No.305 なぜ有機栽培で野菜の抗酸化物質が増えるのか?

●オルシーニらの問題設定

A.有機栽培野菜では抗酸化物質含量が高い

環境保全型農業レポート「No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認」に紹介したように,バランスキーら(2014)は,1992年1月から2011年12月までの有機と慣行の農産物の成分を調べた343の論文についてメタ分析を行ない,有機栽培作物の抗酸化活性および抗酸化物質含量が慣行栽培作物よりも有意に高いこと認めている。ただし,注意すべきは,欧米の有機栽培では,窒素施用量が慣行栽培よりも少ないことである。

では,なぜ有機栽培で抗酸化物質含量が高まるのか。その理由は窒素施用量が少ないことだけなのか。イタリアのボローニャ大学のオルシーニとナポリ大学の研究者からなるグループが,この疑問に答える研究レビューを刊行した。彼らは,有機野菜で慣行野菜に比べて,抗酸化物質など栄養的に価値の高い成分が増えるメカニズムを,植物の生理学的プロセスから説明することを次の論文で試みた。その概要を紹介する。

Orsini, F., A. Maggio, Y. Rouphael and S. De Pascale (29 August 2016) “Physiological quality” of organically grown vegetables. Scientia Horticulturae 208: 131-139.

B.有機作物は,慣行作物よりもストレスを多く受けているために収量が低い

作物収量についての研究結果をメタ分析した研究は,作物の種類によって異なるが,有機栽培作物の収量が慣行栽培のものよりも低いことを示している。その代表例として,カナダのマギル大学とアメリカのミネソタ大学の研究チームによる,有機と慣行栽培作物の収量データをメタ分析した結果 (2012)を,環境保全型農業レポート「No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因」に紹介した。

この分析によると,全作物(316事例)の有機対慣行収量比は平均0.75(95%信頼区間は0.71から0.79)であった。つまり,全体として有機収量は慣行よりも25%低かった。そして,作物タイプに分類すると,収量比の平均値は,穀物(161事例)で0.74(95%信頼区間は0.71から0.78)と全作物とほぼ同じだが,野菜(82事例)では0.67(0.63から0.72)と,全作物の平均値よりも低かった。他方,果実(14事例)で0.99(0.79から1.20),油料作物(28事例)で0.89(0.79から1.20)と,全作物の平均値よりも高かった。また,マメ科作物(34事例)で0.91(0.78から1.05),非マメ科作物(282事例)で0.74(0.70から0.77),永年生作物で0.92(0.76から1.13),1年生作物(291事例)で0.74(0.70から0.77)であった。

慣行栽培に比べて数量の低下したこうした有機栽培作物では,土壌水分,土壌pH,土壌の硬さなどの非生物的要因や,雑草,病害虫の感染などの生物的要因を,慣行栽培作物に比べて生育をより厳しく制限していて,作物により強いストレスを与えているために収量が低くなっていると理解できる,とオルシーニは推定した。

C.作物は,ストレスによる生育低下を回復させるメカニズムを発達させている

生物的および非生物的なストレスを受けると,植物は,ストレスによる生育低下を回復させるために,分子的や生理学的メカニズムを含む一連の対抗メカニズムを活性化させる。対抗メカニズムとしては,アスコルビン酸(ビタミンC),(ポリ)フェノール類,フラボノイド類およびトコフェロール(ビタミンE)などの抗酸化物質(環境保全型農業レポート「No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認」参照)や,特異的な二次代謝産物(グルコシノレートなど:環境保全型農業レポート「No.229 有機栽培によるグルコシノレートの増加と害虫個体群の変化」などの関与した代謝経路を進化させている。しかも,これらの分子は,人間の健康にも重要である。

こうした事実を踏まえて,著者のオルシーニらは,有機栽培では慣行栽培に比べて,作物が各種のストレスをより強く受けており,その結果,作物がストレスを回復させるために,抗酸化物質や二次代謝産物を増やし,人体にも好ましい成分を多く含んだ有機農産物が生産されることを,野菜を中心に,既往の文献をレビューして彼らの仮説を裏付けしようとした。

●有機栽培では慣行栽培よりもストレスが強い

温度,光,二酸化炭素濃度,土壌水分,土壌の塩類濃度,土壌pH,養分や重金属などの,作物生育にとっての非生物的要因が最適条件から大きく外れて過不足が生ずれば,作物にとってストレスとなる。また,病害虫や雑草を化学合成農薬で防除しないため,有機栽培では,有害生物による生物的要因も,慣行栽培に比べて強いストレスになっている。

こうしたストレスを慣行栽培と有機栽培で比較して,オルシーニらは次の研究事例を引用している。

☆ 北アメリカでは,プラスチックマルチが有機栽培の露地野菜で使われることも多いが,ヨーロッパでは有機栽培ではワラなどの植物遺体によるマルチが使用され,プラスチックマルチは慣行農業で使用されているケースが一般的である。有機栽培で多い植物遺体マルチよりも,慣行栽培に多いプラスチックマルチでは,土壌水分が多く保持されている。

☆ 有機栽培では病害虫の蔓延を防ぐために,灌漑を制限して茎葉の湿度が過剰にならないようによりしっかりコントロールしなければならない。その結果,有機栽培では,作物は短期ないし長期的に水ストレスを受けていることもある。

☆ 有機肥料は慣行肥料に比べると養分濃度が低いうえに,有機態窒素のなかには無機化率の低いものが多く,特に作物が急速に生育する時期には,有機栽培作物では可給態窒素の供給量が不足になりやすいことが多い。

☆ ヨーロッパの家畜のいない有機農場では,作物に収奪されたリンとカリウムのバランスをとるのに必要な資材が購入されていないために,リンとカリウムの収支が大きなマイナスになっているケースが多くなっている(環境保全型農業レポート「No.254 有機農場の養分収支」参照)。そして,有機に転換する以前の慣行栽培で形成されたリンの蓄積が過度に収奪されて生じた,有機生産システムでのリン不足が注目されている。

●活性酸素によるストレス対抗メカニズムの活性化

このように,有機栽培でのストレスが慣行栽培より強いと,有機栽培植物の体内で,次のような代謝が活発化することを,オルシーニらは既往の研究から紹介している。

☆ 可給態養分の供給量が限られていたり,窒素,リンや鉄が欠乏したりしていると,フェノール化合物の濃度が植物体で上昇することが観察されている。

☆ 窒素の供給を制限すると,野菜のフラボノイド含量が増えることが観察されている。

☆ 各種のストレスに応答して活性酸素が蓄積し,植物体内では,その解毒をもたらすシグナル伝達経路が活性化して,抗酸化物質の生成を活発化する。

ストレスがかかると,抗酸化物質が増えるのだが,この点に関して,下記の文献によって補足を行なう。

Atkinson, N.J. and P.E. Urwin (2012) The interaction of plant biotic and abiotic stresses: from genes to the field. Journal of Experimental Botany, 63(10): 3523-3544

A.活性酸素

生命進化の初期過程で,嫌気的代謝によってエネルギーを獲得していた生命体が,やがて嫌気的光合成にともなって生成された酸素ガスを利用した呼吸によってエネルギーを獲得できるようになり,それまでの嫌気的代謝よりもはるかに多量のエネルギーを効率的に獲得できるようになり,生命の進化が加速された(環境保全型農業レポート「No.296 有機栽培作物で高い抗酸化物質濃度は窒素多用で減少しやすい」参照)。

酸素ガスを利用した呼吸では多量のエネルギーを獲得できるが,酸化力の非常に強い活性酸素が作られてしまう。通常の原子や分子の電子は2つずつ対になって存在し,安定な物質やイオンを形成している。しかし,対の電子の1つが失われて,対でない状態になった電子が存在する原子や分子あるいはイオンは,フリーラジカルまたは遊離基と呼ばれて反応性が強い。こうした状態になった酸素は活性酸素と呼ばれ,細胞中の各種成分と反応して酸化させて変質させ,その機能を変えてしまい,細胞を死に至らしめてしめることもある。

B.植物による活性酸素の利用

植物は,有害な活性酸素を捕捉して無毒化する抗酸化物質(抗酸化物質の種類については,環境保全型農業レポート「No.296 有機栽培作物で高い抗酸化物質濃度は窒素多用で減少しやすい」参照)や活性酸素除去酵素を生産するメカニズムによって,自らを守るメカニズムを獲得した。それが可能になったうえで,自らを守るために低濃度の活性酸素を積極的に活用するようになった。

1つは,体内に病原菌が感染した場合,活性酸素を生成して,過敏感反応によって感染を受けた細胞とその周囲の細胞に死を起こさせて,病原菌の蔓延を制限している。この場合には必要以上の細胞死を防ぐために,余分な活性酸素を除去するメカニズムを機能させている。

もう1つは,活性酸素を各種ストレスのシグナル伝達分子として利用している。例えば,非生物的なストレスや病原菌の感染などの生物的ストレスを受けると,低濃度の活性酸素が直ちに生成され,細胞に拡散して,植物ホルモン(アブシシン酸:アブシジン酸ともいう,ジャスモン酸,サリチル酸など)の生成を促して,いろいろなストレス防御メカニズムが活性化される。例えば,干ばつストレス時には,低濃度の活性酸素によってアブシシン酸の生成が促され,それによって気孔が閉じられ,水分の蒸散が抑制されて,水の利用効率が高まる。

こうしたストレス防御メカニズムが活性化されると同時に,活性酸素のレベルの高まりとともに,抗酸化物質(アスコルビン酸,グルタチオンなど)や抗酸化酵素(スーパーオキシドジスムターゼ,カタラーゼ,グルタチオンS-トランスフェラーゼなど)の生合成が誘導される。

●有機栽培におけるストレスによる作物品質の変化の事例

オルシーニらは,有機栽培で行なわれている農作業によって生じているストレスと,それによって生じた作物品質に関する事例を,これまでの文献からまとめている。

☆ 有機農業での施肥では,通常,有機態窒素などの養分の無機化速度が作物の要求量を満たせないために養分吸収が制限される。その結果,作物体の葉の硝酸含量が低下し,抗酸化物質が蓄積する。

☆ ワラなどの植物遺体によるマルチが土壌水分保持の点で不十分であるのに加えて,葉が機械除草や病害虫の攻撃で損なわれて,葉からの蒸散が制御できないため,水分不足が生じて,抗酸化物質が蓄積する。

☆ 機械除草によって植物体が損傷を受けるとともに,病害虫の被害によって傷がつき,抗酸化物質,オスモチン(植物の生成する抗菌蛋白質の一種で,メタボリックシンドロームや糖尿病の予防に役立つ機能性成分としても注目されている)や,ポリアミン(第一級アミノ基が3つ以上結合した直鎖脂肪族炭化水素の総称で,細胞分裂や増殖に不可欠で,RNAなどの核酸やタンパク質などの合成を促進する)が蓄積する。

☆ 効率の低い病害防除技術のために,病害が蔓延しやすく,オキシダティブバースト(急速な活性酸素生成系の活性化)が起き,抗酸化物質やオスモチンが蓄積する。

●「生理的品質」を高める育種への期待

オルシーニらは,有機栽培のような,ストレスをかけた栽培によってえられた作物の品質を「生理的品質」とよんでいる。生理的品質は,遺伝的および環境的な因子自体によっては決められるのではなく,ある与えられた環境下での栽培プロセスによって,植物の生理的応答の活性化によって発現される品質である。

抗酸化物質などの人体に好ましい成分の含量を向上させるには,そもそもは抗酸化物質などをストレス条件下で多く生産できる品種を栽培することが必要である。現在,有機農業で栽培されている品種の95%超は,高投入慣行農業用に選抜されたものであると報告されている。

他方,在来品種やエコタイプ(注:エコタイプは同一品種の中での生態的条件によって生じたタイプで,品種ではない)は,化学合成投入資材の大量使用の前に選抜されたので,興味ある品質形質を有しうる。化学肥料と化学合成農薬の使用を前提にした生産システム用にデザインされた育種プログラムは,有機農業に関連した形質の大方を見逃しているといえる。なかでも,養分利用効率,病害抑止のための根圏能力,雑草との競争力,機械雑草防除に対する耐性,主要な種子伝染性の糸状菌,細菌や昆虫病害に対する耐性が関心の高い形質である。それゆえ,そうした形質を有する品種を育種したうえで,経済的にも環境的にも持続可能で,気候変動に対してもっと回復力を持てるように,有機農業の技術を新しいレベルに引き上げる必要がある。これがオルシーニらの結語である。