No. 367 アメリカの家畜糞尿の堆肥化に関するガイドライン

●家畜糞尿堆肥による生食用青果物の病原微生物汚染防止のために

 アメリカでは,生食用青果物の病原微生物汚染防止のために、家畜糞尿の堆肥化に関するガイドラインの強化が進められている。

 環境保全型農業レポート「No.340 有機の青果物は慣行に比べて病原菌に強く汚染されているのか」に,次のように紹介している。

1990年頃から,先進国では,健康増進のために生鮮野菜や果実の生産・流通・消費が顕著に増加し,微生物管理の面から不適切な方法(汚染水の灌漑,病原菌付着農業機械の無洗浄など)による集約的生産によって,サルモネラ菌や大腸菌O157などの病原菌に汚染された野菜を生で食して,食中毒の発生件数が世界的に増加した。

 こうした状況を踏まえて,アメリカの連邦政府は,生食用青果物の家畜糞尿や家畜糞尿堆肥による病原微生物汚染を従前よりも厳しく抑制するために,法的規制やガイドラインを次のように強化している。

(1)CDCのリーダーシップ強化

 CDC(アメリカ疾病予防管理センター Centers for Disease Control and Prevention)は連邦政府の機関で,深刻な病気の発生については,国内外を問わず駆けつけ,文献収集,現場調査を行なって,原因解明や対策を講じる上で世界的に主導的な役割を果たしている。

 国内で発生した食物媒介性感染症の調査・同定については,州の下部行政単位のカウンティ(郡)で市の公衆衛生当局が初動を起こすことが多い。そこで手に負えないと州の公衆衛生当局が動き,それでも手に負えないときにCDCが要請を受け,リーダーシップを発揮して関係当局と共同調査を行なう。共同調査を行なう関係当局のなかには,連邦の保健福祉省食品医薬品局 Food and Drug Administration(FDA),農務省食品安全検査局 Food Safety and Inspection Service(FSIS)や農務省の他の部署があり,集団発生調査の全ての段階を通して日常的に協力している。

 FDAとFSISは,アメリカの食品安全性を監視し,食品工業を検査と規制によって管理している。食物媒介性感染症の集団発生の際には,なぜ生じたのかを究明する仕事とその制御に要する検討を行ない,今後の集団発生を防止する方策を見つけ出す。その際,その起源にまでさかのぼって追跡し,食品を試験し,レストランや食品加工施設における食品安全性対策を評価し,農場での調査を指揮して,欠陥食品の回収を公表する(Foodborne Outbreaks. Key players in foodborne outbreak response.)。

(2)FDAの食品の安全性に関する権限を強化

 FDA保健福祉省食品医薬品局は,食品,医薬品,さらに化粧品,医療機器,動物薬,たばこ,玩具など,消費者が通常の生活のなかで接する機会のある製品の安全性について,その許可や違反品の取締りなどの行政を専門的に行なっている。食品の安全性については,所轄行政官庁が厚生労働省以外にも複数の官庁(農林水産省,経済産業省など)に渡る日本と異なり,FDAで一元的に管理しているとされている。

 FDAは食品の安全性に関する行政を一元的に強化するために,2011年1月に「食品安全強化法(または近代化法)」を成立させた。この法律のなかで,一次産品の生食用の果実・野菜の衛生問題を中心にした「食用農産物の栽培,収穫,出荷,保持の基準」Standards for the growing, harvesting, packing, and holding of produce for human consumption は,当初規定されておらず,遅れて規定され,2015年11月に公布された(この基準は,一般に「農産物規則」Produce Ruleと略称されている)。この基準は消費者が入手した農産物の安全性だけでなく,果実や野菜の栽培,収穫,出荷,保持の全過程での安全性を一元的に問題にしており,科学に基づいた最初の最低基準を策定したものであるとしている。このなかで,完成した家畜糞尿堆肥に含有することが許される人体病原細菌のレベルや,家畜糞尿堆肥や生糞尿(スラリー)の施用についての基準も記されている。

 その概要については,環境保全型農業レポート「No.343 アメリカの「農産物規則」(安全な農作物生産基準)」を参照されたい。

(3)NRCSの堆肥化施設基準の詳述化

 FDAの「食用農産物の栽培,収穫,出荷,保持の基準」に家畜糞尿の堆肥化についての基準が記されているが,それは農務省NRCS(自然資源保全局)の合計167の農業工程の概要と実施の仕方を述べた保全工程基準 Conservation Practice Standard: のなかの,主に「堆肥化施設」Composting Facility: Code 317 に記されている基準値をそのまま引用している。

 農務省のNRCSは,FDAのように生食用に限定せず,全ての農作物の生産のための家畜糞尿などの堆肥化,堆肥の施用などについて,詳しいガイダンスを作成している(USDA NRCS. 2000. National Engineering Handbook (Title 210), Part 637, Chapter 2, Composting. 88pp.)。

 これをベースにして,堆肥化施設,動物死骸処理施設Animal Mortality Facility(Code 316),廃棄物貯留施設Waste Storage Facility(Code 313),堆肥の施用については,養分管理Nutrient Management(Code 590)など,関連する保全工程基準も作られている。

 因みに,保全工程基準は1ないし2年ごとに順次加筆されて改訂され,一覧表からアクセスできるものは最新版だけとなっている。このため,古い版は一覧表からは入手できなくなる。筆者が入手している最も古い「堆肥化施設」の保全工程基準は2001年版だが,最も古い版の年次は不明であり,最新版は2020年版である。なお,NRCSの保全工程基準は,NRCSの州事務所が州の条件に合わせた現地基準を策定する上での雛形であり,現場の指導者や農業者は,州事務所の策定した基準を用い,NRCS本部の基準を使用してはならないとされている。

 「堆肥化施設」の保全工程基準は版を重ねるともに,時には時代の要請から新たな項目が追加されたり,記述が詳しくなったりしてきている。例えば,1頁A4で2001年版は2.3頁,2010年版は2.9頁,2020年版は5.8頁と次第に増えてきている。

●堆肥化施設

 NRCSの「堆肥化施設」の保全工程基準における堆肥化の方法やそのための施設そのものの記述は簡略すぎる。NRCS(2000)National Engineering Handbook. Chapter 2. Composting は,堆肥化方法を大別して次のように分類している。

 下記の(1)と(2)は堆肥材料を堆積しておくだけなら,堆肥化施設とはいいにくいが,雨を遮断するために屋根をつけた建物を通常は設ける。

(1)堆積堆肥化Composting piles

 (a) 消極的な堆積堆肥化:混合した堆肥材料を小山状に積み上げて,外部から堆肥の山の孔隙に浸透してくる酸素を使って,微生物が好気的に有機物を分解させて堆肥化する。直ぐに酸素不足になるので,定期的に堆肥の山を積み替え(切り替え)して,酸素供給を繰り返す。
 (b) 積極的な堆積堆肥化:堆肥の山の中に外部から加圧した空気を管によって注入して,有機物の好気的な微生物分解を加速する。

(2)ウィンドロウ(帯状野積み)Windrow

 (a) 消極的なウィンドロウ:混合した堆肥材料を高さ1.8〜3m,長さ4.5〜6m(数10mにすることもある)に帯状に積み上げて,外部から孔隙に浸透してくる酸素を使って微生物に有機物を好気的に分解させる。定期的に堆肥の山を切り返す。酸素供給を多少向上させるために,帯状の堆積物の低部に短辺方向に沿って穴のあいた細い管を左外部から右外部に横に貫通させて,外部の空気を自然に取り込む消極的通気ウィンドロウもある。
 (b) 積極的なウィンドロウ:帯状に積み上げた堆肥の山の低部中央に長辺方向に沿って,外部から挿入した管に加圧した空気を注入して,管の上部から空気を堆肥の山に流して,微生物による有機物の好気的分解を加速する。

(3)通気した箱型コンパートメントや回転ドラムなどの堆肥化装置

 通気や堆肥材料の混合を自動で行なわせて,堆肥化速度を大幅に向上させた様々な堆肥化装置がある。

●NRCSの堆肥化条件

 堆肥化施設の如何にかかわらず,堆肥化の円滑化,養分供給や土壌改良の発揮,作物生育や人間の摂食に対する安全性を確保するために,NRCSは次の条件の確保を強調している。

  • 堆肥材料堆積物の孔隙確保: 好気的微生物分解を助長し,嫌気的条件で生ずるアンモニアなどの悪臭を回避するために,堆肥材料堆積物が堆肥化過程で均質な通気を行なえるように,孔隙を多数有するようにする。
  • 炭素-窒素比(C:N比): 堆肥材料混合物のC:N比と個々の資材の水分含量を許容可能な範囲に調整する。そのために,出発時の堆肥材料混合物のC:N比を,迅速な堆肥化には25:1と40:1の間にする。これは堆肥材料を分解する細菌や糸状菌の養分要求に合わせるためである。C:N比が適正範囲よりも高ければ,堆肥化プロセスが遅くなり,適正範囲よりも低くければ,悪臭やアンモニア揮散が増えてしまう。
  • 炭素: C:N比の低い家畜糞尿の堆肥化の場合,必要に応じて,高いC:N比の炭素系原料を貯蔵しておき,それを混合することよって混合物のC:N比を適正範囲に調整する。
  • 膨軟化(バルキング)素材: 膨軟化素材を必要に応じて混合物に添加して,通気を高める。膨軟化素材は,堆肥原料の炭素性素材,分解の遅い天然有機物素材や,非生物分解性の分解の遅い素材でも良い。分解の遅い素材や非生物分解性素材は堆肥材料に比べて大きな形で残っており,最後に手で回収する。
  • 水分レベル: 堆肥化過程を通して,堆肥材料混合物水分を40から60%(湿重ベース)に維持する。堆肥材料の山の中に蓄積するほど過剰な水分の添加はしない。
  • 堆肥材料混合物温度: 堆肥材料の内部温度を目標温度に到達させて所定期間維持する。雑草種子を殺すのに適切な華氏145度(62.8℃)に堆肥が達するようにする。しかし,温度が165度(73.9℃)を超えると,好熱性細菌を殺して堆肥化プロセスを阻害する。また,温度が185度(85℃)を超えたら,燃焼を防ぐために直ちに堆肥の山を冷却する。
    (注)日本が輸入している濃厚飼料には様々な帰化雑草の種子が混入している。牛糞尿の堆肥化で57℃を超える堆肥温度が確保できれば,帰化雑草種子も死滅させることができる(T. Nishida, N. Shimizu, M. Ishida, T. Onoue, and N. Harashima (1998) Effect of cattle digestion and of composting heat on weed seeds. JARQ 32, 55-60.)。
  • 市販用堆肥,有機農業用堆肥,FDAの農産物規則用堆肥: 静置の通気した堆肥の山や,通気した箱型コンパートメントの堆肥化装置での堆肥化は,堆肥の温度を華氏131度(55℃)と華氏170度(76.7℃)の間に3日間維持することが要求されている。露地に横長に堆積したウィンドロウでは,華氏131度(55℃)と華氏170度(76.7℃)の間に15日間保持し,少なくとも堆肥を5回切り返し,ウィンドロウを均質に混合して堆肥化する。
  • 切り返し/通気: 好気的分解を維持しつつ,使用した堆肥化方法に適切な,望ましい水分除去量と温度管理の関係,切り返し/通気の頻度の予定を立てる。
  • 臭い: もしも堆肥材料混合物の山の悪臭が適切に低減しない場合には,処方箋の変更を含めて戦略を見直し,堆肥の品質や最終使用目的の仕様(例えば,認証有機農業)ないし生物的接種目的に合致する材料の添加によって,炭素添加量の増加,水分含量の変更,pHの変更などを検討する。

●日本の栽培から出荷までの野菜の衛生管理指針

 2020年に農林水産省が「生鮮野菜を衛生的に保つために‐栽培から出荷までの野菜の衛生管理指針(試行第2版)」を公表した。これは生食用野菜が人体に有害な病原菌に汚染されて,深刻な伝染病が発生するのを防止するために,生鮮野菜の生産段階において,水や家畜糞尿の適正な管理などの衛生上の注意点をまとめた国内向けのガイドラインである。

 このなかで,「II 生鮮野菜の衛生管理」の括りの中の「1.野菜の栽培から出荷までの各工程における対策」に次の記述を行なっている。

(2)栽培に使う家畜ふん堆肥の管理
 1)家畜ふん堆肥(堆肥)の製造では,十分に発酵させるため,
  ・副資材(例えば、もみがらやおがくず)の利用等により、水分を調整する。
  ・定期的な切返し(目安:1か月ごと1回で計3回以上)等により,全体に空気を入れる。
 2)自分で堆肥を作る場合は、製造時(目安:堆積2週間後)の堆積物の内部温度を測定し、
  55℃以上※が3日間以上続いていることを確認するよう努める。
  ※ 家畜ふん中の食中毒を起こす菌の死滅には55℃以上の温度を保つ。
   雑草種子の死滅には、60℃以上の温度を保つ。
 3)出来上がった堆肥について,褐色から黒褐色になり,原料の家畜ふんの臭いがほぼなく
  なったことや,手触りがさらさらであることを確認する。

 アメリカはFDAが,生食用野菜や果実の病原菌汚染を回避するためのガイダンスを2008年に公表している。これは,日本より12年も早い(FDA(2008)Guidance for Industry: Guide to Minimize Microbial Food Safety Hazards of Fresh-cut Fruits and Vegetables 38pp.)。

 ガイダンスは法的強制力を持たないが,生食用の果実・野菜の衛生問題について,法律の「食用農産物の栽培,収穫,出荷,保持の基準」を2015年11月に公布している。

 こうしたアメリカの行政対応に比べて,日本の対応ははるかに遅い。農産物輸出を強化するなら,堆肥問題も国際的に対応できる法律や生産者のためのガイダンスが求められることになろう。そのためには,農林水産省が堆肥化全般のガイダンスを早急に刊行することが必要になろう。