No.280 EUの有機農業規則改正が成立に向けて前進

●経緯

EUの執行機関である欧州委員会は,「有機農業規則」の改正案を2014年3月24日に公表した(環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」参照)。しかし,この改正案が欧州議会の「農業および農村開発委員会」で検討される過程で,反対意見が続出した(環境保全型農業レポート「No.268 EUの有機農業規則改正案に反対意見が続出」参照)。

「有機農業規則」の改正問題は欧州議会の「農業および農村開発委員会」で論議されたが,同委員会の見解を記録・報告する任務を持つラポルタールのホイスリング氏(Martin Häusling)が,反対意見を踏まえて,2015年5月7日に「有機農業規則」改正案の修正案を,欧州議会の「農業および農村開発委員会」に提出した。この修正案は反対意見をかなりの程度考慮しており,IFOAM(国際有機農業運動連盟)のEUグループも概ね賛成した(IFOAM-EU (2015.5.26) Press Release: EU Parliament draft report on organic regulation, going in the right direction )。そして,「農業および農村開発委員会」の承認を得た後,2015年6月16日に農漁業閣僚理事会で修正案が承認された。今後もさらに検討されるが,「有機農業規則」の改正は承認に向けて大きく前進した (IFOAM-EU (2015.6.16) Press Release − Agri Council on organic: reasonable compromise took up many sector demands )。欧州委員会は「有機農業規則」の改正案の合意が難航していたために,撤回も一時考えていたが,撤回せずに成立を目指して手続を進めることを決定した (IFOAM-EU (2015.7.03) Press Release-European Commission decides notto withdraw proposed organic regulation )。

●「有機農業規則」改正案の修正案の概要

2015年5月7日に提出された「有機農業規則」改正案の修正案 (European Parliament. Committee on Agriculture and Rural Development: Draft Report on the proposal for a regulation of the European Parliament and of the Council on organic production and labelling of organic products, amending Regulation (EU) No XXX/XXX of the European Parliament and of the Council [Official controls Regulation] and repealing Council Regulation (EC) No 834/2007 (COM(2014)0180 − C7-0109/2014-2014/0100(COD))p.241. ) は,353箇所の当初案,修正案と修正理由を書いた241頁に及ぶ分厚い文書である。その最後の部分に,改正案を修正した趣旨が4頁分,記されている。それをベースに修正案の概要を紹介する。なお,環境保全型農業レポート「No.268 EUの有機農業規則改正案に反対意見が続出」も参照されたい。

A.改正案に対する主要な批判

ラポルタールのホイスリング氏は,改正案に対する次の3点の主要反対意見を指摘した。

第一に,現行の「有機農業規則」が2007年,その「実施規則」が2008年に改正されて,いずれも2009年1月1日に発効してから数年しか経過していないのに,新しい規則が必要なのか。

第二に,改正案で示された,有機生産物の生産,検査・認証およびマーケティングに対する現行よりも厳しい規則が,有機生産をより難しくし,有機生産を振興するのでなく,撤退させる結果になる可能性がある。

第三に,有機生産物として販売できる農薬残留物の閾値について,現行より厳しい規則が設けられたが,要した予防方策経費および有機農業者が慣行農場からの意図しない汚染による損失に対する補償を担保する条項がない。

B.欧州委員会が改正案を提出した理由

欧州委員会が改正案を提出したのは下記の理由によった。

第一は,過去数10年間に有機産物に対する需要が大幅に増え,世界レベルでは,有機食料に対するマーケットは1999年と2011年の間に4倍増加した。他方,EUにおける有機生産下にある農地面積は,2000-2010年の10年間に2倍に増えただけであった。域内供給量が,こうしたマーケットの拡大について行けず,EUの有機生産者が拡大する機会を失った。

欧州委員会は,消費者の有機生産物の品質保証に対する信頼の低下によって,有機マーケットの成長が脅威にさらされていると理解している。消費者の信頼が低下した主因には,

(1) 「有機農業規則」の枠組が複雑になりすぎて,生産者,加工・流通業者,消費者や監督当局が理解するのにも難しくなっている。

(2) 第三国における検査・認証体制には「有機農業規則」に対する遵守に疑問なケースが増え,輸入有機生産物に対する信頼も低下してきている。

(3) 現在の「有機農業規則」には,マーケットでの有機の種子や飼料の入手しやすさなどの加盟国の実情を踏まえて,規則に多数の例外措置を設けている。それを管理するのに大きな管理負担が生ずる一方,規則の遵守をチェックしきれずに違反した生産物が流通しているリスクも小さくない。

EUでは,莫大な数になった法律を単純化させることが推進されている。このため,欧州委員会は有機農業規則について,現在の基本的な「有機農業規則」Regulation (EC) No 834/2207と2つの「施行規則」(「有機生産物の生産とラベル表示に関する施行規則」(Commission Regulation (EC) No 889/2008)と,「有機生産物の輸入に関する施行規則」(Commission Regulation (EC) No 1235/2008))を,1つの規則に合体させて単純化したものを提案した。その際,次の措置を提案した。

(1) 個別品目に関する具体的規則は付属書に移行させる。

(2) 植物および動物の生産規則の大部分を,基本的規則から外し,かつ,後から策定する必要がある場合には,策定の権限を欧州委員会に付与する委任条項にする(委任条項数は約30に達した)。

しかし,この提案,つまり,規則の条文は欧州議会と閣僚理事会で論議されるのに,規則が承認された後に,欧州委員会単独で約30の委任条項が定められるという仕方には強い反発があった。こうしたやり方で,法律によらない施行令によって,有機規則の基本的部分を変えて行く可能性が懸念された。

C.主要な修正点

これらの指摘された問題点を踏まえて,ラポルタールは下記の修正案を提出した。

(1) 有機生産についての基本原則と植物および動物の核となる生産規則を,基本的規則に導入するとともに,策定を欧州委員会に委任する条項を制限した。委任条項の数を減らすとともに,当初案では,例えば,「作物や家畜の具体的生産規則を改正ないし補足する権限を欧州委員会に委任しなければならない。」としていたのを,「作物や家畜の具体的生産規則を補足する権限を欧州委員会に委任しなければならない。」として,改正する権限を対象外として,権限の範囲を狭くした。

(2) マーケットで入手できない種子や飼料についての例外措置は,徐々に廃止すべきとの欧州委員会の意見に同意する。しかし,この例外措置を段階的に廃止するためには,入手しにくい種子や飼料を入手しやすくする条件作りを助長するとともに,地域や加盟国における入手可能性の程度は信頼できるデータに基づくようにすべきある。

このため,前文に下記を追加した。

「(78)有機の植物繁殖材料,飼料および繁殖目的で飼養する動物が十分な量だけマーケットで確保できるようにするために,例外措置の廃止に対する提案を提出する前に,欧州委員会は,加盟国における状況に関するデータ収集と分析に基づいた調査を実施しなければならない。その調査に基づいて,欧州委員会は2018年末までに,有機の植物繁殖体,飼料および有機繁殖用動物の不十分な開発や不足についての理由を確認し,これら産物についてのマーケットを促進する方策支援を含め,ギャップを埋める可能な方策のプランの概要を策定しなければならない。」。そして,このための条文を用意し,方策を付属書に提案した。

(3) 欧州委員会は,法律を単純化させる目的で,有機の生産およびマーケティングについての検査・認証要件の大部分を,食料や飼料の検査・認証に関する共通規則に移す改正案を作成した。しかし,有機生産物の質は,一般の食料や飼料のように最終生産物のレベルだけで検査すべきものではない。環境,動物福祉,土壌肥沃度,気候緩和や生物多様性の持続可能な利用に対するプラスの効果などを考慮して,生産のプロセス全体を対象にして,検査・認証するという特殊性を有している。ラポルタールは,検査・認証の実績を向上させるために,有機の検査・認証に関するいくつかの具体的要件を規則の中に残すことを提案した。

(4) 有機事業者の経営体の外で行なわれた,他人による慣行生産などによる汚染が生ずるリスクがある場合については,ラポルタールは,有機農業者の被害救済策として,改正案の第20条を書き換えた第20a条の第3〜5項で次のように提案した。

  1. 有機事業者の管理の外での慣行農業作業,または加工,調製や流通の他の非有機作業の結果,非承認の物質による偶発的な汚染を回避するために,加盟国は予防的方策に加えて,意図しない汚染に対する補償に対する施策を確立しなければならない。
  2. 検査・認証機関や管理当局が,非有機作業の結果としての偶発的な汚染の具体的リスクを確認した場合には,適切な予防的方策を講じなければならない。
  3. Regulation (EU) No 1308/2013の第211(1)条からの例外措置として,加盟国は,非承認物質による農業生産物の意図しない汚染とその生産物を有機として販売できないことによって生じる損失に対して,農業者に補償する政策を確立しなければならない。補償は,当該農業者がそうした汚染リスクを防止するために適切な対策を全て講じている場合に支払うことができるようにしなければならない。加盟国はこの種の損失を全面的または部分的にカバーするのに,CAP(共通農業政策)の方策を使用しなければならない。

(5) 急速に成長している有機生産物のマーケットにおいて,EU有機事業者間およびEUの有機事業者と第三国の生産者間の公正な競争を確立するのを助長するために,EU有機庁(EU Organic Agency)を新設する。有機庁は,有機生産物を生産・加工・流通するための優良規範の改善すべき箇所,有機投入物の供給不足状況,「有機農業規則」を遵守する上でのリスクポイントに加えて,有機セクターの展開状況をモニターする。また,有機庁は,事業者と管理当局の間での関係情報の円滑な交換を保証し,有機事業者がスムースに機能できるように必要な管理を実施する。欧州委員会の要求に応じて,有機庁は,「有機農業規則」で補足ないし改正すべき箇所をモニタリングして,利害関係者にコンサルテーションを実施して,その結果を欧州委員会に提供し,欧州委員会の判断を支援する。有機庁設置に必要な条文案を作成した。

(6) 第三国からの有機生産物の輸入について,現行の「有機農業規則」では,2つのカテゴリーのものの輸入を認可している。1つは,コンプライアンス(遵守)の概念に基づいた認可である。第三国で何らの有機農業規則が施行されていないとしても,また,当該国の有機農業規則があったとしても,EUの「有機農業規則」を完全に適用して生産されて,EUの承認を受けた認証機関による検査を受けて合格した生産物の輸入を認可するものである。もう1つは,同等性の概念に基づくもので,第三国が同国の気候的および地域(例えば熱帯)の生産条件に適した有機農業規則を有しており,その法律の有機農業に関する原則と目的がEUの「有機農業規則」と同等であり,当該国の規則に従って生産され検査された生産物の輸入を認可するものである。同等性の概念は,現在は第三国との貿易協定に主に適用されている。

欧州委員会は,2014年に出した改正案で次のように述べている。同等性評価に基づいて輸入されている生産物には,いい加減なものが少なくない。このため,同等性評価に基づいて現在認められている生産物の,EUへの輸入を廃止する。その代わりに,同等性の評価は貿易協定で改めて論議し,貿易協定で同等と認められた国の有機生産物だけをEUに輸出できるようにする。

この改正案に対して,次の批判がだされた。すなわち,このやり方が,EUの製造業者,小売業者や消費者が,特に熱帯地域で生産される,手頃な値段でしかも信頼できる有機生産物を調達するのを可能にしてきている。このことがEUにおける有機マーケットの発展を促進し,途上国の小規模生産者が有機農業によって自分らの生活を向上させるのに貢献している。現行の同等性による承認をなくすことは,EUにおける有機生産物の多様性と値頃感を劇的に変えることになるだろう。多くの途上国の生産者がEU規則の要件を全て満たすのは,不可能ではないが,難しく,金がかかる。さらに,これによって,ある種の生産物についてEUのマーケットで輸入不足が生ずるであろう。

ラポルタールは,同等性について,(1)完全同等,(2)同等への移行過程にあって,地域の承認された規則を有している,(3)当該第三国における有機農業や検査・認証機関の発展を向上させるために,限られた例外措置を遵守している,の3段階システムを提案している。また,コンプライアンスに基づくやり方について,ラポルタールは当該国の条件に適した明確な生産規則と検査・認証方策を提案している。

ラポルタールは,当初の改正案はEUの規則を適用するだけの方向で批判を受けたことを踏まえ,現在認めているものを認めるが,条件をより明確にして,認定機関と欧州委員会との間でのコミュニケーション,特に不満や不正について,如何にコミュニケーションを改善する方向で修正案を作成した。

(7) 新しい「有機農業規則」の施行期日を,当初案の2017年7月1日から,2019年7月1日に遅らせた。

こうした修正案が冒頭の「●経緯」に記したように了解されて,作業が先に進められることとなった。