No. 368 COVID-19の流行による世界の二酸化炭素発生量の減少

 環境保全型農業レポート「No.360 OECDが食料・農業分野におけるCOVID-19問題を集約」に,OECDがまとめた新型コロナウイルス感染症COVID-19のパンデミック(世界的流行)の農業に対する影響を紹介した。それに続き,COVID-19の流行による世界の二酸化炭素(以下CO2と表記)発生量に及ぼす影響を下記の文献をベースにして紹介する。(C.Le Quéré, R.B.Jackson, M.W.Jones, A.J.P.Smith, S.Abernethy, R.M.Andrew, A.J.De-Gol1, D.R.Willis, Y.Shan, J.G.Canadell, P.Friedlingstein, F.Creutzig and G.Peters(July 2020) Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement. Nature Climate Change 10:647-653. / Supplementary Information: ibid. 21pp.)

●新型コロナウイルス感染症COVID-19の世界的流行の経過

 2019年11月22日に中華人民共和国湖北省武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」が初めて確認され,2019年12月30日にその病原体が同定されて,この病名が新型コロナウイルス感染症COVID-19と命名された。この新型ウイルス自体の名前は,国際ウイルス分類委員会(ICTV)によって「SARS-CoV-2」と名付けられている。発症は当初は中国であったが,2020年1月後半から2月中旬に急速に韓国,日本,ヨーロッパ(主にイタリア,フランス,スペイン)およびアメリカに拡大した。症例は急速に拡大し,2020年3月11日にWHOによってパンデミック(世界的流行)と宣言された。

●COVID-19による2020年の世界のCO2排出量の変化の推定

 COVID-19の蔓延にともなって,各国政府は,症例を示した個人の行動自粛や隔離から,集団化の禁止,学校の強制的休校や強制的自宅待機,さらに都市封鎖,外国からの入国禁止まで様々なレベルの行動制限を行なっている。こうした人々の行動制限はエネルギー使用に劇的な変化をもたらし,CO2排出量に影響を与えている。では,2020年において,COVID-19の蔓延にともなって世界のCO2排出量はどの程度減少したのか。

(1)推定方法

 著者のLe Quéréらは,2020年1月1日から4月末までの4か月間における世界のCO2排出量が,基準値(2019年の平均値ないし2015-19年の平均値)に対して,どれだけ増減したかの割合の概算を試みた。

 そのために,世界人口の85%とCO2排出量の97%を占める,世界の69か国と,アメリカの50州ならびに中国の30省における,6つの経済部門について,2020年1月から4月末までとの必要なデータを収集した(表1)。

 それとともに,COVID-19の流行にともなって,調査した各国がどのような封鎖政策を講じたかを調べて,封鎖政策をレベル1から3の封鎖指数に分類した(表2)。なお,表2の政策の事例にあるエッセンシャル・ワーカーは,外出自粛が要請されている時期に,感染リスクが高いながらも社会生活を維持するために働く,特に医療従事者,宅配業者,スーパー従業員,介護や保育の仕事にかかわる人,公共交通機関で働く人,ゴミ収集業者など,封鎖の対象外となる職種に従事する人達のことである。

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 著者らは,2020年1月1日から4月30日までの期間について,調査対象国で実施されたレベル1から3の封鎖指数の実施期間中における6つの部門での活動実績を収集したデータから計算し,基準年の同期間における部門別の活動実績に対する割合を計算した。そして,調査した国が基準年に排出した部門ごとの調査国の計算してある化石燃料からのCO2排出量に,活動量の割合を封鎖指数の期間ごとに乗じて,2020年4月30日までの排出量を計算し,それとともに,同期間までの1日当たりのCO2排出量を計算した。

(2)推定結果

 次の結果をえた。

●4月末までの化石燃料からの世界のCO2排出の総変化量は-1,048(-543〜1,638)CO2100万トンと推計され,2019年1月から4月の‐8.6%減少に相当した。このうち,最大の変化は中国で,減少量は-242(-108〜-394)CO2100万トンで,次いでアメリカ-207(-112〜-314)CO2100万トン,さらにヨーロッパ-123(-78〜177)CO2100万トンおよびインド-98(-47〜-154)CO2100万トンであった。こうした変化は,これらの地域が平均して高レベルのCO2を排出していて,しかも厳しい封鎖が4月末までなされたことを反映している。
●表3に,2019年の平均値に対する世界全体での各部門の2020年4月7日における1日当たりの化石燃料由来CO2排出量を示す。これは4月7日の値が4月30日までの間で最大の値であったからである。封鎖の影響は,世界の1日当たりのCO2排出量を,2020年4月7日で2019年の平均レベルに比べて,-17(-11〜-25)CO2100万トン/日,または,-17%(-11〜-25%)低下させた。

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そして,
●陸海上輸送による世界での排出量は,2020年4月7日で-36%ないし-7.5(-5.9〜-9.6)CO2100万トン/日減少し,全体の排出減少量に対して最大の貢献をした。
●発電部門では,排出量が-7.4%ないし-3.3(-1.0〜-6.8)CO2100万トン/日減少し,工業部門では,-19%ないし-4.3(-2.3〜-6.0)CO2100万トン/日減少した。陸海上輸送,発電および工業部門からの排出量が絶対値で最も強く影響を受けた部門で,世界の全排出量減少の86%を占めている。
●航空部門は,世界のCO2排出量の減少にたった10%しか貢献していない。
●家庭部門では,世界全体では排出量が若干増加した。その増加量は+2.8%ないし+0.2(-0.1〜+0.4)CO2100万トン/日で,他の部門における減少をわずかだけ相殺した。
●強制的な厳しい封鎖による世界人口の1日当たりの化石CO2排出量減少の試算値が,ピーク時で2019年の平均値の-17%(-11〜-25%)というのは極端で,この値が2020年の平均値になるとは恐らく予想されていない。とはいえ,これを低下させた排出量は2006年の排出レベルに匹敵する。
●著者らは2020年の年間低下量を-4.2〜-7.5%になると考察している。この低下量は,前年比で次の数10年間にわたって気候変動を1.5℃の温暖化に抑制するのに必要な低下率である。こうした数値は,過去14年間に観察された世界の排出量が大変な増加であったとことと同時に,パリ協定に沿って気候変動を抑制しなければならない課題の大きさも示している。

●UNEPのCOVID-19の影響の評価

 UNEP(国連環境計画)は,地球温暖化防止のためのパリ協定に基づいた各国の地球温暖化ガスの削減目標と実際の排出量に基づいて,今後の温室効果ガスの排出量の予測とパリ協定に基づく目標排出量とのギャップをモニタリングし,それを”Emissions Gap Report”(排出量ギャップ報告書)にまとめ,毎年刊行している。この2020年版が2020年12月9日に出版された。(United Nations Environment Programme (2020). Emissions Gap Report 2020. Nairobi. 128pp.

 このなかで,COVID-19の化石CO2や温室効果ガスの排出の排出に及ぼす影響について,次のように述べている。

●化石燃料やセメント製造由来のCO2排出量は,COVID-19によって,2019年の排出レベルに比べて2020年(12か月)には7%(範囲:2〜12%)低下しよう。なお,非CO2の温室効果ガスの排出低下に対するCOVID-19の対策の影響が小さいので,温室効果ガス排出全体では低下の度合いがもう少し小さくなると予想される。
●2020年における温室効果ガス排出量のCOVID-19にともなう減少は,2000年代後半の世界的金融危機における1.2%減少よりは有意に大きいと考えられる。
●COVID-19とそれにともなう対策による経済の一般的経済の後退が,2021年以降も同程度続くとすれば,COVID-19前の政策シナリオに比べて,2030年までにCO2約20〜40億トンだけ地球全体の温室効果ガスの排出を低下させると予想される。
●もし当初の短期的CO2排出量の低下の後に,国の温暖化対策が後退して,脱炭素化の程度を引き下げてしまうと,2030年までの世界的な排出量の減少は大幅に減少し,COVID-19前の現在のパリ協定のシナリオに比べて,逆に増加することもありえる。
●従って,2020年だけの対応なら,COVID-19の大流行の影響は短期的なものにすぎない。各国がCOVID-19大流行を機会に始めた低炭素化対策を恒久的対策として,パリ協定に対して各国が自主的に決定する約束草案のなかに記載したり,2021年11月の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)でその取組を表明したりすることが大切である。

<編集部注>パリ協定(Paris Agreement)とは,フランスのパリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択(2015年12月12日)された,気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定のこと。採択された当時,アメリカはオバマ大統領(民主党)が合意したが,その後,トランプ大統領は(共和党)に代わり,2019年11月4日にパリ協定を脱退。