● これまでの経緯
EUは有機農業の一層の発展と消費者の信頼の向上を図るために,現行の有機農業規則の全面改正を意図し,ヨーロッパ委員会が「有機農業規則」の改正案を2014年3月24日に公表した(環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」参照)。しかし,加盟国が28か国に増加して,利害の幅が大きくなって,有機農業規則についての意見調整が難しく,論議が大難航し,2016年12月段階では暗礁に乗り上げてしまった(環境保全型農業レポート「No.314 EUの有機農業規則改定論議が暗礁に乗り上げる」)。
しかし,立法に関係している3者(ヨーロッパ委員会,ヨーロッパ議会および閣僚理事会)の交渉人団がねばり強く合意をえるための努力を重ねていた。そして,「(2017年)6月28日水曜日午後に,3年を超える交渉の後, EUの3つの組織のヨーロッパ委員会,閣僚理事会と議会は,EU有機規則について暫定合意に達した。合意文書はこれから加盟国と議会で精査される」(環境保全型農業レポート「No.328 EUの有機農業規則改正の動きが新展開」)。暫定合意を受けて,まず閣僚理事会で有機農業規則の改正案が審議された。
なお,EUにおける立法手順を補足しておく。
まず,EUの執行機関であるヨーロッパ委員会が法律案を提案する。これをヨーロッパ閣僚理事会(理事会ともいう:加盟各国政府の立場を明らかにする権限を与えられた閣僚級の加盟国代表から構成)(二院制の上院に相当)とヨーロッパ議会(直接普通選挙で市民から選出された議員で構成)(下院に相当)が審議する。
● 閣僚理事会による承認
閣僚理事会に設けられた特別農業委員会Special Committee on Agriculture (SCA:加盟国選出代議員によって構成)によって,2017年11月20日に有機農業改正案が承認された(Council of the EU PRESS RELEASE 20/11/2017 “Organic farming: new European rules confirmed” )。
ヨーロッパ委員会のホーガン委員長(Commissioner Phil Hogan)はこれを歓迎して,次のコメントを出している(European Commission ? Statement. Brussels, 20 November 2017. New rules for organic farming: Statement by Commissioner Phil Hogan. )。
「誰もが同意することは,現在の規則は,現在20年を経過し,目的に合致しなくなったために,約270億ユーロの売り上げ,この10年間に125%も伸びている成長セクターの発展を助けるよりも,妨害しているということである。我々はこうした成長を,適切な法律によって有機農業部門が継続できるように確保できるように支援しなければならない。こうした成長は,小規模農業者が,より低い認証コストによって利益を得られるように,グループ認証事業に参加できるようにすることによって,成長が助けられよう。さらに,有機農業者は,生物多様性や作物生産の持続可能性を向上させるという技術革新を助長させうる,新しい有機種子のマーケットにアクセスできるようになろう。
3年間続いた交渉を通してヨーロッパ委員会は,ヨーロッパの有機生産物を購入し,EUの有機ロゴが有している保証について,合理的な期待を持っている消費者を絶えず念頭に置いてきている。本日承認された新しい規則案は,現在の例外措置(を乱発した:筆者補足)のアラカルトシステムを終わらせることになる。同規則は,全ての有機生産者と,域内で生産されたか輸入されたかにかかわらずEUで販売される生産物とに,適用されることになろう。より厳しい予防的措置によって,承認されていない物質による偶発的な汚染のリスクも軽減されることになる。新規則はこれまでよりも広い範囲の有機の食品や非食料(塩,コルク,エッセンシャルオイルなど)を対象とするので,消費者の選択の幅が広がって得をしよう。」
● 加盟国の足並みはなお不揃い
IFOAM(国際有機農業運動連盟)のEUグループは,ともかく閣僚理事会の特別農業委員会で承認がなされたとはいえ,改正案にはなお大きな問題が残されていることを指摘している( IFOAM EU Group Brussels, 22 November 2017. Press Release: Strong Institutional Commitment Needed to Ensure a Good Legislative Transition.)。
IFOAM EUグループは,改正案に重要な多数の問題があることを指摘している(環境保全型農業レポート「No.268 EUの有機農業規則改正案に反対意見が続出」)。関係者の努力によって,そのなかの問題点がある程度改善されたり,ヨーロッパ委員会による改正条文案の法的チェックによって矛盾点がある程度修正されたりしたことを認めるものの,理想的な条文にはほど遠いとしている。そして,特別農業委員会で大多数の賛成がえられず,実施を非常に難しくする多数の矛盾や誤りを条文がまだ含んでいるとして,オーストリア(有機農地が最大の国)やドイツ(EUの最大のマーケットの国)は,特別農業委員会で条文を承認しなかったことを指摘している。IFOAM EUグループは,EUの立法組織や加盟国が,なお存在している重要な弱点に直ちに善処するために,協同作業を強力に行なうよう要求している。
アメリカ農務省の外国農業の動きに関するレポートである”GAIN Repot” は,EUのこの問題を取り上げ,ドイツは最も批判的で,現行の規則は良く機能しており,現行の規則がまだ10年間も運用されておらず,有機部門は,変更するよりも安定を必要としているとしている。ヨーロッパの新聞は,ドイツが有機規則の全面改正から引いているように思えると記している。それでも,政策分析者は,ヨーロッパ議会総会での投票結果は非常に接近するだろうが,最終合意を通過させるのに十分な票があろうと考えているとしている。
● アメリカ農務省によるEU有機農業規則改正案概要の紹介
これまで環境保全型農業レポートでは,EUの有機農業規則改正案の概要を,EUの資料を中心に紹介してきた。内容的には重複部分が多いが,アメリカ農務省のGAIN Repot によるEU有機農業規則改正案概要を紹介する。
ヨーロッパ委員会は当初かなり大幅な改正を意図したが,有機農業規則改正案は比較的マイナーな変更を行なうだけと考えられている。その主たる変更点は,次の諸点である。
(1)有機生産物の貿易は最終的には貿易協定で規制するようにする。
(2)EUの有機経営者に対する現地検査にリスクベースの考え方を導入し,多くの場合には毎年でなく1年置きにする。
(3)EU加盟国が EU域内で流通させる有機生産物について,有機農業規則からの例外条項に基づいた,加盟国の免責/除外措置を徐々に廃止する。
(4)隔離ベッドは北欧の加盟国に,限定された期間だけ認める。
(5)ヨーロッパ委員会の当初案の肝心な部分は,有機規則で認められていない農薬の残留許容レベルを導入することであった。しかし,EUの多くの農業者は,慣行生産を行なっている隣の農場からのドリフトなど,自分らで制御できない発生源に起因する農薬暴露を完全に防止することできないため,この条項に反対した。
以下にこれらの変更点の説明を,具体的な例を挙げて紹介する。
A.同等の有機農業制度を有するとの合意に替わる貿易協定の締結
アメリカとEUは2012年に,事務的負担を削減して貿易を迅速化するために,双方が認証した有機生産物を双方で認証しあうという同等性合意に署名した。EUは,アメリカの生産や加工に関する基準が必ずしもEUの有機基準と同じではないが,類似の基準を満たして有機と認証する同等性合意を,現在60を超える国と行なっており,これによって実際にはEUの有機農業基準以外に60を超える有機農業基準を承認していることになる。EUはこうした承認を徐々に廃止して,単一の有機農業基準で生産・加工された有機生産物の貿易に置き換えるようにする。EUの改正案によると,同等性合意(日本を含む)は,新規則が施行されてから5年後の2026年1月1日に失効する。
情報筋によると,ヨーロッパ委員会は,アメリカとEUの現在の合意は全面的に調和がとれており,有機貿易協定への切り替えは簡単に進むと判断されている。
B.有機農業規則からの免責/除外措置の段階的廃止
EUの有機農業規則は,有機作物の生産に有機種子を使用することを要求している。しかし,EUの有機農業のある種のセクターでは,認証された有機種子を十分な量を確保できないケースが少なくない。このため,EU加盟国は,有機農業者が自らの有機生産のために慣行種子を使用できるとする規則からの逸脱を認めている。将来的にはEUは逸脱を徐々に終わらせることをねらっており,新規則はこの適切性と適時性を評価する調査を行なうことを規定している。改正案には,有機の種子,植物繁殖体や家畜飼料の農業者による入手を向上させるために,有機のこれらのマーケットでの入手可能性を示すデータベースを加盟国が構築・維持したり,有機作物の育種などを助長したりすることが規定される。そのうえで,EUはこうした例外措置を2035年までに終わらせることを意図している。
C.生産者・加工業者に対する現地検査にリスクベースの考え方を導入
生産者・加工業者の有機規則の遵守に関して,改正案は,生産者や加工業者に対する現地検査頻度について,リスクベースの考え方を取り込むことにしている。現在,規則への遵守をチェックするために,少なくとも年1回は全ての有機の生産者・加工業者について現地検査を規定している。新規則では,事業者が過去3か年遵守しており,違反のリスクが低い場合には,現地検査の頻度は2年に1回に減らすことができることになる。
D.残留農薬の許容上限レベルの導入問題
2014年の有機規則改正原案で最も論議を集めた問題は,非承認の農薬残留物について,許容レベルを超える残留物の検出された生産物を,有機から外すことを求めたことであった。
有機農場の隣の慣行農場から農薬がドリフトで流れて,有機生産物に農薬が残留したとすると,慣行生産物として販売しなければならず,有機生産者は経済損失を被ってしまう。
ベルギーやイタリアなどは,非承認農薬残留物に対して,現在でも非常に低い許容閾値ないしゼロを押している。しかしドイツを筆頭とする他の国は,慣行農場からの偶発的な汚染に有機農業者が責任を取らされるべきでないと反対している。妥協案として,より厳しい上限値を排除し,その代わりに,ヨーロッパ委員会が有機生産物中の非承認農薬残留物問題に関する報告書を2024年に出すことで決着させる案が出されている。それまでの間,閾値を施行している国と閾値を導入したい国はそうして良いが,その適用は自国で生産された有機生産物に限定する。加盟国は,EUの他の国や非EU国からの輸入食品に対して自国の残留閾値を課すことはできないこととする。そして,取引には,事業者によって農薬汚染ないし有機と非有機生産物の混合を避けるために新たな一連の予防方策を規定し,それは,新規則の公布後に実施規則としてヨーロッパ委員会が規定することになろう。
E.土壌での作物生産への固執
ヨーロッパ委員会は,作物生産を生態系としての土壌で行なうことに固執し,隔離ベッドでの有機生産を禁止する原案を提案した。これに対して,デンマークは土限定条項から鑑賞植物とハーブの生産を除外しており,フィンランドとスウェーデンの両国は主に気象的と地理的条件から隔離ベッドでのある種の有機生産を認めており,ヨーロッパ委員会の禁止案に声高に反対した。妥協案として,隔離ベッドでの有機作物の生育をデンマーク,フィンランドおよびスウェーデンでは,2017年6月28日以前に有機として認証されていた生産のみ引き続き認めるが,10年間で廃止することになった。
ヨーロッパ委員会も有機農業での隔離圃場の使用について報告を行ない,存在が必要な場合には2025年までに法的提案を提出することになった。
F.混合農場の禁止問題
ヨーロッパ委員会の改正原案では,混合農場,つまり,慣行と有機の両農業を同時に実施している農場が禁止された。議会および閣僚理事会の交渉人は委員会の提案を和らげて,混合農場を運営している農業者に対して,その維持を認めるが,その慣行農業活動を有機農業から明確かつ効果的に分離し区別するという条件をつけた。
● 次の段階
審議は閣僚理事会からヨーロッパ議会に回され,2018年1月になろうが,議会総会で承認されれば,閣僚理事会の全体会議に戻されて,無修正で承認されて成立することになる。そして,新規則は2021年1月1日から施行される。