●草地土壌の特徴
牧草を栽培している人工草地や野草を生やしている自然草地では,植物の密度が高くてバイオマス生産量が多い。その上,草の根が表面から3〜5 cmの範囲にマット状に密生している。この層では,根と微生物による活発な呼吸によって多量の酸素が消費されて,酸素不足になり,その下の土層では,有機物分解が抑制されて有機物が土壌に蓄積しやすい。こうしたメカニズムによって,温帯草地は土壌および植生中に多量の炭素を蓄積している。
地球規模でみると,温帯草地は湿地と寒帯森林に次いで3番目の大きな貯蔵庫で,世界の炭素の12.3%に相当する3040億トンを貯蔵し,その大部分を土壌に貯蔵している(Royal Society (2001) The role of land carbon sinks in mitigating global climate change. Policy document. )。
●イングランドの草地土壌における,深さ1mまでの炭素蓄積の全国規模での調査
イングランドの大学や研究所の研究者8名のチームが,2010年夏に,イングランドの12の地方の60か所に存在する,酸性,石灰質,中栄養型,湿地性からなる永年草地から,管理程度が粗放,中間および集約の3段階の合計180の圃場の草地を調査し,その結果を下記に報告した。
S.E. Ward, S.E., S.M. Smart, H. Quirk, J.R.B. Tallowin, S.R. Mortimer, R.S. Shiel, A. Wilby and R.D. Bardgett. Legacy effects of grassland management on soil carbon to depth. Global Change Biology (2016), doi: 10.1111/gcb.13246 (Version of Record online : 9 MAY 2016)
●草地土壌の管理レベルを3段階に区別
草地の管理レベルは歴史的に変わり,ヨーロッパの多くの部分で,1950年代以降,草地の管理レベルが大きく高まった。これは主に農業環境政策と農業補助金に,技術革新が組み合わさってなされ,土壌と植生に長期にわたる影響を生じさせており,草地の集約化によって,後述するように土壌の炭素蓄積量が減少するのに加えて,植生の多様性が低下してきている。そして,種の豊かな伝統的管理の草地の面積は,1950年代の3%未満になってしまった。
粗放管理草地は植物多様性が比較的高く,植物の種の数が平均21/m2と多く,通常,窒素施用量は25 kg N/ha/年未満で,数10年間にわたって伝統的な低い放牧密度(家畜単位1.0/ha未満)の連続放牧,と毎年の乾草用採草で管理されている。
集約的に農業管理された改良草地は植生多様性が小さく(植物の種の数が平均10/m2),主にペレニアルライグラスとクシガヤの草地や,ペレニアルライグラスと関連牧草の輪換牧区である。こうした集約管理草地は通常100 kg N超/ha/年を施肥され,1950年代以降の標準的な集約管理方法を受けており,粗放的管理草地よりも,放牧圧が高く(輪換放牧で家畜密度が2.0から3.5超/ha),採草回数も年に2〜3回と多い。
中間管理強度の草地は,上記の2つのカテゴリーの中間で,典型的には約25〜50 kg N/ha/年の施肥で,植物多様性(植物の種の数が平均15/m2)や放牧密度(1.5家畜単位/ha未満)も中間で,刈取頻度は通常年1回で粗放管理と同定である。
筆者注:連続放牧は放牧草地を牧区に分割せずに,草地全域に長期間放牧する方式である。嗜好性の高い特定の草種が選択採食されたり,糞尿の落下地点の牧草が食べられない不食過繁地が増加したりして,生産性は低い。
輪換放牧は放牧草地をいくつかの牧区に分けて家畜が牧区内の草をほぼ食べつくしたら別の牧区に移動させることを繰り返し,最初の牧区の牧草が再生したところで最初の牧区に戻って放牧させる方式である。家畜の選択採食を制限し草地を均一に採食させ,土地面積当たりの草の利用率を高めることによって,家畜と草の両方の生産性を高める。
土壌の全炭素含量測定用の土壌サンプルは,直径3.5 cmの円柱状に1 mの深さまで,0〜7.5,7.5〜20,20〜40,40〜60と60〜100 cmの5つの深さに分けて採取した。これと同時に,土壌ピットを各圃場で1か所ずつ掘り,ピットの3つの側面から,実容積用採土器(長さ6 cm×直径6.3 cm)を用いて各深さの位置で土壌を採取し,仮比重を測定した。
●草地の管理強度と土壌の全炭素含量
土壌の深さは圃場によって異なり,1 mまで土壌を有していたのは調査した全圃場の55%だけで,土壌の浅いものも少なくなかったが,70%は深さ60 cmまで土壌を有していた。そして,土壌は通常,母岩の風化物や水中に堆積した植物遺体から形成されるので,特に記載はされていないが,土壌の下はこれらになっているのであろう。
単位重量の土壌当たりで表示した土壌の全炭素濃度は,ほぼ全ての深さで,管理強度が高まると低下し,粗放管理草地で最も高く,次いで中間管理で,集約管理草地で最も低かった。例えば,土壌の全炭素濃度が深さ0〜7.5 cmでは,粗放管理草地で11.53±0.54 %,中間管理草地で10.60±0.54 %,集約管理草地で8.59±0.44 %であった。
土壌の仮比重は土壌の全炭素含量が高いほど低かった。このため,仮比重は粗放管理草地<中間管理草地<集約管理草地の傾向を示した。
仮比重を用いて,深さ0〜7.5,7.5〜20,20〜40,40〜60と60〜100 cmの5つの深さの土層に存在するヘクタール当たりの全炭素量を計算した。その結果,全ての層位で,全炭素含量トン/haは,中間管理草地>粗放管理草地>集約管理草地であった。そして,深さ1 mまでの土壌の全炭素蓄積量/haは,集約管理に比べて,中間管理では10.7%多く,表土(0〜30 cm)で10.1 t/ha,30から100 cmの深さで13.7 t/haであった。
これまでの研究から,イギリスの深さ30 cmまでの草地全面積の土壌に存在する炭素量は6600億トンの炭素が蓄積されていると試算されているのに対して,本研究の結果に基づいて深さ1 mまでの深さだと,草地全面積で2兆97億トンに達すると計算された。これはIPCC(気候変動に関する政府間協定)が標準調査法としている深さ30 cmまでの土層を対象とした場合の2倍超の炭素量に達する。
土壌の全炭素蓄積量は,土壌への炭素のインプット(植物の光合成による一次生産,根の分泌物やリターの形での土壌への投入,さらに家畜ふん尿による投入)と,炭素のロス(植物の呼吸,微生物による分解,侵食,溶脱,収穫や放牧家畜によるバイオマスの収奪によるロス)とによって決まる。集約管理草地では,肥料や家畜ふん尿による養分投入量の増加によって植物生産量が増加したものの,家畜頭数や刈取回数の増加によって,植物の収奪量が顕著に増加して,土壌の全炭素量が最も低くなったことを意味している。これに対して中間管理草地では,施肥量を増やして植物生産量を増やしても,粗放管理に比べて,家畜単位で1.0を1.5に増やしただけで,刈取回数は粗放管理と同じであり,炭素の増加量に比して,炭素のロス量の増加が少なかったために,土壌の全炭素含量が最も高くなったと推定される。
管理強度の違いによる土壌の炭素含量のこうした変化は,深さ1 mまでよりも浅い深さで発生し,そのことは他の研究によっても確認されている。
●結論
本研究から,IPCCも草地土壌の炭素蓄積量を測定する際に,標準の深さを30 cmとしているが,温帯の草地では,それから下の1 mまでの草地土壌の深い部位に,管理の影響を受けやすいかなりの炭素の蓄積量が存在することが注目された。このことは,温帯の管理された草地に保持されている多量の炭素の蓄積量と,農地に占める草地の面積割合を考えると,炭素の土壌への蓄積量の計算にグローバルには大きな意味を持っている。
そして,草地土壌の管理の仕方が土壌中の炭素の蓄積量に影響を与え,放牧草地での家畜生産量を高めるように管理強度を高めると,土壌の炭素蓄積量が減少する。こうした本研究の結果は,将来における炭素蓄積と気候緩和のための草地管理のあり方にとって,重要な問題を提起している。