No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示

●EUの有機農業規則改正をめぐる背景

EUは域内農業を共通農業政策(CAP)によって推進している。CAPは定期的に見直されており,最近,2014年〜2020年の新たなCAPが策定された。

EUの有機農業は着実に発展し,2002〜11年の10年間に有機農地面積が年平均6%の割合で増加し,2011年には有機農地面積が960万ha,全利用耕地面積の5.4%に達している ( European Commission (2013) Facts and figures on organic agriculture in the European Union. 46p.)。

EUは新たなCAPのなかで,高品質・伝統的農産物の生産と環境保全を重要なテーマの一つに掲げており,そのために有機農業をその目的達成のための手段の一つと位置づけて,一層推進する方向を打ち出している。そのために,まず何よりも,有機農業や有機食品に対する消費者の信頼を維持向上させるとともに,EU域内および国際貿易でのEUの有機農業の競争力を強化して,EUの有機農業を新たなCAPのフレームワークに合う形で,EUの有機農業規則を改正することにした。

一方,現行のEUの「有機農業規則」 (Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91)の立案段階で,いくつかの点について議論を決着できなかった。そこで,「規則」の第41条に,施行後の経験を踏まえて,欧州委員会が,下記の問題点の状況と今後の扱い方について報告書を欧州議会に提出することが規定されていた。欧州委員会はこの点について報告書を提出した(環境保全型農業レポート「No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検」参照)。

それとともに,2013年に欧州委員会は,今後のEUの有機農業の政策を考えるために,市民や有機農業関係者の意見を,インターネットで公募した(環境保全型農業レポート「No.237 EUの有機農業政策についての市民の意見集約結果」参照)。そこで集約された意見も踏まえて,「有機農業規則」の改正案を2014年3月24日に公表した (European Commission: Legislative proposal for a reviewed legislation on organic farming )。その概要を紹介する。

●「有機農業規則」に一本化して,個別の具体的生産規則はその付属書にまとめる。

現在,EUの有機農業に関する規則は,総論的な「有機農業規則」と具体的な「有機農業実施規則」の2つの法律からなるが,改正案では総論的な「有機農業規則」に一本化して,個別の具体的生産規則は規則の付属書にまとめる。さらに,従来は「有機農業実施規則」のなかで,例えば,家畜生産については飼料や飼養方法などの項目別に畜種にかかわる規定をまとめていたが,改正案ではできるだけ畜種別にまとめて,読みやすくした。

●生産規則の例外条項をできるだけ排除して,規則の統一を強化した。

現行の「有機農業規則」の「第22条 例外的生産規準」では,欧州委員会の承認の下に加盟国から申請された例外事項が認められている。すなわち,

第22条 例外的生産規準

  1. 欧州委員会は,第37(2)条に規定する手続および本条の第2項に記された条件ならびに第Ⅱ章に規定された目的と原則に従って,第Ⅰ章からⅣ章に規定した生産規準からの例外を認めることができる。
  2. 第1項に規定した例外は最少とし,適切な場合には期間を限定し,下記のケースについてだけ例外認めることができる。

(a) 気候的,地理的または構造的制約のある事業所で有機生産を開始または維持するために必要な場合

(b) 有機のものを市場で入手できない場合に,飼料,種子や栄養繁殖体,生きた動物,その他の農業投入物の入手を確保するのに必要な場合

(c) 有機のものを市場で入手できない場合に,農業起源の材料の入手を確保するのに必要な場合

(d) 有機の家畜の管理に関連した特別な問題を解決するのに必要な場合

(e) 既に確立している有機の食品製品の生産を確保するために,第19(2)(b)条に規定した手続に従って特別な製品や物質を使用することが必要な場合

(f) 異常事態において有機生産を継続ないし再開するのに一時的に必要な場合

消費者から寄せられた意見には,厳格な有機農業規則を遵守した有機農産物だと信じていたのに,実は有機起源でない家畜の子どもや幼植物を入手して,その後は有機規則に準じて生産したものを有機として認める例外ものだというケースが多い,と指摘されていた。これでは,消費者の信頼が低下してしまう。

そこで,例外規定を減らして,規則の厳格化を図るとの要望が強く出されていた。このため,災害時に有機生産を続けたり再開したりするのを認めるために必要な暫定措置を除き,例外条項を排除して,強化し統一を図った。そのことによって,消費者の信頼が向上して,有機生産物のマーケット見通しが向上し,それによって有機生産物の価格が支えられ,新規参入者が増えることを期待している。

(1)家畜生産の例外規定の削減

家畜生産については,1991年の最初の有機農業規則で多くの例外規定が設けられていた。それを2008年の「有機農業実施規則」でかなり整理したが,なおかなりの例外規定が残されている。

例えば,「有機農業実施規則」では,家禽は有機飼養を行なった親鶏から生まれたヒナ鳥を有機飼養するのが原則である。しかし,有機生産に転換するために初めて家禽群を構成したり,既存の有機家禽群を更新したりする際に,有機飼養の家禽を十分な数入手できない場合,ヒナ鳥が3日齢未満であり,その使用目的が卵生産や肉生産用であれば,非有機で飼養された家禽を有機家禽生産に持ち込むことができる(「有機農業実施規則」の第42条)。ところが,同条には,有機で飼養されたヒナ鳥を入手できない場合,非有機で飼養された採卵用のヒナ鳥で18週齢を超えないものは,2014年12月31日までは有機家禽生産に持ち込むことができるという例外条項が存在している。3日齢までならまだしも,18週齢まで良いとするのを消費者は納得できないであろう。

この例外規定には次のような事情がある。

ヨーロッパでも,ブタや家禽の慣行の蛋白質飼料としてダイズ粕などが輸入されて利用されているが,ヨーロッパではダイズはろくに生産されておらず,有機のダイズ粕が入手しにくい。このため,2012〜14年に限定して,非有機の蛋白質飼料原料を年間で飼料の乾物重量の5%まで使用することを認めた。となると,それを給餌された家禽のヒナ鳥を有機として認めるざるを得なくなり,その特例を設けたのである(Commission Implementing Regulation (EU) No 505/2012 of 14 June 2012 amending and correcting Regulation (EC) No 889/2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control )。

しかし,こうした家畜についての例外規定を減らすことは,動物福祉を強化することになると期待されている。

(2)転換期間の遡及的承認の廃止

作物生産の転換期間は,「有機農業実施規則」で,1年生作物では播種前に少なくとも2年間,草地ないし永年性飼料作物では飼料利用する前に少なくとも2年間,飼料作物以外の永年性作物の場合には少なくとも3年間と規定されている。この転換期間はそのままだが,現在は,EUの基金の支援を受けた農業環境対策事業に参加した圃場で,有機農業規則で使用が認められていない投入物を施用していないならば,事業に参加したときからの期間をさかのぼって転換期間として認めている。しかし,農業環境対策事業に以前参加していたか否かにかかわらず,全ての加盟国で同じ転換期間を経なければならないとして,この転換期間の遡及的承認を廃止した。なお,転換期間中に生産された生産物は有機として市場販売してはならず,転換中の生産物として販売しなければならない。

(3)非有機の植物繁殖用材料使用条件の大幅な制限

家畜生産の場合ほどではないが,作物生産でも,有機の種子や苗などの植物繁殖用材料を市場で入手できない場合に,非有機のものを加盟国の所管当局の承認の下に使用できることが,現在の「有機農業実施規則」の「第45条有機生産方法によって得られていない種子ないし栄養繁殖体の使用」に規定されている。新しい案では,この規定を廃止して,付属書で,次のように規定した。

1.1 植物繁殖用材料を含む植物の起源

1.4.1 植物や植物生産物の生産のために,有機で生産した植物繁殖体のみを使用しなければならない。このために,植物繁殖体生産用を意図した植物は,親植物は本規則に従って少なくとも1世代,または,永年性作物の場合,少なくとも2回の生育期間にわたって1世代は生産されていなければならない。

1.4.2 有機生産で得られていない植物繁殖体の使用

有機生産で得られていない植物繁殖体は,有機生産への転換中の生産ユニットに由来するか,加盟国の所管当局の同意を得た,研究用の使用,小規模圃場試験でのテスト,遺伝資源保存目的であると証明できる場合に限って使用することができる。

このように非有機の植物繁殖用材料の使用を大幅に制限して,有機の植物繁殖用材料の生産方法の研究開発を促すとともに,現在の「有機農業実施規則」の第48条で規定されている販売可能な有機の植物繁殖用材料のデータベースを充実させて,非常時に活用できるようにすることを促している。

●環境管理プランの作成

消費者の信頼のより一層の確保を図る上で,生産基準を厳密に守って,有機生産物の品質に対する信頼を確保すると同時に,有機農業が環境保全に貢献していることを担保することが大切であるとして,新しい有機農業規則案は次の条項を導入している。

第7条 一般的生産規則

(d) 小規模経営体を除く有機の事業者,農業者,海草や養殖魚を生産している事業者は,その環境パフォーマンスを向上させる目的で環境管理システムを実施しなければならない。

 

小規模経営体は,有機農業規則案でまだ定義されておらず,環境管理プランの作成要項についての具体的規定はまだ作られていない。しかし,小規模農業者は事項のグループ認証に記載するように,5 ha未満の農業者と考えられる。なお,EUの農林水産統計の概要を記した出版物 (EUROSTAT (2013) Agriculture forestry and fishery statistics Pocketbooks )では,利用農地面積が5 ha未満の農場は,慣行と有機のものを合わせて,2010年においてEU全体で全経営体の49.1%を占めている。

●グループ認証の導入

グループ認証とは,環境保全型農業レポート「No.237 EUの有機農業政策についての市民の意見集約結果」に紹介したが,次のようなシステムである。

有機生産基準に準じた生産を行なう農業者がグループを組織し,IFOAMやEUなどの有機基準にしたがった生産を行なうなどの規約を作り,代表者を定めるとともに,参加農業者の農業の仕方をチェックする内部監督システムを作る。グループに参加する農業者は有機生産基準を遵守し,組織によるチェックを受けることなどの誓約書を交わす。その上で,参加農業者の1人がサンプル農業者として,認証機関による正規のチェックを受ける。そして,その農業者が認定を得られれば,グループ内の他の農家も認定を受けたこととし,サンプル農業者が要した認証経費は参加者全体で分割する。IFOAMは,途上国についてはこうしたグループ認証を認めることを,EUやアメリカに対して今日でも求めており,EUは途上国について認めている。そして,EU市民の多くはEUの小規模農業者にもグループ認証を設けることに賛成している。

新しい有機農業規則案では,「事業者グループ group of operators は,各事業者が5 haまでの利用農地を経営していることに加えて,食料や飼料の生産および食料や飼料の加工に従事できる農業者のグループを意味する。」と定義している。

事業者グループは確認責任を有する代表者を指定し,グループ内部の有機農業規則遵守をチェックするシステムを作る必要がある。内部チェックシステムに欠陥があれば,グループ認証は得られない。

認証経費は,代表者が認証機関に支払う1人分と内部チェックシステムの経費をグループ全体で分割するので,1農場当たりの経費は少なくてすむ。これは途上国からEUに輸出されてくる有機農産物が,グループ認証によって安い認証経費になっているのに対抗する意味がある。

●非意図的な不許可物質の存在による損害に対する国家支払

事業者が有機農業規則を遵守して,有機農業で承認されていない物質を含む資材などを排除しているにもかかわらず,自然災害や他者の責任による事故などによって,有機農業で承認されていない物質によって基準値を超えて汚染されて,事業者が経済的損害を被ることが少なくない。こうした場合に,加盟国は損失額を支払うことができ,加盟国はその損失額の全額または一部をカバーするのに共通農業政策の手段を使用することもできる,という規定を新しい有機農業規則案の第20条に加えた。

●重複認証の禁止とリスクベースの重点チェック

EUのある加盟国で有機農業規則の認証を受けた生産物は,他の加盟国において改めて有機農業規則遵守のチェックや,同国における販売を禁止ないし制限してはならないという規定(新しい有機農業規則案の第32条)を設けた。これは,有機の生産から販売までの一連のプロセスのなかで,法的チェックをくり返し受けずに,事務の簡素化を図るものである。

また,現在の有機農業規則では,事業者は毎年同じ頻度で認証機関のチェックを受けなければならないことになっている。これをリスクベースのアプローチとして,違反実績の少ない(リスクの少ない)事業者へのチェックは毎年1回よりも低い頻度にし,毎年のチェックを軽くすることができるのに対して,違反実績の多い(リスクの高い)事業者はより密に検査する対象とし,チェック頻度をリスクに応じて変えられるようにする。その規定は欧州委員会が施行令として後刻告示する。これはEU域外からの輸入有機生産物のチェックにも適用する。

有機認証証はできるだけ電子形態で発行し,輸出入時の事務の迅速化を図っている。

これらを含め,有機農業規則にある既存の135の義務のうち,37の廃止を提案し,事務の簡素化を図っている。

●EUへの有機生産物の輸入制度の再構築

第三国で生産された生産物を有機としてEUに輸入するためには,その生産物が, コーデックス委員会の有機農業ガイドライン(1998年にコーデックス委員会で合意された,国際的な有機農産物(畜産物を除く)の生産および表示基準のガイドライン:Codex Alimentarius Commission. Guidelines for the Production, Processing, Labelling and Marketing Of Organically Produced Foods (CAC/GL 32-1999)を少なくとも満たし,EUの有機農業規則と同等の基準とチェック体制をへて生産されて,EUの有機生産物と同等性を有するとの証明証がなければならない。その証明証は,次の3つの機関が発行している。

(1) EUの承認した認証機関: これは第三国の生産者が認証をEUの認証機関に依頼し,当該認証機関が第三国に出張して現地確認するもので,EU域内と同じチェックシステムである。

(2) EUが同等性を有すると承認した第三国が認定した,同国の公的管理機関または認証機関

(3) EUの加盟国の承認した,第三国の公的管理機関または認証機関。

しかし,(2)と(3)の第三国の公的管理機関または認証機関のなかには,EUの有機農業規則と同等のチェックをしているとは考えられないものや,欧州委員会による監督を妨害しているものもある。このため,現在,同等性を有するとして承認しているものは,新規則の発行後5年間は承認を続けるが,その後は廃止する。

そして,上記(1)は今後とも続けるが,(2)および(3)の第三国およびその公的管理機関または認証機関は,選定基準を改めて選定し直す(新規則案の第27条〜第31条)。