No. 357 OECD国の農業環境改善ペースがスローダウン

●OECDの農業環境指標

OECDは,加盟国の農業による環境の汚染や改善の状況を測定する指標を定めて,毎年加盟国にデータを提出させて,10年程度分をまとめて,その進捗状況を解析している。2010年までの農業環境指標の状況は,環境保全型農業レポート「No.232 OECDが2010年までの農業環境状態を公表」に述べてある。

その後,OECDは,2019年12月に下記の報告書を刊行した。この報告書は,農業変化から解析し,20世紀最後の10年間(1992-2001年ないし1993‐2002年)の期間に観察されたペースに比して,21世紀最初の10年間(2002-11年ないし2003-2012)には,全体として農業セクターの環境パフォーマンスの改善ペースがスローダウンした,と述べている。その概要を紹介する。

OECD (2019) Trends and Drivers of Agri-environmental Performance in OECD Countries. OECD Publishing, Paris. 100 pp.

●OECD国の多くでは農地面積が減少したが,農業生産は向上

OECD国の大部分,特に西ヨーロッパでは,農地面積の減少が前の10年間に比べて2002-14年に加速された。逆に農地面積が増加した国は,チリ,エストニア,フィンランド,ギリシャ,アイルランド,ラトビア,ルクセンブルク,メキシコ,アメリカであった。

2004-2015年に失われたOECD国の耕地は,主に次のように変換された。すなわち,樹木地(全体の51%),建物や道路のような人工物用地(全体の37%),他方,失われた草地の49%は植生密度の低い土地,28%は樹木地に変換された。全体としては,ヨーロッパのOECD国では樹木地に変換されたケースが多く,アジアやオセアニアのOECD国では人工物用地や植生密度の低い土地に変換された。しかし,農地面積が減ったからといって,農業生産は増加し続けた。

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農地面積と耕地面積の変化の傾向は,国によっては必ずしも一致しない。その端的な例がオーストラリアである。全農地面積は2012-14年には1992-94年の81%に減少したが,耕地面積は185%,永年作物地(果樹,コーヒー樹など)は194%に増加し,永年草地が77%に減少した。また,ニュージーランドでは,全農地面積が71%,耕地は32%,永年草地が77%に減少した一方,永年作物地が155%に増加した。

図1に示した1992時点でOECDに加盟していて,耕地面積や作物生産額といったデータのそろっていた21か国のうち,1992-94年に比して2012-14年に耕地面積が減少したのは12か国,作物生産額が増えた国は10か国で,日本とノルウェーは耕地面積と作物生産額の両者が減少した。

OECDの報告書(2019)は,農地面積が減っても,農業生産が増加し続けた原因として,農薬販売額などの投入物の増加を考察していた。この問題を論議するには,OECD国の中には農薬を投入しない永年草地面積の大きな国も多いことから,投入物の多い耕地面積と作物生産額との1992-94年に対する2012-14年の増加割合との関係を,図2に作図の上,論議する。なお,図中の作物の総生産額は,2004-06年の国際ドル(2004-06年のUSドルの購買力の平均値に等しくなるように,各国の通貨を購買力平価と物価変動率によって換算した金額)で表示された金額の,1992-94年に対する2012-14年のパーセントで表示したものである。

●農薬使用量と作物生産額の増加が強く相関

1992-94年に対する2012-14年の耕地面積当たりの全農薬使用量と作物の生産総額のパーセントとの関係をみると,21か国中の14か国で全農薬使用量が増加し,減少したのは7か国にすぎなかった。そして,全体として,全農薬使用量の増加パーセントが大きいほど作物の総生産額の増加パーセントが大きい傾向が認められた(図2)。image357-F02b

なお,OECDの農業環境指標のデータベースは,農薬の全販売量をトンで表示しているが,2011-15年の平均販売量が0.93 kg/haで,その内訳は殺菌剤37%,除草剤32%,殺虫剤13%,その他18%となっている。

同様に2002-2004年に対する2012-14年の耕地面積当たりの化学肥料窒素用量と作物の総生産額のパーセントの関係を作図した(図3)。全体として化学肥料窒素施用量のパーセントが高いほど,作物の総生産額のパーセントが高いことが認められた。しかし,20か国(ニュージーランドのデータは記載なし)中の14か国で,2002-04年に比べて2012-14年の化学肥料窒素施用量が減少したのに,10か国で作物総生産額が増えていた。このことから,化学肥料窒素の増加が作物生産額増加の主因になったとは考えにくく,増加の主因は全農薬使用量の増加(図2)であると推定される。
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●EUにおける農地系鳥類指標の低下

EUは環境保全を図る農業に奨励金を支給する農業環境対策事業を実施しているが,その支給条件の1つとして,農地を生息地にしている農地系鳥類を国が指定し,その個体数に基づいた指標を定めている(環境保全型農業レポート「No.116 イギリスで農地系の野鳥が引き続き減少」参照)。

農地面積が減少して農薬などの投入物使用量が増加する集約農業化には,通常,機械化の進展,圃場区画の大規模化,農業景観の単純化などが随伴している。こうした農業の集約化によって,EUでは農地系鳥類の出現頻度が低下していることが観察されている(表1)。

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●養分バランス

OECDは,農業環境指標の中に窒素とリンの養分バランスも採用している(環境保全型農業レポート「No.331 OECDが農業環境指標DBを2014年分まで追加」参照)。養分バランスは,まず,国の農地全体に,肥料,家畜ふん尿,降雨,微生物による窒素固定,種苗などによって持ち込まれた窒素とリンの全量(インプット量)を計算する。そして,耕種作物,果樹や茶樹,飼料作物によって吸収されて圃場外に搬出される窒素とリンの全量(アウトプット量)を計算する。次に,インプット量とアウトプット量の差を「養分バランス」として,その国全体での総量や,農地面積ha当たりの養分量kgで表示する。プラスの値は作物に吸収されない余剰な養分量を意味し,プラスの値が大きく,かつ年次にわたって継続すれば,余剰な養分が環境汚染を起こすリスクが高まる。

●主要OECD国におけるリンバランスの推移

大部分のOECD国ではリンの余剰量が減少し,なかでもオランダとベルギーでは1992-94年に比して,2010-14年には余剰リン量が20 kg P/ha以上減少した(表2)。この2か国では,1992-94年には余剰リン量が20 kg P/haを越えて,OECD国で3位と4位の多量の余剰リンを生じていたのに,2010-14年には,3.0と5.7 kg P/haにまで激減した。

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このリンバランスが激減した2か国について,その激減した要因をみてみると,リンのインプット量として,全肥料リン量と家畜糞尿のネットのインプットリン量の量が大幅に減少するとともに,作物に吸収されて圃場から搬出されたリンのアウトプットが増えたか(ベルギー),アウトプットが減少しても,インプットの減少量の10%にすぎなかった(オランダ)。このため,両国ではリンバランスが大幅に低下した(表3)。これは余剰なリンが土壌に蓄積し,その増加量によって,リンの施用量を減らしても収量低下が生じないことが確認されたことに加えて,硝酸塩指令の施行によって,家畜頭羽数の減少や糞尿施用量が減少したことが,窒素の削減に貢献した(環境保全型農業レポート「No.251 EUにおける農地からの窒素排出量の内訳と硝酸指令の削減効果」。このときに家畜糞尿の還元量が削減されたことが,窒素と同時にリンの施用量削減にも寄与したと考えられる。

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●主要OECD国における窒素バランスの推移

余剰窒素の多くは,硝酸イオンになって地下水や表流水に流亡したり,アンモニアや亜酸化窒素になったりして大気に揮散するリスクが高い。OECD国のなかで1992-94年に余剰窒素量が80 kg N/haを越えていた9か国のうち,6か国(オランダ,ベルギー,デンマーク,ドイツ,ベルギー,ギリシャ)は,2012-14年には30 kg/haを超える窒素量を低減したが,韓国,日本,ノルウェーの3か国では,2012-14年まで余剰窒素量が似たレベルを維持した(表4)。その他の国では,低減量はあまり多くなく,スペインとカナダではわずかではあるが,増加が認められた。

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窒素余剰量の顕著な低減が生じた国について,その主要な低減要因をみると,全肥料N量の低減と,家畜糞尿Nのネットのインプット量*の低減がまず指摘できる。

*ネットのインプット量:(家畜糞尿については,表5の家畜糞尿N生産量と施用した輸入家畜糞尿N量を加算して,他へ転用した家畜糞尿N量を差し引いた,正味のインプット量の意味)

 

全肥料N量の大部分は無機化学肥料Nで,有機質肥料N(家畜糞尿を除く)は化学肥料N量に比べてはるかに少ない。家畜糞尿Nのネットのインプット量の低減では,牛(家畜のなかで1頭当たりの養分排出量が圧倒的に多い)の糞尿窒素の排泄量が大きく低減した国で,余剰窒素量の削減が顕著となった。

OECDの報告書(2019)は,油料作物による窒素吸収量が穀物,野菜や果樹よりも多く,油料作物の栽培面積が増加するとN余剰量が低減するとして,油料用ナタネの栽培が多いカナダの事例を解析している。しかし,表4の1992-94年に余剰窒素量が80 kg N/haを越えていた9か国のうちの,2012-14年には30 kg/haを超える窒素量を低減した6か国(オランダ,ベルギー,デンマーク,ドイツ,ベルギー,ギリシャ)では,油料作物による窒素のアウトプットがない(表5)。表には示していないが,表4の国々のなかで油料作物による窒素のアウトプット量が記載されているのは,日本,韓国,トルコ,USA,カナダだけで,これらの国では余剰窒素量が1992-94年にから2012-14年の間にわずかしか減少しなかったか,逆に増加して国もあった。このため,油料作物のOECDの考察は不適切と考えられる。

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●韓国の農業政策が養分バランスに及ぼした影響

韓国は窒素やリンの養分バランスで余剰養分量がOECD国でトップクラスであるが,2002年から2014年の間に窒素肥料のインプット量が最も多く低下した点で注目される。この背景には,規模拡大とコスト削減による農業の競争力強化から,有機農業や低投入による品質向上と,環境負荷低減を目指した親環境農業を重視する親環境農業政策が1998年から導入されたことがあげられている(鄭銀美 (2005) 韓国における親環境農業政策の展開と意義.農林業問題研究: 159号: 272-283. )。こうした政策と関連して,慣行農業を含めて5か年目標を設定し,例えば,2016-20年の5か年に化学肥料と農薬の使用量を2014年レベルの9%削減することを目標にした。また,1996年から化学肥料への補助金を削減し始めて,現在では全廃されている。こうした政策によって,農地への肥料窒素のインプット量が,3か年平均値で,1992-94年に比して2012-14年には78 kg N/haも減少した(表6)。

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しかし,韓国では50年前からの所得向上にともなう畜産物需要の増加によって家畜生産が増え,家畜糞尿窒素のインプット量も増えてきた。そのためヘクタール当たりの家畜糞尿窒素の還元量が増え(表6),OECD国で最も多い国となっている。作物栽培地が減る一方,家畜糞尿窒素が増えて,2012-14年の余剰窒素量がOECD国で最も多くなっている(表4)。

●デンマークの農業政策が養分バランスに及ぼした影響

多量の余剰養分を生じている国で,余剰養分を削減していくと,農業生産が低下すると一般には考えられている。2つのOECD国が,1990年代以降に窒素とリンの余剰養分を削減する一方で,農業生産額を増額させた。その1つがデンマーク(図4)である。

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デンマークの環境状態やそれへの対策の詳細については,ここで紹介したOECD報告書は記述していないが,デンマークがこうした改善を行なえた基盤として,簡潔に下記を記している。

デンマークでは国土面積の60%を農業に使って,活発に農業生産を行ない,農業生産物の国内消費量の2倍も農業生産物を輸出し,かつては農業による国土の環境汚染は深刻であった。このため,1980年代から,水環境行動計画,持続可能農業,グリーングロースのための政策遂行のために,広範囲の指揮・統制,市場ベース,自発的や情報管理に関する規制と組み合わせた環境規制の法律を施行し,モニタリングを実施し,養分汚染の削減目標の明確な設定,その早期実施,首尾一貫した政策ミックスの評価を行なってきた。その一環として,窒素とリンのバランス低下,肥料使用量割当,裸地への家畜糞尿の施用禁止,リン含量に基づいた飼料への課税,農業環境事業の推進や普及組織の活用などを行なってきた。ターゲットは達成できていないが,養分バランスを低減しつつ,農業生産を拡大できている

●おわりに

デンマークの農業生産を拡大しつつ,余剰養分削減を達成した農業政策の細部については関心を抱く。この点については他の資料を探し,次回で紹介したい。