No.372 ナノ肥料の概要

●ナノテクノロジーとは何か

 「ナノ肥料」の「ナノ」とは長さ,重さ,時間,力などの国際単位系における基礎となる単位の10-9倍(=十億分の一)の量であることを示す接頭辞である。ナノメートルは,10億分の1メートル(10-9m=100万分の1ミリメートル:10-6mm)のことである。
 アメリカの環境保護庁EPAは,医薬品工業,電子工業,化学工業など様々な分野でナノテクノロジーが利用・実用化されている現状を踏まえて,ナノテクノロジーを次のように定義している。
 『ナノテクノロジーは,三次元(縦,横,奥行き)のどの長さも,約1から100ナノメートル長さの範囲にある原子,分子または高分子のレベルでの研究や技術開発で,小さい大きさゆえに有している性質や機能を有する構造,装置やシステムを創出や利用したり,原子のスケールで物体を制御や操作したりすることである。』としている。そして,『ナノテクノロジーは化学的ないし物理的プロセスによって,特定の応用のために特異的な性質を有する素材を創出する物体の操作のことで,原子や分子からナノスケールの素材を創出する“ボトムアップ”プロセス(自己集合など 注:小さな分子が自然に集まって高次構造を構築すること)と,マクロスケールの素材から粉砕などによってナノスケールの素材を創出する“トップダウン”とがある。』としている。そして,ナノ素材は意図的に生産したものであって,ディーゼルエンジンや火山から意図せずに作られたナノサイズの粒子などはナノテクノロジーの産物とはいわないと述べている。(U.S.Environmental Protection Agency(2007)Nanotechnology White Paper. 137pp.)。

●ナノ肥料はなぜ必要か

 約1から100ナノメートル長さの範囲にあるナノサイズの肥料(ナノスケール肥料,一般的にはナノ肥料)を施用すると,慣行肥料に比べて,養分の利用率が向上し,単収が向上することが多い。このため,慣行肥料に比べて,投入養分量を減らして収量を向上させ,土壌から水系に溶脱や表面流去したり,大気に揮散したりして,環境汚染を起こす無駄な養分量を軽減することが期待されている。
 ナノ肥料について研究の進展状況を総合的にレビューしたCalabi-Floodyらの総説は,ナノ肥料の意義をまさにこのように位置付けている。
 Calabi-Floody, M., J. Medina, C. Rumpel, L.M. Condron, M. Hernandez, M. Dumont and M. de la Luz Morak(2018) Smart Fertilizers as a Strategy for Sustainable Agriculture. Advances in Agronomy, 147:119-157.
 著者らは次の趣旨を記述している。国連の予想によれば,現在72億人の世界人口が2050年には96億人に増加するが,この増加人口に食料を供給するには既存農地における生産の集約化が必要である。食料のなかでも3つの穀物(コメ,コムギ,トウモロコシ)が1年生作物栽培面積の58%を占め,食餌カロリーの約50%を供給している。世界人口増加の予測に基づけば,世界の穀物生産を年0.9%ずつ増加させて,2050年に3兆90億トンの3つの穀物が需要を満たすのに必要となろう。換言すれば,世界の穀物の平均収量を3.32トン/haから4.30トン/haに増やすことが必要になる。
 1960年代に作物の遺伝的改良と無機肥料の集約的使用を行なった緑の革命によって,穀物単収が飛躍的に増加したものの,1990年代以降増加していない。単収停滞を起こしている要因のなかで主たるものは気候変動で,特に温度の上昇と夏期旱魃期間の長期化が問題となっている。その他,土壌有機物の土壌貯留量の減少と農薬の長期かつ集約的使用も寄与していよう。それゆえ,現在の作物改良や管理方法を継続するだけで,将来における食料安全保障を達成できるかは非常に不確実である。農村労働力の減少,バイオ燃料需要の拡大や,多量の施用した肥料のうち,作物に吸収される割合は多肥になるほど低く(環境保全型農業レポート「No.349 食料の生産・消費システムにおける窒素利用効率」参照),吸収されなかった養分は環境にマイナス影響を与えており,利用率の向上も,克服しなければならなくなっている。
 このため,慣行の化学肥料に比べて,作物による養分吸収パターンに合わせて養分を放出する肥効調節型肥料がこれまでにも開発されて販売されている。化学合成緩効性窒素肥料(尿素−アルデヒド縮合物などが微生物分解や酸加水分解されてアンモニウムを放出)や被覆肥料(通常の化学肥料養分を被覆資材でコーティングした肥料)が利用されている。また,土壌に蓄積している有機態のフィチン態リンを無機化する細菌や窒素固定細菌のような,植物に養分を供給する能力をもった微生物を土壌に接種して根圏に定着させ,作物に養分を供給させる試みもなされている。
 通常の化学肥料に加えて,肥効調節型肥料の施用や養分関連微生物の接種は,ナノサイズよりもはるかに大きなサイズで開発されてきている。著者らはその概要を説明した後に,それらを応用したナノ肥料を解説している。

●ナノ肥料の3つのカテゴリー

 ナノ肥料には次の3つのカテゴリーがあることが,下記の論文を引用して紹介されている。
 E. Mastronardia, P. Tsaea, X. Zhanga, C. Monrealb and M.C. DeRosaa (2015) Strategic role of nanotechnology in fertilizers: potential and limitations. In: M. Rai, C. Ribeiro, L. Lattoso, and N. Duran (Eds.), Nanotechnologies in Food and Agriculture. Springer, Cham, Switzerland, pp. 25?67.

(1)ナノスケール肥料

 通常の大きさのマクロスケールの尿素,アンモニウム塩,微量要素などの伝統的肥料や接種細菌を混和した泥炭などを,粉砕などによってナノスケールの粒子に調製したもの。

(2)ナノスケール添加物

 マクロスケールの肥料投入物に添加するナノスケールの肥料,微量要素,水分保持材や農薬など。さらには生育促進や増収効果を有する資材であるカーボンナノチューブ(炭素によって作られる六員環ネットワークが単層あるいは多層の同軸管状の網目状の物質)も含まれる。カーボンナノチューブはトマトなどの種子膜に侵入して水分吸収を促進して発芽や生長を促進することが観察されている。

(3)ナノポリマーや粘土粒子などで包んだナノスケール肥料

 ナノスケールの粘土粒子や腐植酸のセメント剤で顆粒化したものや,ポリマーフィルムで包み込んだナノスケールの肥料。微小粘土やポリマーフィルムで包んだナノスケールの肥料成分は,安定を高め,ゆっくりした速度で土壌水に放出されて,植物による利用効率が向上する。

●ナノ肥料の実験事例:尿素−ヒドロキシアパタイトのナノハイブリッドによる窒素放出の緩行化

 N. Kottegoda, C. Sandaruwan, G. Priyadarshana, A. Siriwardhana, U.A. Rathnayake, D.M.B. Arachchige, A.R. Kumarasinghe, D. Dahanayake, V. Karunaratne and G.A.J. Amaratunga (2017) ACS Nano. 11: 1214−1221.
M. Chhowalla (2017) Slow Release Nanofertilizers for Bumper Crops. ACS Central Science. 3: 156−157.
 スリランカの研究チームが,尿素の窒素利用効率を高めて,途上国では高価な肥料の施用量を減らして肥料コストの低減を図るために研究を行なった。重量比で尿素6に対してヒドロキシアパタイト(リン酸カルシウムと水酸化カルシウムの複合体)の水溶液/懸濁液を混合して,尿素−ヒドロキシアパタイトの棍棒状のナノハイブリッド粒子(直径15〜20ナノメートル×長さ100〜200ナノメートル)の集合した隙間の多い母材を製造した。尿素がヒドロキシアパタイトの表面に恐らく水素結合によって吸着された。これによって尿素の水への放出が,純粋な尿素に比べて10〜12倍遅くなった。この尿素−ヒドロキシアパタイトのハイブリッドを用いて,純粋尿素との水稲に対する肥効を農家の圃場で試験した。その結果,通常推奨されている尿素の施用量(100kg N/ha)での水稲の籾収量が約7.3t/haであったのに対して,尿素−ヒドロキシアパタイトのハイブリッドではN施用量を半減して50kg N/haにしたが,もみ収量が約7.9t/haとむしろ増収した。これは窒素の緩行放出によって,窒素の利用効率が向上したためと理解されている。

●中国がナノ肥料の特許数で世界のトップ

 少し古いデータだが,2014年時点でデータベースを検索して調べると,ナノ肥料に関する特許数は世界全体での総数の75%を中国が占めていて、ついでアメリカ,韓国の順であった(Mastronardia et al. 2015上出)。なお,特許数が多くても,市販されたナノ肥料数はまだ決して多くはない。
 では,なぜ中国が世界でナノ肥料の研究が世界で最も多いのであろうか。環境保全型農業レポート「No.350 中国農業の環境パフォーマンス:その現状と課題」と「No. 370 化学肥料施用量増加禁止の法律が中国農業に及ぼす影響」に紹介したように,世界でもトップレベルの多肥農業を行なっている中国が,化学肥料の投入量を減少させながら,収量を低下させない技術的方策として,ナノ肥料に大きな期待を寄せていることが推定されよう。