No.379 農業由来の硝酸塩汚染地点を推定する新しい手法

●EUの硝酸塩指令の弱点

 EU(ヨーロッパ連合)は,農業から排出された硝酸による地下水や地表水の汚染を削減・防止するために,1991年に「硝酸塩指令(農業起源の硝酸塩による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令)」(91/676/EEC)を公布した。
 加盟国は,国全体の地下水と地表水の水質をモニタリングし,(a)硝酸(NO)が25mg/L以上か,そうなる危険性の高い地下水と地表水,(b)NOが50mg/L(NO-Nで11.3mg/L)以上かそうなる危険性の高い地下水と地表水,(c)富栄養化(アオコの発生など)しているか,そうなる危険性の高い地表水(藻類の生育に必要な光が当たるのは地表水だけのため)を確認し,これらが存在する集水域内の全ての土地を,脆弱地帯として指定する(国全体を脆弱地帯に指定してもよい)。そして,脆弱地帯外の農業者には,国の定めた硝酸汚染防止のための優良農業規範を自主的に守ることを要請する。一方,脆弱地帯内の農業者には,優良農業規範よりも厳しい行動計画を守ることを義務として課している(環境保全型農業レポート「No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書」参照)。
 この法律の施行によって水質改善はかなり改善してきたが,技術的には多くの問題が存在している。その一端を環境保全型農業レポート「No.227 EUの硝酸指令の技術的基盤は脆弱」に記したが,地下水については,そもそも硝酸塩でどの程度汚染されているかの汚染マップの精度が低くて,脆弱地帯の指定が不正確であったため,汚染軽減対策の効果もあまり発揮されなかったことも指摘されている。

●地下水の硝酸塩濃度を推定する新手法

 圃場ごとに,その下の地下水の硝酸塩による汚染程度を毎年測定することは容易ではない。そのため,部分的にしか測定していない地下水の硝酸塩による汚染の程度のデータを踏まえて,をより広い地域について,圃場ごとにできるだけ正確に推量する手法を下記の論文が提案した。その概要を紹介する。
J.M. Orellana-Macias, M.J.P Rosell and J. Causape (2021) A Methodology for Assessing Groundwater Pollution Hazard by Nitrates from Agricultur-al Sources: Application to the Gallocanta Groundwater Basin (Spain). Sustainability 2021, 13, 6321. 15pp.

●窒素投入量ハザードインデックス

 ハザードは,社会や環境に対して有害で損害を与えうる現象,プロセスないし活動のことで,ここで問題となるハザードは,作物別の施肥によって溶脱して地下水に到達しうる窒素量のことである。ただし,地下水に到達しうる窒素量の定量や推定は困難なので,著者らはその代替値として,スペインの地下水を例にして,後述する作物の窒素吸収総量を用いる,窒素投入量ハザードインデックス(Nitrogen Input Hazard Index)を提案した。
 手法は,地下水の硝酸塩による汚染マップを作成しようとする農業地帯について,次の3段階ステップの作業を行なう。

(1)ステップ1:ハザード目録と分類

 第1段階で,拡散汚染の主因と考えられる作物に関連した可能性のある窒素の汚染源を,すべて摘出して分類する。土地利用マップに基づいて,最初に作物の種類を区別し,農地を作物タイプ,水管理情報(灌漑の有無)や汚染に影響しうる他の顕著な特性に従って正確に区分する。

(2)ステップ2:作物の窒素吸収量の計算

 溶脱して地下水に到達しうる窒素量を推定するために,スペインで行なわれている土地台帳(インターネットで閲覧可能)に基づいて,当該地区の灌漑の有無別に,各作物の窒素吸収量と収量のデータ(ともに平均値)をインターネットで収集する。収量の値は圃場の場所や水管理システムによって異なるので,当該地区の農家に聞き取りを行なって,圃場別の収量を補正する。
 作物の窒素吸収総量(著者は窒素肥料要求量と記述)を次式で計算する。
  NR=N Uptake× Output
 ここで,NRは,窒素吸収総量(窒素肥料要求量)kg N/ha;
  N Uptake(N吸収量(N 1/1000))は,作物による窒素吸収量;
  Output(収穫量)は,予想収量 t/ha。
 収量は場所と水管理システムによって異なるので,専門家が調査地域の特徴を踏まえて,統計の平均収量から値を修正する際には,その理由づけをしなければならない。

(3)ステップ3:ハザードの程度のランク付け

 汚染源である溶脱して地下水に到達しうる窒素量の代替値として,圃場当たりの作物による窒素吸収総量(NR)を用いるが,作物の窒素吸収総量と地下水のNO-Nの間の関係を当該地区の既に測定してあるサンプルに基づいて確認しておく。
 著者らは,調査地区について既に測定してある事例をインターネットで入手し,13の地点についての地下水のNO-N濃度とそこの作物による窒素吸収総量のデータを入手し,両者の間に有意な直線的な相関を認めた。この相関式を用いて,NO-N濃度のデータのない圃場についても,窒素吸収総量のデータから地下水のNO-N濃度を計算した。計算した地下水のNO-N濃度を,溶脱して地下水に到達した窒素量(ハザードの程度)とみなす。そして,ハザードの程度を被害の深刻性を考慮してランク分けする。
 EUの硝酸塩指令は,上述したように地下水について,(a)硝酸(NO)が25mg/L未満,(b)硝酸(NO)が25mg/L以上かそうなる危険性の高い水,(b)NOが50 mg/L(NO-Nで11.3mg/L)以上かそうなる危険性の高い水に区別しているので,これを踏まえてハザード程度を下記のようにランク分けした。

  • 低:窒素吸収総量(汚染源)が,推定した地下水のNO濃度を25mg/Lに到達させる量よりも低い(<22kg N/ha)。
  • 中:窒素吸収総量が,推定した地下水のNO濃度を50mg/Lに到達させる量よりも低い。(22-45kg N/ha)
  • 高:窒素吸収総量が,推定した地下水のNO濃度を50mg/Lに到達させるよりも高い(>45kg N/ha)。

(4)汚染マップの作成

 土地利用マップの圃場ごとに記入した作物の窒素吸収総量(kg N/ha)を,低・中・高にランク分けして色分けして,汚染マップを作成する。

●現場適用

 著者らは,スペイン北東部のガロカンタ盆地(540km2)のなかの,三畳紀の不透水性の岩石層によって形成された地下水盆(223km2:ガロカンタ地下水盆)上に存在するガロカンタ湖と,その周囲の土地を開墾した約180km2の農地などを対象地区にして研究を行なった。ちなみに対象地区では集約農業が営まれ,1970年代初期の最初の地下水質調査以来,硝酸塩汚染が観察されている。ガロカンタ湖とその周辺の土地は,西ヨーロッパを渡るクロヅルの主要な越冬地となっている。
 上述の「窒素投入量ハザードインデックス」における記述も,ガロカンタ地下水盆でのデータに基づいている。
 研究報告には,対象地区全域にわたる圃場ごとの汚染マップが掲載されている。著作権の関係でここに図示できないが,原報で一覧いただきたい。
 対象地区では,過去数10年間に施行された硝酸塩汚染軽減対策は,硝酸塩脆弱地帯を定める際の適切な基準がなかったために失敗であると証明され,高硝酸塩濃度のために水の供給を再三停止し,調査域内のいくつかの村に影響を与えてきている。今後,新しい汚染マップに基づいて具体的にどのような対策を立案するかは,今後の報告で記述されると期待される。

●日本への適用

(1)詳細は分からないが,スペインでは土地利用台帳がインターネットで閲覧でき,問題とする対象地区の土地利用マップを入手できるようだが,日本ではそうしたケースはほとんどない。土地利用マップがなければ,その作成から始めなければならない。
(2)日本では地下水の硝酸塩濃度のモニタリングデータは,1989年から都道府県知事が地下水水質を調査し,その結果が環境大臣に報告されている。多くの場合,都道府県をメッシュに分割し(メッシュ間隔の目安は市街地では1〜2 km,その周辺地域で4〜5 km),3〜5年で当該都道府県を一巡する仕方で調査がなされている(環境保全型農業レポート「No.241 環境省のモニタリング調査でも地下水の硝酸汚染の主因は農業」参照)。これは都市住民の生活環境のモニタリングが主目的であるため,農村部のデータは,まばらで少ない。
(3)作物の窒素吸収量については,旧農業環境技術研究所の尾和尚人氏が,我が国の作物の三要素の吸収量の原単位として,収穫物1トン当たりの吸収量kgをまとめている(わが国の農作物の養分収支 農業環境技術研究所 尾和尚人)。