No.374 有機と慣行の食品で栄養品質に有意差がない〜イタリアの研究の誤り

●有機と慣行のプリパック食品の栄養調査

 これまでにも多くの研究が有機と慣行の食品の栄養成分の比較を行なっている。初期の段階では,栄養成分量を微量栄養成分も含めてきちんと定量した研究が少なかったので,環境保全型農業レポート「No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない」に紹介したように,両者の間には有意差がないとされた。しかし,その後,両者の栄養成分を比較した研究が増えて,環境保全型農業レポート「No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認」という結論がイギリスのバランスキーらによって出された。
 では,野菜,果実や穀物のような一次生産物ではなく,一次生産物を調理などの加工を行なって包装して販売している,朝食シリアル,パン,酪農製品などの食品(プリパック食品)では,有機と慣行の栄養品質の違いがあるかどうか。この問題についての研究は世界的に少ない。最近イタリアで販売されているプリパック食品について下記の調査が行なわれた。
M. Dall’Asta, D. Angelino, N. Pellegrini and D. Martini (2020) The Nutritional Quality of Organic and Conventional Food Products Sold in Italy: Results from the Food Labelling of Italian Products (FLIP) Study. Nutrients 12: 1273. 13pp.
20210719

●調査の方法

 イタリアの主要なスーパーマーケット(アウチャン,ベネット,カルフール,コナド,コープ・イタリアなど合計13店舗)のホームショッピング用ウェブサイトを検索し,表1に示す食品カテゴリー(その内容はサブカテゴリーに示す食品)についてネット販売しているプリパック食品を検索し,各オンラインショップで同じブランドと考えらえるプリパック食品(有機と慣行)を合計569のペアを選定して,包装物か食品容器にEUの有機農業規準に定められた食品成分量(注1)が表示されていることを確認して発注した。

(注1)法的に表示が義務付けられた項目:会社名,ブランド名,商品名,エネルギー(kcal/100g or 100mL),全脂質,飽和脂肪,炭水化物,糖類,蛋白質,塩分(いずれもg/100g or 100mL)

 プリパック食品に張り付けられているラベルにある成分表(製造した会社が自ら分析した値か,標準的な含有量の表をベースにして計算した値)を,食品別に記録し,その記録をデータにして解析を行なった。

●結果の概要

 合計569のペアの食品の栄養成分について次の結果がえられた。

  • 全体として有機と慣行のペアの食品の間で,わずかな数の食品でだけ栄養成分項目でわずかな差があり,調べた9つの食品カテゴリーのうちの2つ(“パスタ,コメおよび他の穀物”と“ジャム,チョコレートスプレッドと蜂蜜”のカテゴリー)でだけ次の有意差があった。
  • “パスタ,コメおよび他の穀物”のカテゴリーでは,有機食品の方が慣行食品よりも100g当たりで,エネルギーと蛋白質含量が低かった。さらに飽和脂肪含量が慣行生産物よりも有機生産物で高いことが認められた。これらのタイプの食品における飽和脂肪の含量レベルは一般に低いために,栄養的意義はわずかと考えることができる。このカテゴリーのサブカテゴリーの“パスタ”がこの有意差に大きく貢献していると考えられた。
  • “ジャム,チョコレートスプレッドと蜂蜜”のカテゴリーでは,慣行食品に比べて有機食品で,エネルギー,全炭水化物と糖類の含量の中央値が有意に低く(p<0.001),蛋白質含量の中央値が有意に高かった(p=0.002)。この結果は,サブカテゴリーの“ジャムとゼリー”で観察された有機と慣行の食品の有意差に大きく貢献していると考えられた。

●調査の結論

 著者らは,上記の結果から,全体としてプレパックの有機食品は,同じブランドの慣行食品よりも栄養的品質が高いとは考えられないとした。そして,ドイツ,アメリカ,イギリス,ブラジルで行なわれて既往の結果も有機食品の方が,栄養成分含量が高いという結果を示していない。このため,現在までの証拠では,有機生産物が慣行のものに比べて高い栄養品質を有しているという見方は支持できないと結論した。
 そして,次を指摘した。すなわち,有機食品に帰せられる直接的影響とは別に,有機食品の消費による有益効果には他の要因が働いていることに注目する必要がある。つまり,有機食品を購入している人達は,それを購入していない人達よりも,健康的な食餌を含めて,一般に健康的なライフスタイルを行なっており,従って有機食品によってもたらされる潜在的な付加的健康影響とは別に,いくつかの大病のリスクを下げている可能性がある。このため,有機食品と非有機食品の食餌の比較では,有機食品を摂取している人達が健康なライフスタイルを非常に高い頻度で維持していることがある。こうした理由から,少なくとも,栄養的観点だけから慣行食品よりも有機食品を推奨することはできないとした。

●調査結果の考察の誤り

 バランスキーらのまとめた結果でも,多量栄養成分についてよりも,抗酸化物質などの微量栄養成分が有機栽培で慣行栽培よりも多いことが確認されている。しかし,著者らは抗酸化物質などの微量栄養成分は,EUの法律で包装に表示義務はなく,従って,データを収集できず,“本研究の範囲外”であるとして,何ら論及していない。それなのに,有機と慣行の食品の栄養成分に差がないと結論しているのは強引すぎる。
 多量栄養成分で,有機食品が慣行食品よりも断然優れていることはない。集約的な慣行農業に比べて有機農業は窒素施用量が少なく,その結果,微量栄養成分に優れた有機の食品素材が生産されている。この後段の部分は調査の対象外として無視しているのである。

●有機食品摂取の人間の健康に及ぼすヴィガーら(2020)の研究

 有機食品のほうが慣行食品よりも人間の健康に良いとする口コミが真実のように広がって,経済的に豊かな国や階層で有機食品の消費が高まっている。ではその口コミが真実なのか。オーストラリアの下記の論文がこれについて研究を総点検している。
V.Vigar, S.Myers, C.Oliver, J.Arellano, S.Robinson and C.Leifert (2020) A Systematic Review of Organic Versus Conventional Food Consumption: Is There a Measurable Benefit on Human Health? Nutrients, 12, 7. 32pp.
 ヴィガーらは,4つの文献データベースで有機と慣行の食餌と健康との関係を調べた研究を観察研究と臨床研究を2019年1月に検索し,4,232の論文を摘出し,それらを精読して実験条件や結果などの記述が一定の条件を満たしている論文はわずかに35だけであったが,それらをレビューして次の結論をえた。
 有機食餌の摂取によって,メタボリックシンドローム(注2)など,いくつかの領域での観察研究によって有意なプラス結果が示されているものの,現在の証拠の基盤は短期的な研究であり,有機の食餌摂取の長期的便益について明確な意見を言えるものではない。有機食品を消費している者は全体的に健全な食餌の仕方や体重過多および肥満のレベルも低いことが多く,こうしたことが研究結果に影響を与えていると考えられる。

(注2)メタボリックシンドローム:内臓肥満に高血圧・高血糖・脂質代謝異常が組み合わさることによる,心臓病や脳卒中などになりやすい病態。

 ただし,有機と慣行の食餌摂取にともなう,農薬排出を調べた研究は,首尾一貫して有機食餌では尿中の農薬代謝産物の低下が示されている。なかでも,有機食品消費によって尿の有機リン殺虫剤の有機リンレベルが低下するという結果は,有機リン農薬への暴露を最少にしようと注意を払っている消費者にとって大切な情報である。こうした化学物質の毒性に関する現在の知見からすれば,暴露量をさらに低減させれば健康便益に翻訳可能である。ただし,有機リン以外の農薬代謝産物については,健康影響のメカニズムが不明なものが多く,農薬暴露量の低下を単に測定するだけでなく,それによって生じた健康便益を調べる研究が必要である。
 このように有機食餌が健康に良いとの証明には難しい問題があるものの,そうした研究が存在することにも論及せず,慣行と有機のプレパック食品には差がないと断言する強引さは驚嘆すべきものである。