No.252 有機農業では作物養分のかなりの部分が慣行農業に由来

●有機農業において慣行農場由来養分の使用を認める特例

EU,アメリカ,日本などの有機農業規則では,家畜生産に使用する飼料は有機生産されたものに限定されている。しかし,作物生産に使用する養分については,有機で生産された作物残渣や家畜ふん尿由来の養分を使用できない場合には,特例として慣行農場で生産されたものの使用を認めている。ただし,EUでは狭い空間で家畜の行動を強く束縛した「工業的家畜生産」で製造されたふん尿などに由来する養分の使用を禁止している。

こうした慣行農場から有機農場への養分の「合法的な」搬入は,意外に多いのではないかと以前から推定されていた。この点について,フランスの国立農業研究所などの研究者が,フランスでの実態を定量的に解析した。その概要を紹介する。

B. Nowak, T. Nesme, C. David and S. Pellerin. To what extent does organic farming rely on nutrient inflows from conventional farming? Environmental Research Letters 8 (2013) 044045 (8pp)

補足資料

●調査農場

フランスが設けている農業区のうち,農業特性の異なる3つの農業区の合計63の有機農場について,2010年度と2011年度に栽培した作物について,農場が搬入した養分を2012年に調査し,結果を両年の平均値で表示した。

ロマーニュLomagne農業区は耕種作物生産に特化していて,家畜生産は少なく,耕種作物栽培農地が農地全体の91%に達し,農業区全体での平均家畜飼養密度は0.20家畜単位/農地haにすぎない(調査農場数25)。これと対照的なのがピラPilat農業区で,酪農に特化していて,農地の86%は草地や飼料畑で,耕種作物は14%にすぎず,平均家畜飼養密度は1.15家畜単位/農地haに達している(調査農場数21)。リベラックRibéracoisは,耕種と家畜生産とが混在した農業区で,耕種作物が農地の60%,草地や飼料畑が40%を占め,平均家畜飼養密度は0.64家畜単位/農地haである(調査農場数17)。

注)家畜単位:種類や大きさの異なる家畜の総量を,必要飼料量や排泄ふん尿量などを考慮して,通常乳牛成畜を1.0にして,換算する係数。

●調査養分源

有機農場への養分搬入量を,次のように区分して調査した。

(1) 大気からの窒素富化量(大気降下窒素量と生物的窒素固定量)

(2) 搬入した有機農業由来の生産物に含まれる窒素(N),リン(P)とカリウム(K)

(3) 搬入した慣行農業由来の生産物に含まれるN,PとK

(4) 鉱物由来のPとK(有機農業で認められている鉱物のPサプリメント,化学処理してない肥料利用の鉱石中のPとK)

(5) 都市由来のN,PとK(街路樹剪定枝などの緑の廃棄物堆肥)。

搬入した生産物は,主に肥料資材(家畜ふん尿と肥料)で,これ以外には,量的にはこれよりも少ないが,飼料原料,粗飼料やワラなどである。これらの中のN,PとKの量を標準的含有率などに基づいて計算した。一部の有機農業者は食肉産業の副産物から作られた肥料を購入していた。これらの副産物は有機農業と慣行農業の両者に由来しており,これらの肥料中の有機農業由来養分の割合を,各畜種のこれら肥料の構成への寄与を考慮に入れて,フランスの有機飼養と全家畜の頭羽数の比率で推定した。

なお,大気からの窒素富化量は文献値に基づいて計算した。また,この研究では土壌養分からの取り込み量は考慮しなかった。

●全63農場での平均養分搬入量

調査した63の農場全てでの年間の平均養分搬入量は,N,PとKで,それぞれ87 kg/ha,9 kg/haと16 kg/haであった(表1)。

窒素では87 kg/haのうちの63%が,主に生物窒素固定による大気からの富化であったが,これは飼料用マメ科牧草,耕種農場での短期輪作用マメ科牧草やダイズ生産に由来する。

大気からの窒素富化を除くと,有機農場に搬入された養分は主に肥料資材(家畜ふん尿と肥料)で,これ以外には,量的には少ないが,飼料原料,粗飼料やワラなどに由来した。

養分搬入量のうち,慣行農業由来の割合は,窒素で23%であったが,リンでは73%,カリウムでは53%に達した(表1)。

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●耕種有機農場ほど慣行農業由来養分の導入率が高い

63の有機農場を,家畜の飼養密度と農地面積に占める耕種作物面積の割合とによって,6つのクラスター(グループ)に区分すると,家畜なしの耕種作物に特化したクラスター1の有機農場では,搬入した養分量に占める慣行農業由来養分の割合は,N,PとKでそれぞれ62%,99%と96%と非常に高かった。これに対して,家畜生産に特化して飼養密度が1.22家畜単位/haと高く,耕種作物面積率が10%と低いクラスター6の有機農場では,搬入した養分量に占める慣行農業由来養分の割合が,N,P と K についてそれぞれ3%,19%と27%と低かった。このように,家畜の少ない耕種農業の比率が高いほど,慣行農業由来養分の割合が高い傾向が見られた。

●多様な有機農業が共存した地域でないと有機農場間での物質交換は難しい

異なる農業区(ロマーニュとリベラック)にある,類似した生産システムのクラスター2とクラスター3の22の農場の養分搬入状況を比較した。両クラスターの農場とも家畜飼養密度は高くなく,耕種作物が農地面積の半分近く以上を占めている。しかし,ロマーニュは耕種作物生産に特化した地域で,周辺には家畜生産農場がほとんどない。これに対して,リベラックには周辺に家畜生産農場も存在する。

有機生産物(家畜ふん尿,飼料原料,ワラなど)の有機農場間でのローカルな交換は,多様な農業が共存したリベラック農業区で可能であったが,高度に専作化したロマーニュ農業区では事実上不可能であった。このため,慣行農場からのN,PとKの搬入比率は,リベラックでよりもロマーニュで高かった。

フランスの有機農場の66%は家畜のいない農場だが,こうした耕種農業に特化した有機農場では,慣行農業由来の養分に依存せずには経営を継続することが難しい。

有機農業での作物単収には慣行農業由来養分への依存度を考慮する必要がある

この研究結果は,農場自体の農業タイプや,地域の農業タイプの単一性や多様性によって異なるが,フランスの有機農場が,農場外から搬入した養分量のうち,平均で,窒素23%,リン73%,カリウム53%が慣行農業由来であることを示している。マメ科牧草による生物窒素固定があるから,窒素が23%と低いものの,リンとカリウムは過半となっている。

これまでの慣行農業と有機農業による作物の収量差を文献調査した結果で,全作物での平均収量について,慣行収量を100としたときの有機収量を,Badgley et. al.(2007)は133としたが,これには批判が多い。その後,de Ponti et. al.(2012)は80,Seufert et. al. (2012)は75とし,有機収量は慣行収量よりも若干低い程度であることを報告している(環境保全型農業レポート「No.222 有機農業だけで世界の人口を養えるか?」)。しかし,この有機収量は慣行農業に由来する養分がかなり含まれているはずである。この点を考慮せずに,世界中を有機農業だけにした場合には,慣行農業からの養分補給がないために,有機養分不足になって,有機農業の単収が予想を大きく下回ることが予測される。

日本の有機農業では,マメ科牧草による有機家畜生産や,有機の輪作がほとんどなされていない。このため,窒素についても慣行農業に由来する養分比率がフランスよりもはるかに高いと予測される。今後,飼料を自給した家畜生産と耕種作物生産とが共存した有機農業を展開しないままだとしたら,日本は,輸入した遺伝子組換えダイズやナタネから製造した油粕や,遺伝子組換えトウモロコシを給餌して排泄された家畜ふん尿に依存した,歪曲された有機農業から脱することはできないであろう。