●経緯
EUの執行機関である欧州委員会は,2011年に現行の「有機農業規則」の問題点の点検を行なった(環境保全型農業レポート「No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検」参照)。そして,今後のEUの有機農業の政策を考えるために,市民や有機農業関係者の意見を,欧州委員会がインターネットで2013年に募集して集約した(環境保全型農業レポート「No.237 EUの有機農業政策についての市民の意見集約結果」参照)。これらを踏まえて,欧州委員会は「有機農業規則」の改正案を2014年3月24日に公表した。その概要は,環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」に紹介した。改正案は,消費者の有機生産物に対する信頼を高めて,有機農業の一層の発展を図ることを目的に,特に下記の変更を行なっている。
○ 法律を「有機農業規則」に一本化して,個別の具体的生産規則はその付属書にまとめる。
○ 生産規則の例外条項をできるだけ排除して,規則の統一を強化した。
(1) 家畜生産の例外規定の削減
(2) 転換期間の遡及的承認の廃止
(3) 非有機の植物繁殖用材料使用条件の大幅な制限
○ 環境管理プランの作成
○ 小規模農業者のグループ認証の導入
○ 非意図的な不許可物質の存在による損害に対する国家補償
○ 重複認証の禁止とリスクベースの重点チェック
○ EUへの有機生産物の輸入制度の再構築
●EUにおける有機農業規則改正案の審議プロセス
欧州委員会が立案した「有機農業規則」改正案は,閣僚理事会と欧州議会で審議されて採決される。閣僚理事会は,議題に関連した加盟国から1人ずつ参加する閣僚で構成され,「有機農業規則」改正案では各国の農業担当大臣が出席して,改正案を精査する。閣僚理事会は特定の人物を議長としておらず,加盟国が6か月ごとに輪番制で議長国を務めて論議する。閣僚理事会で承認された改正案は,欧州議会に回されて審議・採決される。
●欧州委員会の改正案に反対意見が続出
閣僚理事会での改正案の審議では市民を対象にした意見募集(コンサルテーション)はなされないが,閣僚理事会の諮問に応じて,そこでの審議に反映させるべく,様々な加盟国,有機農業団体などの利害関係者や,EUの諮問委員会である地域委員会も反対意見を提出している。EUの加盟国といっても,その民族や伝統の異なる多様な地域から構成されているので,それぞれの地域的特性を踏まえた意見を提出する多数の委員で構成されている地域委員会が存在しており,この地域委員会も反対意見を提出している。そうした反対意見の一端を紹介する。
IFOAM EUグループの反対意見
IFOAM EUグループは,IFOAM(国際有機農業運動連盟)のヨーロッパ地区の総括組織で,今回の欧州委員会の「有機農業規則」改正案にIFOAMを代表して意見を提出している。その要点は,改正案は,特例などによる有機農業原則から逸脱した生産物を極力排除して,できるだけ有機農業原則を踏まえた生産物を全ての加盟国で生産,また輸入して,EUの消費者の信頼を高めようとするものである。これを早急に行なうと,有機農業基盤のできていない条件不利地域,新加盟国や途上国では,特に小規模事業者が有機農業から撤退せざるをえなくなる。それゆえ,改正案のような急進的改革でなく,現実の多様性を踏まえた漸進的な改革を行なうべきだとするものである。
以下に,IFOAM EUグループが,2014年11月6日に公表したEUの「有機農業規則」改正案に対する意見書の概要を紹介する。
(1) 施行上の問題を規則自体の問題と混同
欧州委員会は,「有機農業規則」自体と消費者の信頼確保方針に問題があるとして,改正案を作成した。しかし,欧州委員会が現行の「有機農業規則」の問題点について評価を委託したドイツのチューネン研究所 (Thünen Institute)の評価書は,「有機農業規則は,一部領域で改正が必要だが,全般的にEUにおける有機生産の持続可能な発展に好ましい基盤となっている。ただし,必要要件の解釈や施行における調和の欠如を回避するために,加盟国に向けたガイダンスを増やす必要がある。規則は一般的に適切だが,緊急の必要性も高まっているはずである。有機部門での20年間の経験を考慮して,有機原則と施行の間のバランスを見つける必要がある。」としている。欧州委員会はこの評価を無視して,「有機農業規則」に大きな欠陥があるとして,その大幅な改正案を作成した。その改正案には,多数の無理な改正がある。現行の規則を踏まえ,有機原則に漸進的に近づけるべきである。
(2) 加工および販売事業者に導入する環境管理システムから官僚主義的負担の排除
改正案の第7条1(d)項で,「小規模経営体を除く有機の事業者,農業者,海草や養殖魚を生産している事業者は,その環境パフォーマンスを向上させる目的で環境管理システムを実施しなければならない。」としている。
消費者が有機生産物を購入する理由の1つは,例えば,化学肥料や化学合成農薬の使用を禁止することによって,持続可能性を向上させる農業の仕方につながっていると考えているからである。このため,現行法では加工および販売レベルに対しては,環境管理システムを導入していなかった。もし,そのシステムが単純で,しかも事業者に官僚主義的な大幅な負担をかけないやり方で実施することができ,加工や販売の事業者(小規模事業者を除く)が自らの環境パフォーマンスを計測して向上させる方策の環境管理システムであれば,歓迎する。しかし,欧州委員会が法律(Regulation (EC) No 1221/2009)で規定している「ヨーロッパ共同体エコ管理および会計スキーム(European Eco-Management and Audit Scheme − EMAS )」のような,しっかりした認証環境管理システムにする必要はない。環境パフォーマンスのモニタリングは,事業体の具体的な状況に対応して多様な測定システムとすべきである。
(3) 小規模農業者のグループ認証導入上の注意
小規模農業者のグループ認証は,現在途上国の小規模農業者にのみ認められているが,これをEUで可能にすることは大いに歓迎する。改正案では,第3条の定義(事業者グループ)において,農地5 ha未満の農業者だけを事業者グループの対象としている。しかし,例えば,イチゴを5 ha栽培している農場は小規模とは考えられず,小規模農業者を5 ha未満とするのは,妥当ではない。小規模農業者は農場の面積に基づくのではなく,総粗収入ないし使用労働力のような適切な基準に基づくべきで,地理的にも限定すべきである。
(4) 行き過ぎた「有機農業規則」の単純化と多くの規定改正の欧州委員会への委託
現在の「有機農業規則」は,1つの基本規則(Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91 ) と,2つの施行規則 (Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control)(EC No 889/2008) とCommission Regulation (EC) No 1235/2008 of 8 December 2008 laying down detailed rules for implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 as regards the arrangements for imports of organic products from third countries )からなる。
これに対して欧州委員会の改正案は,1つの規則と,それを補完する生産規則などの詳細を述べている付属書からなる。1つの基本規則と2つの施行規則からなる現行法に対して,改正案は1つの規則と付属文書。これは重要な変更で,改正案では法律が成立した後に改正する際,立法府での審議を要するのは1つの規則だけですみ,そのなかの31項目については委任命令,12項目については執行命令で欧州委員会が専門家などと相談して行政命令の形で改正して,付属書を修正すれば良いことになっている。
立法府での審議をへて成立した法律は,その施行に必要な全てのルールを条文で定めるのではなく,具体的な規制内容については,日本でいえば政令や省令で定めるとしているのである。政令や省令で定める部分が法規命令であり,法規命令には,権利,義務の内容,制限の程度などを定めた委任命令と,権利・義務の内容ではなく,法律の執行手続き,その他細目を定めた執行命令がある。
改正案の前文の第10項には,「本規則の必須でないある種の要素を補ったり修正したりするための法的規制を採択する権限は,欧州委員会に委任するものとする。欧州委員会はその策定作業において,専門家レベルを含め,適切なコンサルテイションを実施することが特に大切である。欧州委員会は,委任命令を準備・策定する際には,当該文書を,欧州議会と閣僚理事会に同時に適宜・適切に伝達しなければならない。」と記してある。
このように,改正案では立法府での正式な手続を省略して,いわば欧州委員会による行政命令の形で規則の細部を変更できる部分を多くして,即応性を高めている。しかし,IFOAM EUグループは,こうしたやり方は,規則を科学的および技術的発展に適応させるために,迅速な決定が必要であって,非必須的な改正に限って使用すべきであると批判している。そして,技術的ルールについては,具体的な国の違いを加盟国の専門家の関与の下に,加盟国に任せて良いはずであり,必ずしも欧州委員会がEU全体で一本化させる必要はないとしている。
(5) 監督システム(検査認証制度)の不適切な改正
有機の監督システムをもっと効率の良いものにすることが,2012年に有機規則の改正作業を開始した動機の1つであった。しかし,改正案で提案された監督システムは納得できるものではない。
現行の「有機農業規則」の第27条には,有機の食品や飼料の法律遵守は,有機でない一般の食料や飼料などの法律遵守の確認に関する法律(Regulation (EC) No 882/2004 of the European Parliament and of the Council of 29 April 2004 on official controls performed to ensure the verification of compliance with feed and food law, animal health and animal welfare rules )に加えて,有機の事業者については卸売事業者を除き,少なくとも1年に1回の遵守確認を受けることが規定されている。
改正案では,非有機の一般の食品や飼料,有機の生産物,動物の健康と福祉,植物の健康,植物繁殖体,植物生産物についての法律遵守のチェックを,別の法律に移すことにしている。この法律は,有機に限らず,一般の食品,飼料,動物の健康と福祉,植物の健康,植物繁殖体,植物保護物質の法律遵守を監督する法律をまとめたものである (Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on official controls and other official activities performed to ensure the application of food and feed law, rules on animal health and welfare, plant health, plant reproductive material, plant protection products and amending Regulations (EC) No 999/2001, 1829/2003, 1831/2003, 1/2005, 396/2005, 834/2007, 1099/2009, 1069/2009, 1107/2009, Regulations (EU) No 1151/2012, [….]/2013 [Office of Publications, please insert number of Regulation laying down provisions for the management of expenditure relating to the food chain, animal health and animal welfare, and relating to plant health and plant reproductive material], and Directives 98/58/EC, 1999/74/EC, 2007/43/EC, 2008/119/EC, 2008/120/EC and 2009/128/EC (Official controls Regulation) )。欧州委員会は,消費者に対して実際のリスクを与える可能性は,一般食品や飼料のチェックで防止できるので,有機生産物での非遵守による消費者に対する潜在的リスクは大部分誤解によるものであると解釈している。それゆえ,一般食品や飼料に対する遵守チェックで良いとしている。しかし,一般の食料や飼料は最終産物の安全性をチェックするが,有機の品質は基本的にプロセスチェックである。プロセスチェックでは,毎年の検査によって現場で実際のやり方をチェックして保証している。認証組織による毎年の訪問は,プロセスをチェックし,有機生産者が自らのシステムを不断に向上することを奨励しており,これをなくすことは納得できない。
また,改正案は,消費者の信頼を高めるために,監督活動を包装済み製品の小売事業者を含め,全ての事業者に義務化させるとしている。これは,消費者の信頼を高めることなく,システムに官僚主義的な負担を増すことになろう。例えば,ガソリンスタンドや小規模店舗のような,少量の有機生産物だけを販売している店舗は,余分なコストを避けるために,有機生産物の販売を止めることになり,有機の小売店舗が減少しよう。
(6) EUにおける有機農業の多様性に対する対処の廃止
欧州委員会は,現行の「有機農業規則」の柔軟性に関する前文(21)と,例外的生産ルールに関する第22条を,改正案では削除してしまった。当該前文は次のとおりである。「生産規則の適用については,有機の基準や要件をローカルな気候的または地理的条件,特殊な家畜飼養方法や成長段階に適応できるようにするために,生産規則の適用に柔軟性を持たせることは適切なことである。このために例外規則を適用できるようにしなければならないが,共同体の法律に規定された特別な条件の下に行なうのでなければならない。」
多数の例外ルールがあると,EU加盟国によって有機生産物の質のバラツキが大きくなり,消費者の信頼が失われることを懸念したために,こうした削除をしたのであろう。しかし,いろいろな地域や加盟国で有機セクターの展開状態は様々である。特に新加盟国では有機の生産・供給のインフラが遅れており,例えば,有機の雌鶏,種子や飼料の供給体制が整備されていない。また,山間部や島嶼部の農業者は,家畜ふん尿や有機の家畜の交換の点で隔離されている。さらに,現在,有機で増殖されていない作物が存在し,これらの品種について非化学的処理の慣行種子の使用を禁止すると,文字通りに有機品質のものを育てることが不可能になる。こうした例外規定をなくすと,これらにかかわる有機農業者が有機生産を止めざるをえなくなる可能性が高い。
それゆえ,現行の「有機農業規則」の柔軟性に関する前文(21)および第22条を,改正案に再び挿入すべきである。各加盟国における例外ルールを注意深く評価してから,削除,暫定規則に変えるか,透明な形で永続ルールに変えるべきである。
(7) 慣行農業に起因する農薬汚染についての有機農産物の閾値の導入
改正案の第20条は,「承認されていない製品や物質が,特にDirective 2006/125/EC (Commission Directive 2006/125/EC of 5 December 2006 on processed cereal-based foods and baby foods for infants and young children:ベビーフード指令)を考慮して設定されたレベルを超えて検出された生産物は,有機として市場販売してはならない。」と規定している。このベビーフード指令の第7条には,ベビーフードは個々の農薬で0.01 mg/kgを超える農薬を含んでいてはならないと規定されている。
他方,動植物由来の一般の食料や飼料の最大農薬残留レベルを定めた指令(Regulation (EC) No 396/2005 of the European Parliament and of the Council of 23 February 2005 on maximum residue levels of pesticides in or on food and feed of plant and animal origin and amending Council Directive 91/414/EEC )では,穀物,野菜,果実などの個々の品目別に個々の農薬種類ごとの最大レベルを規定している。これをみると,多くのケースで0.01 mg/kgよりも数倍高いケースが多い。
有機農業者はもちろん農薬を使っていない。隣の慣行農場からのドリフトで農産物が汚染され,その汚染濃度が一般の食料や飼料用の残留農薬レベルよりもはるかに低い0.01 mg/kgをわずかでも超えていたら,有機農産物として販売できないとするのは不合理である。EUは一般の農業者に農薬使用を認めているが,農薬汚染を起こしていない有機農業者が残留物汚染の責任を持たされ,汚染者負担原則を逆さまに適用されることになるのである。有機農業者が自らの生産物の残留農薬分析の費用や,隣人からのドリフト防止の対策費用を負担するとなると,特に小規模農業者に与えるダメージが大きい。
残留農薬など非承認物質の汚染による有機農産物の承認取消の閾値を,一般の食品や飼料と別に規定すべきではない。欧州委員会は,農薬汚染について有機農業者の保護を担保しつつ,有機農業と慣行農業の共存を図る明確な規則を考えるべきである。
また,改正案の第20条の第3項で,「もしも農業者が汚染リスクを防止するのにあらゆる適切な手段を講じていた場合に,非承認の製品や物質による自らの農業生産物の汚染を受けて生じた損害に対して,農業者に補償するために,加盟国は支払を行なうことができる。加盟国はそうした損失額の全額または一部をカバーするのに共通農業政策の手段を使用することもできる。」と規定している。
これについて,IFOAM EUグループは次の見解を示している。補償対策の提案は歓迎されるが,大部分の加盟国における現在の予算状況では非現実的と考えられる。責任と汚染源を明らかにすることを要求することは,あまりにもお役所的で時間を要してしまう。もしも補償を行なえる加盟国と行なえない加盟国ができると,不公平な競争となる。また,共通農業政策の農村開発プログラムの予算は,開発のためのツールであって,工業的農業による汚染問題の尻ぬぐいに使うべきではない。
(8) 新しい生産要件を満たすには猶予期間が短すぎる
現在の「有機農業規則」の第22条に規定された例外的生産基準は,廃止されることが提案されている。また,改正案は,第7条の一般生産規則で,有機農場は全て有機生産を行ない,有機生産と慣行生産とを併行(混合)させることを禁止している。そして,繁殖目的での非有機家畜の導入は禁止され,家畜に対する除角を含む全ての切断は直ちに禁止している。さらに,改正案の付属書で,同じ農場ないし地域に由来する飼料の割合が大幅に引き上げられている(雑食性家畜については20%から60%,草食家畜については60%から90%に)。こうした生産要件の変更に対処するための猶予期間として,改正案の第40条に,現行の生産要件を2021年末まで認めるが,2022年からは新たな生産要件に従わなければならないと規定されている。
INFOAM EUグループは,有機と慣行の併行生産や,繁殖目的の非有機家畜の導入は現行どおりに認めるべきであるとしている。その理由として,飼料の地場での自給率向上を妨げている最大の要因が,ヨーロッパではダイズやその搾り粕のような蛋白質飼料を生産できないケースが多いためであり,研究によって,微小藻類,微生物および無脊椎動物の蛋白質の使用を可能にするなどの新たな技術開発が不可欠であるからだとしている。また,ヒツジについての短期の除角や尻尾の切断は維持すべきであり,角をつけている家畜の居住条件や,放牧地でのヒツジやヤギの健康についての研究を支援しなければならないとしている。
こうした課題を解決するには猶予期間が短すぎると,INFOAM EUグループは反対意見を述べている。
(9) EU域外の国からの有機生産物の輸入を厳格化
EU域外の国からの有機生産物をEUに輸出するには,EUの「有機農業規則」に従って,EUの承認を受けた認証組織のチェックを受けるのが原則である。この他に,EUの「有機農業規則」と同等の規則と認定された国において,同国が認定し,EUが了解した認証組織のチェックした有機生産物もEUに輸出できる。
しかし,現在の同等性には,EUの生産基準から比べてゆるい内容のものが少なくない。このため,改正案では,EUの「有機農業規則」にしたがって,EUの承認を受けた認証組織のチェックを受けた生産物のEUへの輸出は現行のように可能だが,同等性との評価に基づく生産物のEUへの輸出を廃止する。その代わりに,同等性の評価は貿易協定で改めて論議し,貿易協定で同等と認められた国の有機生産物だけをEUに輸出できるようにした。
これについてIFOAM EUグループは,次の見解を述べている。
現行では,同等性は,第三国の生産者が,EU有機規則の目的を満たしつつ,当該地域の条件に適した有機基準を満たすのを認めている。このやり方は,EUの製造業者,小売業者や消費者が,特に熱帯地域で生産される,手頃な値段でしかも信頼できる有機生産物を調達するのを可能にしてきている。このことがEUにおける有機マーケットの発展を促進し,途上国の小規模生産者が有機農業によって自分らの生活を向上させるのに貢献している。現行の同等性による承認をなくすことは,EUにおける有機生産物の多様性と値頃感を劇的に変えることになるだろう。多くの途上国の生産者がEU規則の要件を全て満たすのは,不可能ではないが,難しく,金がかかる。さらに,これによって,ある種の生産物についてEUのマーケットで輸入不足が生ずるであろう。このため,現行の同等性を残しつつ,同等性承認の方法や基準を公表して,透明性を高めるなどの改善を行なうことが必要である。
●EU地域委員会の反対意見
EU加盟国は民族や伝統の異なる多様な地域から構成されており,地域的特性を踏まえた意見を提出する地域委員会が存在している。EU地域委員会は欧州委員会の改正案に対して意見書を提出した(2014年12月3-4日の地域委員会全体会議で最終承認)。その概要を紹介する。
Committee o f the Regions (2014) Draft opinion−Policy package on organic production. NAT-V-039. 12p.
A.EU地域委員会の反対意見の骨子
地域委員会は現行の「有機農業規則」について,改正と効果的な施行という2つの改善の必要性を認めるが,欧州委員会による基準の強化によって,全ての柔軟性を排除する急進的な変更に反対する。地域委員会は,有機での完全性が,有機農業の持続可能な発展や消費者の信頼の基礎であると信じている。完全性は規則を強化だけで達成できるものではない。規則の厳格化は,有機セクターの継続性に直接影響を与える。欧州委員会はその影響は一次的と考えているが,そうした見方を支持する証拠はほとんどない。法律の急進的な改正よりも,現行の法律の改善による漸進的なやり方を選択すべきである。
欧州委員会が新しい法律に移行するための行動計画を策定していることは承認する。しかし,地域委員会は,3つの理由から行動計画に失望している。第一に,有機セクターの拡大について具体的目標を設定していない。第二に,行動計画には農村開発のための農業予算を除き,有機農業独自の予算を設けていない。農村開発予算は限られていて,予算の大部分の使途が既に決まっている危険がある。第三に,改正案の第4条に有機生産の一般原則に述べられてはいるものの,ローカルや地域の条件に合わせる重要性が失われている。ローカルと地域の自治体当局は農村開発プログラムの共同出資者として有機農業の発展に関与しており,行動計画を強化し,出資額を増やすことを,地域委員会は要求する。
B.具体的な意見
(1) 加盟国に対する例外措置付与の可能性をなくすことは,必要なのか否か疑問である。さらに改正案は必要以上の提案まで行なっているが,現行法の大規模な見直しは時期尚早である。
(2) 改正案は一つの規則と,具体的生産ルールを扱っている付属書からなる。規則は45条からなり,そのうちの29(注:IFOAM EUの指摘した数とは異なる)が詳細な条件規定を欧州委員会による委任命令としており,地域委員会は委任命令を評価する権限も与えられていない。特に生産規則に関する13の委任命令は,ローカルおよび地域のレベルにおける有機セクターの継続性に必須な重要性を有している。EUの基本的条約で,地域の必須要素は法律で守らなければならず,権限移譲の対象にしてはならないことが述べられており,こうしたやり方は法律違反である。それゆえ,生産規則に関する委任命令は,地域委員会が必須部分についての見解を表明する機会を与えるために,主文の一部として展開することを要求する。
(3) 改正案は,有機生産物の監督システム(検査認証制度)についての規則を,農業に関係する様々な監督システムに関する法律(IFOAM EUグループの意見「(5)監督システム(検査認証制度)の不適切な改正」を参照)に含めて,「有機農業規則」から切り離すことを提案している。地域委員会は,有機生産物の監督システムの規則は,「有機農業規則」に組み込むこととし,改正案のようにその具体的規則の策定を委任命令にして欧州委員会に委ねることに反対する。
(4) グループ認証の対象とする小規模農業者を,利用農地面積を5 ha未満と定義することに賛成できない。5 haのガラス室園芸はかなりの大規模だが,5 haの丘陵放牧地は小規模である。
(5) 同じ農場に,有機生産と慣行生産の併行(混合)生産の選択を残すことを要求する。EUの有機農場の約1/4は,慣行と有機の生産物の双方を生産している。地域委員会は,併行生産は有機農業と慣行農業の双方にとって好ましく,農業の持続可能性や革新に貢献すると考える。そして,併行生産の禁止は一部の有機生産者の消滅をもたらすと懸念する。
(6) 100%有機の繁殖素材に移行するための現実的期間について,育種家と生産者で合意をえることを要求する。改正案は,例外規定を廃止し,植物,植物生産物,家畜,海草および養殖魚介類の生産に,有機の繁殖素材のみしか使用できないことを提案している。しかし,多くの地域で,有機の繁殖素材が十分利用可能な状態ではないため,これは妥当でない。改正案は2021年12月31日までを移行期間として認めているが,裏付けがない限り,この猶予期間は現実的でない。繁殖素材の欠如や生産の喪失が生じないように確保するため,この期限を2019年に再評価することを要求する。
(7) 100%有機の種子利用に関する例外規定を廃止する前に,非有機の繁殖素材の生産と販売のためのデータベースに,有機種子も含めるべきである。
(8) 有機生産物に含まれる非承認物質の閾値を,一般の食品や飼料とは別に導入することは好ましくない。有機であれ慣行であれ,同じ安全基準を遵守するようにすべきである。
(9) 隣接の慣行農業者が考えうる汚染防止の注意を怠って生じた汚染による損害のコストは,有機生産者,ローカルないし地域の当局が負担すべきでないと考える。改正案は,加盟国が共通農業政策の手段を用いて農業者に支払うことを認めている。しかし,補償規則が明確でないため,欧州委員会はこの手段に予算措置を講じていない。この補償をカバーする予算項目を作る必要がある。
(10)改正案は,第三国との貿易のために,同等性原則を貿易協定の一部として扱うシステムを提案している。その透明性を高めて消費者の信頼を確保するために,監督システムと生産の規則を比較し,EUと同レベルであることを確認することを要求する。
(11) EUの有機農業行動計画 (Action Plan for the future of Organic Production in the European Union )を監督し評価するために,業界,教育・科学,加盟国および地域などの代表から構成されるプラットフォームを設けることを要求する。
(12) 教育機関,政府機関,介護施設や事業所での大規模ケータリング(給食サービス)に有機生産物の導入を図り,地元の有機生産に刺激を与えるために,大規模ケータリングにおける有機と地域の生産物についての,情報とアイデアのデータベースの構築を要求する。
(13) 多数の地域が,有機農業による水資源と自然を保護する経験を蓄積している。ローカルおよび地域の当局がその経験を取り込んで,有機農業による水資源と自然の保護に推進することを求める。
●閣僚理事会での改正案の審議状況
欧州委員会は,「有機農業規則」の改正案を2014年3月23日に閣僚理事会と欧州議会に提出した。閣僚理事会がまず改正案を精査し,初めはギリシャが議長国であったが,次のイタリアが議長国になった2014年7月〜12月に議論が進行した。その概要が2014年12月12日に公表された。その概要を紹介する。
(1) 大部分の委員は,原則として欧州委員会の提案の目的やその意図を歓迎しているものの,欧州委員会の改正案に柔軟性がなく,農業者に経済的および事務管理の負担が増える可能性について,懸念を表明した。そして,改正案は,消費者にとってより高い価格での高品質有機生産物を提供することになる恐れがあるとした。
(2) イタリアが議長国になって論議を重ねて,改正案の第1条から第19条について,次をガイドラインとすることように次期議長国に勧める。
▼ 委任命令の数と範囲を大幅に削減
▼ 有機と慣行の生産の併行(混合)農場について現状を維持
▼非有機の種子,家畜,幼い動植物について,現行の規則に沿った特例を再導入
▼環境管理システムの導入義務を削除
▼食品および飼料の調製のために,非有機原料を使用する可能性を導入
▼ 監督システムから,ある種のカテゴリーの小売業者を適用除外
▼転換中の生産物にもラベル表示をする可能性を付与
▼有機生産物中の遺伝子組換え生物(GMOs)不存在を確認する業者認定を維持
▼バイオダイナミック調合剤使用を維持
▼転換中飼料の使用について現状を維持
▼現行の転換規則を維持
●まとめ
「有機農業規則」の改正案に対して,IFOAM EUグループとEUの地域委員会とはかなりの部分で重複した反対意見を提出した。まだ審議は終わっていないが,その多くが閣僚理事会の委員会でも承認されてきている。このため,改正案はかなり修正されることになると予想される。なお,改正された規則は,2017年7月1日から適用されることになっている。それに間に合うように,今後,審議に拍車がかけられるであろう。