの適地も記す。
農家肝用記栃木農業にかかわる万般を数量的にとらえようとしたもの。年間休日数,田畑の必要労働力,生活費などを見積もり,収支視点から作物を選択するという段階にまでいたっている。
農業根元記栃木『農家肝用記』に続いてより厳密な田畑の作物の収支計算を試みた書。生産費,生計費などが費用別に計上されている。
吉茂遺訓栃木老農・田村吉茂の遺訓。営農,栽培のみにとどまらず,その農業観,思想をのぞかせ,吉茂の農業論の根源を知りうる。
農家捷径抄栃木大百姓が未熟な農民のために「農民のまず実行すべき任務」を明らかにするためにまとめた書。田畑各2反を夫婦2人と馬1頭で耕作するという前提で「採算モデル」を検討している。
稼穡考栃木米麦,雑穀から野菜の栽培法にいたるまでを述べ,黒羽藩の栽培基準書たらしめようとした書。農民の書上げをもとに藩主自ら編さんしたもので,黒羽藩の農業の実態を反映している。
深耕録栃木著者は,猪・鹿の害に遭って苗数に不足が生じたことから,省力・多収の薄まき・疎植の稲作を編み出した。鬼怒川水系水田地帯の農法を具体的に述べており,同じ下野国,田村吉茂『農業自得』の強い影響をうかがわせる。
開荒須知群馬自らの開拓体験をもとにして著わした異色の農書。街道筋という立地,貨幣経済の浸透,浅間山噴火などによって疲弊しきった農村を救うための実践的処方箋として著わされたもの。
百姓耕作仕方控群馬藤の葉,山ぶどうの新芽,大豆の茎葉を緑肥に使用するなど,榛名山東麓(上野国群馬郡上野田村)の土地柄をいかした農法を,稲・麦を重点に説く。
耕作仕様書埼玉穀類,野菜の技術と経営について詳述するが,なかでも野菜の記述が詳しい。大消費地江戸をひかえた野菜産地としての特色の出ている書。さつまいもの早掘りなども始めている。
促耕南針埼玉武蔵国栗橋の農民が,畑作中心の農法を作物別に述べたもの。水害地帯ならではの人々の知恵,『農業全書』から学んだ知識を取り入れ,適地適作を念頭においた叙述に特徴がある。
農業要集千葉農業に従事しながら平田篤胤門下生として学んだ著者の処女作。『農業全書』の影響を受けつつも体験と地域の実情に応じて記述している。五穀,四木,三草から紙すきにいたる64項目からなる。
草木撰種録千葉33種の作物の雌雄を図解した1枚刷。この図により雌雄を区別し,雌種を選ぶべきことを主張。そのわかりやすさが反響を呼び当時のベストセラーとなった。小西篤好の作物雌雄説の流れをくむ。
家政行事千葉自家の繁栄を願って,自ら習得した農業技術や近在の人たちの体験談などを子孫のために書き遺したもの。農作業を主とする年中行事と,肥料の製造・施肥を主とした事項との2つからなる。
社稷準縄録神奈川相模国の小川家の農業実践記録。時代によっていろいろに名をかえて昭和26(1951)年まで続く記録のなかから特色ある2年分を収録。各種作物の播種量,施肥量を克明に記し,明日への反省材料にしている。
年々種蒔覚帳神奈川相模国小川家の天保8年の農事実践記録。八王子市場の相場をにらみながら作物の選定,肥培管理・経営を営んでいたようすを克明に記録する。
粒々辛苦録新潟農家の艱難辛苦を人々に知らせるという意図から著わされ,月別の作業と生活行事を述べる。『民間省要』の影響を強く受け,関東と北陸の作業時期,生活習慣の比較記録となっている。
北越新発田領農業年中行事新潟新発田藩が農民の技術向上を促すために,篤農家を含む3人の著者に命じて年間の作物栽培と農家の年中行事を書き上げさせた書。一般作物のほか,麻,あい,たばこなども扱う。
農家年中行事記新潟1月から12月まで月日を追って農作業と農家の年中行事を細大もらさず列挙したもの。長岡藩三島地方の農業技術と習慣を知る好著。
やせかまど新潟越後国三島郡片貝村の庄屋を務めた著者が,自村の周辺の農事・生活・習俗について見聞したことを記したもの。商品経済の浸透のようす,生活習慣,農業技術の変化の様相がよくわかる。
私家農業談富山天明年間(1781〜88),越中国砺波の十村役(大庄屋)宮永正運により著わされた文書。土地の心得から各種作物のつくり方,馬の薬から農具の扱い方にいたるまで,耕作の体験と広い識見からつづる。
農業談拾遺雑録富山著者は宮永正運の実子。父の著書『私家農業談』の拾遺。農家の分限,稲作,裏作,河川による水害などから貯蓄と救荒の必要性を説く。『斉民要術』など多くの農書を土台にしている。
耕作仕様考富山越中国砺波郡内島村の十村(大庄屋)が,先行の農書や土地の言い伝えを吟味しながら自らの農法を展開する。御上を意識しつつ決意を述べ,「このように農民を指導しよう,のう,御同役」と,リーダーの条件にも触れている。
耕稼春秋石川北陸地方の体系立った農書。加賀藩の十村(大庄屋)により宝永4(1707)年に著わされたもの。構成・内容は『農業全書』に似るが,地域・風土を重視し,近世中期の金沢近郊の農業の姿がリアルに記されている。
農事遺書石川宝永年間(1704〜10),加賀国江沼郡の十村(大庄屋)によってまとめられた農事万般と農民の身持ちのあり方についての遺言。自給的色彩の濃い北陸農業の原型が示される貴重な農書。
九州表虫防方等聞合記石川加賀大聖寺藩の農民による先進地北九州の虫防ぎや苗代のつくり方を視察した道中記,かつ出張復命書。各地をめぐって,多くの人に会ったことが,克明に記録されていて興味深い。
村松家訓石川能登国町居村の豪農村松標左衛門による異色の家訓。家の主人たる者の心のもち方,農作業の分量,奉公人の使い方から農作業のやり方にいたるまで,細大もらさず書きとどめる。
耕作大要石川加賀国石川郡福留村の十村(大庄屋)が,稲,あい・麻・たばこ・綿の特用作物,裏作の麦・菜種,早稲跡・麦刈り跡(菜園田)の各種野菜について述べる。水田の多面的利用,多肥集約農業の書で,野菜の振売りにも関心を示す。
耕作早指南種稽歌福井若狭の農学者で歌人である著者が,選種の重要さから,稲,麦の栽培法,農家の心得などを歌に詠んでまとめた書。
農業蒙訓福井天保11(1840)年に著わされた焼土の方法,害虫防除法,営農のあり方などを説いた書。『農業全書』『農稼業事』など多くの農書から学んだことを若狭の地の風土をふまえて説明している。
農隙所作村々寄帳富山元禄時代(1688〜1703)の越中・加賀・能登地方の冬場の稼ぎ方が郡村別に述べられている。わら工芸,布さらし,紙すき,漁業,特産物など,山や海との関連がとらえられる。
諸作手入之事/諸法度慎之事福井若狭国遠敷郡下田村で書かれた,技術書と生活書の合本。稲,麦,麻,たばこ,里芋,綿,桑,油桐などの生産性を高める技術,火の用心,五人組,身体の健康,若者組などの質素倹約を旨とする生活について記す。
農事弁略山梨『農業全書』を基礎に甲斐国の立地・風土に根ざした田畑耕作の実際を記す。とくに肥料と土性,作物との関連を述べた部分は圧巻。米麦,芋類から綿,大根,ごま,たばこまで。
家訓全書長野若くして父母を失って鍬をとった著者が,自らの農耕体験と生活のあり方を子孫に伝えるために著わした書。農耕から台所仕事まで,子孫への思いをこめてつづる。
農業耕作万覚帳長野息子の急死に遭った信濃国更級郡岡田村の地主が,孫に家業を引き継ぐために農作物の耕作法や施肥技術,日常生活の万般にわたり記述する。生産力の高い地域の農業の実情,とくに水田の乾田化を促す用排水技術を知ることができる。
御米作方実語之教長野伊勢で発案された種もみの薄まき法が,「不二道」という民衆宗教の人脈にのって,信州の伊那地方に普及した事情を物語る文書。農法の教科書という側面と「教伝」の性格をあわせもつ。
農具揃岐阜農具350余種を12か月に配当して農事万般と生活の実際をまとめたもの。毎月の行事や風俗も紹介し,民俗学上の文献としても貴重。
乍恐農業手順奉申上候御事岐阜美濃国付知村の農業指導者・田口忠左衛門による農耕の手順をまとめた農書。年間の農作業を順を追ってとりあげ,要点をおさえる。入会山の利用の実態もいきいきと示している。
濃家心得岐阜新田の開発法,肥やしの種類・効きめ・つくり方・入手法,稲の品種,病害虫対策など,これだけは心得ていてほしいという,積雪寒冷地帯の百姓に向けた「農家の心得」集。美濃国郡上藩の新田奉行が書き残したと伝えられる。
報徳作大益細伝記静岡二宮尊徳のもとで報徳仕法を学んだ安居院庄七による農村振興策の大きな特徴は,上方で吸収した正条植え,薄まき,直まき,客土,施肥など先進的な農業技術をともなっていたことである。
百姓伝記 巻1-7静岡三河・遠江国を舞台に,最も古い時代に成立した著名な写本農書,全15巻。本巻ではその前半を収録。自然の観察,農民の生き方,土と肥料,樹木,農具,治水などについて述べる。
百姓伝記 巻8〜15静岡『百姓伝記』の後半部分を収録。苗つくり,稲作,麦作,野菜作の実際からそれらの食べ方までを具体的に述べ,さらに農具類の備え,使用法を説く。本書は小農技術の体系化を目指しており,今日に至るわが国の農業技術の基礎をなすものである。また,中国の陰陽五行説を農業(とくに土壌)に適用した最初の書として注目される。
農稼録愛知国学に素養のある尾張国の本草学者の手になる書。『農業全書』『農業余話』『農業自得』,その他大蔵永常の著作を読みこみ,尾張農業の実態に合わせて農事の指針を説く。
暴風浪海潮備要談愛知安政の大地震,大津波を体験した著者が,天変地異,暴風波に備えて,防潮の対策・方法を説く異色の農書。
水災後農稼追録愛知万延元(1860)年の伊勢湾干拓地での洪水記録。風雨による被害のようす,排水作業,その後の稲の生育状況と手当てを記す。暴風雨で被害を受けたため追苗代をつくり,その肥料代,賃金を克明に計算している。
農稼附録(尾張)愛知国学に素養のある尾張国の本草学者の手になる書。『農業全書』『農業余話』『農業自得』,その他大蔵永常の著作を読みこみ,尾張農業の実態に合わせて農事の指針を説く。
農業日用集愛知渥美の国学者による農事の具体的な要領集。栽培時期と施肥法を中心に述べていくところに特色がある。
農業時の栞愛知東海道赤坂宿の旅館の亭主が著わしたユニークな農書。鳳来寺に参詣する道中の百姓十数人と老人との問答という形式で,木綿など26種類の作物の耕作技術を記す。先進技術を記述した『農業全書』の地域適応版。
農業家訓記愛知毎月の耕種・肥培・作業日程・労力見積り,暮らしの心がまえなどを具体的に記して,子孫へ農法を送り伝えている,尾張国知多郡の家訓的農書。「内向き」の家訓ではあるが,子孫へ向けての「普及」の書でもある。
尾州入鹿御池開発記愛知入鹿池は,濃尾平野東部の開発を目的に,入鹿村1村を水没させて,寛永10(1633)年に築造された。本書は,開発の経緯,取水口である圦の維持・管理,改修の費用・工法を詳述している。
農稼業事滋賀稲の雌穂・雄穂を図説,稲作技術や掛干し収納の法を説き,さらに綿栽培の実際を解説して,当時の農業に新風を吹きこんだ。多肥集約農業の矛盾に悩む近世農業の実態がリアルにみえてくる。
蚕飼絹篩大成滋賀縮緬産地長浜の蚕業家であり農事指導者であった著者は,糸商人として全国くまなく遍歴した。養蚕製糸の有利なことを知り,見聞と体験をもとにきめ細かい技術を説く。
百性作方年中行事京都丹後国田辺藩が領内全村の農作業と結びついた年中行事を調査した,いわば基礎データ。一見,日常の平凡な農作業の書き連ねだが,藩内農民が安定的な生産活動を行なううえで規範となるべき年間の行事内容が浮き彫りにされる。
農業余話大阪陰陽五行説の学理により農業および作物・家畜を解説した代表的著作。著者は摂津国の農学者で農事試験圃をもち,自ら作物の試作に当たった。作物雌雄説でも一見解を示す。
家業伝大阪生産力水準がわが国最高だった近世畿内の綿作農家での営農の克明な記録。綿作,稲作,麦作,根菜,豆類,芋類の具体的な月別作業と栽培上の注意点を子孫に伝えるため,田畑1筆ごとに記す。
農業稼仕様兵庫『作もの仕様』と同じ著者が,前著を補い,年間の農事を整理したもの。記述は,栴檀の枝葉の煮出し汁や鯨油を使った虫害対策など技術的な事柄のほか,職人の食事の注意など家政的なものにも及ぶ。
作もの仕様兵庫商品生産にまきこまれてきた文化から天保期(1804〜43)の丹波地方での農事の方法を具体的に示す。栽培を総論と各論に分けて述べ,野菜,米麦など多岐にわたる作物を扱う。
養蚕秘録兵庫近世におけるわが国蚕書の白眉.養蚕での『農業全書』の役割を果たした書.守国は若年から養蚕に親しみ,信州,上州,岩代などの養蚕先進地を歩き集大成したのが本書である.仏語訳もある名著.
山本家百姓一切有近道奈良生産力水準の高い大和平野での稲と綿の田畑輪換技術の実際を伝える。作業暦風に栽培技術,作業手順を子孫に伝えたもの。
地方の聞書和歌山紀伊国の庄屋であり地方役人であった大畑才蔵の書。治水,地域計画,営農についての考え方を述べ,経済合理的な考え方の成熟を示す。地域計画・土地利用についての古典。
作り方秘伝和歌山紀伊国那賀郡深田村の庄屋による,農業技術に関する12点の記録。なし,紅花,すいか,ミツバチ,びわ,鶏,桃,けしなど,商品作物を取り入れるさいの諸経費や利益を見積もり,商業的農業の可能性を探ったユニークな農書。
自家業事日記鳥取鳥取城下,千代川ぞいの住人により嘉永年間(1848〜53)に書かれた。人糞,ほしかなどを積極的に導入して商品生産をしている。家訓書でもある。
農作自得集島根昔から伝えられた農事の教えを古老に聞きながら簡明な文章でつづった農書。立地に合わせて冬春の農事の準備から耕作法,とくに綿のつくり方を説く。
神門出雲楯縫郡反新田出情仕様書島根財政迫に見舞われた松江藩建直しの一方策として郡役人が具申した新田地帯での農耕の指針書。裏作・堆肥つくりによる地力増進を強調する。
豊秋農笑種島根『農業全書』と『農業余話』に学び,自らの新知見や試験を通じて得られた稲作技術を中心に書いた栽培・経営書。これが財政窮迫に悩む松江藩の役人の目にとまり,藩内に普及された。
一粒万倍穂に穂岡山備中地方の実情にそって農業技術の改善をめざした書。数度にわたって板行され,近世後期の農業技術の普及に大きな役割を果たした。
家業考広島耕作技術と台所の心得(味・油のつくり方,各種漬物の漬け方など),葬式の出し方などについて,年中行事,農事暦のかたちで子孫に伝える家訓書。非常に具体的に記述され,読者の心を打つ。
賀茂郡竹原東ノ村田畠諸耕作仕様帖広島稲を中心に,麦・綿・麻・たばこ,その他の雑穀・野菜類それぞれについて,耕作の方法を簡潔に記す。高い二毛作率,集約的農業,商品作物生産など,18世紀初頭,瀬戸内地域の農業技術の背景を知るための好史料。
農業巧者江御問下ケ十ケ條并ニ四組四人纏御答書共ニ控山口周防国大島の郡代官による篤農家たちへの農事の質問と,それに対する回答。田の良否の判定法,害虫防除の実際,選種法,掛干しの実情などを回答。
農業年中行事山口藩の役人が庄屋に指示して作成・提出させた一種の調査報告書。月例の農作業と,主要な作目については1反当たりの必要な労力・肥料代を各作業ごとに計算した「手数え積」からなる。
農術鑑正記徳島阿波国の農学者により享保年間(1716〜35)に著わされた書。水田二毛作の技術を軸に,農具,種子,耕作の時期について平易に記述する。『農業全書』で扱われなかった作物について意識して取り上げている。
阿州北方農業全書徳島吉野川流域の農家を対象に,栽培指針を説く農事暦的性格をもつ書。あい作の記述でも,具体的に限定された地域での栽培法を説き,経営的視点を含めているので記述も力強い。
藍作始終略書徳島阿波国の特産物であるあいの栽培から製造までの総合解説書。葉あいのねかせ方,あい玉の鑑定法,あいごみ,あいの茎の利用法など,およそあいに関することについて微に入り細をうがって記す。
甘蔗栽附ヨリ砂糖製法仕上ケ迄ノ伝習概略記香川讚岐国の特産物砂糖について栽培,経営,製法を示した書。栽培から製造にいたるまでを生産者の身になって簡潔に示している。
清良記(親民鑑月集)愛媛武将・土居清良一代記のうちの1巻である農書『親民鑑月集』。田畑耕作の起源,農民の心がまえ,品種と採種論,土と肥料,農業経営の話などを,明快に親しみやすく説く。
農家業状筆録愛媛文化年間(1804〜17),大洲藩士によってまとめられた農村見聞記。農民への共感をもって,農村の姿と農家の日常生活を詳細に描く。
農業手曳草愛媛宇和島藩山奥組横林村の庄屋が,藩の農作物栽培法についての諮問に答えたもの。刻苦勉励して庄屋にまでなった体験的な人生哲学を織りこんで,稲・大豆・とうもろこしなど6種の耕作法を述べる。
耕耘録高知土佐藩12代藩主・山内豊資の代に著わされた。土性,地質,気象によって一毛作田と裏作可能田とを判断する方法についての記述は,近世農書中異色。
冨貴宝蔵記高知土佐国野根村の一農民が稲作害虫防除法について具体的にまとめたもの。ウンカ,メイチュウなど虫ごとに対策を述べる。植物浸出液による防除法の記述は生物農薬の原点。
物紛(乾)高知年中温暖な土佐国では,水稲二期作と輸送園芸が発展していた。その実態を解明できるのが本農書で,子孫への戒め,農民の心がまえ,米・麦,園芸作目,多様な商品作目,加工食品・家畜・肥料などについて具体的に論じている。
続物紛高知年中温暖な土佐国では,水稲二期作と輸送園芸が発展していた。その実態を解明できるのが本農書で,子孫への戒め,農民の心がまえ,米・麦,園芸作目,多様な商品作目,加工食品・家畜・肥料などについて具体的に論じている。
農業之覚高知高知城下近郊の稲作と麦作,山間部の焼畑という,対照的な農業が紹介されている。明治以降も試験場の研究課題になった「土佐の厚蒔き」稲作の実態,豊かな山を活用した自給用作物,多様な商品作物生産の実態がわかる。
窮民夜光の珠福岡有利な商品作物であるはぜの栽培法と製ろうの仕方を詳細に解説した古典的名著。著者自らがはぜ栽培の先覚者で,庄屋としての立場から農民に示したもの。のちに,大蔵永常は本書をもとに『農家益』を著わした。
園圃備忘福岡著名な本草学者貝原益軒による,春夏秋冬,農作物,花,果樹類などの農事暦を示した異色の備忘録。「貝原益軒全集」にも収録されていないもの。
蝗除試仕法書福岡筑前国夜須郡曾根田村の庄屋藤右衛門が,ウンカなど稲虫の防除について自ら試みた方法を,庄屋仲間に意見を求めてまとめた農書。
年中心得書福岡筑前国粕屋郡の一農民が子孫のためにつづった家訓と農事暦。要点をたんたんと記すなかに子孫への情を込める。
農業横座案内福岡1〜12月までの月別作業の要領を記すほか,名主の心得,病人が出たばあいの措置,奉公人の扱い方まで示した家訓的農書。
農人錦の嚢福岡はぜの木は農民にとって錦の袋であるとの考えから,はぜの栽培法を30項目にわたって詳述する。優良はぜ種「松山」の原産地からの農書。
砂畠菜伝記福岡福岡藩の下級武士が,生活の補いのため,屋敷内の砂畠に野菜を栽培した結果を詳述した書。
農業心覚五穀年並心例福岡筑前国下座郡屋形原村での五穀の試作結果を中心に,54種の作物にふれる。とくに稲作,あわ作について詳しく,稲で「つるほそ」「あかさこ」など9品種,あわで「八石」「そうだもち」など5品種をつくりこなしている。
農人定法福岡『農業心覚』と同じ著者による姉妹書で,両書とも『農業全書』刊行後6年という早い時期に,その影響のもとに成立。米・麦・あわ・たばこ・野菜の栽培法,作物のつくりまわし,人の使い方などについて述べる。
野口家日記佐賀佐賀平野の一農民が農事の詳細を日々克明につづったもの。耕種,肥培,収量はもとより,凶作,流行病なども記す。幕末期佐賀平野クリーク地帯の土地利用が示される。
老農類語佐賀唐津の農書。「老農ノ言ヲ子孫ニ与フルモノ」というように,老農から伝え聞いた農業のやり方を12か月に分けて記録したもの。
郷鏡長崎長崎県諫早地方の農書。とくに播種から収穫までの農作業の手順を記す。水稲はもちろん,あわなど畑作物も記述。
老農類語長崎対馬島内の8つの村々の老農たちからの報告をもとに,「対馬聖人」とうたわれた陶山訥庵がまとめた対馬の農業記録。木庭作すなわち焼畑農業について詳しく紹介し,近年まで続いた対馬の焼畑の原型を伝える。
刈麦談長崎水田の少ない対馬での重要作物「麦」の刈取り時期を問題にしながら,経営のなかにどう取り入れていくかを説いた技術,経営書。『老農類語』とともに島での農業と生活の実態を伝える貴重な書。
糞養覚書長崎現場の役人が,肥料の製法・施肥法を編さんし,郷村に配布したもの。いわし,海藻などを重視する。
久住近在耕作仕法略覚熊本阿蘇の郡代が,3人の農夫に米麦,たばこ,麻など各種作物の栽培法をたずね,さらに2,3の老農に意見を求めてまとめた書。
合志郡大津手永田畑諸作根付根浚取揚収納時候之考熊本稲・麦・野菜・麻・たばこなど,田畑作物の植付けから収穫までの適期の要点を簡潔にまとめる。準備すべき農具は図入りで解説。
肥後国耕作聞書熊本薩摩藩士が,文政初年に,肥後国滞在中に見聞したことと,天保末年に再来遊して得たことを合わせて記述。肥後国の年間の農業生産,生活を示す。
養菊指南車熊本肥後菊の管理の勘どころを二十四節気ごとに解説した図入りの栽培秘伝書。個々の花,株を観賞するのではなく,花壇全体の調和した美の観賞を目的とすることを説く。
農業日用集大分豊後四日市の「桂懸堰」を造り農業に尽した渡辺宗綱の第三子綱任の農事指南書。『農業全書』に学び栽培法を説く。
櫨徳分并仕立方年々試書大分はぜ栽培の利益と育苗,接ぎ木,施肥にいたるまでの技術を細かく記す。著者・上田俊蔵ははぜの優良種「群烏」を生み出し,技術を公開して普及させ,後年『櫨育口伝試百ケ條』を著わした。
椎葉山内農業稼方其外品々書付宮崎ひえつき節の里・椎葉村での農業生産と生活の貴重な史料。山村生活,畑作の原形を示す。
農業法鹿児島農事研究に努めた著者が初心者向けにわかりやすく農耕の要領を説く。土壌肥料,農民の心得,土木・治水などについて親切に記述。
農務長沖縄近世琉球の指導者・蔡温が農事についての指導とその監督について令達した文書。土地の保全,農事の心得,農民の生活の心得,たくわえについて,有用植物の仕立て方,村役人の心得,の6部からなる。
耕作下知方並諸物作節附帳沖縄沖縄本島北部の大宜味村の勧農役人の書。毎月の1日に番所に赴いて報告したさいの書付で,農事一般,稲の播種期と農具の準備,毎月の農事暦,あとがきからなる。
寒水川村金城筑登之親雲上、耕作方相試田地奉行所へ申出之條々沖縄寒水川村の農民による農書。ジャーガル土壌,マージ土壌,ウジマ地など,土質に応じた農法を説く。さつまいもの栽培にとくに詳しく,早植え,寄植え,つるがえし法,年2回作にふれるなど,革新的技術をすすめる。
安里村高良筑登之親雲上、田方并芋野菜類養生方大概之心得沖縄稲,さつまいも,野菜類の栽培および肥料のつくり方からなる。「楮」「唐蔓」「黒かつら」「唐かつら」「かぎや」「赤こう」など,さつまいもの品種が多数登場する。
西村外間筑登之親雲上農書沖縄なす・ごぼう・とうがん・にんじん・わけぎ・らっきょうなどの野菜,豆類・あわ・きびなどの穀物,綿・たばこなど特用作物の手入れについて述べる。また畑作の収支や使用人の経費など経営についてもふれている。
八重山嶋農務帳沖縄沖縄の農業指導書である『農務帳』を八重山の実情に即して補足した農書。基本構成は『農務帳』と同じで,土壌保全の思想が貫かれている。さつまいも・豆類・からむし・あい・芭蕉などの作物を取り上げる。
農業全書 巻1〜5福岡質・量ともに近世農書の白眉。元禄10(1697)年刊。以降200年にわたり刊行され,日本の農業に大きな影響を与え,その影響のもとに多くの農書が書かれた。本書の技術的立場は多肥集約農業の勧めであり,その中核技術は中耕・肥培である。労働集約型・土地生産性重視のこの農業が江戸時代の国内自給体制をもたらした。巻之一〜五を収録。
農業全書 巻6〜11福岡『農業全書』巻之六〜十一を収録。巻之十一附録は貝原楽軒著で国政,藩政と農業のあり方を説く。
広益国産考全国江戸時代を代表する農業ジャーナリスト・大蔵永常の全生涯によって究められた農学の集大成。農民的・合理主義的感覚で当時の国産物を図解入りで記述する。
除蝗録 全全国鯨油による稲作害虫防除法につき,実例をおりまぜながらきわめて具体的に解説した書。後編では,鯨油を使えない地域,農家を対象に,綿実,油桐,菜種油の効果と施用法を記述。
農具便利論 上・中・下
綿圃要務全国近世商品作物のチャンピオンである綿の性状と栽培法とを整然と示した著作。先進地での栽培例や販売法,品質までふれている。顕微鏡による図も挿入。
百姓伝記 巻1-7静岡三河・遠江国を舞台に,最も古い時代に成立した著名な写本農書,全15巻。本巻ではその前半を収録。自然の観察,農民の生き方,土と肥料,樹木,農具,治水などについて述べる。
百姓伝記 巻8〜15静岡『百姓伝記』の後半部分を収録。苗つくり,稲作,麦作,野菜作の実際からそれらの食べ方までを具体的に述べ,さらに農具類の備え,使用法を説く。本書は小農技術の体系化を目指しており,今日に至るわが国の農業技術の基礎をなすものである。また,中国の陰陽五行説を農業(とくに土壌)に適用した最初の書として注目される。

【農事日誌】

書名県名解説
高野家農事記録秋田羽後国亀田藩畑谷村の肝であった高野与次右衛門家の農事関係日記。種もみ量,苗数,雇い人への給米,相場などが詳細に記録され,高野家の地主手作り経営の実情をうかがえる。
大福田畑種蒔仕農帳栃木著名な農書『農家捷径抄』を著わした下野国小貫村の名主・小貫家には,享保7年から弘化2年までの「農事帳」34点が残されている。本書は,その文政10(1827)年と11年のもの。
年中万日記帳埼玉武蔵国赤尾村で代々,名主役を務めた林家13代の信海が記録したもの。克明な気候の記述のほか,使用人の農作業および行動の記録が多く,信海の人づかいのようすをよくうかがわせる。
社稷準縄録神奈川相模国の小川家の農業実践記録。時代によっていろいろに名をかえて昭和26(1951)年まで続く記録のなかから特色ある2年分を収録。各種作物の播種量,施肥量を克明に記し,明日への反省材料にしている。
年々種蒔覚帳神奈川相模国小川家の天保8年の農事実践記録。八王子市場の相場をにらみながら作物の選定,肥培管理・経営を営んでいたようすを克明に記録する。
子丑日記帳富山越中国太田村の村役人を務めた金子半兵衛が記帳した日記。天候,家事,農作業,村仕事,親戚づきあい,下男の作業内容と休日,自らの俳諧を楽しむ暮らしぶりまで克明に記録している。
鹿野家農事日誌石川加賀国大聖寺藩の十村(大庄屋),精農家として活躍した鹿野家第8代小四郎が,主として作業内容と作業量を記したもの。鹿野家が熱心な地主手作り農家であったことがわかる。
御百姓用家務日記帳岐阜冠婚葬祭や住居の増改築などの家事,余業の唐傘修理,金銭・米麦の貸借貸出入まで詳しく書いているので,農家経済の状況がよくわかる。また,寺子屋の師匠としての寺子の出入などが書かれているのも特徴である。
日知録愛知奥三河津具村の農家・山崎譲平(医師でもある)が,自家の動向,使用人による農事,村内外の人々との往き来などを記したもの。安政3(1856)年当時,譲平は種痘を行なっていた。
午年日記帳大阪天候,農作業,村の仕事,年中行事,仏事・神事などを含めた家族の動向などたんたんと記されている。そこから作物の「作りまわし」などの様相が浮かび上がってくる。
家事日録兵庫年間の農事記録や年中行事とともに出石藩士・寺檀関係者・心学仲間・家族・親族との交わりを細かに書き留めている。
土屋家日記広島備後国深津郡市村(現福山市蔵王町)などに居住し,周辺の庄屋役を務めることの多かった土屋家の文化5(1808)年の日記。年間の農作業が綿密に記されていて,江戸後期の瀬戸内の農業技術の水準を分析するうえで貴重。
西谷砂糖植込地雑用並ニ出人足控香川讚岐国豊田郡河内村での,同郡内の大地主大喜多家が中心となって共同で行なった甘蔗栽培と,初製糖(白下糖・粗糖)加工の出人足(出役)を中心に記した農業日記。近世期には類例のない珍しい日記。
野口家日記佐賀佐賀平野の一農民が農事の詳細を日々克明につづったもの。耕種,肥培,収量はもとより,凶作,流行病なども記す。幕末期佐賀平野クリーク地帯の土地利用が示される。
耕作日記鹿児島大隅国肝属郡高山郷の上級郷士・守屋舎人が記した農作業日記。1筆ごとの作付面積,収穫量などが具体的に記されており,近世後期の農業の実情を知るうえで貴重。

【特産(産品)】

書名県名解説
漆木家伝書青森代々,漆栽培を家業とし,津軽地方に漆栽培技術をもたらした成田家が,家伝としての漆栽培技術を記したもの。年々の費用,利益についても試算し,漆栽培の有利性についても詳述。
蚕飼養法記青森従来,蚕業で重要な位置を占めたことがない津軽で生まれた,わが国最古の養蚕書。繭の買入れや機織を行なう津軽藩「織会所」の技術者,つまり領内を巡回して農民たちを直接指導した織物師たちが伝えた養蚕技術の集大成。
菜種作リ方取立ケ条書秋田18世紀末に普及されはじめた菜種の栽培法,施肥法,搾油法を図解をおりまぜて説く。とくに油粕類やいわし類のすぐれた肥効を力説する。
名物紅の袖山形羽前最上の紅花は,諸国特産物番付の東の関脇にあげられ,全国の7割5分を占めた特産物。その紅花の栽培から取引,加工,京への輸送にいたるようすを詳細に紹介した貴重な農書。
蚕当計秘訣福島岩代国梁川の蚕業家である著者は,シーボルトのもたらした寒暖計を改良し,蚕室の温度調節の目安になる温度計を製作して本書とともに頒布し,環境制御による農業への端緒を開いた。
海苔培養法東京江戸湾(東京湾)におけるのり養殖の技術書。品川の地先の海域で得たのりの知識を基礎に,のり養殖の将来性や経済性までを説き,江戸湾における「浅草のり」の産地化の土台を築いた。
煙草諸国名産全国江戸の町・九段でたばこ屋を営む狂歌好きの著者が書いたたばこ産地・品質・価格・効能から喫煙マナー・外国事情にいたるたばこ百科。
梨栄造育秘鑑新潟白根郷を中心とした越後国の蒲原平野は河川氾濫の常襲地で,江戸時代から水に強いなしが栽培されてきた。本書はなし栽培の先駆者が著わした,なしの専門書で,栽培技術から販売方法にまで及ぶ。
養蚕規範石川越中五箇山,飛騨白川郷,加賀白山麓という草深い山村で,寒暖計による温度管理など養蚕先進地に劣らない技術水準にあった,幕末期北陸地方の養蚕・製糸業の実態。蚕種問屋の著書を加賀藩士の国学者がまとめ直したもの。
工農業事見聞録 巻一〜巻四石川村松標左衛門による特産百科。関西から関東まで広く見聞し,衣食住全般にわたる物産について図入りで記す。本巻には染めもの,生活用品,農家の仕事,土や石を原料にした細工ものを収録。
工農業事見聞録 巻5〜7石川48巻に続き,顔料,金属製品,飲食,衣服について収める。
蚕茶楮書三重有力な伊勢商人で,地域社会の振興をはかった事業家でもある著者は,在所の村人を督励して広大な園を開墾した。それを背景に,桑・茶・こうぞをつくる利益,仕立て方,取り木・挿し木のやり方,実生での育て方を説く。
蚕飼絹篩大成滋賀縮緬産地長浜の蚕業家であり農事指導者であった著者は,糸商人として全国くまなく遍歴した。養蚕製糸の有利なことを知り,見聞と体験をもとにきめ細かい技術を説く。
製茶図解滋賀彦根藩が開国後の主要輸出品として茶を領内に奨励するために刊行したもので,豊富な図で最新の技術をわかりやすく解説している。栽培編と加工編に分かれ,採種から樹の生育と分植まで,摘葉から二番茶・玉露の製法,輸送まで,全般にわたる。
養蚕秘録兵庫近世におけるわが国蚕書の白眉.養蚕での『農業全書』の役割を果たした書.守国は若年から養蚕に親しみ,信州,上州,岩代などの養蚕先進地を歩き集大成したのが本書である.仏語訳もある名著.
紀州密柑伝来記和歌山紀州みかんは江戸で圧倒的な販売量を誇った。その成功の秘密は,生産・販売のネットワークが有効に機能したことにあった。本書はそのネットワークの整備過程と変遷を詳述する。
樹芸愚意鳥取天保飢饉による疲弊から未だ癒えない鳥取藩の知行地に,ころび(油桐)・はぜ・漆など商品作物の植樹を奨励した記録で,いわば特産品による村おこし,農村復興策の事例報告。新しい林業を模索するうえで参考になる。
あゐ作手引草広島あいの最大の特産地は阿波国徳島だが,本書はあい作を備後国福山地方へ普及させようとして出版されたもの。栽培法を絵入りで紹介し,同地方におけるあい作普及に大きな役割を果たした。
藍作始終略書徳島阿波国の特産物であるあいの栽培から製造までの総合解説書。葉あいのねかせ方,あい玉の鑑定法,あいごみ,あいの茎の利用法など,およそあいに関することについて微に入り細をうがって記す。
甘蔗栽附ヨリ砂糖製法仕上ケ迄ノ伝習概略記香川讚岐国の特産物砂糖について栽培,経営,製法を示した書。栽培から製造にいたるまでを生産者の身になって簡潔に示している。
窮民夜光の珠福岡有利な商品作物であるはぜの栽培法と製ろうの仕方を詳細に解説した古典的名著。著者自らがはぜ栽培の先覚者で,庄屋としての立場から農民に示したもの。のちに,大蔵永常は本書をもとに『農家益』を著わした。
農人錦の嚢福岡はぜの木は農民にとって錦の袋であるとの考えから,はぜの栽培法を30項目にわたって詳述する。優良はぜ種「松山」の原産地からの農書。
櫨徳分并仕立方年々試書大分はぜ栽培の利益と育苗,接ぎ木,施肥にいたるまでの技術を細かく記す。著者・上田俊蔵ははぜの優良種「群烏」を生み出し,技術を公開して普及させ,後年『櫨育口伝試百ケ條』を著わした。
綿圃要務全国近世商品作物のチャンピオンである綿の性状と栽培法とを整然と示した著作。先進地での栽培例や販売法,品質までふれている。顕微鏡による図も挿入。
油菜録全国油菜(あぶらな,なたね)は,灯油・食用油・肥料の原料として欠かせないものになり,農民にとっては換金作物として重要な作物となった。その栽培法を絵入りでくわしく紹介した刊本。
五瑞編東京世界最初のしいたけ栽培専門書。殖産興業,地方活性化を目的に,各藩に招かれての栽培伝授のようす,日本各地のしいたけ栽培の方法,乾燥法の特徴が克明に書かれている。
朝鮮人参耕作記全国幕府は,すべて輸入に頼っていた朝鮮人参の国産化政策を進め,その栽培と調製にくわしい幕府医官・田村藍水を登用した。本書は栽培の普及を目的にした技術書で,基本は現代にも通じる。

【農産加工】

書名県名解説
唐方渡俵物諸色大略絵図北海道中国への輸出海産物である俵物(海鼠=干しなまこ,干しあわび,ふかひれの3点)と諸色(昆布など俵物以外の乾物)の製法や規格を彩色図入りで解説。
塗物伝書青森津軽塗りの秘伝書。技法とともに,色漆の合わせ方,蒔絵の方法,箔・梨子地・青貝のつけ方など35項目を簡潔な表現で,詳しく分量をあげて記述。この古唐塗や青海波塗に学ぶことで,新しい現代の技法も生まれてくるだろう。
漬物塩嘉言東京江戸の漬物問屋・小田原屋主人が,たくあん漬け,白うりの印ろう漬け・捨小舟など64種の漬物について,秘伝の漬け方を開陳。風趣ある絵と漬物名を詠みこんだ歌なども楽しい。家庭用・商売用いずれにも使える内容。
豆腐集説東京豆腐製造者からの聞き書。豆腐のつくり方,多様な呼び方とその由来,加工品,料理などについて,図解をまじえて解説する。工程,器具,材料も具体的。江戸の豆腐は大きく,現在の約5〜6倍あったことなどもわかる。
豆腐皮東京ゆば工からの聞き書。口伝で伝えられてきた技術で,手引書がみられないなか,ゆばの種類,つくり方,料理などを具体的に詳しく記した貴重な技術書。最も禁物な塩気(にがり),火加減の目安など,勘どころがよくわかる。
績麻録新潟江戸渋谷の住人が,越後国田沢村の庄屋宅に留して越後縮の生産工程を正確な挿絵とともに記録したもの。現在の重要無形文化財「小千谷縮・越後上布」をたどれる最も古い文献。縮布や織子,産地の習俗など,民俗資料としても貴重。
製塩録石川海水をくみ上げ,塗浜に散布して塩をつくる揚浜製塩法の詳述と,能登地域の製塩にかかわる法令を抄録。それまでの製塩業を詳しくまとめるとともに,塩生産者「塩士」の待遇改善をはかろうとして記述された。
実地新験生糸製方指南長野明治初期,日本の全輸出額の半分を占めた生糸類に粗製濫造の問題が浮上。それを克服しようと,長野県下高井郡中野町で生糸の改良に心を砕いた著者が,磨撚法(よりかけほう)や生糸製造の改良法を,精密な図を添えて説明する。
仕込帳愛知現岡崎市八帖町の特産,八丁味(豆味)の醸造方法に関する希少な史料。いまの「大豆1石から200kgの味」と変わらない醸造技術だが,大豆・塩・水の仕込み割合を試行錯誤しながら安定させていく跡がうかがわれる。
童蒙酒造記兵庫江戸期初頭の銘醸地・摂津鴻池の流派を中心に,酒づくりの全般にわたって解説している酒造技術書。乳酸発酵利用の新酒用菩提もと,高温糖化の煮もと,通常の生もとについての技術は貴重な情報。
寒元造様極意伝兵庫摂津伊丹流の寒づくりの酒造技術書。水の加え方と蒸米の温度加減,加温用の暖気による温度調節などを解説していて,いわゆる「伊丹流」の酒造技術がよくわかる。
醤油仕込方之控兵庫播磨国龍野の有力な醤油屋による,江戸時代後期の淡口龍野醤油の製法書。大豆の煮出し汁「あめ」,甘酒,蜜,醤油粕からさらに搾った二番醤油(番水)などを加えてつくる,龍野醤油の独自の製法を詳述。
紙漉重宝記島根強さで定評のある石州半紙の製造工程を,表情豊かな職人像とともに詳細に図解。原料こうぞの売買や紙の値段など採算についても細かく記す。山奥の村々が紙漉きによって経済を安定させるうえで,強力な武器になった。
樟脳製造法高知樟脳は,防虫・薫香材,強心剤(カンフル)などに広く利用される。この樟脳の需要が幕末の開国によってさらに増大し,ほうろく式から蒸留式の製造法,いわゆる土佐式樟脳製造法が開発された。本書はその解説書。
紀州熊野炭焼法一条并山産物類見聞之成行奉申上候書附宮崎幕末,鹿児島藩は専売による山林経営を企画し,林産物の生産,輸送,山産物類見聞之成行奉販売を藩直営で行なう御手山の制度をつくった。その御手山の支配人が,先進地紀伊国熊野地方の白炭の製法,生産・流通機構などを学び,調査した報告書。
製油録全国永常の前著『油菜録』が栽培について述べるにとどまり,搾油法にはふれていなかったので,それを補う意味で刊行したもの。綿実の搾油法にもふれている。その技術は現代にも通用する。
甘蔗大成全国さとうきびの導入を,麦や菜種の間作として,つまり諸作のつくり回しのなかに組み込んで説いているところに本書の特徴がある。製糖技術としては中国渡りの伝統的な方法と,讚岐流の新しい技術を重層的に述べている。
製葛録全国くずは,くず粉をとる素材として,また薬としても利用でき,茎からは糸をとって布に織ることもできるという重宝な植物である。本書はくず粉のとり方,くず布の製法を図解入りで説明している。
麩口伝書全国小麦のふすまから,麩(ふ)を取り出す方法,それをもとにした焼き麩・観世麩・大名麩などのつくり方が記されている。麩の製造者の心おぼえのために書かれたものと思われる。生麩に小麦粉を加えた麩が4種,米粉を加えた麩が13種など,多彩。

【園芸】

書名県名解説
花壇地錦抄東京江戸の「園芸センター」染井の植木屋が書いた本邦初の総合的園芸書。江戸のグリーンビジネスの主役が,多種多様な草木について実際家の立場から詳細な解説を加えた本書は,園芸愛好家必携の不朽の名著。
植木手入秘伝東京鉢植え園芸ブームが絶頂を迎えていた文化・文政期(1804〜29)に成立した園芸書。接ぎ木の方法や肥料・用土・管理について細かく記述している。
剪花翁伝大阪近世中期以降における庶民生活への「「生け花」の普及を背景にせいりつした「いけばな」のための園芸書。
園圃備忘福岡著名な本草学者貝原益軒による,春夏秋冬,農作物,花,果樹類などの農事暦を示した異色の備忘録。「貝原益軒全集」にも収録されていないもの。
砂畠菜伝記福岡福岡藩の下級武士が,生活の補いのため,屋敷内の砂畠に野菜を栽培した結果を詳述した書。
養菊指南車熊本肥後菊の管理の勘どころを二十四節気ごとに解説した図入りの栽培秘伝書。個々の花,株を観賞するのではなく,花壇全体の調和した美の観賞を目的とすることを説く。
山林雑記岩手盛岡藩の山林奉行などの役にあった著者が,植林した木を藩と民間とで歩分けする造林法を奨励するために書いたもの。育苗・植林法,植林地の選定,樹種について実体験をもとに詳述。
太山の左知栃木下野国黒羽藩士の著者が,杉・ひのき造林の実践をふまえ,地域経済の活性化を願って書いたもの。江戸の材木消費を背景に,より高く売れる大径木の育て方を追究している。
弐拾番山御書付山口長州藩の直轄輪伐林である番組山を計画的に伐採・育林する管理方法について具体的に述べたものとして,わが国唯一のものである。
林政八書沖縄琉球王国の最高指導者・蔡温によって記された行政文書。森林の保護・育成の実際を,自然と人間が調和して生きていくための「風水」をもって説明しているところに特徴がある。
松前産物大概鑑北海道蝦夷地きっての豪商であった村山伝兵衛が松前奉行の要請によって書き上げたもの。蝦夷地でとれる56種の海産物の形状・加工法・値段などが克明に記され,当時の流通実態がわかる基本史料。
関東鰯網来由記千葉いわし網漁が紀州から関東へ海路伝来されたこと,房総のいわし網によって生産された干鰯を売りさばく干鰯問屋組合などの成立事情,そして全国へ販売されるようになる経緯が述べられている。
玉川鮎御用中日記東京多摩川沿岸の村々では,農間余業を主とするあゆ漁が盛んで,とりわけ御用あゆを江戸城御台所へ上納してきた。そのあゆ御用世話役の熊川村名主が,あゆ漁と世話役の動向を記す。意外なほどの河川漁業の盛行とあゆ御用の実態がわかる。
釣客伝東京釣り師による,江戸湾・相模湾,江戸近辺の河川をおもな対象にした釣りの手引書。「江戸前」の釣りを中心に,体験・見聞にもとづき,具体的な仕掛けや技法を公開する。その要点は,時候・場所・勘・手廻し・根である。
能登国採魚図絵石川能登国で行なわれていた釣漁・網漁など17の漁法と,網の規模や経費,網のつくり方など漁業経営に関する事柄とが絵図入りで描かれている。海に生きた浦方の村々の暮らしがしのばれる。
氷曳日記帳長野氷曳漁は,結氷した湖上に穴をあけ,氷の下に網を入れて敷設し,地引網のように氷の下を引いて魚をとる漁法。本書は,諏訪湖の阿戸(氷曳漁が行なわれる場所)での氷曳漁の決まりや具体的な実施法を記した唯一の資料。
金魚養玩草大阪金魚のよしあしの見分け方から飼い方までの全般にわたる,金魚飼育書のさきがけ。以後,数多くの金魚飼育書が輩出し,川柳に「裏家住つき出しまどに金魚鉢」と詠まれたような,金魚文化の大衆化に大きな役割を果たした。
松江湖漁場由来記島根鱸(すずき)や白魚を中心とする松江湖(宍道湖)の漁法,漁業慣行,漁師の身分など,漁業の総体がわかる文書。松江藩によって漁業権を特権的に保護されていた白潟漁師の関係者が,その再確認のために書いた漁場由来記。
安下浦年中行事山口周防5立浦の1つ安下浦におけるいろいろな漁法を月を追って述べている。当時の漁法,ほしかの製法,漁民の活動域,漁業慣行などがよくわかる。著者は庄屋で,領主層へ書き上げたもの。
小川嶋鯨鯢合戦佐賀肥前国唐津領呼子浦を本拠地とした鯨組・中尾甚六の小川嶋における捕鯨を合戦に見立て,図絵を多用して描いたもの。勇壮活発な捕鯨の推移が,躍動感あふれる軍記物の口調で表現されている。

【畜産・獣医】

書名県名解説
鶉書東京江戸時代には,小鳥の飼育が流行し,鳴き声や体型の優劣を競う「鳴き合わせ」が盛んに行なわれた。本書はうずら飼育者を対象に,よい鳴き声・体型についてポイントをあげて詳述したもの。
解馬新書東京著者は,馬医術の基礎としての馬の解剖の重要性を痛感し,当時最新の西洋馬医書や,人医書の『重訂解体新書』などに学びながら本書を著わした。近代馬医学への橋渡しとなった名著。
万病馬療鍼灸撮要全国馬の病気治療のハンドブック。利用者のために巻頭に鍼灸のつぼの部位図を掲げ,生薬の配合についても詳細をきわめている。現場の要求に十分応えようとした実用性の高い馬医書である。
犬狗養畜伝大阪作者は幕末期の戯作者で,絵画・本草学,果ては商売にまで通じた異才。犬の飼い方と治療法について述べているが,真のねらいは犬の病気を治す薬の宣伝にあるという遊び心あふれた本。
牛書兵庫牛のさまざまな病気を番付にして載せ,漢方による治療法を示した伯楽(獣医)ハンドブック。中国本を手本にしているが,伯楽たちが自らの診療経験をふまえて実用書として完成させたもの。
廐作附飼方之次第全国本書の特徴は,乗用馬を飼育するきゅう舎のつくり方と馬の飼い方および飼料について,実用性の観点からきめ細かに述べているところにある。また,人の食事との対比など,叙述にも工夫がみられる。
安西流馬医巻物全国粉川僧正を開祖とする安西流の馬医学の彩色絵巻。馬に鍼をうつ部位とその効果が陰陽五行説と仏教の哲理にもとづいていることを,馬体の絵図や五行の配列をもって示している。

【農法普及】

書名県名解説
上方農人田畑仕法試秋田農業指南のため羽後の国を訪れた大坂の農人2人に教えられた農事の記述。水稲のほか,ねぎ,大根などの野菜の栽培が詳しい。
試験田畑秋田著者親子が陸稲・木綿など8種の作目について試作した結果の報告書。これらの作目は,藩が殖産興業の観点から奨励したものだが,主体的に取り入れた上方の先進地の技術が反映されている。
廻在之日記秋田養蚕の先進地・米沢藩領羽前国置賜郡居住の著者が秋田藩から招かれ,桑の植樹と養蚕技術向上のために藩内を巡回したときの日記。後進地域における技術普及のようすがうかがわれる。
会津歌農書福島『会津農書』の著者が『会津農書』の内容を農民にわかりやすく説明するため「和歌」の形式にまとめたもの。上中下3巻からなり,それぞれ「会津農書」の上中下に対応し,和歌は1,668首を収める。
満作往来全国天保4(1833)年の大飢饉の惨状を契機に執筆された。救荒食の生産・加工・貯蔵に関して細かく説明し,あわせて,ふだんから窮乏生活に耐えうる工夫と態度が必要だと,救荒への心がまえを説く。
新撰養蚕往来全国農家副業としての養蚕の経済的有利性を説き,桑のつくり方,蚕用のかごのつくり方,蚕の掃立てから給桑,上簇までの技術上の注意を細かく記す。「桑の葉をきざみ製する図」など,手順を示す図解も添えている。
九州表虫防方等聞合記石川加賀大聖寺藩の農民による先進地北九州の虫防ぎや苗代のつくり方を視察した道中記,かつ出張復命書。各地をめぐって,多くの人に会ったことが,克明に記録されていて興味深い。
耕作早指南種稽歌福井若狭の農学者で歌人である著者が,選種の重要さから,稲,麦の栽培法,農家の心得などを歌に詠んでまとめた書。
勧農和訓抄山梨飢饉が襲った天保期(1830〜43),甲斐国八幡北村の代官が領民を救うために著わしたもので,農業の起源,農家の心得,各種作物のつくり方について説く。その農業技術の核心部分は,『農業全書』『農業余話』の引用・要約からなる。
御米作方実語之教長野伊勢で発案された種もみの薄まき法が,「不二道」という民衆宗教の人脈にのって,信州の伊那地方に普及した事情を物語る文書。農法の教科書という側面と「教伝」の性格をあわせもつ。
門田の栄愛知三河国田原藩の領民のために書かれた農法改良,合理的農業経営の書。同じ船に乗り合わせた三河・下総・摂津・九州の4人の農民の問答を通じて,「乾田化の利益」「草木に雌雄はない」「今や技術を革新すべきとき」などを説明する。
農業家訓記愛知毎月の耕種・肥培・作業日程・労力見積り,暮らしの心がまえなどを具体的に記して,子孫へ農法を送り伝えている,尾張国知多郡の家訓的農書。「内向き」の家訓ではあるが,子孫へ向けての「普及」の書でもある。
再新百性往来豊年蔵全国農家の生産や生活に直接必要な道具,肥料,副業,食べもの,家屋の造作,検見,貢納,生活の心得などの教科書。「百姓の取り扱う文字」として農具や所帯道具の1つひとつをあげ,「田畑の広さと長さの単位」まで教えている。
讃岐砂糖製法聞書兵庫播磨国二見の小山某が,製糖業の先進地・讚岐国の白鳥新町の人から砂糖製法の技術を聞き書きしたもの。藩の統制下にあった製糖技術は,このように聞き取りのかたちで他国へ伝播した。
伊勢錦奈良大和の老農・中村直三の著わした,角力番付形式の稲品種の一枚刷り。その数44品種に及ぶ。
熊野新宮在アタシカ村筆松といふもの和州に来り紀州の作り方をためしたるはなし奈良大和の老農・中村直三による稲づくりの話。農民の経験談が豊富に登場する。
畑稲奈良大和の老農・中村直三による陸稲の栽培法。陸稲の特徴をとらえ,簡潔に伝える。
豊秋農笑種島根『農業全書』と『農業余話』に学び,自らの新知見や試験を通じて得られた稲作技術を中心に書いた栽培・経営書。これが財政窮迫に悩む松江藩の役人の目にとまり,藩内に普及された。
東道農事荒増山口長州人による東日本農事視察記。関西・東海・関東・信州各地の農業事情を明らかにするとともに,長州藩の稲作の生産力の高さをも逆に照らし出している。
三等往来徳島郷土阿波国椿泊の地勢や歴史,そこに住む三等(武士・商人・漁師)の日々の暮らしぶりを漢文で叙述。漢文の入門書でもあり,子供たちに郷土の歴史・風土・人情の特性を教える本でもある。とくに漁師と魚商人について詳しい。
農業往来全国土地の利用方法,農作業の勘どころ,年中行事,作物の紹介,68か国の日本国づくし,84種の職づくし,農民の生活心得など多岐にわたる。農事にかかわる事項を広く取り上げた,村役人層の子弟向け往来物=教科書。
米徳糠藁籾用方教訓童子道知辺全国米作の重要性,稲の副産物のぬか・わら・もみがらの有効利用を子供たちに教えるために書かれた「道しるべ」。わら利用の仕方は三十数種もある。人形の胴,畳床,馬の寝わら,屋根ふき材,わらじ,かかし,縄……。
耕作会秋田秋田の老農・石川理紀之助が村の農民とともに開催した農業耕作会の記録。同会は会員相互間の資金と食料の融通組織であるとともに自主的な学習会,農事懇談会でもあった。
永代取極申印証之事千葉下総国南生実村での農村復興策の実践記録。融通金を活用して土地を買い戻し,その管理は村で行ない,質入れ・譲渡などはしないことを規定。名主以下総勢83名が連署し,村の総意で作成した文書。
永代取極議定書千葉農村荒廃状況下にあった下総国千葉郡南生実村では,隣村の豪農・篠崎弥兵衛から復興資金の提供を受け,復興策を実行に移した。その具体的な方策を村民の総意で定めたもの。
仕事割控千葉仕事割・仕業割は,暦日に割り当てた農作業の年間予定書きのこと。農民教導に活躍した大原幽学の指導のもとに作成され,農業に計画的・意識的・積極的に取り組むことが期待された。
年中仕業割并日記控千葉仕事割・仕業割は,暦日に割り当てた農作業の年間予定書きのこと。記載内容は家内の人数,可動する人数,田畑や山林の面積,作業別手間一覧や性学修行日数,仕事割りなど多岐にわたる。
儀定書長野信州佐久郡田村では,小百姓層が村役人層(上層農)に村政・村運営の民主化を突きつける「村方騒動」が続いていた。その要求は「儀定書」として藩役人の認知のもとに確認された。
暮方取直日掛縄索手段帳静岡慢性的な疲弊に陥っていた駿河国駿東郡藤曲村は,村復興の手だてを二宮金次郎(尊徳)に願い出た。金次郎がそれに応えて,報徳仕法の原理を具体的に示した文書。一村仕法の模範として名高い。
報徳作大益細伝記静岡二宮尊徳のもとで報徳仕法を学んだ安居院庄七による農村振興策の大きな特徴は,上方で吸収した正条植え,薄まき,直まき,客土,施肥など先進的な農業技術をともなっていたことである。

【開発と保全】

書名県名解説
出羽国飽海郡遊左郷西浜植付縁起山形飛砂に悩まされ続けた庄内平野西部の砂丘植林記録。著者の佐藤藤蔵は,砂丘への植付けを藩に願い出て許され,私財を投げ打って数万本の木を植え続け,ついに砂防林の育成に成功した。
飯沼定式目録高帳茨城下総国飯沼(現茨城県南西部)の関係23か村は,「飯沼3,000町歩」といわれる美田をつくり上げた。本書は,普請方法,入用金,借入金の返済状況など,新田組合が確認しておくべき事項の覚書。
開荒須知群馬自らの開拓体験をもとにして著わした異色の農書。街道筋という立地,貨幣経済の浸透,浅間山噴火などによって疲弊しきった農村を救うための実践的処方箋として著わされたもの。
川除仕様帳山梨古来から,治水のために洪水を河川内に閉じこめる工夫をしてきた。が,洪水に勝つより負けない工夫が大事だと,川の性格の観察,工事の心得にも言及しつつ,堤防の築き方など甲州流の正統ともいうべき具体策を述べる。
当八重原新田開発曰書長野八重原新田は,長野県佐久地方の4つの新田の1つで,黒沢加兵衛によって万治3(1660)年に完成された。著者は加兵衛の甥で,のちの水争いに備えて開発の経緯を克明に記したもの。
尾州入鹿御池開発記愛知入鹿池は,濃尾平野東部の開発を目的に,入鹿村1村を水没させて,寛永10(1633)年に築造された。本書は,開発の経緯,取水口である圦の維持・管理,改修の費用・工法を詳述している。
地方の聞書和歌山紀伊国の庄屋であり地方役人であった大畑才蔵の書。治水,地域計画,営農についての考え方を述べ,経済合理的な考え方の成熟を示す。地域計画・土地利用についての古典。
積方見合帳和歌山紀伊国伊都郡学文路村の庄屋・大畑才蔵は,和歌山藩の藩命を受け,領内の溜池・用水路の築造のための検分,測量調査を行ない,普請計画を策定した。本書はその記録で,才蔵の地方巧者(じかたこうしゃ)としての面目が躍如としている。
木庭停止論長崎対馬藩では,木庭(焼畑)の休閑年数が短くなり,土砂の流出が激しくなったため,木庭停止の指示を出した。本書はそれに対する賛否の意見を公平に公開し,著者・訥庵の見解を加えたもの。
通潤橋仕法書熊本肥後国矢部手永(郡)の総庄屋による,石橋・通潤橋と,その上に設置された送水用の石の設計・工法書。克明な図面が示され,設計・施行のようすがよくわかる。通潤橋の架橋で,不毛の白糸台地に100町歩の水田が拓かれた。
治河要録全国幕末,江戸幕府によって編さんされた河川改修技術の集大成。関東・東海・甲州地方の大河川の特徴と改修技術,改修の経緯が記されている。「竜王村・西八幡村堤者信玄堤と申候て」と,信玄堤についての記述もみえる。

【災害と復興】

書名県名解説
年代記宮城陸前国牡鹿郡真野村の肝煎が,天明3(1783)年の災害に触発され,先祖の覚書なども集めて書いた地域社会の災害史の覚書。天明の飢饉への対応,克服の努力,備荒作物などに言及し,災害史であるとともに出色の庶民記録ともなっている。
浅間大変覚書群馬天明3(1783)年の浅間山の噴火の開始から大噴火にいたる経過,大噴火のようす,被害状況,噴火後の物価騰貴,飢饉,幕府による検分など,「大変」の一部始終と復興のようすを臨場感あふれる筆致で描く。
大水記埼玉寛保2(1742)年,未曾有の大洪水が関東平野を襲ったとき,武蔵国川越藩領久下戸村の名主が,洪水による被害の状況,自ら行なった救済活動と藩からの褒賞,その活動から得た教訓などを克明に記録したもの。
高崎浦地震津波記録千葉元禄16(1703)年,関東諸国を揺るがした地震は大津波を誘発し,房総半島の沿岸はとくに大きな被害を受けた。著者はこの津波被害を客観的,具体的に記録し,子孫への訓戒としている。
富士山砂降り訴願記録神奈川宝永4(1707)年の富士山噴火による被害のとくに大きかった小田原藩領足柄郡の村々は,食糧の無償支給と耕地の復旧などを藩当局に求め,粘り強い訴願を繰り返した。その交渉の克明な記録。
富士山焼出し砂石降り之事神奈川富士山の噴火による降灰,それによる酒匂川の氾濫と,その治水のための復興費用の獲得,堤防工事の実際を詳述する。田中丘隅が石積みの堤防をつくって一応の完成をみる。
弘化大地震見聞記長野弘化大地震は「善光寺地震」ともいわれ,震動による被害のほか,火事,山の崩落による川のせき止めと,それによる水没,川の決壊による洪水など二次災害が大きかった。絵図とともに記録する。
凶年違作日記・附録長野信濃国上伊那郡北大出村の名主が記した天保飢饉の記録。「天災による飢饉は,天が人間のおごりをいましめるために引き起こされる」との思いから,飢饉の恐ろしさ,困窮のようすと対策,わらや松皮の食べ方にまで及ぶ。
暴風浪海潮備要談愛知安政の大地震,大津波を体験した著者が,天変地異,暴風波に備えて,防潮の対策・方法を説く異色の農書。
水災後農稼追録愛知万延元(1860)年の伊勢湾干拓地での洪水記録。風雨による被害のようす,排水作業,その後の稲の生育状況と手当てを記す。暴風雨で被害を受けたため追苗代をつくり,その肥料代,賃金を克明に計算している。
大地震津波実記控帳三重嘉永7(1854)年,志摩国を襲った地震・津波の記録。庄屋を務めていた著者は,150年前の地震・津波の教訓がいかされなかったことの反省にたち,災害の実情と復興の実際をつづって後世に残した。
大地震難渋日記奈良嘉永7(1854)年,東海から伊勢・伊賀・大和の各地に2度の地震が襲い大きな被害を与えた。本書は,2度の大地震の大揺れのようすを「馬が腹の皮をうごかすごとく」などと写実的に描写する。
水損難渋大平記岡山嘉永3(1850)年,備中国高梁川左岸,軽部村の堤防が決壊した。その折の被害状況,藩庁や民間の救済のようす,復興へ向けての普請,年貢の見直し,水害に対する心得などを,和歌入りの独特の文章でつづっている。
洪水心得方岡山高梁川の上流,軽部村で破堤した2日後,備前国児島郡粒浦新田は25日間冠水した。その折の村の被害と村人の活躍,藩の対応と村々からの援助,洪水時の心得などを細かく記し,子孫への教訓として書き残したもの。
享保十七壬子大変記福岡西日本を襲った虫害による飢饉を,福岡藩領志摩郡元岡村の大庄屋が記録。飢饉の経過,食用にした品々,藩の対策,「当郡の総人口は1万8,064人であった。そのうち3,800人が飢え死にした」ことなどを克明に伝える。
嶋原大変記長崎寛政4(1792)年,雲仙・普賢岳が噴火し,加えて眉山が激震とともに大崩落して津波を誘発した。その被害は対岸の肥後にまで及び,「島原大変肥後迷惑」といわれた。その一部始終を記録する。

【本草・救荒】

書名県名解説
民間備荒録岩手宝暦5(1755)年,一関藩の藩医による著作。飢饉時の草木の食べ方,飢えた人々への手当ての仕方,農民が飢饉に備えてつくるべき草木を説く。
備荒草木図岩手一関藩の藩医・建部清庵は,領内の大飢饉に遭遇し,『民間備荒録』を出版した。本書はその付録的性格をもち,文字を読めない庶民にも一見してわかるように編まれた図集で,救荒植物を中心に104種を採録している。
農家用心集栃木下野国日光領大室村の名主が書いた特異な救荒書。自身が体験した天保の飢饉を教訓に,農家に凶作・飢饉への警戒を呼びかける。同時に,幕末の政治的混乱期に在村指導者として地域社会の秩序維持に心をくだくさまを述べる。彫刻。稲作の主要な場面である馬耕,代かき,田植え,草取り,稲刈り,運搬,脱穀・調製,蔵入れが透かし彫りにされている。
薬草木作植書付全国幕府の旗本が薬種の国内自給を提言した文書。薬種の生産を増やす2つの方策,栽培法とその収支計算,確保すべき薬種など,薬種行政に関して具体的に提案する。享保期(1716〜35)以来の医療の充実,薬種の国産化の政策を継承・発展させるもの。
農家心得草全国忘れたころにやってくる飢饉への備え。米の備蓄が実際的でなかった当時,まず麦の増収法と収穫した麦の運用を含めた備蓄法を説く。さらに,飢饉のときに誤って有毒植物を食べないように,有毒植物図を掲載する。

【学者の農書】

書名県名解説
羽陽秋北水土録秋田著者の和・漢・天竺の知識に通じた学識豊かな自然観,寺田経営によって蓄積した知識,地域の荒廃田復興にも携わった経験をもとに,羽後の地の総合的な国土開発を論ずる。内容は山,海,水源,農業,水田,時候,政事,祭祀,礼儀,雑例と多岐にわたる。
農業要集千葉農業に従事しながら平田篤胤門下生として学んだ著者の処女作。『農業全書』の影響を受けつつも体験と地域の実情に応じて記述している。五穀,四木,三草から紙すきにいたる64項目からなる。
農業日用集愛知渥美の国学者による農事の具体的な要領集。栽培時期と施肥法を中心に述べていくところに特色がある。
農業余話大阪陰陽五行説の学理により農業および作物・家畜を解説した代表的著作。著者は摂津国の農学者で農事試験圃をもち,自ら作物の試作に当たった。作物雌雄説でも一見解を示す。
農家須知高知土佐国の医師が,「医食同源」の原理,陰陽五行説の方法論による作物の観察,実際の栽培結果をもとに本書を著わした。農作は「客(宴会)をするがごとし」として,座敷の掃除=地ごしらえ,酒・肴=肥料,食事時の案内=田植え時,招く客=苗,とたとえて,実践的に説く。
刈麦談長崎対馬島内の8つの村々の老農たちからの報告をもとに,「対馬聖人」とうたわれた陶山訥庵がまとめた対馬の農業記録。木庭作すなわち焼畑農業について詳しく紹介し,近年まで続いた対馬の焼畑の原型を伝える。
刈麦談長崎水田の少ない対馬での重要作物「麦」の刈取り時期を問題にしながら,経営のなかにどう取り入れていくかを説いた技術,経営書。『老農類語』とともに島での農業と生活の実態を伝える貴重な書。
農業全書 巻1〜5福岡質・量ともに近世農書の白眉。元禄10(1697)年刊。以降200年にわたり刊行され,日本の農業に大きな影響を与え,その影響のもとに多くの農書が書かれた。本書の技術的立場は多肥集約農業の勧めであり,その中核技術は中耕・肥培である。労働集約型・土地生産性重視のこの農業が江戸時代の国内自給体制をもたらした。巻之一〜五を収録。
農業全書 巻6〜11福岡『農業全書』巻之六〜十一を収録。巻之十一附録は貝原楽軒著で国政,藩政と農業のあり方を説く。
広益国産考全国江戸時代を代表する農業ジャーナリスト・大蔵永常の全生涯によって究められた農学の集大成。農民的・合理主義的感覚で当時の国産物を図解入りで記述する。
農稼肥培論全国多くの農書を世に出した大蔵永常は,肥料・肥培の分野では本書を著わした。蘭学の知識を取り入れ,それまでの陰陽説や雌雄説から離れ,水・土・油・塩の4元素によって肥培論を展開している。
培養秘録全国佐藤信淵家代々の地理・気候・土性の研究のうえに成り立ったとされる肥料論であり,佐藤家学の結晶ともいえる。鉱物性の肥料を重視していることが特徴。
甘蔗培養并ニ製造ノ法全国平賀源内の主著『物類品』に収められている。宝暦(1751〜63)の当時,砂糖について国内の知識は不十分で,本書も中国・明の『天工開物』などからの引用と翻案からなる。しかし,類書のなかった当時にあっては,さとうきびの栽培,砂糖の製法について記された貴重な技術書であった。
甘藷記全国本書は,青木昆陽『薩摩芋功能書并ニ作り様の伝』を主内容とする鈴木俊民編著『甘藷之記』と,小比賀時胤編著『蕃藷解』からなる。前者では,中国の書籍からの引用・翻案による中国流さつまいも栽培法が,後者では,わが国の先進地・長崎地方の栽培法が説かれている。
再種方全国「再種方」とは稲の二期作栽培の方法。大蔵永常が,土佐国で盛んな二期作の他国への普及をはかったもので,その有利性と栽培の実際を述べる。「付録」では,稲花の顕微鏡観察図を載せ,当時の常識であった植物雌雄説を蘭学の知見から批判している。
二物考全国蘭学者・高野長英が,大飢饉に苦しむ人々を救おうとして著わした。二物,つまり気候不順でもよく成熟する早熟そばと,暴風雨や長雨にも強く栽培も簡単なじゃがいもについて記す。長英はその知識を,最新の西洋近代科学の成果を盛った蘭書から得ている。