No.315 ドイツの肥料供給チェーンにおける環境革新技術に対する関心の違い

●ドイツの肥料供給チェーン

現在ドイツでは,9つの肥料製造業会社が稼働している(窒素,複合肥料や特殊肥料の製造会社が7社,主にリンを含む肥料製造会社が1社,カリウムベースの肥料製造会社が1社)。製造された肥料は,肥料販売業者(18の卸売り業者と,そこから仕入れた肥料を小売している約4000の農業商店)から,28万7500人の農業者に販売されている。この肥料製造会社→販売業者→農業者のつながりを,肥料供給チェーンと呼んでいる。

なお,農業商店は肥料を販売するだけでなく,種子や農薬などの他の農業資材も販売しており,農業者から収穫した穀物などの購入やその貯蔵施設も提供している。また,肥料供給チェーンの外側に,農業者からの相談に応じて技術指導をするコンサルタントが存在している。

●研究のねらい

ではこの肥料製造会社→販売業者→農業者という肥料供給チェーンの構成者によって,環境関係の革新技術についての問題意識や知識が異なるのか,革新技術を採用する上で駆動力になっているのは何かを,次の論文がアンケート調査で調べた。

K.Hasler, H-W.Olfs, O.Omta and S.Bröring (2016) Drivers for the adoption of eco-innovations in the German fertilizer supply chain. Sustainability 8(8): 682-697.

●研究の方法

肥料供給チェーンでこれから問題になる環境革新技術は何なのか。これを選定するために,2013年春に8人の専門家(肥料製造会社のCEO(2人),地域コンサルタント(2人),肥料販売会社の販売部長(2人),農科大学の植物栄養学教授(2人))に,(1) 肥料供給チェーンの将来展開の予想;(2) 政府政策の変化の予想;(3) 新しい技術開発の予想;(4) 養分循環の新しいやり方について,インタビューによって意見を聴取した。この結果に基づいて,質問状を作成した。

大手の農業商店2社の有する顧客リストから選定した250人に,2013年秋に質問状を発送して回答を依頼した。57名から回答があった(回答率23%)。回答は,肥料製造会社のCEOや地域コンサルタントが12人,農業商店が34人,農業者が11人であった。これらの回答を分析した。

設問では環境革新技術として,次を選定した。

(1)肥効調節型窒素肥料 被覆窒素肥料,緩効性窒素肥料,硝化抑制剤入り窒素肥料の使用によって,窒素の溶脱量や揮散量を減らして窒素の利用効率を向上させる技術。水質汚染や温室効果ガスの亜酸化窒素の放出を抑制する。高価なために普及率がまだ低いが,窒素の溶脱や揮散の抑制強化が強化されると,重要になると予想される。

(2)灌漑同時施肥 水溶性肥料の灌漑水による施用。今後温暖化して年間の降水パターンが変化し,干ばつ期間が長引く状況下で必須になると予想される(灌漑同時施肥の応用事例として,環境保全型農業レポート「No.49 日射制御型拍動自動灌水装置の開発」を参照されたい)。

(3)下水汚泥,堆肥,作物残渣,食品製造廃棄物などの「二次原料」から製造された肥料 リン鉱石のような非再生可能原料が乏しくなり,養分循環を完結させるための規制が義務化されるようになると,こうした再生肥料が特に重要になると予想される。しかし,混入する重金属類,病原体の除去や死滅など,新たな規制が必要になる。

 肥料供給チェーンの構成者が,これら3つの環境革新技術を採用する際の駆動力や動機を,次の点についての設問を設けた質問状を郵送して調査した。

(1) これら環境革新技術をどの程度承知しているか。

(2) 環境改善をはかるためにそうした技術が必要と自ら気づいているか。

(3) 環境革新技術に関する法的規則を承知しているか。

(4) 農業者が環境革新技術を採用するとすれば,消費者のニーズに応えるためか,技術指導で採用を進められたか。

回答は,どの程度の理解や意志に基づくかを判定量的に表示するために,7段階で回答を求めた(1=全面的に反対/全く知らない〜7=全面的に賛成/100%知っている)。この数値の平均値と標準偏差を求め,有意差判定を行なった。また,設問についてのコメントの記述もお願いした。

●調査結果

(1)肥効調節型窒素肥料については,供給チェーンの3つの構成者(肥料製造業者,販売業者,農業者)の回答者の95〜100%が良く知っており,構成者による有意差はなかった。しかし,灌漑施肥については,全ての製造業者と65%の販売業者が知っていると回答したのに対して,農業者の約30%が知っていると回答しただけであった。また,二次原料からの肥料製造は,肥料製造業者にだけ比較的良く知られ(60%),販売業者や農業者では知っているとの回答は30%未満にすぎなかった。このように,灌漑施肥と二次原料からの肥料製造についての知識レベルは,肥料供給チェーンを下がるほど低くなった。

(2)近い将来,気候変動によって極端な天候の出現頻度が増えることと,それへの施肥技術の適応が必要なことに気付いている程度は,肥料製造業者>農業者>肥料販売業者であり,製造業者や農業者よりも,販売業者は重要性の気づく程度が低かった。

(3)インタビューした専門家は,今後,共通農業政策で現在実施しているha当たりの直接支払いを,ターゲットを絞った環境プログラムでの農業補助金に変更させるという方向に同意している。そして,肥料製造業者,販売業者,農業者とも,法的規制が環境革新技術を採用する駆動力であることを承知している。ただし,回答のコメント欄の記述をみると,製造業者は規制強化が規制遵守を促進するとしていると記している。しかし,販売業者や農業者は法的規制に対して模様眺めの姿勢をとっていたり,法的規制を選択の余地のない与件と考えたり,農業者は新しい状況に応答して対処するしかないと記述したりしていた。また,農業者は窒素とリンの使用がさらに厳しくなると予想していた。

(4)業者は農産物の生産者であるものの,必要な革新的技術について,コンサルト会社や製造企業に対して影響力をあまりもっていない。全体として環境革新技術の採用は,農業者からの要望よりは,政策,肥料製造会社などからの指導で動かされている。ただし,環境革新技術により生ずるコスト増加分を販売業者や消費者が喜んで支払う意思を持っていれば,農業者としても,環境革新技術の使用を誇りに思って実施するであろうとの意見もあった。

●おわりに

EUの農業環境政策で優等生の国の1つであるドイツでも,法的規制と環境支払いという,いわゆる鞭と飴がその推進力であり,環境をより良くしようという農業者の積極的な新技術の採用意欲によるのではないことが調査結果からうかがえる。

また,肥料販売業者である農業商店が,農業者への農業資材の販売だけでなく,契約栽培によって穀物を中心とする農産物の買い上げを行なっている。農業商店が技術的にしっかりしていれば農業者への新技術の普及も迅速に進むであろう。しかし,単なる販売商人に終わっているケースも多いようである。代わりにコンサルト会社が技術指導を行なっているケースが多いようだが,農業商店が少し時代遅れの知識で農業者に指導を行なっているケースも恐らく少なくないであろう。それゆえ,論文で「販売業者レベルが特にボトルネックとして作用していると考えられる。」と記述されているのであろう。

農業者が消費者のニーズに直接接触する機会を増やし,それをもとにした環境改善や品質向上などにつなげる技術開発への要望を,農業者から研究機関や企業に寄せるパイプを活発化して吸い上げることが必要であろう。一方,新技術を紹介するネットワークが強化されることが望まれる。