No.251 EUにおける農地からの窒素排出量の内訳と硝酸指令の削減効果

●OECDの農業環境指標

OECD(経済協力開発機構)が,加盟国の農業に起因した環境状態を計測する農業環境指標を作成している。OECD加盟国の農業環境指標の状態については,環境保全型農業レポート「No.232 OECDが2010年までの農業環境状態を公表」「No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」などで既に概要を紹介している。

その中の養分バランスは,農地に投入された養分量と搬出された養分量との差である余剰量を指標にしている。その具体的データは,OECDの農業環境指標のデータベースから入手できる。このデータベースでは,投入された養分量を,肥料,家畜ふん尿,その他に由来するもの,搬出された養分量を作物と家畜に分けてデータを公表している。

余剰になった養分の一部は土壌に蓄積されるが,特に窒素は様々な形態の化合物になって,大部分は農地外に排出される。排出される窒素には,土壌中で微生物によって還元された窒素ガス(N2)や亜酸化窒素(N2O),土壌中で微生物に酸化されて窒素酸化物(NOx),土壌中の微生物作用と土壌化学反応で生じたアンモニア(NH3)のように大気に揮散するものがある。これに加えて,土壌中で微生物作用によって生じた硝酸イオンが,表面流去水に溶けて表流水に排出されたり,土壌浸透によって地下水に溶脱されたりする。これらの農地外への排出の内訳は簡単には定量的に把握できないため,OECDの農業環境指標では把握されていない。

●農地から排出された窒素による環境汚染

農地から排出された様々な形態の余剰窒素は,不活性な窒素ガスを除き,環境汚染につながっている。なかでも窒素酸化物とアンモニアは,水や土壌の酸性化と富栄養化を引き起こしたり,地上レベルのオゾン層破壊を引き起こしたりする。このため,EUは,窒素酸化物,アンモニアに加えて,二酸化イオウ,揮発性有機化合物(トルエン,キシレン,酢酸エチルなど)について,国別排出上限量を法律で定めて規制している。また,亜酸化窒素は温室効果ガスの1つで京都議定書の排出削減対象となっている。

注)アンモニアはアルカリ性だが,大気中での光化学反応で窒素酸化物に酸化されたり,水に溶けて微生物によって硝酸イオンに酸化されたりして,酸性となる。

 この大気に揮散されている窒素化合物のうち,窒素酸化物は主に自動車や工場での燃料の燃焼過程で生産されていて,農業の比重は高くない。農業の比重が高いのはアンモニアの揮散である。特に家畜ふん尿やスラリーから多量のアンモニアが揮散する。このため,EUはスラリーの土壌施用や貯留過程でのアンモニア揮散を軽減・防止する対策を農業者に対して講じている。

揮散されない部分はやがて硝酸イオンになって,表流水や地下水に流亡する。この硝酸に対しては,硝酸指令で規制を行なっている(硝酸指令については,環境保全型農業レポート「No.239 EUの第5回硝酸指令実施報告書」「No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書」「No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書」などを参照)。

●農地から排出された窒素の内訳

EUの農地から余剰窒素がどのような化合物の形態で排出されているかを,下記論文が定量的に検討した(著者はそれぞれオランダ,イギリス,ポーランド,スペイン)。その概要を紹介する。

G.L. Velthof, J.P. Lesschen, J. Webb, S. Pietrzak, Z. Miatkowski, M. Pinto, J. Kros, O. Oenema? (2014) The impact of the Nitrates Directive on nitrogen emissions from agriculture in the EU-27 during 2000?2008 Science of the Total Environment 468-469: 1225?1233 .

この論文は,欧州委員会の環境総局の委託によって行なった研究を要約したもので,詳細は,下記報告書に記されている。

G.L. Velthof, D.A. Oudendag and O. Oenema(2007) Development and application of the integrated nitrogen model. Task 1 Service contract “Integrated measures in agriculture to reduce ammonia emissions”. Wageningen, Alterra, Alterra-report 1663.1. 99p.

G.L. Velthof , D.A. Oudendag, H.P. Witzke, W.A.H. Asman, Z. Klimont and O. Oenema (2009) Integrated assessment of nitrogen losses from agriculture in EU-27 using MITERRA-EUROPE. Journal of Environmental Quality. 38(2) 402-417

Velthof G.L., J.P. Lesschen, J. Webb, S. Pietrzak, Z. Miatkowski, J. Kros, M. Pinto, and O. Oenema: The impact of the Nitrates Directive on gaseous N emissions. [Final report] Effects of measures in nitrates action programme on gaseous N emissions Contract ENV.B.1/ETU/2010/0009. Alterra, Wageningen UR; 2011. 158p.

H. Kros, J.P. Lesschen, G. Velthof and O. Oenema (2011) The impact of the Nitrates Directive on gaseous N emissions. Gaseous N emissions in 2000-2008 according current practice. Annex 7 of the report on “Effects of measures in nitrates action programme on gaseous N emissions”. 93p.

A.推定方法

EUは,加盟国を人口80〜300万人を目安にして区分した統計区分(NUTS2)(EU27か国を2011年末時点で271の区画に区分)に分割し,この統計区分に各種統計データをまとめたデータベースを構築している。

具体的には,各統計区分に,

▽他の各種データから入手した,窒素投入量,窒素搬出量,家畜頭数,土地利用,作物タイプ,土壌タイプ,地形などのデータを加え,

▽さらに,投入された形態別窒素量のうちのどのだけの割合が,窒素ガス,アンモニア,亜酸化窒素,窒素酸化物,硝酸イオンになっているかについての既往の研究結果を集約して設定した,硝酸の溶脱係数,硝酸の表面流去計数,アンモニア,亜酸化窒素および窒素酸化物の排出係数窒素関係のデータを追加して構築されたデータベースで,MITERRA-Europeのデータベースと名づけられている

このデータベースを用い,農業における窒素の動態モデル(MITERRA-EUROPEモデル)によって,NUTS2レベルで,2000年から2008年における農地からの窒素の化合物形態別(窒素ガス,アンモニア,亜酸化窒素,窒素酸化物,硝酸イオン)の排出量を計算した。

モデルについては上記の報告書を参照されたい。

B.推定結果

報告書はいろいろあるが,データの表示様式が一様でなく,EU27の農地から排出される窒素の形態別の量や余剰窒素量の具体的数値が数値で記されているケースやグラフ表示のケース,窒素ガスの排出量を記したケースや記してないケースなどいろいろとなっている。そうしたなかで2000年についてはこれらの数値が具体的に記されている表がある。そこで,EU27全体と主要加盟国の,2000年における農地外に排出された窒素の形態別内訳と,余剰窒素量の表を作成した(表1)。元のデータは,EU27や加盟国全体の量が表示されているが,これを2000年の農地面積で除して,農地ha当たりの窒素kgに換算した。

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EU27で2000年に農地外に排出された窒素量は平均69 kg/haで,その54%が窒素ガス,20%がアンモニア,3%ずつが亜酸化窒素と窒素酸化物,20%が硝酸イオンになって表面流去水で表流水や溶脱されて地下水に排出された窒素であった。そして,農地外への排出窒素量69 kg/haは,余剰窒素量69 kg/haに等しかった。つまり,余剰窒素のほとんど全ては農地外に排出され,余剰窒素の平均20%が表流水や地下水に流出・溶脱したと推定された。

なお,本研究で使用したデータは,OECD加盟国がOECDへの報告とは違ったデータを使用した部分もある。このため,余剰窒素量がOECDのものとは近似しているケースが多いが,かなり異なるケースもある。

●硝酸指令の影響

次に,硝酸指令の施行が農地からの窒素の排出量にどのような影響を与えたかを検討した。検討したのは2000〜2008年の9年間の変化である。

A.推定方法

下記の仮定を置いて計算を行なった。

▼硝酸指令が発効したのは1991年だが,実質的に施行されたのは1995年以降とし,当時のEU15における1995年と2008年の肥料や家畜ふん尿などの変化量を硝酸指令施行の結果と仮定した。そして,2004年に加盟したEU10については,養分管理は2007年から硝酸指令の影響を受けたと仮定し,2006年と2008年の間の変化量を,硝酸指令施行の結果と仮定した。

▼EUでは肥料使用量が最近漸減しているが,硝酸脆弱地帯内外での肥料使用量の統計値はない。このため,硝酸脆弱地帯外部の肥料使用量が2%減少し,残りの肥料使用の減少量が硝酸脆弱地帯における使用量の減少によると仮定した。

▼傾斜のある硝酸脆弱地帯におけるN肥料施用量は,硝酸指令施行のないシナリオでは,次のように減少すると仮定した。(i)主たる傾斜が25%超の農地のN肥料と家畜ふん尿使用量は100%減少,(ii)主たる傾斜が15〜20%の範囲の農地のN肥料と家畜ふん尿使用量は50%減少,(iii)主たる傾斜が15%未満の農地のN肥料と家畜ふん尿使用量は減少なしとした。さらに水系近傍へのN施用制限は,農業地帯の「大きな」水系近傍の緩衝帯(平均幅20 mの無施肥緩衝帯)でのみ施行されていると仮定した。大きな表流水は,「集水域データベース」(解像度250×250 m)に記載されている表流水とした。

▼春と夏における家畜ふん尿と化学肥料の施用は,一般的に暖かく乾燥した条件のために,秋/冬よりもより多くのアンモニアの揮散につながる。施用したスラリーのアンモニア揮散係数は,硝酸指令なしのシナリオでは,施用が禁止されている積雪期間に前倒しされているはずであるため,現在の揮散係数に比して10%小さいと仮定した。

▼集約的家畜システム地域は,1.3家畜単位/ha超のNUTS2地域と定義した(家畜ふん尿窒素の生産量は平均で年間約130 kg N/ha)。こうした地域は,アイルランド,北アイルランド,ブルターニュ(フランス),フランダース(ベルギー),オランダ,および,ドイツ北西部の2つのNUTS2地域である。こうした集約的家畜システム地域の硝酸脆弱地帯内では, 1995年から統計データベースに記録されている家畜頭羽数が1%ずつ減少したとし,硝酸脆弱地帯の外側では,データベースにある家畜頭羽数を計算に使用した。

B.推定結果

2000年から2008年において,硝酸指令が施行されている場合(現状)と,上述の仮定を行なった硝酸指令を施行しなかった場合とで,農地外に排出された窒素量を計算した。表2は,EU27全体での環境汚染を起こさない窒素ガスを除く,農地外に排出された窒素総量の推定値を示している。

2000年には,硝酸指令が施行されている場合では,無施行よりも,窒素ガスを除く排出窒素総量が4%減少し,溶脱・表面流去窒素量が7%減少したと計算された。2008年には硝酸指令施行による排出窒素総量が9%減少し,溶脱・表面流去窒素量が14%減少したと推定された。溶脱・表面流去窒素量の減少効果が顕著だったのは,オランダ(60%),デンマーク(48%),イギリス(36%)などであった。

アンモニアの揮散量は,2000年において硝酸指令施行なしでは,施行ありの場合よりも,平均1%高く,2008年には3%に高まったと計算された。最大の効果はオランダ(16%)とアイルランド(12%)であった。

亜酸化窒素の揮散量は,2000年においてEU27の硝酸指令なしでは施行時よりも3%高かく,2008年には効果は6%高かいと計算された。2008年において,最大の効果はオランダ(20%),イギリス(12%),デンマーク(12%)であった。

窒素酸化物の揮散に対する影響は亜酸化窒素揮散に対するものと類似していた。

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計算結果はNUTS2の271の区画ごとになされており,その結果がヨーロッパの地図上に図示されている。それをみると,硝酸指令施行のN排出量に対する影響には,地域によって大きな違いが存在する。施行効果の大きかったのは,オランダ,ベルギー,アイルランド,イギリスのような,家畜密度と肥料消費量の高い地域であった。

●おわりに

硝酸指令は,EUの集約的な作物や家畜の生産による硝酸や富栄養化による水質汚染を軽減・防止するために,1991年に施行された。しかし,施行を直ちに行なうと家畜の頭羽数の大幅な削減,多肥作物への施肥の大幅な削減など,集約農業を行なっている国々の農業構造,技術体系や経営のあり方などに深刻な影響が生ずるため,その施行を意図的に遅らせてきた国が少なくない。しかし,河川,地下水や海洋の深刻な水質汚染の原因の1つとして,農業の比重が大きいことから,市民からの強い要望を受けて,環境保全が農業政策のなかで大きく位置づけられるようになった。そして,農業者に対する各種支援策は環境保全の遵守を条件にするようになった。こうして硝酸指令が全加盟国で積極的に取り組まれるようになって,今日に至っている。今後,硝酸指令の施行は一段と強化され,その取組効果が水質改善の面にも出始めると考えられている。