No. 369 有機農業助長策としてのグリーン公共調達の効果

●グリーン公共調達

 環境にやさしい商品やサービスの普及を助長する方策の1つとして,中央や地方の政府の公共機関が,環境にやさしい商品やサービスを調達することによって,その生産と消費を促進する政策が “グリーン公共調達” Green Public Procurement (GPP)と呼ばれている。グリーン公共調達は,そうでなければ非グリーン代替物が購入されることになるのに比べて,環境インパクトのより少ない,商品,サービスや労働を購入すべく,公的当局が努力するグリーンな購買プロセスと理解することができる。

 OECD(経済協力開発機構)は2002年にグリーン公共調達について勧告を採用し,それ以降,OECD以外の国を含めて多くの国々がグリーン公共調達に着手している。日本もそうした国の1つとされており,2000年に「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律」(グリーン購入法,2000年法律第100号)を制定し,グリーン公共調達の推進を規定している。しかし,一部の事例を除き,日本ではグリーン公共調達がまだ本格的には実施されていない。

 EUはグリーン公共調達についての法律を2004年に制定したが,2014年に改正し,EU加盟国が新しい法律に基づいてグリーン公共調達に関する自国の法律を2016年までに制定することが規定されている(EU public procurement directives)。

●EUの有機農業の推進におけるグリーン公共調達の役割

 EUは,環境汚染や生物多様性の低下などを起こしている化学資材を多用した慣行農業を,有機農業に転換させる政策を推進している。そのために,慣行農業から有機農業に転換した農業者には,作目によって異なるが,補助金を支給している。それとともに,グリーンな有機食料の公共調達も実施している。

 有機食料の公共調達は,国や地方自治体の運営している公共の保育園,幼稚園,学校,病院,他の施設などにおける給食やケータリング(顧客の指定する元に出向いて食事を配膳,提供するサービス業)で使用する食材の一部またはすべてを公共予算で購入して提供し,これによって有機食料の需要を高めて,それを生産する有機農業の助長を図る事業である。
ただし,有機農業に転換した農業者に直接補助金を支給するのに比べて,EUでグリーン公共調達政策を実施している加盟国は稀である。

●スウェーデンにおける有機農業助長策としてのグリーン公共調達政策

 EU加盟国のスウェーデンは,直接補助金とともに,グリーン公共調達政策を実施している。2006年には公共部門が調達する食料の金額に占める有機食料の割合を25%に高め,2010年までに全農地に占める有機農地の割合を20%に向上させることを指示した。2016年におけるスウェーデンの平均有機食料調達割合は,2006年に指示されたターゲットを33%も超えたものの,有機農地割合は15.6%と目標に達していない。そして,2017年にグリーン公共調達政策をさらに強化し,2030年までに有機食料調達割合のターゲットを60%,有機農地ターゲットを30%に引き上げた。

 では,スウェーデンで,グリーン公共調達は有機農業推進に貢献しているのであろうか。この問題を下記の研究が統計データを用いて解析した。
H. Lindströma, S. Lundberga and P-O. Marklundb (2020) How Green Public Procurement can drive conversion of farmland: An empirical analysis of an organic food policy. Ecological Economics 172 (2020) 106622. 19pp.

●グリーン公共調達政策による有機農業の助長

 著者らは,2003年〜2016年におけるスウェーデンの市町村が実施している有機食料調達費,有機農地面積および有機農業への直接補助金支給額などに関するデータを21の県(カウンティ)ごとにまとめたデータを使用して,統計分析を行ない,次の結果をえた。

■ スウェーデンのカウンティにおける有機農地の平均割合は,2003年に6.9%から2016年には19.8%に増加し,他方,有機食料調達率は同じ期間に2.2%から30%に増加し,公共有機食料調達率の増加が有機農地の面積割合の増加と有意に相関していた。

■ ただし,単一のカウンティ内の市町村における公共有機食料調達率が増加しても,それに比例しては有機農地の面積割合が有意の増加を示していない。全てのカウンティのデータをまとめて相関を計算したときに,公共有機食料調達率の増加に比例して有機農地の面積割合が有意に増加したのである。この理由として,著者らは,スウェーデンの公共部門の食料購買力は食料マーケットの4%しか占めていないので,カウンティごとでは公共部門の食料購買力はごくわずかだが,全カウンティの公共部門が一緒にまとまれば卸売販売業者に影響を十分に及ぼす購買力を有するためと示唆している。

■ 全てのカウンティをまとめると,有機食料調達率が年間1%高まると,カウンティの有機農地の面積割合が年に約0.4〜0.6%,面積にすると72〜108ha増加した。これに加えて,年間補助金の形での直接農業政策は2003年〜2016年における有機農地面積割合にプラスの影響を与え,有機農業補助金の1%の増加が,畑地については有機畑地の面積割合を0.4%増加させ,家畜については家畜頭数を0.5〜0.7%増加させた。

■ 以上の結果から,有機農産物の公共調達政策は,有機農業に対する直接農業補助金などと平行して,EUにおける有機農業にプラスの影響を与えて,有機農地面積を増やす可能性を示しており,EUのスウェーデン以外の他の加盟国に対しても適用できると考えられる。

●おわりに

 ここで紹介したLindströmaらの研究以前においては,グリーン公共調達の有機農地増加に対する効果を調べた研究はほとんどなかった。そして,フランスなどでの研究によって,有機農地への転換面積増加の90%が有機農業への転換補助金によって説明され,転換を図る農業者に転換補助金を支給する政策がEUでは主になされていた。それゆえ,Lindströmaらの研究は,転換補助金にくわえて,グリーン公共調達も政策手段として有効なことを示した最初の研究とされている。

 また,Lindströmaらは,論文のなかで,有機農業に対する転換補助金は「低収量地帯の農業者をより高い度合いで引き付けている」としている。そして,「経営的に高い成果を上げている農場は一般に有機農業に転換する可能性が低い」とした別の研究を引用している。

 有機農業が慣行農業よりも環境に優しいというだけでは,有機農業を実践する農業者の増加は難しいであろう。有機農産物のグリーン公共調達が,過剰施肥を行なわず,抗酸化物質などの機能性成分含量が高く,残留農薬がなく,健康に良い品質の有機農産物を,特に高齢者施設や保育所,幼稚園,小学校などの低学園児童により多く消費してもらえるようにする公衆衛生的意義も強調して,有機農産物のグリーン公共調達がスウェーデンだけでなく,他の国でも活用されることを願いたい。