No.377 新型コロナウイルス感染症 下水道を介した伝播のリスク

●コロナウイルス感染症の蔓延

 コロナウイルス感染症が最初に有名になったのは,2003年3月に中華人民共和国から流行した重症急性呼吸器症候群 Severe acute respiratory syndrome:SARS(サーズ)のパンデミック(世界的/全国的大流行)であった。32の地域と国にわたり8,000人以上の感染者を出し,同年7月5日に終息宣言が出された。その病原体はサーズヒトコロナウイルス1:SARS-CoV-1と呼ばれている。
 その後,2019年11月末頃から,新型コロナウイルス(サーズヒトコロナウイルス2:SARS-CoV-2)によるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミック(世界的/全国的大流行)が,世界の人々の健康と生活を脅かしている。SARS-CoV-1が短期で終焉したのに対して,今なお世界的に猛威を振るっており,感染者数もはるかに多い。
 SARS-CoV-1とSARS-CoV-2は,よく似た症状と蔓延を示し,主に呼吸の飛沫による至近距離での人的接触ないしエアロゾル(気体の中にコロイド粒子が多数浮かんだ物質)に加えて,体表面の相互接触によって蔓延している。潜伏期間は,SARS-CoV-1で2〜7日,SARS-CoV-2で2〜14日,症状はSARS-CoV-1で高熱,肺炎,下痢で,SARS-CoV-2で発熱,咳,肺炎である。現時点では,COVID-19の拡散経路が地域限定型かグローバル型のいずれかであるかは明らかでない。
 2003年のSARS-CoV-1の流行において,共同住宅でSARS-CoV-1が廃水システムを介して伝播することが指摘された。このことからSARS-CoV-2も,下水道などの廃水システムを通して伝播するリスクが問題になっている。
 このリスクについて,イスラエル,ヨーロッパ,アメリカ合衆国,オーストラリア,中国の34名の研究者が連名で,下記の論文が最近の研究をレビューしている。その概要を紹介する。
A. Bogler, A. Packman, A. Furman et al. (2020) Rethinking wastewater risks and monitoring in light of the COVID-19 pandemic. Nature Sustainability. 3: 981?990.

●廃水中のサーズコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の供給源はどこ?

 SARS-CoV-2は呼吸器ウイルスであるが,消化管に感染して複製できる。そして,SARS-CoV-2のRNAは,人間の排泄物(糞便と尿)や廃水システムから検出しされている。ただし,排泄物や廃水から感染力のあるSARS-CoV-2を分離するのに成功した研究はわずかしかないが,多くの研究がSARS-CoV-2のRNAを糞便や廃水から検出している。糞便や廃水から感染力のあるSARS-CoV-2の分離が成功しないのは,感染力のあるウイルス粒子が存在しないためというより,無傷のウイルス粒子を分離することの難しさによるのであり,糞便や廃水には,感染力のある多数のウイルス粒子が含まれていると理解されている。そして,糞から口への糞口経路が,ウイルスの伝播で重要と推定されている。
 グレイウォーター(シンク,シャワーや下水管から排出された,糞尿を含んでいない水で)は,ウイルス濃度の高い唾液や痰のような体液を含んでいる可能性があるにもかかわらず,SARS-CoV-2の主要な伝播媒体とは考えられない。グレイウォーターにSARS-CoV-2が存在したとしても,感受性の洗剤,石鹸や他の消毒剤を含んでいるので,ウイルス濃度は低いと考えられている。

●サーズコロナウイルスの水や廃水中における生残

 水や廃水中のサーズコロナウイルス感染力の生残に影響することが判明している因子は,温度,有機物含量や溶液のpHなどである。

  1. 温度はサーズコロナウイルスの生残にとって重要な因子であり,サーズコロナウイルスの感染力は,低い温度でより長く保持されることが観察されている。例えば,廃水中において感染力が4℃で14日間保持されるのに対して,25℃では2日間しか保持されない。このことは,寒冷な季節や温帯気候帯では,サーズコロナウイルスの環境中での生残期間が伸びることを意味している。56℃を超える温度は,確実にSARS-CoV-1とSARS-CoV-2をそれぞれ90分と30分後に失活させる。多分,サーズコロナウイルス粒子の一番外側を覆っている蛋白質と脂質の二重層(エンベロープ)が温度で変性するためであろう。
  2. 有機物は,濃度の高まりとともに,様々な水サンプル中でサーズコロナウイルスの生残時間を減少させる。例えば,湖水で10日間生残するに対して,生の廃水では2日間しか生残しない。これは,細胞外酵素活性を介してウイルスを不活性化できる,拮抗的細菌の存在によるのであろう。これとは別に,有機物は,サーズコロナウイルスの保護作用も有すると考えられている。すなわち,有機物は廃水処理とのかかわりで,サーズコロナウイルス粒子の外側を包んでいる脂質の二重層の膜に非特異的に吸着して,ウイルス粒子を,酸化的損傷,塩素処理,UV照射や原生動物または後生動物による捕食から保護する。これに加えて,感染された患者から排出されたウイルスは既に有機物(例えば,糞尿や痰)に結びついていることが多く,このため,いくつかの不活性化メカニズムから保護されている。
  3. 糞尿のpHは,SARS-CoV-1の生残にかなりの影響を及ぼしている。作られたばかりの弱酸性の糞尿では3時間しか生残しないが,pH9までの成人の下痢糞尿では感染力が4日間保持された。これと対照的に,懸濁液中のSARS-CoV-2は,広範囲のpH範囲(3-10)で60分後の感染化価(細胞感染性を持つウイルス粒子の数)は大きく低下することはなかった。

●下水道システムからのサーズコロナウイルスの拡散

 大都市の大規模下水道システムは広大な面積からの廃水を効果的にかなり均一に混合していて,ウイルス濃度を低い濃度にしている。しかし,人口が多いほどウイルス持ち込みの可能性が高く,大人口の都市でのCOVID-19の発生は当然,播リスクを高めるほどに下水道システムのウイルス濃度を高めている。そして,感染力のあるウイルスが下水処理プラントで生き残っており,いくつかの伝播経路によってさらに伝播することが考えられる。SARS-CoV-2は,他の病原微生物と同様に,池,河川や湖沼のようなレクリエーションに使用されている天然の水系に,嵐の際の漏出や複合した氾濫によって下水道から到達する。コンパートメント疫学モデルから,汚染された天然水系はサーズコロナウイルスの貯留庫になりうることが示されている。
 下水道のモニタリングによるSARS-CoV-2の監視が,最近,その流行リスクの早期警報として注目されている。こうした流行の初期兆候は,実際の流行の少なくとも数日間先立って検出でき,封じ込め対策の実施や,その緩和と経済再開の政策の立案と実施についての,コスト効果の高い方策となりうる。
 なお,低所得国や地域では下水道施設を欠いており,5億人を超える人々が野外で排便し,35億人が不衛生な設備を使用している。こうした40億の人々は,糞便で汚染された水や廃水で灌漑された作物を消費しており,特に危険である。こうした感染経路は他のウイルス病で確認されているが,COVID-19については,現在までそうした研究が報告されていない。従って,低所得地域におけるSARS-CoV-2の糞口の経路についての研究は,最重要となっている。

●灌漑農業におけるサーズコロナウイルスの拡散

 下水処理水にSARS-CoV-2のRNAが存在することから,下水処理水をスプリンクラー灌漑で作物表面に再使用した際には,農作物のウイルス汚染などのリスクの可能性が推定される。SARS-CoV-2の食物による伝播は証明されていないが,類似したウイルスが処理廃水の灌漑の後に食物伝播で伝染することが知られている。ウシコロナウイルスは,サーズコロナウイルスに非常に良く似ているが,レタスの品質保存期間(少なくとも14日間)の全期間にわたってレタスの葉の上で感染力を保持し,ヒトのコロナウイルス229E(普遍的に存在する風邪のウイルスで,通常は重症化しない)は,レタスの上で4℃での2日間の貯蔵で30%程度が減少しただけである。さらに生産物を洗っても,ウイルス粒子を完全に除くことができない。従って,適切な衛生処理がなされていない地域で,特にサーズコロナウイルスが大発生している期間には,糞便−水−食物の伝播ルートが重要となっている。
これに加えて,廃水固形物と施肥のスプリンクラー灌漑によって,かなりのエアロゾルが生ずる。こうしたエアロゾルは地域規模で生ずることも少なくなく,農場労働者にとって重要であり,農業地帯と人口密度の高い地域とが比較的接近している場合には特に重要となる可能性がある。流行期間における水−食物ないし水−エアロゾル化経路によるSARS-CoV-2の伝播は,廃水の再使用の前に行なう消毒によって最少にでき,安全な廃水再使用の基準が重要なことが強調される。

●エアロゾル化したサーズコロナウイルスへの暴露

 下水処理の過程や処理した下水の灌漑などの過程で,ウイルス全般がエアロゾル化して,SARS-CoV-1流行の際に,糞便−小滴−呼吸器の伝搬の主要メカニズムとして確認され,現在のSARS-CoV-2でも疑われている。エアロゾル化した人間のヒトコロナウイルス229Eは,25℃,湿度50%で6日間までは感染力を有することが認められており,6℃の低温ならもっと長期間感染力を有するはずである。SARS-CoV-2の半減期の中央値は約1時間だが,エアロゾル中では16時間は生き残る。大きな水滴の分散は限られているが,大きな水滴が発生源の近くに沈降すると,大きな水滴は病原体を運搬する高い能力のために,降下した部分の表面を局所的に汚染し,SARS-CoV-2を含む病原体伝播の主たる媒介者となっている。こうした伝搬を防ぐため,下水処理プラントのオペレータは操業基準を守ってSARS-CoV-2のエアロゾル化による暴露リスクを低減しなければならない。

●サーズコロナウイルスの表流水や地下水への拡散

 下水管の漏れ,浄化槽からの廃水の漏れ,パイプの欠陥などがあると,サーズコロナウイルスが受容水系の水路,河川,湖沼,河口や地下水に直接放出されることがある。イタリアと日本の研究が河川におけるSARS-CoV-2のRNAの検出を報告したが,感染力のあるウイルス粒子を分離するのに成功しなかった。しかし,これまでにいくつかの研究が,エンベロープ(サーズコロナウイルス粒子の外側を包んでいる膜)に包まれたウイルスがかなりの距離を移動し,水環境で長期にわたって生残することが認められている。さらに降雨の際に,連結している下水のオーバーフローまたは廃水インフラの欠陥のために,自然の水系におけるウイルス濃度が増加することがあり,サーズコロナウイルスの拡散の可能性が提起されている。
 地表下でウイルスは,土壌のような多孔質培地ではウイルス表面の立体構造のために非常に高い移動性を有し,特に水の良く流れる裂け目ではそうである。SARS-CoV-2の大きさ(~100 nm)および水中や水面での比較的長い生残期間に基づいて,SARS-CoV-2は水面をかなりの距離移動でき,飲料水源として使用されている地下帯水層を汚染するリスクを有することになる。しかし,最近の研究から,多くの腸管ウイルスは,30〜40mの厚さの不飽和帯(地表面から帯水層上面までの間)を浸透する間に,下水の二次放出水から完全に除去されて,モニタリング井戸水のウイルスがゼロとなっていることが示されている。このことは,浸透時間を長くすると,SARS-CoV-2を含むウイルスの地下水汚染のリスクを劇的に減らせることを示している。

●ウイルスの拡散を低減する下水道処理

 下水処理プラントで廃水は,まず静置沈殿処理を受ける。しかし,沈殿だけではウイルスの除去率は低い。次いで通気を行なって,活性汚泥の微生物によって有機物の分解を行ないつつ,ウイルス粒子を有機物顆粒に収着させて活性汚泥として沈殿によって除去する。SARS-CoV-2についての具体的データはまだないが,エンベロープを有するウイルスは,エンベロープのないウイルスよりも有機物顆粒によって除去されやすい。これに加えて,活性汚泥には高密度で生息している細菌共同体の有する加水分解酵素や蛋白質分解酵素も,他のウイルスと同様に,サーズコロナウイルスを失活させると考えられている。
 多量のサーズコロナウイルスを汚泥に濃縮すると,次の段階の汚泥処理や廃棄で問題が生じよう。下水処理プロセスにおける汚泥のメタゲノミクス(環境中から直接収集・抽出される微生物の遺伝情報(メタゲノム)についての研究)では,呼吸器疾病に関連するものを含めて,非常に多様なウイルスが検出されている。高温消化,石灰添加,乾燥や堆肥化がサーズコロナウイルスの失活に最も有効である。しかし,農業での汚泥による施肥に際しては,エアロゾルを抑制して施用しなければならない。
 一部の国(イスラエル)では,二次処理水を環境に放出ないし再利用する前に,さらに消毒している。しかし,消毒は多くの国で義務ではなく(例えば,アメリカでは,消毒なしでの灌漑が,ワイン用ブドウ畑や,水路を増水するために湿地に加えることが認められている),SARS-CoV-2の拡散の可能性を高めている。下水処理水の消毒は,現在では,SARS-CoV-2の失活を確保する最も重要なステップということができる。メカニズムは不明だが,サーズコロナウイルスのようなエンベロープを包まれたウイルスは,包まれていないウイルスよりも,塩素ベースの消毒剤に感受性が高い傾向がある。しかし,サーズコロナウイルスは有機物で囲まれていることがしばしば観察されている。その場合には,SARS-CoV-2は,消毒に対して感受性が低いであろう。パンデミックの間には下水中のウイルス粒子荷重は通常よりも高く,不十分なウイルス除去(特に消毒剤を増やしていない場合)によって,処理水の再使用によってウイルス伝播が生じよう。
 多数の工業国では,廃水を再使用する前に,三次処理(つまり,高度な粒子除去と消毒)を行なっている。三次処理には,微生物病原体の除去を高めるために,砂ろ過,管理した帯水層への再充填,UV照射,高度酸化処理や膜技術が含まれている。254nmでのUV照射はSARS-CoV-1に対して有効であることが判明している。しかし,実際の技術化にはなお研究が緊要である。

●今後の課題

 COVID-19が水で伝播して健康に及ぼすリスクは当初の想定よりも大きく,下水はCOVID-19伝播経路としてさらに研究すべきである。SARS-CoV-2のRNAが下水システムに存在する証拠は世界中で蓄積してきており,下水の再使用を介した伝播のリスクは,人口密度が高く,下水から生ずるエアロゾルに直接暴露され,下水の処理や消毒が不十分な地域で最も高いと予想される。
 下水中の感染力のあるSARS-CoV-2について,次の把握が必要である。

  1. リスクの定量的評価を可能にする,生や処理した下水やそれが放出される環境中のウイルス存在数の閾値に関する情報,
  2. 一連の下水処理の各プロセスにおける除去効率に関する情報,
  3. ウイルス負荷量や伝播量に従って,SARS-CoV-2の完全除去を確保するための要件,
  4. コミュニティ内における政策立案者のためのCOVID-19のパンデミックの発生,その程度や患者数についての調査。

 下水を介したSARS-CoV-2の伝播とその緩和には,次の知識ギャップに対処する必要がある。(1)下水中のSARS-CoV-2濃度は現在,感染力のあるウイルス粒子よりもウイルスRNAを定量する分子アプローチで測定され,完全な機能を備えているウイルス粒子を計量するアプローチがなされていない。(2)水やエアロゾルからのSARS-CoV-2の最少感染量が現在分かっていない。(3)下水を介したSARS-CoV-2拡散の程度,すなわち,SARS-CoV-2の淡水環境や水の再使用システム(例えば,レクリエーション,冷却や農業)への負荷量は全く不明である。
 こうした基本的な課題を解明して,下水を介したSARS-CoV-2の伝播の様相を定量的に把握できるようにすることが,今後におけるウイルス疾病の発生への対応や封じ込めの改善に貢献しよう。