No.239 EUの第5回硝酸指令実施報告書

●経緯

EUは,農業に起因した地下水および表流水の硝酸汚染や表流水の富栄養化を削減・防止するために,1991年に「硝酸指令」(「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令(91/676/EEC)」)を公布した。加盟国は,硝酸指令に規定された条項の実施状況を4年ごとに欧州委員会に報告し,欧州委員会がそれらをまとめた報告書を欧州議会と閣僚理事会に提出することが規定されている。

第4回実施報告書を,環境保全型農業レポートNo.150に紹介したが,第5回実施報告書(2008〜2011年分)が2013年10月に公表された。その概要を紹介する。

(1) 報告書本文:European Commission (2013a) Report from the Commission to the Council and the European Parliament on the implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources based on Member State reports for the period 2008-2011. Brussels, 4.10.2013 COM(2013) 683 final. 11p.

(2) スタッフ作業文書:European Commission (2013b) Commission Staff Working Document Accompanying the document, Report from the Commission to the Council and the European Parliament on the implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources based on Member State reports for the period 2008-2011. 101p. SWD(2013) 405 final

これまで硝酸指令をきちんと遵守せずに,承知の上で違反をあえて行なっていた加盟国もあったため,期限内に加盟国から実施報告書が欧州委員会に届けられないこともあったが,今回は全加盟国から報告書が提出された2回目であった。

●家畜頭数と化学肥料使用量減少による,農業からの環境圧力の減少

加盟国によって増減数が大きくフレているが,前回の2004-07年に比べて,2008-11年に,EU27か国全体で,肉牛2%,乳牛5%,豚5%が減少した(家禽総羽数は変化せず)。

無機窒素肥料の2008-10年の使用量は,2006-07年に比べて6%減少した。EUにおける年間の無機窒素肥料消費量は現在約1100万トンで,25年前のピーク時に比べてほぼ30%減少している。リンおよびカリ肥料は2010年において約250万トンずつで,1980年代のピーク時よりもほぼ70%減少した。

そして,OECDの農業環境指標に準じて計算した,農地ha当たりの窒素とリンのバランス(養分投入量と作物による回収量との差)の2004年と2008年とを比較すると,余剰養分量がEU全体の平均ではごくわずかしか減少しなかったが,養分投入量の多いオランダ,ベルギー,ルクセンブルク,デンマーク,イギリスでは窒素の余剰量が明らかに減少した(表1)。

●モニタリングステーションの密度

(1)地下水

EU27における地下水モニタリングステーションの総数は,2004-07年期間に比べて2008-11年期間には約10%増えて,33,493になった。そのEU全体での平均密度は,陸地面積1000 km2当たり8ステーションとなった。最も密度が高いのはマルタとベルギーで,それぞれ1000 km2当たり130と100,他方,最も密度が低いのはフィンランドとドイツで,1000 km2当たり1ステーション未満であった。

EUにおける平均のサンプリング頻度は年間約3回だが,ラトビア,リトアニア,デンマークでの年1回から,イギリスとベルギーでの年5回までの幅があった。

(2)地表水

EU27における淡水表流水のモニタリングステーションの総数は,2004-07年期間に比べて2008-11年期間には約9%増加し,29,018になった。EUでの平均密度は陸地1000 km2当たり6.9ステーションとなった。最も高い密度はイギリスとベルギーで,陸地1000 km2当たり30.6と28.4であり,反対に最も低い密度はフィンランド,ギリシャとドイツで,それぞれ0.5,0.8と0.9であった。なお,海水については,EU27のモニタリングステーションの総数は,2つの報告期間の間に2,577から3,210ステーションに増加した。表流水のサンプリング頻度(全ての水塊)は,年3回のマルタとギリシャから,年ほぼ60回のデンマークまでの幅があった。

●地下水と表流水の硝酸汚染程度は若干改善

(1)地下水

2008-11年期間において,EU27の地下水ステーションの14.4%が50 mg NO3/Lを超え,5.9%が40と50 mgの間であった。これは前回期間,15%が50 mgを超え,6%が40と50 mgの間であったのに比べて,若干の改善である。硝酸濃度が最も低かったのは,フィンランド,スウェーデン,ラトビア,リトアニア,アイルランドで,他方,硝酸濃度が最も高かったのはマルタとドイツであった(図1)。

2008-11年期間と2004-07年期間の結果を比較すると,全体として多くの加盟国で大方のステーションが安定した傾向を示し(EU27で42.7%),減少傾向のステーションの割合は増加傾向のものとほぼ同じで(それぞれ30.7%と26.6%),前回報告期間の状況と同様であった。減少傾向のステーションの割合が最も高かったのはアイルランドで,最も安定していたのがラトビア,増加傾向の割合が最も高かったのはエストニアであった。

(2)表流水

EU27の報告された淡水表流水のモニタリングステーションの年間平均に基づくと,62.5%が10 mg NO3/L未満であったが,2.4%が40と50 mg/Lの間,2.4%が50 mg/Lを超えていた。これも前回報告期間では,2.9%が40と50 mg/Lの間,3%のステーションが50 mg/Lを超えていたのに比べると改善している。淡水表流水の年間平均硝酸濃度が最も低かったのは,フィンランドとスウェーデン,次いで,リトアニア,ポルトガル,オランダであった。最も高かったのは,マルタ,イギリス,ベルギーで,40 mg NO3/Lを超えたステーションの割合が高かった。

年間平均硝酸濃度の減少傾向がEU27の全淡水モニタリングステーションの42.1%で観察され,その12.1%が大幅な減少(NO3で5 mg/L超の減少)を示し,モニタリングステーションの38.7%が安定していて,19.1%が増加傾向を示した。そして,NO3が25または50 mg/Lを超えたステーションの割合も2004-07年期間に比べて減少し,EU27における淡水水質は2008-11年期間に改善している。

(3)表流水の富栄養化

富栄養化の評価の仕方が加盟国で異なるだけでなく,富栄養化状態についてデータを提出しない国が少なくなかった(河川についてはドイツ,デンマーク,フランス,キプロス,マルタ,ルーマニア,イギリス,湖沼についてはキプロス,チェコ共和国,フランス,ルクセンブルク,マルタ,イギリス)。

富栄養化状態を,水中の微小藻類の含有するクロロフィルa含量によって,富栄養化の高いレベルから低いレベルの順に,過栄養>富栄養>中栄養>貧栄養>極貧栄養に区分しているが,報告された範囲では,河川のモニタリングステーションの6.3%が過栄養,16.3%が富栄養,21.4%が中栄養,35.4%が貧栄養,20.6%が極貧栄養であった。極貧栄養ステーションの割合が最も高かったのはスペインで,次いでブルガリアとスロベニア,これに対して,過栄養ステーションの割合が最も高かったのはベルギーとオランダ,次いでチェコ共和国とフィンランドであった。富栄養が高いレベルであったのは,リトアニアとルクセンブルクであった。

湖沼の富栄養化にでは,モニタリングステーションのうち,過栄養が12.7%,富栄養が24.1%,中栄養が24.2%,貧栄養が36.6%,極貧栄養が2.4%であった。極貧栄養のステーションの割合が最も高かったのはラトビアで,次いでスペインであり,他方,富栄養または過栄養のステーションの割合が最も高かったのはオランダで,次いでデンマーク,スロバキア,ポーランド,ブルガリアとベルギーであった。一般に河川の栄養状態は湖沼よりは良かった。

栄養状態についての傾向は,データの報告がそろっていないため,前期間との比較ができない。

●硝酸脆弱地帯の指定

硝酸脆弱地帯の指定を,国土全体とすることもできる(オーストリア,デンマーク,フィンランド,ドイツ,アイルランド,リトアニア,ルクセンブルク,マルタ,オランダ,スロベニア,ベルギーのフランダース地方,北アイルランド)。

領土全体を指定している加盟国の面積を含め,硝酸脆弱地帯のEUの総面積は2012年において,約1,952,086.5 km2,EUの陸地面積の約46.7%に匹敵した(表2)。

2008年と比較すると,脆弱地帯に指定された面積は,特にルーマニア,ベルギーのワロン地方,スペイン,スウェーデンとイギリスで増加した。

●行動計画

加盟国は,硝酸脆弱地帯で農業者が守るべき,1つないし複数の行動計画を策定しているが,2008-11年期間に,多くの加盟国で新しい行動プログラムの採用または改正がなされた。改正に際して,スラリーや肥料の農地施用禁止期間,家畜ふん尿の貯留容量,不適切な気候条件における傾斜地や表流水近傍への家畜ふん尿や肥料の施用が強化されたケースが多い。

肥料施用量を制限することが,最も困難だがやりがいのある方策である。いくつかの加盟国は,全ての作物について窒素総量の上限値を規定している(オランダ,アイルランド,北アイルランド,ベルギーのフランダース地方は,リンについても上限値を規定している)。この方式は単純で分かりやすく,農業者に義務を伝えるのに明確で規制しやすい。他の国はもっと複雑なシステムを採用しており,明快さは乏しく,したがって水保護のための効果もより低いと考えられる。

家畜ふん尿貯留量はもう1つの重要な要素であるが,農業者に大きな金銭負担を課すことになる。しかし,この負担は,家畜ふん尿中のNの利用効率の向上による化学肥料の使用量の削減(温室効果ガス排出削減もともなう)や,農業者の作業条件の改善によってバランスをとることができる。この問題での強化が必要なケースが多い。

しっかりした行動計画を策定し,共通農業政策による支援の条件であるクロス・コンプライアンスと組み合わせることが,硝酸指令の効果を上げる上で大切である。

●家畜ふん尿窒素施用規制値の特例扱い

硝酸指令は,同指令の付属書に規定された明確な基準を満たし,かつ,特例扱いされた量が指令の目的達成を損なわないならば,家畜ふん尿窒素を,年最大170 kg/haとする上限基準からの特例を認めらうることを規定している。

欧州委員会には,硝酸指令の施行について,欧州委員会を支援する硝酸委員会が設置されており,そこの意見にしたがって,欧州委員会決定によって特例が認められる。2012年末時点で,7つの加盟国でこの特例が認められており,その中身は,領土全体について(デンマーク,オランダ,ドイツ,イギリス,アイルランド)と,一部の地方(ベルギーのフランダース,イタリアのロンバルディ州,ピエモンテ州,ベネト州,エミリアロマーニャ州)となっている(イングランドの特例については,環境保全型農業レポート「No.231 イングランドが硝酸脆弱地帯の農地管理規定を強化」を参照)。

特例を受ける農業者に要求される管理基準は,行動計画のものよりも高くする必要があり,養分プランニングについての追加義務と,農地管理についての追加規制とが課せられる。特に新たな特例の承認ないし既存のものの延長の承認は,水質の動向に照らして判断されている。

●今後の課題

行動計画の内容は全般的に向上し,対策の強化,施肥方法の向上,法的強制力の向上がなされ,行動計画が義務であることの認識も向上している。

しかし,いくつかの問題が残されており,その多くは肥料の農地への施用の上限量と方法,家畜ふん尿用貯留容器の容量と建設に関するものである。最近におけるエネルギー作物やバイオガス製造(特にドイツ)の展開のような他の要素が,行動計画で適切にカバーする必要のある新しい課題を提起している。同様に,一部の加盟国においてミルク収量が向上しているので,乳牛1頭当たりのふん尿生産係数を調整する必要が出ている。積極的側面としては,非反芻家畜の飼養で,餌の蛋白質やリン酸含量の点で改良がなされており,さらに養分負荷を減らせるはずである。

園芸作物からの環境への圧力には,行動計画で十分な対応がなされていない。このため,加盟国と科学検討グループとでこの問題の検討を行なっているところである。

農業方法が改善され,水質が全般的に向上しているにもかかわらず,改善がまだなされず,特に行動計画の対策の面で,今後一層の対応が必要な「ホットスポット」が残されている。こうしたホットスポットは,集約的な家畜生産や園芸が行なわれている地帯だが,土壌や地理的条件に関係したものもある(例えば,養分保持容量の低い砂質土,レス土壌,多孔質岩石地帯)。加盟国は,特にこれらに対処することが必要である。欧州委員会は,加盟国が,水質の動向に照らして,追加方策の採用や行動強化を図るのを注意深く見守ることにしている。

EUは水質問題に対処するのに,個別的に対処するのではなく,流域全体を対象にして総合的に対処する「水枠組指令」を定めている(環境保全型農業レポート「No.34 欧州の水系汚染対策」参照)。こうした取組において,広大な面積を占め,かつ,汚染負荷量の多い農地についての規制を行なっているのが硝酸指令であり,硝酸指令が枠組指令の目的を達成するキー方策の1つとなっている。