No.386 硝酸塩指令に基づく施肥禁止期間設定のEU加盟国による違い

●EU加盟国の硝酸塩指令の実施状況の分析

 EU加盟国は全体として農業生産が活発であり,そのために農業に由来した水質の硝酸塩汚染が深刻である。このため,都市住民からその是正が強く求められ,EUは「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令 (91/676/EEC)」(硝酸塩指令)を公布して,農業者に,農地に余剰な硝酸塩をできるだけ施用せず,農地外に排出される硝酸塩を極力減らすことを求めている。そして加盟国は,硝酸塩指令に基づいて,硝酸塩による汚染が深刻な硝酸脆弱地帯(NVZ)の農業者が守るべき優良農業基準を定めて,農業者にその順守を課し,その結果を毎年ヨーロッパコミッションに報告している(環境保全型農業レポート「No.339 EUの2012〜15年(第6回)硝酸塩指令実施報告書」,「No.251 EUにおける農地からの窒素排出量の内訳と硝酸指令の削減効果」,「No.239 EUの第5回硝酸指令実施報告書」,「No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書」などを参照)。上記の硝酸塩指令実施報告書は行政サイドの報告書であって,研究サイドによる硝酸塩指令実施状況の解析は乏しい。
 イギリスのハートフォードシャー大学のチリヴアキらは,下記の論文で,2019‐20年に28加盟国(イギリスを含む)で行なわれた80の硝酸塩行動プログラムで最も多く実施されていた対策である肥料施用禁止期間を比較解析した。その概要を紹介する。
J.Tzilivakis, D.J.Warner, A.Green, K.A.Lewis:A broad-scale spatial analysis of the environmental benefits of fertilizer closed periods implemented under the Nitrates Directive in Europe. Journal of Environmental Management 299(2021)113674.16pp.

●施肥禁止期間の設定

 硝酸脆弱地帯について硝酸塩行動プログラムで実施されている最も一般的な主たる対策は,肥料施用禁止期間の設定である。肥料施用禁止期間は,施用した無機および有機肥料の硝酸イオンが,溶脱や表面流去によって農地からロスされるのを低減する目的で,窒素肥料の施用が禁止されている年間の特定期間で,年間のNロスの可能性が高い期間は,土壌がかなりの量の可給態(水溶性)窒素を含んでいる時期である。具体的には,豪雨が予想され,温度が低くて作物生育が制限されていたり,土壌が裸地で放置されたりしている時期は,特に溶脱と地表流去によるロスの両者を特に受けやすい。多くの場合、北ヨーロッパでは冬季に降雨が多く,生育が制限されているために,こうしたことが起こりやすい。地中海地帯の雨水利用システムでは,冬季は作物の生育の主たる時期で,夏には降雨が非常に少ないため,状況がもっと複雑である。しかし,灌漑農業も多く存在している地域もある。こうした状況を踏まえて,窒素ロス防止・軽減対策として,ロスの生じやすい時期(気候要因の評価に基づく)に窒素肥料の施用禁止期間が最も多く設定されている。
 窒素肥料施用禁止期間の設定は,加盟国が硝酸塩行動プログラムで設置しているが,肥料タイプ,作物の種類,気象条件などによって大きく異なり,例えば国土面積の小さなマルタ共和国では,全ての肥料について単一の禁止期間を設置しているのに対して,フランスのヌーヴェル=アキテーヌ地域圏では,例えば肥料タイプや作物によって109の禁止期間期日が設定されている。EU全体では,69の硝酸塩行動プログラムで1155の違った肥料施用禁止期間が設定されている。

●施用禁止期間の硝酸イオンロスの評点

 ヨーロッパを,既往のAlterra et al.(2011)の研究に基づいて12の環境地帯に区分した。そして,各環境地帯における,肥料タイプ(無機肥料,高窒素有機質肥料,低窒素有機質肥料),土地利用/作物タイプ,気象や土壌タイプといった,要因ごとの1〜12月の月別の硝酸イオンのロスのしやすさも活用した。そして,加盟国が硝酸脆弱地帯について設置している肥料施用禁止期間が,これらの要因別の硝酸イオンをロスしやすい時期を実際にカバーしている割合(%)(これをカバー率と呼ぶ)を算出し,加盟国の設定した施用禁止期間の硝酸イオンロスの評点とした。例えば,カバー率が100%以上であれば,硝酸イオンをロスしやすい時期をすべて肥料施用禁止期間にしていて,環境保全効果が高いといえるが,カバー率が低いほど,硝酸イオンのロスしやすい時期の一部しかカバーしてなく,環境保全効果が小さいといえる。

●結果の概要

 著者らは,EU加盟28か国が69の硝酸塩行動プログラムで設定した硝酸脆弱地帯の1155の違った肥料施用禁止期間の硝酸イオンロスの評点を計算し,それをマップに図示している。そのマップを図示するのは著作権法の制約があるのでできないが,特徴的な結果として次がえられた。

(1)加盟国が設定した肥料施用禁止期間が硝酸イオンのロスリスク期間を高い度合でカバーしている加盟国や地域の例には次がある。

  • 7つの加盟国(ベルギー,フランス,オランダ,比較的硝酸塩脆弱地帯面積の大きなイギリスと,硝酸塩脆弱地帯面積の比較的小さなエストニア,ギリシャ,ラトビア)が,溶脱リスクの高い期間の61%を超えてカバーしている農地面積が硝酸塩脆弱地帯農地の50%超を占めており,その具体的例として次がある。
  • ベルギーでは,フランダースにおいて8/9月と2月の間における耕地についての禁止期間は,無機肥料についてカバー率が95%;ワロンにおいて9月16日から2月15日の間の禁止期間は耕地で75〜80%,草地で73%。
  • フランスでは,イル・ド・デフランス地域圏,オー・ド・フランス地域圏およびグラン・テスト地域圏は,一連の耕地について無機肥料について10から12の禁止期間があり,そのカバー率90〜100%;高N有機質肥料について10の禁止期間でカバー率合いは60〜100%;低N有機質肥料についての7つの禁止期間が90〜100%のカバー率。
  • ギリシャでは,サロニキ平原‐ペラ‐イマティア県およびストリモナス流域は,無機肥料について11月1日から1月31日の間に禁止期間を有し,耕地で27〜55%,他の作物で55〜86%のカバー率;高N有機質肥料については他の作物でカバー率が55〜86%。
  • ラトビアでは,草地での禁止期間が9月/10月と3月の間で,無機肥料についてはカバー率77〜91%,高窒素有機質肥料については57〜64%で,耕地については無機肥料と高窒素有機質肥料についてはカバー率が62〜73%。
  • オランダでは,草地での禁止期間が9月16日から1月31日,無機肥料についてカバー率合い69〜82%,高窒素有機質肥料について54〜92%。
  • ポルトガルでは,草地と樹木作物での禁止期間が11月から2月の間で,無機肥料で55〜100%,高窒素有機質肥料で55〜86%。
  • イギリスではイングランドとウェールズで,禁止期間が9月から1月の間で,カバー率が耕地で69〜82%,草地で62〜73%。

(2)加盟国が肥料施用禁止期間を設定していないか,設定した肥料禁止期間が硝酸イオンのロスリスク期間を低い度合でしかカバーしていない加盟国や地域の例には,次がある。

  • 硝酸塩行動プログラム内の手段として,禁止期間を有していない区域がいくつか存在する;この例には,スペインとギリシャにいくつかの地域がある。
  • 無機肥料(可給態N含量の高い)についての被覆期間のカバー率の方がより重要なのに,一部の加盟国は有機質肥料(家畜糞尿)についてのみ禁止期間を設けて,無機肥料については設けていない例がある。これには,クロアチア,リトアニアやハンガリーがある。こうした例では,硝酸イオンをロスしやすいリスク期間のカバー率が低い。

(3)肥料禁止期間は,硝酸塩脆弱地帯における硝酸イオンロスを低減するのに有効な手段だが,これを実施していない加盟国や不完全にしか実施していない加盟国が存在するので,その是正が望まれる。また,実施している国では,他の国の優れた事例を参照して,自国での実施の仕方を改善することが望まれる。