No.304 EUの専門家はリンの物質循環を強化する有機農業技術を提言

●EUの「有機生産に関する技術助言のための専門家グループ」

EUの執行機関である欧州委員会は,有機農業の規則の改正などに関する提案を閣僚理事会や欧州議会に提案する任務を有している。そうした提案を行なうには,有機農業に関する問題点について技術的助言を得る必要がある。そのために,EGTOP「有機生産に関する技術助言のための専門家グループ」”Expert Group for Technical Advice on Organic Production”を設けている。

EGTOPは,加盟国から提出された有機農業に関する問題点や規則の修正に関する要望を,問題グループ別に論議して,それらへの対処方針をまとめている。その1つとして,EGTOPは2016年2月2日に下記を公表した。

EU EGTOP (2016) Final report on organic fertilizers and soil conditioners (II), p.31.

この報告書では13の問題を取り上げているが,そのうち,有機農業におけるリンの再生利用に関する次の問題の概要を紹介する。

4.2 スツルバイト(リン酸アンモニウムマグネシウム)

4.3 再生焼成リン肥

4.4 人間の生活廃棄物からの生産物の再利用の可能性

4.8 肥料の製造および加工調製方法

●耕種有機農場ほど慣行農業由来養分の導入率が高い

環境保全型農業レポート「No.252 有機農業では作物養分のかなりの部分が慣行農業に由来」に紹介したように,フランスの63の有機農場について調査した結果,家畜生産に特化して,耕種作物面積率が10%と低い有機農場では,搬入した養分量に占める慣行農業由来養分の割合が,N,P と K についてそれぞれ3%,19%と27%と低かった。これに対して,家畜なしの耕種作物に特化した有機農場では,搬入した養分量に占める慣行農業由来養分の割合は,N,PとKでそれぞれ62%,99%と96%と非常に高かった。これは,例えば耕種有機農場は有機生産された家畜のふん尿を使用すべきだが,量的に足りないので,慣行生産された家畜のふん尿を有機農場が利用することが,特例として認められており,家畜ふん尿やワラを多く搬入しているからである。

こうした慣行農場からの家畜ふん尿やワラなどを特例として認めているのは,あるべき有機農業の姿ではない。デンマークはこうした不正規な事態を是正するために,2008年に,有機農場が外部から搬入できる慣行農場由来の家畜ふん尿を70 kg N/haまでとし,2015年からは,搬入可能な家畜ふん尿量を毎年10 kg N/haずつ減らすように規則を改正した。

これはかなり厳しいことから,2012年に規則を修正し,毎年10 kg N/haずつ減らす条項をなくし,その代わりに2022年から慣行農場由来の家畜ふん尿を有機農場は一切利用できないようにした(M. Oelofse, L.S. Jensen and J. Magid (2013) The implications of phasing out conventional nutrient supply in organic agriculture: Denmark as a case. Organic Agriculture. 3:41-55. )。このようにデンマークはEUの有機農業規則よりも厳しい規定を設けているが,EUの規則は共通規則で,デンマークのこの部分は独自での上乗せ基準である。

こうした問題点や動きから,有機農場が,慣行農場由来の養分源から脱却する方策が求められている。

●スツルバイト(リン酸アンモニウムマグネシウム:MAP)

スツルバイトは,尿路結石の1つでもあり,化合物名はリン酸アンモニウムマグネシウム六水和物 (MgNH4PO4・6H2O:MAP) である。し尿または下水汚泥からリンを MAP として回収する装置が下水処理場を対象にして開発されており,また,豚舎汚水(分離尿や洗浄水)のリン,マグネシウムやアンモニウムをMAPとして回収する装置も開発されている(環境保全型農業レポート「No.002-3 し尿や畜舎汚水からのリン回収技術に新たな展開」)。

MAPを有機農業で肥料として使用できるよう,イギリスからEGTOP に対して2014年に要請されていた。

MAPは,EUの慣行農業での使用できる肥料のリストに入っていないし(Regulation (EC) No 2003/2003 of the European Parliament and of the Council of 13 October 2003 relating to fertilisers),有機農業での使用も認められていない(Regulations Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control)。しかし,次の点から下水汚泥から回収したMAPを,慣行農業のみならず,有機農業でも使用可能にすべきであるとの結論をEGTOPは出した。

☆ MAPは根域ではリン鉱石よりも溶解性が高く,緩効性リン肥料として使用できる。

☆ MAPの肥料利用で懸念されるのは,沈殿させたMAPに有機汚染物質や人体に感染する病原菌が混入することである。MAP沈殿方法のなかにはこれらを低レベルで混入させるものもあるが,混入量が問題にならない複数の方法がある。

☆ 廃水処理プラントからリンをMAPとして回収することは,養分循環を完結させ,リンの非再生可能な使用を削減するのに役立つ。

☆ 家畜生産に由来する廃棄物はMAPとして回収するよりは,その有機物や養分を直接再利用するのを優先すべきである。

☆ MAPを肥料取締法(Regulation (EC) No 2003/2003)に加えるとするなら,都市下水からの製造を優先すべきである。

☆ EGTOPは,MAPの肥料使用は,現在のEUの規則では認められていないが,有機農業の基準や原則に合致するものと考えるべきと結論する。MAPをRegulation (EC) No 2003/2003で農業での肥料利用を承認する場合には,その生産方法は衛生面と汚染物質面での安全性を確保するものでなければならないと結論する。

●再生焼成リン肥

再生焼成リン肥を有機農業で肥料として使用できるようにしてほしいとの請願は,オーストリアから2011年に出されていた。

焼成リン肥はリン鉱石にケイ砂,硫酸ナトリウム(芒硝),ソーダ灰(無水炭酸ナトリウム),リン酸などの添加剤を加えて焼成(高温加熱)した肥料のことで,水溶性リン酸を含まない,やや遅効性の肥料である。再生焼成リン肥は,リン鉱石の代わりに,リンを多く含有する廃水処理汚泥,肉紛や骨粉,収穫植物残渣,嫌気消化残渣などの有機物を燃焼ないし灰化して生産した灰に,マグネシウム塩やマグネサイト(炭酸マグネシウムの鉱物)を混合して, 約1000℃で焼成して製造したものである。

EGTOPは,慣行農業のみならず,有機農業でも,再生焼成リン肥を使用可能にすべきであるとの結論を出した。

☆ 天然のリン鉱石は有限の非再生可能なリン資源であり。リンの再生利用は強く要求されている。そして,リンに富んだ有機物の燃焼灰から得た再生焼成リン肥はリンの再利用は,EUの有機物農業基準のCouncil Regulation (EC) No 834/2007の「第5条 農業に適用する個別的原則」の(b)項の「非再生可能資源や農場外投入物の使用を最少化すること」に合致する。

☆ EUの有機規則の最初の版では「焼成アルミニウムリン鉱石」を明確に認めていたが,この物質が「再生焼成リン酸」とどの程度似ているのかをEGTOPは確認できなかった。イギリスの「土壌協会」は,以前に焼成リン酸アルミニウムを有機農業での使用を認めていたが,1991年のEUの有機農業規則の1994年の改正でその使用が外されたのに合わせて,その使用を除外した経緯がある。

☆ 再生焼成リン肥の使用時に人間への健康が問題になることや,食品の安全性が問題になる可能性は考えられない。

☆ 再生焼成リン肥に含有される重金属類はリン鉱石よりも低いとされているが,再生焼成リン肥中の6価クローム濃度に懸念を抱いている。

☆ EGTOPは,再生焼成リン肥は有機農業の目的,基準および原則に合致したものであり,慣行農業および有機農業で使用を認めるべきであり,その際,(i)再生焼成リン肥を都市下水汚泥から生産し,(ii)6価クロームが検出されず,(iii)他の重金属類の汚染が最小であることを条件にすべきであると結論する。

●人間の生活廃棄物からの生産物の再利用の可能性

スツルバイト(MAP)と再生焼成リン肥の論議を経て,EGTOPは人間の生活廃棄物の使用とその条件を論議した。人間の生活廃棄物の使用は,都市から農地に養分を戻させ,特にリンの物質循環を長期的に完結させるのに役立ちうる。

この点については,環境保全型農業レポート「No.265 アメリカにおける有機農業発展の歴史の概要」に紹介したように,アメリカの土壌科学者のキングが1911年に著した『東アジア四千年の永続農業−中国・朝鮮・日本(上・下)』(杉本俊朗訳 (2009) 農文協)がハワードによって再評価されてから,欧米で人間のし尿の再利用への関心が欧米で高まった。そして,リ一ビッヒは,農業生産を持続的なものにするためには,收穫によって奪い去られた養分を完全に補償しなければならないと主張し,このことを実践している国として,日本を絶賛した(環境保全型農業レポート「No.273 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その2」)。

こうした歴史的背景の下に,人間の生活廃棄物からの生産物の再利用の可能性をEGTOPは論議した。

☆ 人間の生活廃棄物の利用には2つの大きな懸念がある。1つは,人間のし尿には特に消化管の疾病に関連した病原体が含まれていることで,もう1つは,生活排水には化粧品,薬品や家庭用化学物質に起因する広範囲の汚染物質が含まれていることである。

☆ EGTOPは,生産物の製造過程で,人体への病原体を効果的に除去し,汚染化学物質の量を最小に抑えるのであれば,人間の生活廃棄物からの生産物はすべて承認して良いと考える。

☆ EUの有機農業規則Regulation (EC) No.834/2007は,人間の生活廃棄物について有機農業での利用を明記していないが,それを明確には排除していないと,EGTOPは考える。他方,食品規格などを策定している国際機関のコーデックス委員会の「有機生産した食品の生産,加工,ラベル表示および取引のためのガイドライン」CAC/GL 32-1999 に規定された有機生産で使用可能な肥料や土壌改良材の一覧表で,人間の排泄物については,『認証組織ないし認定当局による承認が必要。原料の排泄物は化学汚染のリスクを与えうる家庭廃棄物や産業廃棄物から分離されていることが必要。当該排泄物は,害虫,寄生虫,病原微生物のリスクを十分排除するように処理し,人間消費用を意図した作物や植物の可食部に施用しない。』という条件付きで,その利用を認められている。

☆ 必要なら,EUの有機規則Regulation (EC) 834/2007の例えば,第5(c)条に人間の生活廃棄物に関する規定を加えて,衛生や汚染物質の基準に準拠した人間生活廃棄物のリサイクリングの原則について具体的記述を加える。

●肥料の製造および加工調製方法

EUの有機農業実施規則(Regulation (EC) No 889/2008の付属書に,有機農業で使用できる肥料,土壌改良材などなどがリストアップされているが,そのなかにはEUの肥料取締法であるRegulation (EC) No 2003/2003で規定されておらず,加盟国の規則で規定されて使用が許可されているが,他の加盟国では認められていないものも多い。

肥料,土壌改良材などの加工調製方法は,肥料,土壌改良材などの養分の可給性に大きく影響する。そこで,EGTOPは,加盟国からの要請はなかったが,有機農業で使用可能な肥料,土壌改良材などの加工調製方法の一般論的な見方を整理した。

☆ 生物学的方法

有機農業実施規則(Regulation (EC) No 889/2008の付属書に,家畜ふん尿や植物性有機物の堆肥化や発酵が記されている。遺伝子組換えフリーの微生物や微小動物を含む,有機物の堆肥化,発酵や他の分解は自然のプロセスであり,付属書に記されている有機物農業で使用できる肥料,土壌改良材などのすべてに,こうした生物学的方法を適用して良い。

☆ 機械的および物理的方法(熱処理方法を除く)

粉砕(マイクロメートル(=1 mmの1000分の1)までの粒子),篩別,遠心,結晶化,顆粒化といった方法は,付属書の全ての資材に使用して良い。

ただし,伝統的な粉砕方法は問題ないが,100ナノメートル(1 mmの1万分の1)よりも小さいナノ粒子は,それよりも大きな粒子とは違った特性を有するため,新たな素材として扱い,別に評価することが必要。

☆ 熱処理方法

熱処理方法を,脱水,熱分解と燃焼に区分する。

脱水は100℃未満または100℃よりもわずかに高い温度で,化学成分変化なしに,水分を除去するために行なう。有機素材を安定化させて衛生上のリスクを回避するのに役立っており,有機農業実施規則の付属書にある素材すべてに脱水を適用して良い。

熱分解は高い温度(200℃と900℃の間)で,無酸素ないし低酸素レベルにおいて有機物を熱化学的に分解することで,化学組成と物理的状態が同時に変化する。典型的な例は樹木からの木炭の製造である。有機農業実施規則の付属書には熱分解による生産物が含まれていないので,熱分解は規則で承認されていないと考えられている。しかし,一部の加盟国の管理当局は付属書に「木灰」があるので,熱分解が認められていると解釈している。EGTOPは,熱分解を使用して良いと考えるが,不適切な熱分解では有害な多環芳香族炭酸塩が生成されて混入する懸念が存在する。このため,熱分解の産物は自動的に承認するのでなく,個別に評価する必要がある。

燃焼は,酸素の存在下で700℃を超える温度で生ずる発熱反応で,「木灰」の生産は燃焼の生産物である。ただし,燃焼の産物は個別に評価する必要がある。

☆ 抽出と加水分解

抽出は,材料素材から目的の物質を分離して溶媒に移す操作であり,溶媒として水,酸性やアルカリ性の溶液や有機溶媒などが用いられている。水を溶媒として用いることは問題ないが,他の溶媒については一般的に承認するのでなく,個別に承認する必要がある。

加水分解は水分子を加えて高分子を開裂させる反応で,水や酵素(遺伝子組換え体から生産した酵素でないこと)を用いることは問題ないが,他の物質を用いた場合は個別に承認する必要がある。

●これからどうなるのか

EGTOPはあくまでも技術的なアドバイス機関であって,そこでまとめられた意見を踏まえて欧州委員会が有機農業規則の改正案を策定することになるが,ここに紹介したリンの循環を強化する修正案は目下のところ改正案にも盛り込まれていない(環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」および「No.280 EUの有機農業規則改正が成立に向けて前進」参照)。したがって,ここに紹介した問題が規則に取り込まれるには相当な時間が必要であろう。

その際,例えば,MAPではどのような方法でアルカリ化してMAPを沈殿させるのか,反応液にアルカリを添加するのであれは,有機農業では使えない。そのため,窒素に富んだ有機廃棄物を嫌気的条件下で微生物分解させて,生じたアンモニウムによってアルカリ性にするといった工夫が必要であろう。こうした生産方法が具体化し,コスト的にも妥当となってから,本格的な規則案作成作業が始まるのであろう。また,ブタのふん尿を分離して固体部分は堆肥化し,液体部分から回収したMAPは有機農業で使用できないのかの論議もあろう。条文の案を欧州委員会が作成しても,加盟国の中には異論を唱えるものもあろう。したがって,条文化はまだかなり先のこととなろう。