No.382 EUの土壌戦略策定方針

●EUはかつて 土壌保護の法律制定に消極的であった

 少し古い話だが,2006年9月に欧州委員会*1 によって「土壌保護戦略指令案」が提案された(環境保全型農業レポート「No.60 EUが土壌保護戦略指令案を提案」参照)。各国で事前検討された後,2007年12月の欧州委員会環境総局に置かれた「環境諮問委員会」に諮ったところ,一部の国から,土壌は加盟国が対処すべきもので,EUレベルでの統一行動は必要ないとか,法律施行にともなう経費負担が大きすぎるとして,強く反対されて,合意を得るに至らなかった(環境保全型農業レポート「No.97 EUで土壌保護戦略指令案が合意に至らず」)。
 欧州委員会は法律制定の前進を図るために,再度「土壌保護枠組指令案」を2010年3月15日の「環境諮問委員会」に諮ったが,前回同様,合意を得ることはできなかった。反対意見は,土壌は個々の加盟国で対応可能であり,EUは加盟国だけでは対応できない問題に乗り出すべきであり,事務管理経費も大きく,費用対効果も低い,と従来からの意見をくり返しであった(環境保全型農業レポート「No.155 EUで土壌指令成立のめどたたず」)。

 *1 著者注 欧州委員会:EU(欧州連合)の政策執行機関。法案の提出や決定事項の実施,基本条約の支持など,欧州連合の全分野にわたる平時の運営を担っている。

●EUが積極的な土壌戦略案の策定を決定

 筆者はEUの土壌に対する見方はこんなものかと思い,EUの土壌に関する法律の動きに関するその後の動向を調べないでいた。ところが,2021年11月17日に 欧州委員会の環境総局は,2030年の施行を目指して下記の連絡文書を欧州議会と諮問会議に送って,検討を依頼していた。
European Commission (2021) EU Soil Strategy for 2030.Reaping the benefits of healthy soils for people, food, nature and climate.26pp.(“2030年に向けたEU土壌戦略:人々,食糧,自然や気候のための健全な土壌の便益を得るために” 以下,「2030年に向けたEU土壌戦略案」と表記する)
 以前の「土壌保護枠組指令案」とは異なり,土壌の役割を,国連の採択した,2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す,国際目標としての持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)(環境保全型農業レポート「No.378 革新的食糧増産技術といえども持続可能な開発目標を達成しにくい」参照)に合わせて,土壌の役割をより広い視点に立って,健全な土壌を維持増進する戦略を策定するための方針を提案したものである。すなわち,健全な土壌は,(1) 食糧を生産するだけでなく,(2) 人々の生活や経済活動の基盤であり,(3) 土壌に多量の炭素を蓄積して二酸化炭素による気候変動を緩和し,(4) 土壌の孔隙に水を貯蔵して旱魃害を緩和し,余分な水を吸収して洪水を緩和したりなどの役割を果たしている。土壌のこうした多様な機能を十分に発揮させた健全な土壌を構築するための土壌戦略を,具体的戦術を含めて2030年に策定し,EUの土壌を2050年までに健全な土壌にするという方針の提案である。

●健全な土壌とは

 「2030年に向けたEU土壌戦略案」は,健全な土壌 healthy soil について,次のように記述している。

健全な土壌とは?
土壌は,化学的,生物学的および物理学的に良好な状態にあって,そのために下記の生態系サービスをできるだけ多く提供できるときに,健全である:

  • 農業や林業を含めて,食糧やバイオマス生産を提供する;
  • 水を吸収,貯留やろ過し,養分や物質を変換して,地下水系を保護する;
  • 生息地,種や遺伝子を含む,生命体や生物多様性の基盤を提供する;
  • 炭素の貯蔵庫として機能する;
  • 人類やその活動に対する物理的プラットフォームと文化的サービスを提供する;
  • 原材料の供給源として機能する;
  • 地質学的,地形学的や考古学的な遺産の保管庫となっている。

 欧州委員会は,2023年までに「土壌の健全性に関する法律」を提案する。
 繰り返しになるが,土壌の健全性は農業生産のためだけのものでなく,「2030年に向けたEU土壌戦略案」は次の記述を行なっている。
 『土壌の健全性を知ることは農業者,林業者,土地所有者に大いに関係した問題だが,同時に銀行,公的機関や他の多数の利害関係者にも大いに関係している。土壌の質に関する精確な指標に対する関心が,例えば,金融界や産業界からも高まってきている。一部の加盟国は,土地取引の際に購入者に適切な情報を提供するために土壌健全性の証明証を開発している。並行して公的機関や民間部門は,土壌の健全性,生物多様性,炭素貯蔵容量等に対する効果的な優良工程を助長する結果重視のアプローチを開発や調査している。』

●気候変動の緩和と気候変動への対応のための土壌政策

 これまで,泥炭土などの有機物含量の高い有機質土壌を排水して農地にしてきたが,それによって二酸化炭素が放出されて有機物含量が減少してきた。残されている泥炭土をすべて排水すると,EUの総温室効果ガス排出量の約5%相当の二酸化炭素がさらに排出される。それゆえ,欧州委員会は,有機質土壌の管理について正しい作業工程に基づいて,土壌炭素貯留量を維持増進し,洪水や旱魃のリスクを最小にして,生物多様性を向上させる。こうした将来の炭素農業イニシアティブ(土壌の炭素貯留量を増やす計画)や農林業生産システムの目的とも関係することを考慮しつつ,湿地や泥炭土の保護・回復のための規則を提案する。
 無機質土壌についても,欧州委員会は,土壌有機態炭素を維持増進させて,農地における生物多様性を向上させる優良工程を策定する。また,気候ニュートラル経済*2 における,持続可能な炭素サイクル(CO2の捕捉,貯蔵や利用を含む)についての長期的ビジョンを策定する。さらに,2022年には,農業者や林業者のような土地管理者に利益をもたらす気候にやさしいやりかたの新しいグリーンビジネスを推進する炭素除去認証 carbon removal certification について法的提案を行なう。

 *2 著者注 気候ニュートラル経済:産業などで排出されたのと同量の温室効果ガスに相当する二酸化炭素量を有機物として土壌に蓄積して,温室効果ガスの排出量を差し引きゼロにすること。

●掘り出した土壌の再利用

 欧州委員会は,EUにおいて掘り出した土壌の発生量,処理や再利用の流れを調べ,2023年までに加盟国における状態を評価する。
 2023年制定予定の「土壌の健全性に関する法律」の一部として,‘掘り出した土壌のパスポート’ passport for excavated soil を導入し,その法的拘束力条項についての必要性やその可能性を評価し,掘り出した土壌の量と質を反映させて,その運搬,処理や安全な再利用を助長する。

●土地の循環利用による土地の転用や土壌密封の制限

 ‘土地’ は表面を指し,‘土壌’ はその下の天然資源を指す。土壌を密閉してその上に建物や舗装道路を作ると,土壌の主要な生態系サービスが非可逆的に失われ,市街地の洪水リスクが高まり,ヒートアイランド効果にさらすことになる。一部の加盟国は土地の転用を減らすために目標値を設定しているが,バラツキのある結果となっている。
土地のリサイクリング,すなわち,以前から建設されている土地への新しい建物の建設や元の状態への復元は,EUの都市開発の13.5%を占めているだけであり(2006年と2012年の間),改善の余地がある。事実,一部の加盟国は50%を超え,80%に達する高い率を達成し,持続的な土地のリサイクリングが可能なことを示している。これによって生物多様性,森林やグリーンスペース,食糧やバイオマス生産のために新たな土地などを使わないですむ。このため,土地計画に優先度を適用する必要性がある。
 こうしたことを踏まえて、EUは2050年までに土地の転用を正味で増やしてはならないことにする。
 このため,加盟国は次を行なう。

  • 自国の国,地域や地方自治体のネットの土地転用の削減目標を2030年までに設定し,進捗状況を報告する。
  • 国,地域や地方自治体のレベルで ‘土地転用優先度’ を都市緑化プランに組み込み,土地の再使用やリサイクリングならびに都市の良質な土壌に優先性を与えて,農地や自然地に構造物の建設に転用するための財政支援を段階的に廃止する。

 欧州委員会は次を行なう。

  • 「土壌の健全性に関する法律」における土地転用を定義する。
  • 加盟国が行なう土地転用目標の進捗状況の報告の条項を考える。
  • 公共事業体や民間企業に,土壌密閉を如何に削減するかについてのガイダンスを,人工的表面を脱密閉させる優良工程を含めて提供する。

●養分および炭素サイクルの完結

 堆肥,消化物,下水汚泥,処理した家畜糞尿などの有機物のリサイクルは,土壌炭素プールを補充し,水分保持容量や土壌構造を高め,養分や炭素サイクルを完結させるのに役立つ。しかし,こうしたことは,土壌汚染を防止する安全で持続可能な仕方で実施しなければならない。
 このため,欧州委員会は既存の個別有機物資材に関する関係法を評価して必要な改訂を行なうとともに,「総合的養分管理措置」を策定する。これによって養分ロスを少なくとも50%低減させ,肥料の使用量を少なくとも20%低減させることなどを行なう。また,バイオ廃棄物由来の高品質の堆肥を優先させる,新しいプロジェクトの予算配分方策を探る。

●人間,動物,植物の健康のための土壌生物多様性

 土壌の生物多様性は,例えば微生物の生成する抗生物質など,人間,動物や植物の健康に大きく貢献している。しかし,土壌生物多様性は,地上の生物と同様に,土地利用変化,過度な開発,汚染,気候変動や,ミミズの捕食者で土壌肥沃度に劇的な影響を与えるニュージーランド原産の扁形動物(次号で紹介予定)のような外来侵入種の脅威を受ける。
 このため,欧州委員会は下記を行なう。

  • 2022年までに,様々な管理下にあるEUの農地土壌における土壌生物多様性と抗生物質耐性遺伝子について最初の評価を刊行して,土壌生物多様性に関する知見の形成においてグローバルな指導的役割を示す。
  • 「侵入外来種規則」に従って,外来扁形動物種のさらなる「EUの侵入外来種」のリストに含める可能性を評価する。
  • リオ条約*3 間の一貫性と相乗作用を強化するために,2020年以降のグローバルな生物多様性フレームワークを求めて,生態系サービスを護る持続可能な土壌管理行為(つまり,農業生態学的や他の生物多様性に優しい生産工程)の使用を強化し,いろいろなターゲットや指標について土壌の保全や回復と合体させる。
  • 「生物学的多様性条約」の第15回会合(2021年10月)までに ‘土壌生物多様性の保全と持続可能な使用に関する国際イニシアティブ’ について2020-2030年の行動計画の採択と行動計画の更新とその施行に貢献する。
  • 土壌生物多様性のマッピング,評価,保護や回復における努力を強化し,FAOの「グローバル土壌パートナーシップ」によって提案された「グローバル土壌生物多様性観測施設」の設立を支持する。

 *3 著者注 リオ条約:1992年に開催された環境と開発に関する国連会議(リオ地球サミット)で,署名が開始された国連気候変動枠組条約と生物多様性条約,そして地球サミットで条約交渉の開始が決められた国連砂漠化対処条約は,「リオ3条約」と呼ばれている。

●持続可能な土壌管理を新たな基準化

 全ての土壌タイプや気象条件ないしすべての土地利用タイプに適用できる,持続可能な土壌管理の処方箋はない。農業や林業に適用できる,経験を含む知識の量はますます増えてきている。確かに「FAO持続可能な土壌管理に関する自主的ガイドライン」のような国際的な参考文書は存在する。しかし,EUレベルでは法的拘束力のある共通了解を得た具体的な持続可能な土壌管理の作業工程の基準書がない。
 このため,欧州委員会は下記を行なう。

  • 「土壌の健全性に関する法律」の一部として,生態系サービスの供給容量が損なわれないようする,持続可能な土壌の使用のための法的要件を提出する。
  • 加盟国や利害関係者と相談の上,多様な土壌生態系のタイプに適用した農業生態学的原則に従った再生農業を含めて,一連の「持続可能な土壌の土壌管理」の作業工程のセット案を用意する。
  • 加盟国が自国の基金によって「自分の土壌の無料分析」を実施するのを支援する。
  • 加盟国とともに,再生や有機農業を含めて,持続可能な土壌管理アンバサダーの総括的ネットワークを,学界や農業実践者を超えて,優れた熟練者を加えた新たなネットワークとして創出する。
  • EUの共通農業政策に照らして,また,加盟国と密接に連携して,国の農村開発プログラムのネットワークや農業助言サービスなどを含めて,成功している土壌及び養分管理の作業工程の普及を続ける。
  • EU持続可能な食糧システムのための法的フレームワークを2023年までに提案する。

 加盟国は次を行なわなければならない。

  • 後刻示す期日どおりに,土壌の保全,回復および持続可能な使用について,生態系やそのサービスに関するEUのガイダンスを十分に利用して政策決定を行なう。
  • 「自分の土壌の無料分析」イニシアティブを設定する。

●砂漠化の防止

 砂漠化対処国際連合条約の全ての締約国は4年ごとに土地劣化についての報告を公表するように促されており,EUのいくつかの国は2018年報告書を提出した。
ヨーロッパは旱魃(とともに豪雨)の深刻化の影響,従って将来的には砂漠化のリスクが高まろうが,既にヨーロッパの農業生産が影響を受けている。
 既に2008年に砂漠化を生ずる広域的プロセスが,地中海沿岸と中央および東部ヨーロッパ諸国で生じ,2017年からの研究によってこの傾向が確認された。EUは影響を受けているとは宣言していないが,13の加盟国が自ら ‘影響を受けている締約国’ と宣言している。砂漠化のリスクはEUの特定の地域的,環境的および社会的経済的影響を及ぼしている。土壌肥沃度が失われて食料安全保障が脅かされるが,砂漠化は地上部と地下部の両者の生物多様性を低減させ,さらに土壌炭素の減耗によって気候変動に寄与し,大気にフィードバック影響を及ぼし,貧困問題や健康問題を生じ,EUの内部や外部からの人口移動を生じてしまう。
 このため,欧州委員会は下記を行なう。

  • EUにおける砂漠化や土地の劣化の程度を評価するために,砂漠化防止国連条約の指標から始めて,手法や関連指標を規定する。
  • 加盟国に,EUが砂漠化対処国連条約に基づく砂漠化を受けていることを宣言するように提案し,国連土地劣化ニュートラル目標設定プログラムに参加するよう引き続き助長する。
  • ヨーロッパ環境機構(EEA)と共同研究センター (JRC)の支援を受けて,5年ごとにEUにおける土地劣化と砂漠化の状況について情報を刊行する。

 加盟国は次を行なわなければならない。

  • EUの気候適応戦略で想定されている行動に一致させて,劣化の防止や緩和のための適切な長期的対策を行なう。なかでも水使用量の削減,ローカルな水の利用可能状況に適した作物の採択,旱魃管理プランや持続可能な土壌管理を広範囲にわたって連動させる。

●土壌汚染の防止

 欧州委員会は下記を行なう。

  • 2022年までに「農薬の持続可能な使用に関する指令」を改訂し,「下水汚泥指令」を評価する。
  • 化学物質,食糧や飼料の添加物,農薬,肥料等のリスク評価において,土壌の質や土壌生物多様性への影響の仕方を改善する。
  • 2022年までにマイクロプラスチックの非意図的放出に関する対策を策定する。
  • 2024年までに「EU肥料製品規則」に基づいて被覆剤などのポリマーの生分解性基準を採用する。肥料製品中の汚染物質の上限を2026年までに見直す。

●劣化土壌の復元と汚染地の修復

 土壌汚染についての法的規制の程度は加盟国によって大きく異なり,いくつかの加盟国は総合的な法律を国または地域レベルで施行しているのに対して,そうでない国もある。このため,例えば水銀汚染土壌について,ベルギーは1600を超える汚染地を確認しているのに対して,他のいくつかの加盟国は1つも報告していない。
 EUの「環境責任指令」によって,もしも汚染が2007年4月30日以降に実施された活動の結果生じた場合,または,それ以前に実施されたものの,4月30日までに完了していない場合には,人間の健康にリスクを引き起こしている汚染地を当該事業者が修復しなければならないと規定されている。しかし,歴史的な汚染地についてはその責任者を特定できない場合も少なくない。
 また,2018年にEUの市場には21,000を超える化学物質が登録され,PFAS(ペルおよびポリフルオロアルキル)グループだけで4,700を超える化学物質が土壌および人間に残留している。標準の土壌分析では極わずかな化学物質しか検査しておらず,大部分の化学物質は土壌中に未検出となっている。そのほかにも,新たに懸念されている汚染物質の生態毒性影響は,特に下等な土壌生物については良く理解されていない。既に土壌,堆積物や水塊に存在しているこうした物質のリスクを評価し,必要な場合には適切な修復行動を行なう必要がある。
 欧州委員会は「土壌の健全性に関する法律」の影響評価の一部として下記を行なう:

  • (i)汚染地の同定,(ii)汚染地のインベントリー(目録)と登録,(iii)人間の健康や環境に重要なリスクを与える場を2050年までに修復するとの条項案の策定
  • 土地購入者に当該部位の土壌の主要な特性と健全性についての情報を提供する,土地取引用の土壌健全性証明証の導入の可能性を評価する。

 こうした法的条項に加えて,欧州委員会は下記を行なう:

  • 加盟国や利害関係者との連携の下に,土壌汚染の評価手法についての知見を交換し,優良な評価手法を確認する。
  • 2024年までに,ヨーロッパの土壌の質に重要なリスクを与える主要ならびに新たな懸念となっている汚染物質の優先リストを策定する。
  • 2022年までに「産業排出指令」(産業からの有害物質の排出量とその環境への影響を制御・削減する指令)を改訂し,2023年までに「環境責任指令」を土地の損傷の定義や金銭的保証の役割を含めて評価する。

 加盟国は下記を行なわなければならない:

  • 土地取引のための土壌健全性証書システムがないなら,EUの研究プログラムなどの支援を受けて策定する。

●土壌およびデジタル計画

 欧州委員会は下記を行なう:

  • 土壌についてデジタルツールやコペルニクス(EUの地球観測プログラム)の使用を高めるが,その際に中核となるヨーロッパ土壌観測所*4 の開発を共同研究センターJoint Research Centre (JRC)に,ヨーロッパ土地情報システムLand Information System for Europe (LISE)の開発をヨーロッパ環境機構European Environment Agency (EEA)にお願いする。
  • 新共通農業政策CAPに基づいた農業普及サービスの一部として,養分についての農場持続可能性ツールを加盟国が設定するのを助長し支援する。こうしたツールは,既往の法律に準拠し,利用可能なデータや知見に基づいて,肥料の使用について農業者に助言を提供する。

 *4 著者注 ヨーロッパ土壌観測所(European Soil Observatory: EUSO):欧州委員会や加盟国の政策立案者に土壌に関する政策立案に要する知見やデータを提供するとともに,EUの土壌に関する研究を支援し,社会の土壌に関する認識の向上を図る機関。

●土壌のモニタリング

 いくつかの加盟国が土壌モニタリングシステムを有しているが,断片的で不完全で,EUで統一されていない。欧州委員会のLUCAS土壌イニシアティブ*5 が,全ての加盟国について統一的に体系的に現場測定を提供している唯一のモニタリングシステムである。しかし,それを加盟国での活動や他のデータの流れと総合化する必要がある。
 欧州委員会は土壌のモニタリングギャップを埋めるために下記を行なう:

    • 「土壌の健全性に関する法律」の一部として,LUCAS調査や加盟国のデータに,土壌生物多様性のモニタリングおよび土壌の状態についての条項を考える。また,影響評価の一部として,LUCAS土壌調査法的基礎を与える。
    • LUCAS土壌調査によって,土壌有機態炭素含量や炭素の備蓄量の動態のEU全体について統一されたモニタリングを行ない,加盟国の報告を補足する。
    • ヨーロッパ土壌観測所European Soil Observatory (EUSO)の実施に際して:
      • ヨーロッパの共同プログラムの協力を得て,土壌モニタリングギャップについて加盟国や他の利害関係者との対話によって確認する。
      • 傾向と展望を総合化する信頼できる土壌指標セットからなるダッシュボード(計器盤)を開発する。
      • 土壌生物多様性をモニターしてより良く理解するためにEUの土壌生物相インベントリーを開発する。

 *5 著者注 LUCAS(土地利用と被覆面積枠組調査 Land Use and Coverage Area frame Survey)土壌イニシアティブ:欧州委員会が衛星モニタリングによって土地管理を調べ,数年毎に行なっている土壌分析と照合している。

●土壌の研究と革新

 「ホライズン・ヨーロッパ」(2021年〜2027年の7年間に渡り実施されるEUの研究・イノベーションを支援・促進するためのプログラム)などにより,欧州委員会は下記を行なう:

  • 「土壌スチュワードシップ」(責任をもって土壌を管理運用して後代に引き継ぐためのEUの研究プログラム)の知識基盤を拡張するために,革新的で意欲的な研究を助長し,研究へのアクセスと普及を広げる。
  • (i)土壌生物多様性の向上,(ii)土壌劣化,(iii)除染のための革新的な先行的技術のための研究に相当な資金を提供し続ける。
  • 土壌の質を評価する,デジタルやリモートのセンサー,ソフトウェアや携帯用サンプラーの開発と使用を推進する。

●民間やEUの資金拠出

 原材料から製造,販売によってユーザーに届くまでのサプライチェーンやバリューチェーンなど,経済全体は健全な土壌に依存している。しかし,経済分野における当事者の多くは,自分らの資産の土壌劣化に対する脆弱性を承知していない。しかし,投資家や銀行は,土壌劣化の金銭的リスクおよび防止と回復の利益についての認識を高めており,土壌が健全な農業者に低利の貸し付けを行なっている。企業は,持続可能な土壌管理方法を適用した土壌の健全性持続可能な土地の再開発や修復に投資して,農業者から炭素クレジットを購入して炭素排出を相殺し,農業者は自らの土壌が捕捉した炭素量や持続可能な土壌管理方法の適用によって炭素支払い事業によって金銭的報奨を得ている。加盟国はさまざまな形で,土壌保護,持続可能な土壌利用や劣化土壌の修復に資金を拠出している。その際,土壌保護,劣化土壌の回復や修復プラン加盟国が用意する際に ‘深刻な害を出さない’ 技術的ガイダンスが望まれている。
 欧州委員会は下記を行なう:

  • 2021-2027年の全ての優先領域や焦点領域が明確に決められたならば,2022年に土壌の保護,持続可能な管理や修復に利用できるEUの資金提供チャンスの概要に関するガイドを刊行する。
  • EUの環境関係の最重点目標(気候変動緩和,気候変動適応,水や海洋資源の持続可能な利用と保護,循環経済への移行,汚染の防止と制御,生物多様性と生態系の保護と回復)達成のための代表的条項に基づいて,持続的に管理し,土壌に重要な損傷を与えないプロジェクトに投資を助長する。

●土壌リテラシーと社会との連携

 土壌は自然のなかで最も過小評価されている要素である。都市の人口は,土壌は ‘きたない’ だけで,無限に存在する自然資源とみていることが多く,土壌と日々の生活との関係や土壌の持続可能な循環バイオ経済での重要な役割が認識されていない。このことは教育において土壌の重要性を強調することが欠けていることを反映しており,社会の人々の認識を高めることが必要なことが強調される。つまり,社会のいろいろな人達の土壌リテラシー(土壌を正確に理解し活用できること)を,農業者,食品企業や販売業者を含む食糧生産チェーン全体に沿った市民や他の関係者の広範囲な関与の下に,コミュニケーションや教育活動によって高めることが必要である。
 欧州委員会は加盟国や利害関係者とともに下記を行なう:

  • 既に成功している海洋リテラシーを参考にして,土壌リテラシーのイニシアティブを実施する。
  • ヨーロッパ土壌観測所(EUSO)を窓口にして,土壌についてのコミュニケーションや土壌関連業務従事における優良事例の共有を促進し奨励し,健全な土壌を目指した奉仕活動のネットワークを開始する。
  • ヨーロッパの市民とともに土壌リテラシーの概念を構築するために,土壌劣化問題の共通認識を図る。
  • いろいろなレベルで,土壌の健全性の推進に従事する市民へのコミュニケーション,教育についての行動の総合的な事例集を刊行・運用して,土壌を市民に近いものにする。