No.331 OECDが農業環境指標DBを2014年分まで追加

・経緯

OECD(経済協力開発機構)は,農業における環境汚染を削減し,農産物貿易の自由化を推進するために,農業環境指標を定めて,加盟国政府に毎年指標の計測値を報告するように求め,その集約した結果を本にまとめて刊行している(環境保全型農業レポート「No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」参照)。そして,集約した農業環境指標の状態のデータベースをインターネットで公開するようにした(「No.232 OECDが2010年までの農業環境状態を公表」参照:2013年版データベース。

これまでにOECDは,

駆動力に関係する指標:(1)農業生産,(2)土地利用,(3)養分使用,(4)農薬使用,(5)エネルギー消費,(6)水使用

環境状態に関係する指標:(7)土壌の質,(8)水質,(9)大気の質,(10)生物多様性,(11)農薬リスク

応答に関係する指標:(12)農場管理

といった指標を策定してきている。

その後,2010年以降2014年までのデータを追加した2017年版データベースを,2017年10月に公開した。そのデータベースから,いくつかの農業環境状態の新しいデータを紹介する。なお,農業環境指標の定義は環境保全型農業レポートのNo.114 を参照されたい。

・養分バランスの推移

養分の窒素とリンのバランスは,まず,国の農地全体に,肥料,家畜ふん尿,降雨,微生物による窒素固定,種苗による持ち込みなどによって持ち込まれた窒素とリンの全量(インプット量)を計算する。そして,耕種作物,果樹や茶樹,飼料作物によって吸収されて圃場外に搬出される窒素とリンの全量(アウトプット量)を計算する。次にインプット量とアウトプット量の差を「養分バランス」として,その国全体での総量や農地面積ha当たりの養分量kgで表示する。プラスの値は,作物に吸収されない余剰な養分量を意味する。

一般に経営規模の小さな農場は,多肥によって収量を上げて収益を確保し,経営規模の大きな農場は,施肥を減らして収量を下げても面積で収益を確保する傾向がある。

A.窒素バランス

1990-92年における窒素バランスの3か年平均値は,オランダ309,ベルギー263,韓国213,デンマーク186,ルクセンブルク183,日本171 kg N/haであったが,その後,EUの国々では窒素バランスの値が大きく減少したのに対して,日本ではわずかに漸減しただけで,韓国ではむしろ漸増した。その結果,2012-14年には,韓国249,日本153,オランダ148,ベルギー138,ルクセンブルク127 kg N/haとなった(表1)。

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B.リンバランス

1990-92年におけるリンバランスの3か年平均値は,日本72,韓国48,オランダ36,ベルギー343 kg P/haであったが,その後,EUの国々ではリンバランスの値が大きく減少したのに対して,日本では漸減,韓国では変化せず,その結果,2012-14年には,日本50,韓国47,ベルギー6,オランダ3 kg P/haとなった(表2)。

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EUでは農業を発生源とする家畜ふん尿や化学肥料に由来する窒素による地下水や表流水の汚染が深刻になったため,1991年に「硝酸指令」(「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令(91/676/EEC)」)を公布した。この法律によって,家畜ふん尿の最大還元量を170 kg N/haにし,これを超える家畜ふん尿を生産している農場は,余剰なふん尿を他の農場に販売/委譲するか,家畜頭羽数を削減することや,冬期にはふん尿をスラリーで圃場に施用しないで,スラリータンクに貯蔵することが農業者に課せられた。

また,化学肥料の施用も施用基準を遵守し,表面流去などで農地から流出しやすい傾斜農地や水辺周辺の圃場への施肥には,厳しい規制が設けられた。そして,EUの農業補助金の支給を受けるには,硝酸指令などの法律を踏まえて加盟国が作成している農業生産基準を順守することが課せられている。このため,養分バランスが次第に改善されて,以前に比べると最近では余剰養分量が激減した(環境保全型農業レポート「No.251 EUにおける農地からの窒素排出量の内訳と硝酸指令の削減効果」)。

硝酸指令は,窒素排出削減を目的にしているが,家畜ふん尿の施用量の削減と施用の適正化を図ることによって,同時にリンの施用量削減にも大きく寄与した(環境保全型農業レポート「No.239 EUの第5回硝酸指令実施報告書」参照)。

EUは余剰リンの削減を水質保全の観点からだけでなく,リン肥料に含まれるカドミウムも問題にしており,収穫物中のカドミウムを削減する観点からも,リン肥料の削減に力を入れている(環境保全型農業レポート「No.255 EUが食品中のカドミウム濃度規制を一部修正・追加」)。

日本はEUの動きに比べると,化学肥料や家畜ふん尿の施用の適正化の動きが非常に遅れている。

・農薬使用量

OECDの農薬環境指標データベースでは,農薬使用量の近似値として,いろいろな種類の農薬原体(有効成分)の販売総量を用いている。OECDは,農薬の使用量が作物や有効成分の種類によって大きく異なるので,農地面積当たりで表示せず,その国全体での原体販売額を指標としている。しかし,国によって農地面積が大きく異なるので,国間の比較を理解しやすくするために,国全体での原体販売額を,耕地と永年作物地(果樹,チャなど)の合計面積で除した値を計算した(表3)。牧草地を除いたのは,放牧地では原則農薬を使用しないからである。

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農薬の使用量は一般に,温暖多雨な気候の国で冷涼少雨の国よりも多く,集約農業では粗放農業でよりも多い傾向がある。そうした傾向にしたがって,表3で耕地+永年作物地面積当たりの農薬販売量が,日本,韓国,オランダ,ベルギーで多いのはこれまでの実績からも理解できる。しかし,2010年にOECDに新規加盟したチリが農薬販売額で1位に躍り出て,しかも面積当たりでの値は日本の約2倍と非常に大きくなっている(表3)。

代表的なOECD国について,穀物,果実,野菜の収穫面積の合計値に占めるそれぞれの割合%を計算した結果を表4に示す。オーストラリアやアメリカでは,穀物の割合が90%を超え,果実や野菜の割合が非常に小さい。日本や韓国は穀物の割合が80%前後で,果実と野菜の合計割合が20%前後に増加し,オランダは穀物が65%に減って,果実と野菜の合計割合が35%に増加したのに対して,チリは穀物の割合が56%と他の国よりも非常に小さい。一方で,果実と野菜の合計割合が44%と非常に高く,とりわけ農薬を多投する果実の割合が非常に高い。このために,チリでの耕地+永年作物地面積当たりの農薬販売量が1位になっていると理解できる。

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・農業からの温室効果ガス排出量

加盟国について,農業における施肥,水田,家畜,家畜ふん尿からの二酸化炭素,メタン,亜酸化窒素の排出総量を,農地総面積で除した値を計算した(表5)。

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面積当たり多くの施肥を行ない,家畜の飼養密度が高いという集約農業の割合が高いほど,農地面積当たりの温室効果ガス排出量が多くなるはずである。その意味で,韓国,オランダ,日本,ベルギーなどで,農地面積当たりの温室効果ガス排出量が多いことは予想される(表5)。このうち,農業からの面積当りの温室効果ガス排出量は,EUのオランダとベルギーでは,1990年から2014年の間に漸減しているのに対して,韓国では漸増し,日本ではほぼ同じとなっている。これは窒素バランスやリンバランスと同じ傾向である。

他方,OECD加盟国の工業,交通,家庭などを含めた温室効果ガス総排出量に占める農業由来の温室効果ガス排出量の割合(表6)をみると,ニュージーランドは約50%,アイルランドは約30%で突出している。これらの国では農業が主力産業で,他の産業の比重が小さいためである。これに対して,2012-14年において韓国は3.1%,イスラエル2.6%,日本2.5%となっている。これらの国々では農業以外の他の産業の比重が大きいことに加えて,食料自給率が低いことも反映していよう。

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日本は表5に示すように,農地面積当たりの温室効果ガス排出量が高い。それは事実である。しかし,これを削減することを目的にして,農業のあり方を変えるべきであろうか。

気候変動枠組み条約に基づくパリ協定で,日本は温室効果ガスの排出量を2030年度に2013年度比26.0%(2005年度比25.4%)削減すること約束している。日本全体で考えれば,表6からわかるように,農業を完全に止めても日本全体の排出量を2.5%削減するだけで,全体での削減目標の26.0%からすれば微々たるものである。そのために,食料自給率がゼロになることになってしまう。

日本では,農業における温室効果ガス排出削減だけを目標にして農業技術の改善を図るのは非現実的である。現状で過剰施肥を是正して窒素バランスを減らしても,収量は下がらないはずである。それによって作物の硝酸イオン含量が低下することによって,作物の品質向上(タミンC,抗酸化物質などの増加)が期待できるし(環境保全型農業レポート「No.312 有機作物の品質目安としての低硝酸・高ビタミンCの可能性」参照),農業による地下水や表流水の汚染を軽減できる(環境保全型農業レポート「No.203 OECD加盟国における水質汚染〜農業による水質汚染に対処する政策」参照)。こうした過剰施肥の削減によって,温室効果ガス排出削減も同時にできるのである。

農業分野においては,温室効果ガス排出削減問題については日本での特質を踏まえつつ,農業環境問題の改善と自給率および品質の向上を図るように,戦略を構築する必要があろう。

・農業における直接エネルギーの使用量

OECDは,農業の一次生産での直接エネルギー消費量(動力,空調,発電,乾燥,灌漑,家畜飼養などに要した石油,電力,天然ガスなどのエネルギー。ただし,肥料,農薬,機械などの製造に要した間接エネルギーを除く)の加盟国別総量を指標にしている(環境保全型農業レポート「No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス」)。環境保全型農業レポートでは,この農業における直接エネルギーの使用量や単位直接エネルギーの使用量当たりの農業粗生産額を何回か紹介してきた。しかし,加盟国の農業における直接エネルギーの使用量のデータが,一部の国で2013年版と2017年版で大きく異なり,データの信頼性が疑われる。

例えば,アメリカや韓国のように,2つのデータベースで,2007-09年までの3つのデータが同じ国が多いものの,日本やドイツのように,2つの版で大きく異なるものも存在する。このため,農業における直接エネルギーの単位量あたりの農業粗生産額を計算すると,2つのデータベースで値が大きく異なり,国間の順位も大きく異なる(表7)。日本についていえば,2013年版のデータでは直接エネルギーの単位量あたりの農業粗生産額が小さいが,2017年版ではその値が数倍に増加してしまう。このため,今回のレポートでは,農業における直接エネルギーの問題の論議は行なわないことにする。

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・おわりに

EUが環境保全を重視した農業を着実に前進させていることが,上述のデータからよく分かる。それに対して,日本や韓国のような小規模経営の農場が多く食料自給率の低い国では,事態が一向に改善されていない。環境保全型農業といいつつ,国全体では改善効果が認められていないことを強く認識する必要があろう。