No.002-3 し尿や畜舎汚水からのリン回収技術に新たな展開

●奇妙な無駄

昔の日本では耕地土壌のリン酸レベルが低かった。その後,リン酸肥料の多投による土壌改良によって土壌生産力が飛躍的に向上したが。長い間,リン酸は土壌に直ぐに吸着され,多少多めでも作物生育を阻害しないので,いくら土壌に施用しても大丈夫だと解釈されていた。

しかし今日では,耕地土壌の多くが可給態リン酸の上限値を超えるまでになっている。そうした土壌に,特に鶏や豚のリン酸含量の高いふん尿堆肥を連年施用すれば,リン酸過剰を一層助長する危険性が高い。また,液状の家畜ふん尿の浄化処理では,微生物菌体中に回収されるリン酸量は一部だけで,大部分のリン酸が排出されている。

リン酸レベルが高いと,作物生育に障害がでるし,リン酸を吸着した土壌が大雨で流されて河川に流れ込み,水系のリン酸濃度を上げて,湖沼ではアオコ,内湾では赤潮の発生を助長する。都市下水からも多量のリン酸が排出されて水系を汚染している。

日本にはリン鉱石資源はないのに,過剰なリン酸が無駄に環境に排出されているという奇妙な無駄が生じているのである。

●MAPとして汚水中のリン酸を回収

今日のように分析機器が発達する以前の時代には,マグネシウムは,アンモニア性アルカリ条件でリン酸を添加し,リン酸アンモニウムマグネシウム (MgNH 4 PO 4 ・6H 2 O: MAP) という結晶にして,その重量から定量していた。この分析方法は今では使われていないが,この反応を利用して,下水処理場では処理水に苛性ソーダを添加してアルカリ性にして MAP を沈殿させて,リンを回収する試みが行われている。

豚舎汚水(分離尿や洗浄水)には 100 mg/L 以上のリンに加え,マグネシウムやアンモニウムも含まれている。(独)畜産草地研究所は,豚舎汚水を爆気して,微生物に有機物を分解させると,アンモニウムが放出されて,汚水がアルカリ性になることを利用して, MAP を沈殿にして回収する装置を開発した(http://www.naro.affrc.go.jp/top/seika/2001/nilgs/nilgs01005.html)。

この方法では下水処理場のように苛性ソーダを加える必要がない。回収装置は豚舎汚水の浄化処理における最初の沈殿槽を多少改良するだけでも良いとのことである。この方法では MAP はまず有機物との混合物として回収される。その混合物を堆肥として利用するか,さらに MAP を分離して肥料として利用することができる。これまで環境に無駄に排出していたリン酸を回収し,再利用していく技術として注目しておきたい。

豚舎汚水からリンを MAP として回収する装置の概念図
(畜産草地研究所「結晶化反応を用いた豚舎汚水中のリンの除去技術」より)

肥料としての再利用への期待

一方,エネルギー・水・環境などのエンジニアリングの会社である JFE エンジニアリングを中心とするグループは,下水処理場を対象にして,し尿または下水汚泥からリンを MAP として回収する装置を開発し,販売し始めた(http://www.jfe-eng.co.jp/product/water/wat04_01_01f.html)。この装置ならし尿のリン酸の 90% 以上を純度の高い MAP の結晶として回収でき,し尿処理水中のリン濃度を 10 mg/L 以下にすることができるという。

肥料取締法で,食品工業,化学工業の副産物や下水道の終末処理場等で排水の脱リン処理で副産されたもので,ク溶性リン酸を 15.0% 以上含有するものは副産リン酸肥料として承認を受けることができる。 JFE エンジニアリングの装置で回収された MAP は,ク溶性リン酸を 28.9 〜 29.3% 含有し,その他にク溶性マグネシウム 16.0 〜 17.2% ,アンモニア性窒素 5.5% を含有し,重金属類の濃度は基準以下で,副産リン酸肥料として登録可能である。

下水処理場や養豚農家の回収した MAP を,肥料会社やその他の化学企業が肥料や他の化成品に加工して販売することが望まれる。リン資源のない日本が食品や飼料中のリンを循環利用し,かつ環境保全を図るのは,循環型社会形成のキーテクノロジーとなりうるものである。政府の補助金支出によってこうした技術が普及されることを期待したい。