●はじめに
中国の多くの農家の経営面積は狭隘で,そのなかで農業生産量を増やして所得や食料自給率を向上させる最も安価な方法は,化学肥料や化学合成農薬の施用量の増加である。日本もまさに同様であり,化学資材の施用量増加を軸にして収量増加を実現して,農家所得を向上させてきた。ただし,日本では農地の総面積が少ないゆえに,高度経済成長で増大した食料需要を国内で満たすことができず,輸入食料を増加させて食料自給率を維持することができなかった。
環境保全型農業レポート「No.350 中国農業の環境パフォーマンス:その現状と課題」に紹介したように,施用量があまりにも余剰になりすぎた化学肥料の施用について,中国は2015年に「2020年までに化学肥料使用量のゼロ増加を達成する法律」(以下,「化学肥料使用量増加ゼロの法律」と呼ぶ)と,化学合成農薬について,「2020年までに農薬使用量のゼロ増加を達成する法律」を成立させた。前者は,化学肥料使用量の年間増加率を2015年から2019年は1%未満に抑制し,2020年までには主要作物への化学肥料使用量のゼロ成長を実現することを目標にしている。その際,土壌診断とそれに基づいた施肥設計を用いて,施肥の適正化を図るとともに,改良施肥方法の使用,家畜糞尿や作物残渣などの有機肥料の使用を奨励している。
後者は,農地単位面積当たりの農薬使用量を2012年から2014年の平均レベル未満に抑え,農薬使用総量増加のゼロ成長を2020年には達成することを目的にしている。
●中国の化学肥料の施用量の推移
環境保全型農業レポート「No.350 中国農業の環境パフォーマンス:その現状と課題」と若干重複するが,中国の化学肥料の施用量の推移を日本と比較する(図1)。
中国では1970年代終わりごろまで化学肥料の施用量が極めて少なく,1980年代に入ってから特に窒素が急激に増加した。これは1978年に改革開放政策が開始され,それまで農地の所有権を有していた人民公社が順次解体されて,最終的には1985年に全てが解体され,土地を請け負う権利が個々の農家に与えられて,農家を経営単位とする農業態勢に変更になったからである。そして,通常の土壌では作物の生育を最も強く制限していて,増収効果の最も高い養分は窒素なので,窒素を重点的に施用したと考えられる。そして,窒素施用量が2000年代には作物栽培地(耕地+永年作物地)ha当たり200 kgを超え,世界のトップクラスになった。
他方,日本では第2次大戦後の1947年に占領軍司令部の指揮の下に,地主の所有していた農地を小作人に開放した。狭隘な農地で高い収量を上げて,国民への食料供給を高めるとともに,農家所得を高めるために,多肥が行なわれた。日本でも窒素が真っ先に増肥され,その後,日本に多い,酸性とリン酸難溶化力の強い黒ボク土で増肥を図るには,熔リンなどの多量施用が有効なことが判明した。そのため,日本ではリン酸の多量施用が一般化し,窒素よりもリン酸の施用量が多くなっていった。
●化学肥料使用量増加ゼロの法律施行で中国農業は大丈夫か
「化学肥料使用量増加ゼロの法律」を上意下達することによって,中国の食料生産や農家の所得はどうなるのか。この大変気になる問題を,オランダのアムステルダム自由大学の世界食料研究センターは,中国の農業について中国の研究者との連携を図りつつ,2000年頃からシミュレーション研究を実施している。同研究センターの3名と中国人民大学の1名のグループが公表しているこの問題について,下記の論文の概要を紹介する。
van Wesenbeeck, C.F.A., M.A. Keyzer, W.C.M. van Veen and H. Qiu (2021) Can China’s overuse of fertilizer be reduced without threatening food security and farm incomes? Agricultural Systems 190 (2021) 103093, 15pp.
●“中国農業シミュレーションモデル”
アムステルダム自由大学の世界食料研究センターの中国農業を研究しているグループは,農業部門を強調した中国経済の詳しい中国農業データベースと,一般的平衡福祉モデルである中国農業シミュレーションモデルChinagro simulation modelを構築している。
中国全土を8つの経済地域(複数の省からなる地域)に区分した。そして,それらに所在する合計2885の県(北京市,上海市など半都市部との合計数)について,農場の作物と家畜や農地などのタイプ別の栽培・飼養状況,牧草,し尿,農業機械,仮定廃棄物,青刈り飼料の供給量,購入したものと現地採取した投入物などの農業供給データベースを構築した。
また,地域を都市部と農村部に区分し,それぞれの消費者需要のデータベースも構築した。その際,消費者を6つのグループ(農村部低所得,農村部中所得,農村部高所得,都市部低所得,都市部中所得,都市部高所得)に分類し,各グループの人口,消費した品目とその量と価格などのデータベースを構築した。そして,地域とその中の都市部と農村部において,輸入や輸出を含めて流通された品目の量と価格などのデータベースも構築した。
そして,対象とした全ての品目について,消費者の行動,生産者の意志決定や取引業者による市場清算を同時に統合するとともに,政府の政策や世界市場価格のインパクトもとらえられる応用一般均衡モデルの中国農業シミュレーションモデルを構築した。
このシミュレーションモデルは世界食料研究センターの研究グループが2000年頃から取り組んでおり,農産物貿易の展望,農場所得の成長,地域の土地利用パターン,バイオ燃料開発,さらに最近では,水資源保全のようないくつかの問題についてもこのシミュレーションモデルが適用されている。
シミュレーションモデルとデータベースについては下記などを参照頂きたい。
W. van Veen, P. Albersen, G. Fischer and L. Sun (2005) Data set for the Chinagro welfare model: structure and composition. (Staff Working Paper; No. WP-05-03)
●基準年とした2015年における中国農業の概要
1 養分施用量の余剰と不足
「化学肥料使用量増加ゼロの法律」が施行される前の肥料関係の状況が,基準年とした2015年について,構築したデータベースからまとめられている。
中国は,作物生産に排泄物(主に家畜)由来の有機質資材を多く施用している。そのため,最も多くの量が家畜密度の比較的高い地帯で施用されている。その量は全国平均で3要素(N,P2O5,K2O)を合わせて100 kg/haに近いが,いくつかの県では250 kgまたはそれを超える量が施用されている。
しかし,この数十年に大きく栽培面積の増加した作物にとっては,利用可能な家畜糞尿資材は明らかに不十分である。そのため,化学肥料の使用量を大幅に増加させ,2015年の3要素を合わせた総養分施用量は424 kg/haに達している。化学肥料のha当たりの施用量はN が262.3 kg,P2O5が589.7 kg, K2O が72.2 kgであった。そして,化学肥料,排泄物資材,作物残渣,空中窒素固定によって投入された総量は,ha当たりN が354.8 kg,P2O5が129.3 kg, K2Oが174.8 kgで,作物に吸収された量を差し引いた余剰量は,ha当たりNが162.4 kg,P2O5が54.3 kg, K2O が-28.1 kgで,窒素とリン酸は余剰に施用されているのに,カリは不足している。このことから,作物は土壌の粘土鉱物などを分解してカリを吸収しているとして,土壌のカリ供給能の持続可能性が懸念されている。
著者らは,県別の色分けした3要素の過不足の程度を描いた地図を作成している。2015年の地図をみると,窒素とリンの余剰は全国的にほぼどこででも生じており,量的に最も多いのは,北部(北京市,河北省,山東省など),東部(上海市,江蘇省,浙江省など),南部(福建省,広東省など)と中央部(湖北省,江西省,湖南省)である。カリウム不足はほとんどの県で認められ,例外は南部と高山岳地帯(チベット自治区,青海省)である
2 食料自給率と農家所得
基準年の2015年に,中国の食用作物需要は国内生産によってほぼ完全に満たされていた。主要穀物(コメ,コムギ,トウモロコシ)の平均自給率は2015年に0.99で,ごく限られた量のトウモロコシが輸入されているだけである。しかし,蛋白質に富む家畜飼料(主にダイズと油料種子)は輸入への依存度が大きく,自給率は0.64となっている。
作物生産における雇用者数は年間約1億7200万人,付加価値額(総生産額から原材料費・燃料費・減価償却費などを差し引いた額)は,労働者1人当り18,670元(約2600USドル)である。特に非農業部門の給与と比べると,この所得は高くなく,農業世帯は他の活動による稼ぎによって所得を補完する必要性を示している。このことは,労働者1人当りの付加価値が全国平均よりも低い地域,特に中央部と南西部(重慶市,四川省,貴州省,雲南省)の省の多くに当てはまる。
●2030年の中国農業の予測シナリオ
「化学肥料使用量増加ゼロの法律」に基づいた肥料政策の具体的内容はまだ判然としていない。著者らは2030年の期間に実施される肥料政策として次の5つを想定した。
1 “ベースラインシナリオ”(政策無変更シナリオ)
法的に許されないが,「化学肥料使用量増加ゼロの法律」施行前の状態を継続したとした場合の2030年の農業状態を,参考のために予測する。
2 “家畜糞尿”(家畜糞尿活用政策)
2015-20年に家畜糞尿施用量が年1.5%,2020-30年に年0.75%ずつ増加。このために,栽培で必要となる追加労力は2015-20年で年0.2%,2020-30年で0.1%ずつ(家畜生産で各0.1%と0.05%ずつ)の増加を要し,追加機械投入費は,栽培で各年0.4%と0.2%ずつの増加を要する。政府が追加労力費の一部を支援して促進。
3 “フル有機”(フル有機肥料活用政策)
家畜糞尿に加えて,作物残渣を家畜飼料に利用せずに,作物残渣のリサイクリングによる土壌還元に利用し,その量を2015-20年には年1.0%ずつ増加し,2020-30年には年0.5%ずつ増加。このために栽培で必要となる追加労力(2015-20年で年0.1%ずつ,2020-30年で0.05%ずつ)と追加機械投入費(各0.2%と0.1%ずつ)を要する。土壌の有機物組成の改善による肥料の利用効率が2015-20年で年0.2%,2020-30年で0.1%ずつ向上。政府が作物残渣の農地還元に補助金を農業者に支援して促進。
4 “化学”(化学肥料の利用率向上政策)
販売用化学肥料の組成をha当たり120 kg N,30 kg P2O5,40 kg K2Oの基準組成に徐々に調節し,肥料の利用効率を大幅に向上させる。これには施肥の精密化が必要であり,これにかかる労力の増加が2015-20年で年0.1%,2020-30年で0.05%ずつ必要。改善した肥料製品は通常製品よりも20%高価になると仮定。土壌養分組成のデータがないため,シナリオの記述は地域別の具体的提言になっておらず,全国一律に適用。
5 “全政策”(全政策の組合せ政策)
“フル有機肥料活用政策”(家畜糞尿と作物残渣を含む)と“化学肥料の利用率向上政策”の要素を合わせたもの。
●2030年の中国農業の状態の予測結果
こうした5つのシナリオによって中国農業シミュレーションモデルで2030年の中国農業の状況を予測し,次の結果がえられた。
1 政策無変更シナリオ
- 政策が無変化のままでも,人口増加やさらなる都市化や所得向上に適用して,作物生産量が着実に増加し,肉類,果実や野菜への需要増加に適応してゆく。穀物の生産量増加率は最も低いが,2030年にコメとコムギを自給できるが,トウモロコシの自給率は95%となろう。しかし,蛋白質に富む飼料の自給率が54%(2015年に64%)に低下し,肉類生産の輸入飼料への依存度が高まろう。
- 作物生産の付加価値額は,実質で年1.3%増加し,作物の生産額よりも高い率で増加しよう。これに加えて,生産性の向上が労働力の必要性を引き下げ,作物分野の全雇用を2030年までに年間1億3900万人に引き下げることになろう(2015年には1億7200万人)。このため,労働者1人当りの作物付加価値額は,平均年率2.7%増加するが,他の経済分野に追い付くには十分ではない。家畜生産分野の所得は,肉類需要の増加(2015年には46 kg/年から2030年には78 kg/年)によって,穀物や他の主食用作物よりも増加しよう。
- 化学肥料使用量は,耕地で2015年の424 kg/haから2030年に483 kg/haのレベルに達し,有機肥料の使用量は98から101 kg/haにわずかに増加しよう。そして,余剰養分レベルが,窒素で179 kg/ha(2015年162 kg/ha),P2O5 は63 kg/ha(2015年54 kg/ha),そして,K2Oの養分不足は17 kg/ha(2015年28 kg/ha)となろう。従って,2015年に比べて構造的変化はない。
2 フル有機肥料活用政策
- 家畜糞尿と作物残渣の施用・リサイクリング割合は,ベースラインでのそれぞれ59%と50%に比べて,2030年にはそれぞれ全国平均で68%と55%に高まる。そのために,追加労力が必要となって,地元利用できる飼料が少なくなる。しかし,有機肥料の使用量は2030年には耕地で117 kg/haに増加する(ベースラインシナリオよりも16%多い)。化学肥料は,部分的には家畜糞尿による交換と,部分的には土壌の有機組成の改善による肥料効率の向上によって,2030年には耕地で398 kg/haに減少する(ベースラインシナリオよりも18%低い)。従って,2030年にはNとP2O5の養分過剰がベースラインシナリオ(両者とも20%)よりも有意に低くなる。残念ながらK2Oの不足は若干増加する。明らかに家畜糞尿のK2Oが比較的高いが,肥料使用の全体における低下を補完するには十分ではない。
- 有機資材施用にともなう労働力の必要性の高まりは,その収量に対するプラス効果の向上を妨げ,穀物の総生産量を若干低下させる。しかし,作物生産による付加価値額は,生産物価格の上昇にために1.7%高くなる。消費者需要は強いままなので,こうした価格によって農業者は利益を得る。同じ理由から,高い飼料コストの家畜生産分野へのマイナスインパクトは限定されたままである。生ずる食料自給率はベースラインでの自給率よりも若干低くなっている。
従って,全体として,この有機肥料シナリオは明らかに窒素とリンによる環境圧をかなり低下させる。しかし,これがカリウム問題に対処することにはほとんどならないので,これが大きな解決策になるとは考えられない。
3 化学肥料の利用率向上政策
- 肥料価格の上昇や労力を要する作目増加などから,化学肥料の施用効率を向上させて,化学肥料施用量を減らす技術が普及し始めている。こうして生じた化学肥料使用量の削減はかなりの量になっている。ただし,利用効率の計算から推定される生産高から考えるよりも,実際の削減量は多くないという問題がある。結果的には化学肥料の総使用量は耕地当たり337 kg/haに低下し,ベースラインシナリオよりもはるかに低い(30%)。肥料製品の組成改善によって,NとP2O5の余剰養分量は大きく低下する(それぞれ47%と78%)。しかし,K2Oの平均不足量は2015年レベルのままである。地域に合った肥料施用が必要なことを示している。このシナリオは,農場の付加価値額や作目の自給率に何ら大きな影響を与えない。
4 全政策の組合せ政策
(1)作物の生産量と自給率に及ぼす影響4>
- 全ての政策要素を組み合わせて実施すると,2030年における主要穀物の総生産量はベースラインシナリオ(5億1900万トン)よりも若干少ないだけの量を生産でき(5億1500万トン),化学肥料の平均使用量は483から286 kg/haに減少すると推定される。有機肥料の平均使用量は,地元での家畜糞尿や作物残渣の利用可能性に規制されて117 kg/haに留まっている(ベースラインシナリオの101 kg/haから増加)。化学肥料使用量の低下は,それぞれ化学肥料と有機肥料に焦点を当てた政策要素の複合影響である。
上述のように,有機政策要素だけだと,化学肥料の使用量は2030年に398 kg/haとなり,化学政策の要素だけだと,337 kg/haとなろう。従って,両要素が肥料の効率の向上に大きく貢献しており,総減少量の197 kg/haの35%は有機政策に起因し,65%は化学政策に起因するといえる。注意すべきは,相乗効果のために,総減少量は有機と化学政策との単独での削減量の合計よりも少ないことである。
- 作物生産レベルはおおむね変化せず,消費者需要にも大きな変更がないので,自給率はベースラインシナリオと類似したままである。中国はコメとコムギについては構造的に自給自足なのに対してトウモロコシや蛋白質に富む飼料の自給率は若干だが低くなる(それぞれ0.95対0.94と0.54対0.53)。
(2)養分余剰に及ぼす影響
- 政策の完全実施は2030年に全国平均のNとP2O5の養分余剰をベースラインシナリオに比べてかなり低下させ,それぞれ179 kg/haを78 kg/ha (56%低下)にと,63 kg/haを11 kg/ha (82%低下)に低下させると推定される。しかし,K2O不足は平均でベースラインシナリオの17 kg/haから29 kg/haに増えると推定される。これは,化学肥料の組成を改善しても,化学肥料量の施用量減少の影響が組成改善の影響を上回ってしまうからである。
(3)農業所得に及ぼす影響
- 全政策の施行によって,生産量は低下しても高品質化によって価格が上昇し,2030年における作物生産の総付加価値額は,主に化学肥料の投入コストの低下のために,ベースラインシナリオよりも3.2%高くなる。また,有機糞尿使用を助長する補助金も総付加価値額の増加に寄与するが,平均すると,総付加価値額の0.5%でしかない。家畜生産については,飼料としての作物残渣の利用可能性の減少のマイナス影響があるが,付加価値額に及ぼす影響は非常に小さいと考えられる。
- 作物生産での労働力需要は,化学肥料の注意深い施用と有機肥料の施用量の増加によって高まるが,化学肥料使用量の低減は反対に働く。その結果,全国での作物生産全体での労働力需要の増加はわずかで,2030年のベースラインシナリオに比べて,年間30万人の増加にすぎない。その結果,単位労働者1人当りの作物付加価値額はベースラインシナリオよりも高くなっている(3%)。従って,平均的改善として農業者の生活基準を大幅に改善するのには十分ではないが,作物生産者の所得は肥料政策によって損なわれていない。
- 全政策の施行による労働者当たりの県別の作物付加価値額増加の空間的分布をみると,残念なこと付加価値額の増加は,最貧農業者が所在している地域(新疆ウイグル自治区,青海省,甘粛省,四川省,重慶市,チベット自治区,雲南省,黒竜江省など)に集中しておらず,農業者の生活が既に向上している地域が恩恵を受けているように考えられる。特に貧困の厳しい峡西省,重慶市,貴州省,雲南省では,新政策による所得増加は平均よりも低い。従ってこれらの結果は,地域固有の所得支援対策を追加する必要性を指摘している。
●終わりに
アムステルダム自由大学の世界食料研究センターのグループによる中国農業に関するデータベースとシミュレーションモデルの構築に基づいた本研究は,「化学肥料使用量増加ゼロの法律」を具体的にどのように施行するかという,政策遂行の参考として大いに役立つものであろう。
シミュレーションモデルによって全政策の組合せ政策を遂行すれば,農業生産レベルを引き下げることなく,窒素とリン酸の養分余剰とカリの不足をかなりの程度是正できると推定された。しかし,その推定を実行するには,全国の農地土壌の土壌診断の実施と土壌養分含量改善の診断書の作成,診断書に合わせて肥料成分組成を変更した化学肥料の製造と流通,化学肥料の精密施用技術などの普及とそれに要する予算の確保が必要である。著者らは,政府は,こうした作業に要するコストを,田舎の将来への投資として現実的に考えなければならない。そのため,主要な利害関係者(農業者,肥料業界,地方政府)からの資金提供による支援を構築することが決定的に重要であろうとしている。とはいえ,最貧農業者の多い地方では,地方政府の支援もあまり期待できないであろう。そのため,中央政府の支援が大切となろう。