●経緯
環境保全型農業レポート「No.253 アメリカは「有機水耕栽培」を認める方向?」に紹介したように,アメリカ農務省の有機農業に関する規則を管理・監督している「全米有機農業プログラム事務局」(NOP(National Organic Program)事務局)は,「全米有機認証基準委員会」(National Organic Standards Board: NOSB)が,2010年にまとめた,コンテナおよび遮断施設(温室など)での作物生産に関する最終勧告書で,有機のバイオポニックス(水耕栽培,および,魚の養殖と作物の水栽培を組み合わせたアクアポニックスを含めた呼び方)を認めない方向を明記していた。
しかし,NOP事務局は,温室でのコンテナ栽培に関するNOSB勧告が,温室では,露地について定められた土壌肥沃度管理の規則の適用を除外することを勧告したことを拡大解釈し,温室で行なう土壌を使用しないバイオポニックスにもそれが適用しうるとして,具体的な有機農業規則の改正手続きを行なう前に,現行の有機農業規則に違反しない資材などを用いている限り,有機温室栽培や有機バイオポニックスの実施を承認していた。2016年において,NOP事務局の承認した土壌を用いた有機温室栽培が69件,有機バイオポニックスを水耕栽培が52件に達していた。
NOSBは2015年3月9日付けの官報に,土壌なしのバイオポニックスと有機農業規則および「有機食品生産法」the Organic Foods Production Act (OFPA)との整合性を検討する,「水耕栽培およびアクアポニックス調査特別委員会」Hydroponic and Aquaponic Task Force(以下「調査特別委員会」と記述する)を近く設置することを公告した。調査特別委員会は,有機農業におけるバイオポニックスの方法の基準ないしガイドラインの案について報告書を作成し,2016年春にNOSBに提出する予定とした(環境保全型農業レポート「No.272 アメリカが有機水耕栽培に関する調査特別委員会を設置」)。
アメリカ農務省のバイオポニックスを有機農業として認めようとする動きには,IFOAM(国際有機農業運動連盟)も強く反対した(環境保全型農業レポート「No.292 IFOAMがアメリカの有機水耕栽培の動きに意見書を提出」)。
調査特別委員会での作業は当初予定よりも遅れていたが,2016年7月21日に調査特別委員会がNOSBに対して報告書(1)を提出し,それを踏まえて,関連報告書(2)を配布し,最終的には,2016年11月のNOSBの秋の総会にその結果が報告された(3)。以下,結果の概要を紹介する。
(2) NOSB. Crops Subcommittee Proposal. Hydroponic/Aquaponics/Bioponics September 6, 2016. 10p.
(3) NOSB Meeting. November 16-18, 2016. Proposals and Discussion Documents. p.137-155.
●作物よりも土壌に養分を与えるのが有機農業の基本原則
調査特別委員会は3つの小委員会からなり,その第一小委員会は,「2010年勧告小委員会」で,現在実施されている有機バイオポニックスがどのようなものであるか,それが「有機食品生産法」や有機規則と整合するか否かを改めて論議するものであった。
第一小委員会は,2010年勧告と同様に,有機農業運動の歴史的設立当時の20世紀初めの原則に立脚することを確認した。すなわち,有機農業運動は20世紀初期に始まり,有機物を土壌にほとんど施用しない場合に生ずる,土壌肥沃度の低下や土壌構造の劣化,低品質の飼料によって引き起こされた家畜の健康の低下,土壌侵食などの「現代」農業の問題に対応した農業者や学者によって切り開かれた。当時の有機農業は,農地土壌の肥沃度は家畜ふん尿や堆肥の施用,カバークロップの栽培,作物残渣管理や,天然岩石粉末の添加によって絶えず回復させることが必要であり,そのために,養分は作物よりも土壌に与えることを基本原則にしていた。この基本原則を第一小委員会は2010年勧告と同様に堅持する。「有機食品生産法」,NOPの有機農業規則,農務省の優良土壌管理規範および国際的有機基準も,この基本原則に立脚している。
換言すると,有機農業では,作物養分の大部分の供給源は,複雑な有機分子(堆肥,ふん尿,種子粕など)を分解する生物活性および土壌の無機物画分に由来する。これに対して,非有機生産では,作物養分の大部分は可給態イオンの形で供給される。心臓部分は,有機農業では土壌の管理,非有機農業では肥料の管理である。
●バイオポニックスの扱いに関する結論
「水耕栽培およびアクアポニック小委員会」(第二小委員会委員7名)では,バイオポニックス(水耕栽培,空中栽培,アクアポニックスを含む)を,NOSBによって2017年に策定される条項や勧告に基づいて有機生産に合致するとして認める動議について,採決を行なった。結果は,賛成2名,反対5名で,バイオポニックスを有機農業として認めず,次を結論とした。
NOP有機農業規則は,陸生植物生産のために,農業システム内における土壌生態系を維持向上させるための適切な管理を要求している。それゆえ,NOSB事務局が拡大解釈した、水耕栽培,空中栽培,バイオニックスまたはアクアポニックスを有機農業とする考え方に対して,有機農業システムに本来備わっている土壌−植物生態学を排除しているため,第二小委員会では,有機生産に合致しないとする,これまでのNOSBの決定を支持する。
●コンテナ栽培や温室栽培の規則を今後作成するための枠組
第一小委員会は,コンテナ栽培や温室栽培の規則を今後作成するための枠組を論議し,次のまとめを行なっている。
▼有機認証を,移植用苗,鑑賞植物,ハーブを除き,地面に生育しているものに限定する(ヨーロッパの大部分の有機認証で使用されている共通基準)。小委員会の委員の大部分がこの選択肢を支持している。
▼コンテナ栽培の作物を有機認証対象に含める場合には,既存の規則でカバーされていないやり方をカバーする追加基準が必要になろう。重要な課題は,コンテナ栽培において,植物がコンテナ内の土壌ないし堆肥ベースの培地で,肥沃度の大部分を自然のプロセスによって得るように,如何に確保するかである。このためには,移植後に追加施用する肥料から得られる養分の割合や,液体施肥で得られる肥沃度の量を制限する必要がある。移植後に施用する量は肥沃度(注:全吸収養分量)の50%を超えず,液体肥料として添加する量が50%を超過しないという上限を,小委員会は提案する。永年性植物については,こうした制限は年間ベースとする。
同様な上限が,IFOAM EUによって普通作物および温室作物についても考えられている。別の提案は,Martine Doraisのm2当たり100 ? 180リットルの土壌で生育させるという提案にしたがうものである。この土壌量なら,液体施肥は何ら必要なく,肥沃度は苗床中の生育場合地の生物活性によって供給できることが証明されている。この選択肢は「有機食品生産法」の厳格な解釈に由来するものだが,意図したものにより近い。
▼温室は,太陽光が通過できる透明な屋根と側壁を有するものと,具体的に定義する必要がある。透明な屋根と側壁を持たない,コントロールした屋内環境は移植植物の生産に使用できるが,有機作物には不可である。
▼電気照明は太陽を補うものとして使用してよいが,有機作物を生産する際には太陽の代替としては使用できない。ただし,移植苗は電気照明だけで生産することができる。
▼移植用苗や有機作物用のコンテナ生育培地に関する規則を詳しくして,堆肥ベースの培地を必要とすると具体的に記述する必要がある。これには,堆肥の生産と受け入れ可能な堆肥の特徴についての定義と,そのガイドラインが必要になる。最低でも,ポットやコンテナ中で使用する培地は,最低堆肥を20%含まなければならないとする。
▼全ての1年生作物に対して,輪作を要求する。これを実施するには,何年かごとに1回の計画に沿って,作物を替えるか,コンテナ中の土壌を交換させる。交換する土壌は除去するか,温室に戻す前に,カバークロップ栽培ないし堆肥施用で更新しなければならないとする。
●おわりに
土なし水耕栽培を有機として認証するという,NOP事務局の独断的先行が拒絶された。これで,水耕栽培を有機として認証しないこととなり,国際的有機農業基準との調和がとられたことで,一件落着といえる。
水に懸濁させた有機質肥料を微生物に分解させて,生じた無機態窒素などの無機物を植物に吸収させる水耕栽培(養液栽培)では,有機質肥料からアンモニウムが生じる。通常は硝化細菌がいないために,生じたアンモニウムがいつまでも残存し,イネなどの水生植物を除く陸生植物にアンモニア中毒を起こして,まともに生育させることができない。
これを解決するために,硝化細菌の存在する土壌を,少量だけ,溶液に接種して硝化細菌を増殖させておくと,アンモニウムがスムースに硝酸イオンに酸化されて,生育障害を回避できる。これを,農業・食品産業技術総合研究機構野菜花き研究部門の篠原信が技術としてまとめている(環境保全型農業レポート「No.157 有機質肥料による養液栽培」)。しかし,「有機質肥料による養液栽培」を「有機養液栽培」と簡略化すると,有機認証を受けたものとの誤解を受けてしまう。これは有機質肥料による水耕栽培であって,国際的に有機農業として認定されない。
また,有機質肥料を,懸濁した水溶液を連続的に滴下する養液土耕栽培(中野明正 (2007) 有機養液土耕栽培.農業技術大系.野菜編 第12巻 養液土耕栽培p.74の2〜74の13)も有機農業として認定されないので,注意を要する。
今後は,温室栽培の規則がEUでも積み残しになっており,アメリカともども,関心を集めることになろう。