●OECDにおける農業環境指標の経緯
環境保全型農業レポート「No.114 OECDの指標でみた先進国農業の環境パフォーマンス」に紹介したが,34か国の先進国で構成されるOECD(経済協力開発機構)は,加盟国の農業に起因した環境状態を計測する農業環境指標を作成している。加盟国は,その指標にもとづいた環境状態の測定値を毎年OECD事務局に報告しており,OECDはこれまでに1990-92年と2002-04の3か年の農業環境指標の平均値を集約して,その概要を報告してきた。今回は,2008-10年の平均値をまとめて,1990年から2010年における加盟国の農業環境状態の概要を記した下記報告書を刊行した。
OECD (2013) OECD Compendium of Agri-environmental Indicators, OECD Publishing p.181
この概要を紹介する。
なお,指標の測定値はデータベース化されて,1990年から2010年までの加盟国の値はOECDの農業環境指標のホームページから入手することができる。
●OECD国全体での結果の概要
(1)OECD国全体の農業生産は,1990年代に比べて2000〜10年の間に減速した。加盟国のなかでは,農業生産が,ヨーロッパのOECD国(スペインを除く)と日本で減速したのに対して,オーストラリア,カナダ,チリ,イスラエル,ニュージーランド,トルコ,アメリカといったOECDの主要農産物輸出国で大きく伸びた。生産が急速に伸びた国では,カナダとチリを除いて,農地面積が減少して,少なくなった農地面積で作物収量と家畜飼養密度を上げて生産を集約化させて,生産を拡大した。
(2)OECD国における認証有機農地面積割合は非常に低く,2008-10年のOECD平均で2%未満である。ただし,国間に大きなフレが存在し,ヨーロッパのOECD国ではOECD平均よりもシェアが高く,非EU国の大部分では平均値よりも低い。これは,EUの農業者への有機転換支払などの農業政策の違いをある程度反映している。2002年から2010年にかけて有機農業が,多くのヨーロッパのOECD国(オーストリア,チェコ,スロバキア,エストニア,スウェーデン)で急速に成長したのに対して,非ヨーロッパのOECD国の大部分では成長が遅い(日本,メキシコなど)。
(3)2008-10年において,OECD国の耕地および永年作物地の総面積の約20%に遺伝子組換え作物が播種された。OECD国が世界の遺伝子組換え作物栽培面積の半分超を占めているが,その中でアメリカが遺伝子組換え作物の商業用生産で抜きんでている。非OECD国のアルゼンチン,ブラジル,中国,インドといった国々も,遺伝子組換え作物の栽培面積を大幅に増やしてきている。ヨーロッパのOECD国や韓国の規則は,実験目的に播種された小面積を除き,こうした作物の商業用開発・生産を阻んでいる。
(4)OECD国全体での養分バランスを,総農地面積当たりの窒素とリンの余剰量 kg N/P /haでみると,余剰量は1990年以降2010年の間に絶えず減少傾向を示しており,1990年代に比べて2000年代にはより顕著に,特にリンで顕著に減少した。こうしたトレンドは,農業者による養分利用効率の向上と,多くの国での2000年代における農業生産の伸びの鈍化,ならびに,リンについては農業者が土壌診断を行なってリンの土壌蓄積レベルが高まってきていることの認識が増えたことによる。
余剰養分量が減少したことは,土・水・大気への環境圧力のリスクを減らしたことになる。しかし,大部分のOECD国では,農地面積当たりの養分余剰量は,まだ環境ダメージを起こす潜在力の点で高いレベルのままであり,OECD全体の平均では,2007-09年においてha当たり63 kg N/haと6 kg P/haとなっている。しかし,養分余剰の程度とトレンドには,国内や国間で大きなフレが存在する。
(5)OECD国全体の農薬販売量(有効成分量)は,1990年代には年間0.2%増加したのに対して,2000-10年には年1%超の割合で減少した。しかし,一部の国(チリ,エストニア,フィンランド,ハンガリー,アイスランド,メキシコ,ニュージーランド,ポーランド,スペイン,トルコ)では,2000-10年に主に園芸やワインの生産増加のために農薬販売量が増加した。しかし,2000-10年には農薬販売量の伸びよりも高い伸び率で作物生産量が増えている国が増えてきている。
この作物生産における農薬のみかけの使用効率向上は,農業者の教育や,農薬散布装置のキャリブレーションの調節の適正化,生産や投入物関連の支援からのデカップリング,優良病害虫管理規範の採用に対する支払,より少量で標的生物の絞られた新しい農薬製品の使用,有機農業の拡大などを推進している国が増えていることによる。
(6)農場での直接エネルギー消費量は,1990年代に増加したが,2000-10年には減少した。これは多くのOECD国における農業生産の停滞や,一次農業生産におけるエネルギー効率の向上を反映している。
(7)2000年代に入ってから,多くの国でバイオ燃料の生産が急速に拡大した。2008-10年におけるOECD国全体におけるバイオ燃料生産は,エネルギー量換算で,バイオエタノールが77%を占めている。OECD国におけるバイオ燃料生産のための原料は,アメリカではバイオエタノール用にトウモロコシ,EUではバイオディーゼル用にナタネ油が使われている。
バイオ燃料用原料生産の環境に対する影響結果に関する結論として次が得られている。
(a)1年生作物(トウモロコシ,ナタネなど)の一般的原料素材は,第2世代の原料(リードカナリーグラス,短期輪作の林木,農業廃棄物など)よりも環境にダメージを与えうる。(b) 原料生産に使用する,生産の場,耕耘方法,作物輪作システム,その他の農場管理方法も環境結果に大きな影響を与えうる。
(8)OECDの1/3の数の国が,農地面積の20%超で中度から強度の水食を受けているが,同レベルの風食を受けている国の数はずっと少ない。ただし,土壌侵食データをOECDに登録していない国や,20年間以上も更新していない国が多く,高レベルの土壌侵食を受けている国の数は恐らく過少評価であろう。しかし,OECD全体でみると,1990年以降の20年間にわたって,許容可能な侵食ないし低度の侵食の農地の割合が増えており,改善あるいは安定化のトレンドがうかがえる。これは多くの国で,耕地の草地への転換,放牧地の粗放的使用,冬期におけるグリーンカバー,保全耕耘などを推進する,環境支払,規制や農場アドバイスを使った事業が行なわれている成果である。
(9)OECD国全体では,農業による淡水取水量が1990年代に増加したが,2000年代の10年間には減少した。これは灌漑面積が1990年代には若干増加したものの,最近10年間では減少していることに加え,2000年代になって,灌漑水管理と技術の向上,環境ニーズに合わせた水の放出,農業生産の伸びの鈍化といった要因の複合によっている。
OECD国全体では淡水取水総量に占める割合が最も高いのが農業である。オーストラリア,チリ,ギリシャ,日本,韓国,イスラエル,イタリア,メキシコ,ポルトガル,スペイン,トルコ,アメリカといったOECD国では,農業が全淡水取水量の40%超を占め,灌漑農業が農業生産額で大きな割合を占めている。これらの国々では灌漑水の節約に大切なことは,単位取水量当たりの生産額を向上させることである。このため,多くのOECD国で,水管理の向上,ドリップ灌漑,内張灌漑水路(壁や底を石やコンクリートなどを張った水路)などの効率的技術の採用によって生産性を向上させてきている。
さらに一部のケースでは,灌漑料金補助や灌漑用ポンプ補助を引き下げて,水利用コストを灌漑水利用者に移すといった農政改革に着手している。その結果,改革によって灌漑水が,ブドウや園芸作物のような,より少ない水で付加価値のより高い農産物に振り向けられるようになっている。しかし,大方のOECD国では灌漑水料金をまだ大幅に引き下げているため,無駄に水が使われて,資源の無駄づかいや環境負荷をかけているケースも少なくない。
(10) OECDの15〜20か国が表流水と地下水の養分と農薬の濃度を追跡しているが,約半分の国で,農業地帯のモニタリングサイトの10%以上が国の飲料水基準を超えている。その際,農薬濃度が飲料水基準を超過したモニタリングサイトの割合は,養分での場合よりも一般的に低かったが,地下水の農薬汚染については懸念が存在している。多くのOECD国における余剰養分,農薬販売量や農地の土壌侵食程度の減少から,農業による水汚染リスクが減少しているが,その一方で,上述のように,モニタリングサイトでの測定値は,水質汚染が安定ないし悪化のトレンドを示している。この食い違いは,農業方法の変更と水質改善の間に,数時間から数10年のタイムラグが存在することによって説明される。
(11) 農業は2008-10年においてアンモニアの総排出量の91%を占め,その90%が家畜に起因している。高濃度のアンモニアは,人間や動物の呼吸器系に影響し,植物の生理を撹乱し,土壌や水の酸性化や富栄養化を引き起こしている。OECD国全体の農業によるアンモニア排出量は,1990年代に若干増加したのに対して,2000年代には減少した。この10年間における農業でのアンモニア排出量の減少は,家畜頭数の減少よりも急速であり,この減少は,家畜ふん尿の貯留や施用に関する規制強化,ふん尿貯留設備に対する支払,家畜ふん尿貯留施設の被覆や精密肥料散布機などの排出を削減する農業方法を採用する農業者数が増えたことに起因する。
(12)OECD国の農業による二酸化炭素換算の温室効果ガス排出総量は,2008-10年において11.8億トンで,産業や生活による総排出量の平均8%を占めただけで,比較的少ない。しかし,亜酸化窒素はその総排出量の75%,メタンは38%を占め,この2つのガスでは農業が最も重要な排出源となっていた。そして,農業による排出量は1990年代に若干増加にしたのに対して,2000-10年には二酸化炭素換算でほぼ4400万トンの削減となった。一部の国,特にカナダ,チリ,ニュージーランド,アメリカは,90年代に比して,それぞれ1100万超トンの二酸化炭素相当の温室効果ガス排出量を増加させた。同じ時期にEU15の農業による温室効果ガス排出量は二酸化炭素相当量で約4000万トン削減された。
こうした農業における温室効果ガス排出量の変化は,家畜生産と作物生産の変動とによって大きく決められている。しかし,2000年代の10年間には農業生産の減少率よりも温室効果ガスの排出量の減少率のほうが高かった。この削減効率が向上したのは,改善された技術や農場管理方法の採択を助長させる政策の導入による。
(13)1991年から2010年の間に,世界のオゾン層破壊物質の総使用量は95%減少し,メチルブロマイドはオゾン層破壊物質の総使用量の約5%を占めるが,総使用量の減少より若干低く,89%減少となっている。土壌消毒剤として用いられてきたメチルブロマイドは,大部分のOECD国では2005年まで,一部のOECD国では2015年までに原則として全廃することが取り決められている。特に園芸部門での代替物を見つけることが技術的に難しい場合,代替物がない場合には,検疫や出荷前審査に加えて,重要使用除外の申請が認められている。2012年に,2012年の重要使用除外を申請した国には,オーストラリア,カナダ,イスラエル,日本とアメリカがある。しかし,重要使用除外を認めることは,議定書に基づく全廃スケジュールを邪魔して,代替物を探す努力をないがしろにしかねない。
(14)OECDは農業と生物多様性との相互作用をおおまかに把握する指標として,農地性鳥類指標と永年放牧地面積を開発している。農地性鳥類指標は,農地を巣や繁殖に使用している鳥類の個体群を調べるもので,鳥類は食物連鎖の頂点かそれに近いため,生態系の変化を素早く反映するので,鳥類を環境の健全性のバロメータとするものである。
このデータを有しているほぼ全てのOECD国では,農地性鳥類が1990年代に急激に減少したが,2000-10年には減少程度が鈍化した。しかし,多くのOECD国がこの種のデータを有していないか,部分的にしか有してないが,そうした国のオーストラリア,チリ,アイスランド,メキシコ,日本,韓国,ニュージーランド,トルコの部分的証拠も,データを有する国でのものと似たパターンを示しており,過去20年間に全体として農地性鳥類が減少しているといえよう。
この減少は農業の一層の集約化や,自然および半自然生息地(圃場外縁,河川近くの緩衝帯,湿地など)の喪失による。1990年代に比べて2000年代に農地性鳥類ポピュレーションの減少程度が鈍化したのは,国によって異なるが,1990年代初期以降に農場にある半自然農地の保全を奨励する農業環境事業の導入,鳥類や他の野生種に餌の供給を増やす冬期のカバークロップ面積の増加,養分余剰や農薬販売量の削減による鳥類とその餌生物の増加などよる。
(15)もう1つの指標は永年放牧地面積で,半自然草地の近似値として採用したものである。OECD国全体の永年放牧地面積は1990年から2010年の間に連続的に減少しているが,なおOECD国の総農地面積の2/3をなお占めている。永年放牧地の減少の大方は森林への転換によっているが,一部のOECD国では放牧地が耕地や永年作物地に転換されている。永年放牧地面積の変化と農地性鳥類や他の野生生物種との因果関係は複雑で,評価が難しい。
上記の全体的概要のうち,いくつかの指標の結果をもう少し詳しく紹介する。
●養分バランス
年間の窒素余剰量は,2007-09年の3か年の平均値で,2/3のOECD国が40 kg N/haを超えていたが,その中でも,ベルギー,イスラエル,日本,韓国,オランダが100 kg N/haを超えていた(表1)。リンでは約1/3のOECD国が5 kg P/haを超える余剰を有していたが,イスラエル,日本,韓国,オランダおよびノルウェーが10 kg P/haを超えていた(表2)。
1990-92年と2002-04年において,窒素余剰量が100 kg/haを超える常連国は,ドイツ,デンマーク,ルクセンブルク,日本,ベルギー,オランダ,韓国であったが,2007-09年には常連のベルギー,日本,韓国,オランダに,2010年にOECDに新規加盟したイスラエルが加わった。
リンでは約1/3のOECD国が5 kg P/haを超える余剰を有していたが,イスラエル,日本,韓国,オランダおよびノルウェーが10 kg P/haを超える余剰を有していた(表2)。
A.リン酸施用不足の国が増えている
一部の国(エストニア,ギリシャ,ハンガリー,イタリア,スロバキア共和国)は,2007-09年にリン不足で,リンのバランスがマイナスとなった(表2)。もしもこのリン不足が長くなると,土壌肥沃度が危うくなるが,これまでに長年にわたって土壌に余剰施用されたリンの貯蔵分を作物が吸収している可能性がある。ハンガリーの場合には,1991年のソビエト連邦崩壊にともなう東欧国の経済不振によって,1990-92年にリンのバランスがマイナスになって以来,20年間リン欠乏を経験している可能性がある。このことを裏付けると思えるのは,ハンガリーにおけるコムギとオオムギの平均単収の推移をみると,両者とも1990年頃以降,急激に減少して大きな年次変動を示していることである(図1)。
一部のOECD国だが,農地ha当たりの余剰な窒素とリンのレベルがOECD平均を下回っているのに,養分余剰量がこの10年間増えてきている国として,カナダ,ニュージーランド(リンでは違う)とポーランドがある。また,イスラエルではha当たりの窒素とリンの余剰量がOECD平均を上回りながらも,この10年間なお増え続けている。
OECD全体では1990年から2009年にかけて,余剰養分の総重量と全農地面積ha当たりの量との両方で,絶えず減少傾向にある。そして,1990年代に比べて2000年代でのほうがより高い減少率を示した。
2000年代に減少率が高まったのは,多くの国で粗放的な農業環境対策事業に奨励された養分管理方法の採用が増えて,養分利用効率が向上したことと,2000年代に多くのOECD国で農業生産の伸びが低下したこととの双方を反映したものである。
OECD全体の平均値で,リン余剰量の減少率は,1990年からの20年間にわたる窒素余剰量の減少率の2倍であった。特に2000年からの10年間では,農業者が農業環境対策事業のなかで,土壌診断を以前よりも頻繁に実施して,自らの土壌が少なくとも複数年にわたってリンを施用しなくても,作物や牧草が吸収できるPの蓄積量のレベルを高めていることを認識した国が増えていることを反映していよう。また,リンでは,中小家畜の飼料にリン酸を添加する代わりに,飼料用穀物に含まれているフィチン態リンを,フィターゼ添加で事前に分解させる給餌法が普及したことも,リン余剰量減少の大きな要因となっている。
余剰養分量が減少したことは,養分投入量が減ったことを意味しているが,それによって農業生産量が減少したかが気になる。1998-2000年と2007-09年の間に,OECD全体での農業生産量は年間1%超増加したが,窒素バランス(余剰窒素量の総トン数)は年間1%超減少し,リンバランス(余剰リン量の総トン数)は年5%超減少した。
●驚くべきイギリスの余剰養分量の値の修正
驚いたことに,農業環境指標についての前回の報告書,OECD (2008) Environmental Performance of Agriculture in OECD Countries Since 1990. 575p. OECD Publication, Paris に書かれていた1990-92年と2002-04年の窒素とリンの余剰量の値が,今回の報告書で多くの国で書き換えられていた。そのほとんどはわずかな違いで計算ミスの修正と判断できよう。しかし,イギリスの余剰窒素量の事例はひどすぎる。前回報告書でイギリスの窒素余剰量は,1990-92年で57 kg/haと2002-04年で43 kg/haであったが,今回の報告では,それぞれ140 kg/haと120 kg/haに修正され,2007-09年で97 kg/haと報告された。したがって,イギリスもこれまでも100 kg N/haを超える常連国であったのだ。
この点について,報告書は何の説明もしていないが,これほどの大きな修正は単なる計算ミスとは思えない。かつてイギリスと北アイルランドは,農業からの硝酸の排出を厳しく規制する硝酸脆弱地帯を,飲料用水源として利用している水系とその集水域だけに限定していたため,EUの硝酸指令に違反すると,2000年12月に欧州裁判所が判決を下した。これにしたがって,イギリスは硝酸脆弱地帯の大幅な拡大を行なって硝酸指令に遵守するようにした(環境保全型農業レポート「No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化」)。この違法行為をしていた時代には窒素余剰量の計算値が低くなるように,意図的に計算方法を変えていたのではないかと疑いたくなる。
●農業における直接エネルギーの使用量
OECDは,農業の一次生産での直接エネルギー消費量(動力,空調,発電,乾燥,灌漑,家畜飼養などに要した石油,電力,天然ガスなどのエネルギー。ただし,肥料,農薬,機械などの製造に要した間接エネルギーを除く)の加盟国別総量を指標にしている。この直接エネルギーの値は,肥料や農薬といった他と明確に区別される形態の製品ではなく,国で使用された直接エネルギーを,後から農業用に使用されたもの産業連関表などを用いて仕分けたものであり,加盟国によって,農業での消費量と林・水産業での消費量との区別や,農家の家庭生活での消費量との区別がまちまちであると報告書で指摘されている。そのためか,今回の報告書の農業における直接エネルギー使用量の数値が,農業環境指標についての前回の報告書と大きく異なっている国が少なくない。
農場における直接エネルギー消費量は,1990年代の増加トレンドに比べて,2000年から2010年の期間には減少した(表3)。しかし,この10年間では,直接エネルギー消費量が大いに減少した国と増加した国とが存在し,EU15,日本,韓国,ポーランドでは大きく減少した。特に直接エネルギー消費量の多い国のなかでは,ドイツの減少が顕著で,1990-92年の平均値を100とすると,1998-2000年の平均値は46,2008-10年の平均値は28に減少した。これはこれらの国々で2000年代に農業部門の成長が減速したことと,農場でのエネルギー使用効率が全体的に改善されたことによって説明される。他方,2000年代の10年間に,例えば,オーストラリア,イスラエル,メキシコ,ニュージーランド,スペイン,トルコおよびアメリカでは,農場における直接エネルギー消費量が有意に増加した(表3)。これらは,これらの国々では2000年代に農業生産が引き続き増加したことに加えて,機械化と機械の大型化の進展による。
環境保全型農業レポート「No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス」の図3で,FAOの1999-2001年の平均国際農産物価格を基準価格とした農業生産指数の農業全体の総(粗)生産額(単位:国際ドル)を用いて,OECD国が2002-04年に農業の直接エネルギーとして消費したエネルギー量の石油相当量,1トン当たりの農業生産額を計算した結果を紹介した。
この結果と比較するために,同様な図を作成した。
FAOの農業全体の総(粗)生産額は2004-06年の平均国際農産物価格を基準価格として値に変更されている。また,農業における直接エネルギー消費量も修正されたケースが多いため,2002-04年の直接エネルギー消費量の値もOECDの農業環境指標のデータベースから取り直した。そして,農業の直接エネルギー消費量,石油相当量1トン当たりの農業生産額(国際ドル)を計算した。なお,環境保全型農業レポート「No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス」の図3の縦軸の石油相当量1トン当たりの農業生産額の単位は,単に国際ドルとしたが,正しくは1000国際ドルなので注意していただきたい。
2002-04年と2008-10年について計算した結果を図2に示す。
環境保全型農業レポート.No.119の図3と比較して大きく異なる点は,ドイツの石油相当量1トン当たりの農業生産額が飛び抜けて高いことである。これは大変注目される結果だが,ドイツの直接エネルギー消費量が大幅に減少したことに関係していようが,それ以上に何があるのかは,現時点では分からない。今後,注意しておきたい。
●農業による水質汚染
農業による水質汚染は先進国で広く問題になっているが,表流水や地下水の養分および農薬による汚染を定期的にモニタリングしているのは,OECD国の約半分だけであり,それも長年にわたる毎年のモニタリング結果を保持している国はきわめて限られている。
表流水と地下水の養分と農薬の濃度を追跡している15〜20のOECD国のうち,約半分の国で農業地帯の10%ないしそれを超えるモニタリングサイトが国の飲料水基準を超える養分や農薬の濃度を有しており,養分による汚染のほうが農薬でよりも頻度が高い(表4)。この表をよく見ると,いちばん右の欄にある地下水の農薬汚染について,懸念が残っている国が意外に多いことが注目される。なお,表4にある年次は,毎年モニタリングしている国は極めて少なく,データを入手した年次または年次範囲を示している。
農業地帯の表流水や地下水の水質汚染は,余剰養分量や農薬使用量によってだけ決められるのではなく,国土面積に占める農地面積の割合や土壌侵食量の影響も強く受けている。例えば,ベルギーでは,余剰窒素量が121 kg N/ha,農地率が国土の45.3%も占め,水食リスクの深刻な農地面積が9.2%もあり,硝酸濃度が水質基準を超過した表流水がモニタリングサイトの41%,地下水の32%,農薬濃度が水質基準を超過した表流水の11%,地下水の25%に達している。他方,ハンガリーでは余剰窒素量が1 kg N/haしかないのに,農業地帯の硝酸濃度が水質基準を超過した表流水がモニタリングサイトの10%,地下水の9%にも達しているのは,年間11トン/haを超える水食リスクのある農地面積が25%にも達していて,流亡土壌と一緒に窒素が水系に流入しているためであると考えられる。
しかし,OECD国の人口の大部分が消費している水は,これらの汚染物質を水処理で除去しているため,飲料水基準をクレアしているが,このための経費は全体で年間数10億ドルと推定される。しかし,一部のOECD国の上水インフラにつながっていない農村地域では,特に水を浅井戸から取水している場合には,農業による水汚染による懸念はもっと深刻になりうる。
農業起源の養分や農薬の負荷量が減少しているにもかかわらず,モニタリングサイトでの水汚染測定状況は改善されていない。これは,農業者による管理方法の変更採用と水質の改善との間にタイムラグ(時間のずれ)があるからある。地下水に改善効果がでるまでには数10年を要することが多い。
●日本の地下水質モニタリング調査結果の注意点
なお,表4で日本の農業地帯で地下水の硝酸が水質基準超過地点が5%とされているが,これは農業地帯ではなく,日本全体での値である。環境保全型農業レポート「No.169 都市農業は地下水の硝酸性窒素汚染を起こしていないか」に記したが,環境省が中心になって都道府県が実施している地下水の水質調査では,都道府県の市町村を市街地では1〜2 km,その周辺地域では4〜5 kmを目安としてブロックに分割し,そこを代表する井戸を選定して,井戸水の水質を年1回以上分析している。毎年全ブロックを調査するのには多大な負担が必要なので,4年ないし5年以内に全ブロックを一巡するローリング方式で調査されているケースが多い。この仕方では,市街地周辺で1辺5 kmのブロックを設定したとすると,2,500 haのブロックになる。この大部分が農地というケースは地形が入り組んだ日本では少なく,住宅地,市街地や森林と農地が混在したケースがほとんどである。このため,都道府県が実施している水質調査では農村地帯の実態が十分に把握されていない。
環境保全型農業レポート「No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー」に記したように,OECDは,養分負荷に占める農業のシェアを明確にした情報はほとんどないが,間接的証拠から農業が内陸や沿岸の水系の富栄養化の重要な要因であり,このことはなお続くであろうと指摘している。したがって,日本の農村地帯の地下水の硝酸汚染は5%よりもひどいはずである。
1986〜1993年にわたって26都道府県の農村部364か所の井戸水,湧水,温泉水を調査した結果によると,硝酸性窒素濃度が「水道法」の水質基準を超えた割合は,畑地帯で55%,果樹地帯26%などと,市街地よりもはるかに超過割合が高くなっており(藤井國博・岡本玲子・山口武則・大嶋秀雄・大政謙次・芝野和夫(1997) 農村地域における地下水の水質に関する調査データ(1986〜1993年).農業環境技術研究所資料.20: 1-329),こうした地帯での地下水の硝酸汚染が深刻なことが示されている(表5)。環境省の集約した結果は全体として公害発生の多い都市部を重点にしており,農村部の特に台地での地下水の硝酸汚染は,環境省の集約結果よりもはるかに深刻なことを忘れてはならない。