環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」に紹介したように,EUは現行の「有機農業規則」で特に家畜生産に多い,例外規定をできるだけ減らして,EUの有機農業をできるだけ有機農業の理念に近づけるとともに,EU内で統一して,消費者の信頼に応える努力を行なっている。
こうした努力の背景には,現行のEUの「有機農業規則」が,特に家畜生産に関して,理念に反する妥協を重ねていることを批判している論文がある。その1つの下記論文の概要を紹介する。著者は,ギリシャのヨアニナ大学とアテネ大学の所属である。
●薬剤なしでは,有機家畜生産は肥料・農薬なしの有機作物生産よりも難しい
有機農業は,ヨーロッパでは,小規模な食料生産と環境配慮を統合させた農村開発の理想的モデルとして政策的に推進されている。しかし,有機農業を有機農業ならしめているのは,集約的な慣行農業とは異なる,特別な価値や目標である。しかし,有機農業の価値や目標を家畜生産で実現するのは,作物生産でよりも難しい。
例えば,家畜は作物よりも1個体の価格がはるかに高く,それが疾病によって死亡した場合の経済損失は大きい。そうした家畜生産では疾病予防や治療に抗生物質や化学医薬品が大きな効果を持っているが,それらの使用を禁止した有機家畜生産は,肥料や農薬なしの有機の作物生産よりもはるかに難しい。
EUが世界で最初の有機農業の法律である「有機農業規則」を1991年に公布したが,当初は作物生産に関する部分だけであって,家畜生産に関する部分は1999年に追加公布された。このように,作物生産に比べて家畜生産の規則が8年も遅れたのには,次が大きくかかわっている。
つまり,1990年代にEUにおいて,感染した肉粉による牛海綿状脳症(BSE)の発生や,ダイオキシン類混入飼料による畜産物汚染の発生が生じたこと,また,アメリカの使用している遺伝子組換え牛成長ホルモンのミルクや牛肉の安全性を巡るEUとアメリカの対立,さらに抗生物質添加飼料の多用にともなう複数の抗生物質耐性な多剤耐性菌の蔓延,家畜飼料のトウモロコシやダイズ粕の遺伝子組換え作物化の急激な進行などが起き,これらに対処できる有機の家畜生産技術を,直ぐには見いだせなかったことがある。
●EU内の南北での有機家畜生産の難易の差
ヨーロッパでは,南の地中海周辺と北ヨーロッパでは家畜生産のための環境条件が大きく異なる。有機家畜生産では,家畜福祉の観点から,広い野外へのアクセスや係留禁止などを重視している。地中海周辺国では家畜生産に加えて養蜂も,慣行農業であってもかなり粗放的に行なわれていて,有機に非常に近い。これに対して,北ヨーロッパでは,特に冬には畜舎内で飼養せざるをえず,有機家畜生産の理想から外れざるをえない。その際,期間限定ではあるが,畜舎内での飼養密度制限や係留を認める際に,条件設定次第では,有機といえども,慣行に近いに飼養密度で家畜生産を行なうことが可能になる。事実,現行の「有機農業規則」は例外条項を設けており,これによって北ヨーロッパのほうが地中海周辺よりも有機畜産物を安価に生産し,北の有機畜産物のほうが輸送コストを要するとしても,地中海周辺国に有機産物を大量に氾濫させることが可能になっている。
●有機畜産物生産をリードするために規則の厳しさを引き下げる例外を設けた
1999年に公布された「有機農業規則」の家畜生産規準は,有機農業の理念を達成する規則を作るという目標の他に,次の2つの隠された目標があった。
(a) 初めの有機家畜生産に関する法律を厳しくして,有機農業に切り替えようとする畜産農家の気持ちをそがないようにする。
(b) 有機生産物の国際マーケットにおいてEUの各加盟国が良いシェアを確保して,いろいろな家畜生産方法を有する各加盟国の利益を確保する。
このため,原則を打ち出しながらも,その特例を追記している。例えば,1991年の「有機農業規則」(Council Regulation (EEC) No 2092/91 of 24 June 1991 on organic production of agricultural products and indications referring thereto on agricultural products and foodstuffs)の付属書Bに,家畜(家禽を含む)の生産基準では,「4.飼料」の「4.1家畜には有機で生産された飼料原料を給餌しなければならない。」と原則を記した上で,ある種の条件下で,転換期の飼料,ある量の慣行飼料に加えて,ビタミンなどの飼料添加物を使用できるように,次の特例を記している。著者のZoiopoulos and Hadjigeorgiouは,「有機農業規則」の原文を引用していないが,あえて次に紹介する。
4.4 2008年12月31日まで,飼料原料の平均50%まで転換中の飼料原料を用いることができる。飼料原料が自経営体で生産された場合には,この割合を80%に上げることができる。
2009年1月1日以降は,飼料の平均30%までは転換中の飼料原料を用いることができる。自経営体の転換中飼料の場合には,このパーセントを60%に上げることができる。
家畜に給餌する飼料原料総量の平均20%までは,過去5年間に有機生産を行なった区画でないならば,当該経営体の転換初年目の区画の永年牧草地または永年飼料畑で放牧ないし採草したもので良い。転換中および転換初年目の飼料原料の双方を使用した場合には,その合計割合は最初と2番目の段落に示された最大割合を超えてはならない。
これらの数値は,毎年,農業起源の飼料原料の乾物パーセントとして計算しなければならない。
4.5 幼い哺乳家畜の給餌は,できるだけ天然母乳に基づいて行なわなければならない。全ての哺乳家畜には最低期間,天然ミルクを給餌しなければならない。最低期間は当該種によって異なり,牛(水牛とバイソンを含む)と馬は3か月,羊と山羊は45日,豚は40日とする。
4.6 問題となる場合には,加盟国は家畜の季節移動(山間放牧地への家畜の移動を含む)を可能にする地区また地域を,本付属書に規定された給餌に関する条項に違反することなく,指定しなければならない。
4.7 草食家畜の飼育システムは,年間の時期による放牧地の利用可能性に応じて,放牧地を最大限使用しなければならない。毎日の餌は,少なくともその重量の60%は,粗飼料,新鮮ないし乾燥飼料,またはサイレージで構成させる。ただし,乳製品生産用の家畜について,泌乳初期の最大3か月間に関しては,検査当局または検査機関は50%に減らすのを認めることができる。
4.8 4.2項の例外として,2005年8月24日に終了する移行期間において,農業者がオーガニック生産の飼料を十分入手できない場合,慣行飼料原料を一定割合使用することを認める。認可する慣行飼料原料の年間の最大割合は,草食家畜で10%,その他の家畜生産で20%とする。これらの数値は,農業起源の飼料原料の乾物パーセントによって年間当たりで計算しなければならない。1日の餌に使用できる慣行飼料原料として認可する最大パーセントは,乾物パーセントとして計算して25%でなければならない。
4.9 特に異常気象などの結果,飼料生産ができなかった場合には,4.8項の例外として,加盟国の検査当局は,そうした例外を認める場合には,特定地域について期間を限定して,慣行飼料原料の割合を高めることができる。所管公的機関が認めたのを受けて,検査当局または検査機関は当該例外扱いを各事業者に適用しなければならない。
4.10 家禽では,肥育段階で使用する飼料は,少なくとも65%の穀物を含有しなければならない。
4.11 豚および家禽の飼料には,粗飼料,新鮮ないし乾燥飼料またはサイレージを毎日添加しなければならない。
4.12 付属書のパートD,セクション1.5および3.1にリストアップされた製品のみを,それぞれ添加物およびサイレージの調製補助剤として使用できる。
4.13 農業起源の慣行飼料材料は,付属書のパートC,セクション1(植物起源の飼料材料)にリストアップされたものに限って,本付属書で規定された量の制限にしたがうとともに,化学溶媒を使用せずに生産または調製された場合に限って,家畜の飼料に使用することができる。
4.14 動物起源の飼料材料(慣行とオーガニックの双方で生産されたもの)は,付属書のパートC,セクション2にリストアップされているもののみを,本付属書に規定された量的制限に準拠して使用することができる。
4.15 2003年8月24日を過ぎないうちに,付属書のパートC,セクション1,2,3およびパートDは,共同体で十分な量のオーガニックに生産する段階において慣行飼料材料を外すねらいの下に,見直すこととする。
4.16 家畜の栄養要求を満たすために,付属書のパートC,セクション3(ミネラル起源の飼料材料),パートD,セクション1.1(微量元素)およびセクション1.2(ビタミン,プロビタミンおよび類似の効果を有する化学的に明確な物質)にリストアップされた製品のみを,家畜に給餌することができる。
4.17 付属書のパートD,セクション1.3(酵素),1.4(微生物),1.6(凝集剤,凝集防止剤および凝固剤),2(動物栄養分に使用するある種の製造物),3(飼料原料中の加工補助剤)にリストアップされた製造物のみを,記されたカテゴリー毎の目的のために動物飼料に使用することができる。ただし,抗生物質,コクシジオイド症抑制剤,医薬品,成長ホルモンまたは成長ないし生産を促進する目的のその他の物質は家畜飼料に使用してはならない。
さらに,つなぎ飼い(係留)については,家畜福祉の観点から禁止しているが,それを認める特例を設けている。
6.1.4. 家畜を係留したままにすることを禁止する。ただし,この原則の例外扱いとして,検査当局または検査機関は,係留行為が安全または福祉の理由から必要であって,係留が限られた期間だけの場合には,作業者の理由付けに基づいて個々の家畜ごとに承認することができる。
6.1.5. パラグラフ6.1.4.の例外として,牛については,2000年8月24日までは,定期的に運動させるとともに,個々の管理に加え,快適な敷きわらの空間を装備して,動物福祉要件に沿った飼育を行なう場合には,既存の畜舎内に係留することができる。この例外扱いは,検査当局または検査機関の承認を受けなければならず,2010年12月31日までの移行期間に限るものとする。
6.1.6. さらなる例外扱いとして,牛については,牛の行動要求に適切なグループで飼育することができない場合であって,少なくとも週に2回放牧草地や野外の運動空間にアクセスできる場合には,小規模経営体は係留することができる。この例外扱いは,検査当局または検査機関の承認を受けなければならず,2000年8月24日まで有効な家畜の有機生産に関する自然律の要件,またはそれがない場合には加盟国によって承認または認可された民間の基準を満たしている経営体に適用するものとする。
6.1.7. 2006年12月31日までに,欧州委員会は6.1.5.項の実施に関する報告書を提出するものとする。
なお,6.1.6項の「小規模経営体」は定義されていない。そして,この他にも原則を記した上で,例外を記した事例は多い。
●「望ましい」や「主に」などの曖昧な規定を行なっている
「家畜は事業体由来の飼料を使用して飼養するのが望ましい」とか,「家畜には主に自製造飼料を給餌しなければならない」といった規定が多い。用語の「望ましい」”preferably”や「主に」”predominantly”は,複数の解釈を可能にし,定量的な表現ではなく,法律の上では危ないポイントになる。
●特例は一向に廃止されずに継続している
1999年に家畜生産規準が作られた時点では特例には終了期限が指定されたものが多かった。しかし,終了期限が近づくと,延長する改正がなされ,EUは有機家畜生産規準に必要な変更を行なうのを躊躇しているように思える。
上記の原文を記した例外事項も全て,2008年の「有機農業実施規則」に,くくり方が変わって,記載個所が異なっているが,ほぼそのままの文章で引き継がれている。
●有機農業の慣行化は消費者の信頼を損なっている
有機農業が禁止している技術や条件を許してゆくと,慣行農業に近づいてゆくことになる。これを有機農業の慣行化 ”Conventionalization” という。
著者のZoiopoulos and Hadjigeorgiouは,「有機農業はイデオロギーであって,これに加えて,農場は,農業者がロマンチシズムでなく,プロ意識で取り組むべき事業体である。・・・「有機」に水晶のような透明性を持った明確な定義が与えられないと,有機農業は,マーケット(大規模なアグリビジネスの企業)からの圧力によって徐々に慣行化に切り替えられる。換言すると,その真の特性を失うことになり,大きな期待の持たれている代替農業システムに関与している全ての者にとって大きな損失になるであろう。」と結んでいる。
環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」に紹介した今回の改正は,例外規定をある程度廃止し,有機農業のEUでの統一を図ったものとしているが,例外のなかには廃止すると技術的に有機の実行が無理にするものもあり,どうであろうか。
日本の「有機農産物の農林規格」は,EUに比べて慣行化がひどい。「有機飼料の日本農林規格」では,組換えDNA技術を使った飼料原材料や飼料添加物の使用を禁止している。しかし,日本には有機の家畜生産がごくわずかしかないため,有機の家畜ふん堆肥がろくにない。そして,輸入飼料に依存した日本の家畜生産では遺伝子組換えトウモロコシなどの飼料の使用が非常に多く,そうした慣行の家畜飼養で生産されたふん尿堆肥などを,有機の作物栽培で使用不可にしてしまうと,有機の作物栽培ができなくなるケースが続発する恐れがある。このため,当分の間,慣行飼養の家畜のふん尿堆肥などを使用できるという例外規定を設けている。EUも慣行の家畜ふん尿を利用できるという例外規定を設けているが,有機農地面積の約半分は草地や飼料畑であり,有機の家畜ふん尿の生産量が多い。その上,飼料の自給率が日本よりも高く,輸入される遺伝子組換えトウモロコシへの依存度も日本よりも低い。
また,EUやアメリカは,畑での輪作を当然のごとく有機農業の必須条件にしている。しかし,日本の「有機農産物の農林規格」では,連作の可能な水稲と畑作物とをまとめて規定するために,畑作物で輪作が必要なことすら規定していない。
日本の有機作物生産規定の慣行化度合は国際的にみるとひどいものといえる。