No.229 有機栽培によるグルコシノレートの増加と害虫個体群の変化

〜キャベツにおけるアブラムシとコナガ幼虫の変化〜

●はじめに

環境保全型農業レポート「No.228 有機栽培作物は害虫に食べられにくい 〜フェランらのミネラルバランス説〜」に,有機栽培で作物が害虫に食べられにくくなる研究事例を紹介した。その第二弾として,有機栽培によってアブラナ科作物体中の害虫忌避物質であるグルコシノレートが増えることと,それにともなうアブラムシとコナガ幼虫の個体群の変化を示した,イギリスのステーリーらの研究を紹介する。

ステーリーらの研究によると,問題とする害虫忌避物質はグルコシノレートで,有機栽培によってその含量が3倍に増加したという結果であった。

研究の詳細に触れる前に,クルコシノレートという物質とはなにか,また,人間の食用としたときのグルコシノレートの問題点について説明しておこう。

●グルコシノレートとは

グルコシノレートは主にアブラナ科植物に含まれる「からし油配糖体」で,アブラナ科植物とそれを摂食する植食性昆虫との間に,ダイナミックな関係生み出している。まずこの点の概要を,次の文献に基づいて説明する。

Richard J. Hopkins, Nicole M. van Dam and Joop J.A. van Loon (2009) Insect-plant relationships and multitrophic interactions. Annual Review of Entomology 54:57-83

カラシナ,ダイコンなどのアブラナ科作物には,辛みを有するグルコシノレートが含まれている。グルコシノレートは,グルコースの酸素の1つがイオウに代わったチオグルコース,スルホン酸化したオキシムと,いろいろな長さの側鎖の3つの部分から構成されている。

グルコシノレートは植物体の柔組織に含まれ,その分解酵素のミロシナーゼは,篩部にある特殊なミロシン細胞に含まれている。植物体が昆虫などによって食害を受けると組織が破壊されて,グルコシノレートがミロシナーゼと接触して加水分解される。これにともなって,グルコースと硫酸塩に加えて,イソチオシアネート,ニトリル,イソチオシアン酸アリルなどの刺激的な物質が遊離する。グルコシノレートは,植物種によって全体で少なくとも120種類もあり,分解産物の刺激物質も一様ではない。

これらの刺激的物質は一般の植食性昆虫に有毒であり,昆虫に対する植物の防御物質となっている。しかし,特定種類のアブラナ科植物だけを餌にできるように適応した昆虫(単食性昆虫)が進化過程で誕生している。

アブラナ科植物だけを餌にする単食性昆虫は,グルコシノレートに対する解毒機構を有している。そして,刺激的物質をシグナルとして利用して宿主植物を見つけ出して摂食し,その際に生じた刺激物質によって産卵が促される。孵化した幼虫は一般の昆虫に邪魔されることなく,宿主植物を独占的に摂食できる。

一方,食害を受けたアブラナ科植物は防御機構を強化するために,体内のグルコシノレート含量を一層高める。その結果,宿主植物を食べた幼虫や成虫の体内には,宿主由来のグルコシノレートが蓄積する。このため,グルコシノレートを蓄積した幼虫や成虫は,他の肉食性昆虫の攻撃を受けにくくなる。しかし,グルコシノレート解毒機構を有する寄生蜂などの捕食性寄生者は,アブラナ科植物だけを餌にする単食性昆虫の幼虫に産卵し,孵化した幼虫は宿主昆虫を餌にして成長する。

●キャノーラナタネ

ナタネもアブラナ科であり,古くから栽培されている通常品種から油を絞った残りの粕(油粕)には,グルコシノレートが存在する。油粕は蛋白質含量が高いために,家畜飼料として利用されている。しかし,グルコシノレートは人間や家畜にも有毒で,甲状腺ホルモンの合成阻害などの害作用を及ぼす。また,通常品種から絞ったナタネ油には不飽和脂肪酸のエルシン酸(エルカ酸とも呼称)が多く含まれ,多量に摂取すると心臓障害を起こしやすい。

このため,アメリカはナタネ油の食品利用を禁止している。カナダは,エルシン酸とグルコシノレートの双方が低い(ダブルロー double low)のナタネを遺伝子組換え技術を用いずに通常育種で育成した。このナタネをキャノーラ(カノーラ)(Canada oil の意味) と呼称している。カナダは,これに遺伝子組換え技術によって除草剤耐性遺伝子を組み込んだ品種を,ナタネの90%以上で使用して,キャノーラを生産している。

アメリカは,キャノーラの食用については解禁している。そして日本は,キャノーラナタネを大量にカナダから輸入している。日本でも最近,ダブルローのナタネ品種「キラリボシ」(東北農業研究センター)や「タヤサオスパン」(タキイ種苗)などが,遺伝子組換え技術を用いずに開発されている(山守誠 (2008) キラリボシ,ななしきぶ,菜々みどり,タヤサオスパン―最近育成されたナタネ品種.農業技術大系.作物編.第7巻ナタネ.基80-6〜80-8ページ.農文協)。(ナタネについては,環境保全型農業レポート「No.129 国内でのナタネ栽培とバイオディーゼル生産の環境保全的意義は?」も参照されたい。)

●有機と慣行栽培のキャベツにおけるアブラムシとコナガ幼虫の成長・産卵の違い

Joanna T. Staley, Alex Stewart-Jones, Tom W. Pope, Denis J. Wright, Simon R. Leather, Paul Hadley, John T. Rossiter, Helmut F. van Emden and Guy M. Poppy (2010) Varying responses of insect herbivores to altered plant chemistry under organic and conventional treatments. Proceedings of Royal Society B. 277: 779-786. Published online 11 November 2009.

イギリスのステーリーらは,有機と慣行の施肥管理によって,作物の害虫による被害が違うか否かを検討した。この問題に対するこれまで研究の多くは,有機管理では窒素濃度の低い有機質資材と窒素濃度の高い化学肥料を用いて,それぞれ通常レベルだが,異なる窒素レベルで有機と慣行の比較を行なっていた。これに対して,ステーリーらは,これまでの研究を吟味した上で,化学肥料を施用した作物で,有機の施肥管理の作物に比べて,植食昆虫個体群と葉の窒素濃度が高く,グルコシノレート濃度が低いとの仮説を立てた。そして,有機と慣行で全窒素レベルを同じにして,2段階の施肥管理で圃場のキャベツで検討し,施用した窒素の量とタイプの影響を区別するようにした。そして,優占的な植食性昆虫の数を,葉の窒素とグルコシノレートの濃度とともに,2つの圃場シーズンにわたって比較した。

1.実験方法

20年間耕作されていない草地を耕起して造成した試験圃場(1区6×6 mの16の区画)で,2007年と08年に,5月初旬にキャベツを移植して8月下旬まで栽培した。有機栽培区には,前年の9月前にシロクローバを緑肥として播種し,4月まで栽培した。

5月初旬に次の施肥を行なった。(1)慣行多肥(硝安200 kg N/ha),(2)慣行少肥(硝安100 kg N/ha),(3)有機多肥(緑肥(空中窒素固定量約100 kg T-N/ha)+市販有機鶏ふんペレット(約200 kg T-N),(4) 有機少肥(緑肥のみ:空中窒素固定量約100 kg T-N/ha)。

5月中旬から8月中旬まで,アブラムシやコナガ幼虫などの植食昆虫を,毎週各区画のランダムに選んだ10個体のキャベツについて計数した。

これと並行して,施肥管理の異なるキャベツへのコナガの産卵嗜好性を調べた。施肥処理として,(1) 硝安(N 34.5%),(2) Monro Horticulture社製のJohn Innes fertilizer(JI肥料:イギリスの独特の製品で,窒素(蹄と角)や無機起源のカリウムなど含む複合肥料:N 5.1%,P 7.2%,K 10%),(3) 有機鶏ふん(N 4.5%,P 2.5%,K 2.5%)を,配合土10リットルを入れたポットに全窒素で3.2 g/ポット施用した。そして,硝安については,圃場栽培での(1)慣行多肥区の1.5倍,1倍,0.5倍,無添加と施用量を変えた。

各ポットにキャベツを植え,圃場に設置した孔径1 mmの2×2×2 mのステンレススティール製網で囲った空間に入れた。そして,その網の中に,孵化して24時間未満の雌雄のコナガ幼虫10個体ずつを放飼した。餌として20%蜂蜜溶液に浸した脱脂綿を網に入れて,自然の光と温度の条件下に放置し,72時間後にキャベツに産卵された卵数を数えた。

2.アブラムシの存在数とグルコシノレートとの関係

圃場で栽培したキャベツ上の主要な植食性昆虫は,アブラムシ2種とコナガ幼虫であった。2種のアブラムシは施肥に異なった反応を示し,アブラナ属単食性のダイコンアブラBrevicoryne brassicaeは,有機施肥管理キャベツ上により多く存在したのに対して,多種類の植物を摂食する多食性のモモアカアブラMyzus persicaeは,化学肥料施用キャベツ上でより高い密度で存在した。

キャベツ葉から,5つのグルコシノレート(グルコイベリン,シニグリン,グルコブラシシン,1-メトキシグルコブラシシン,4-メトキシグルコブラシシン)が同定された。2008年の1-メトキシグルコブラシシンを除き,いずれのグルコシノレートも,両年とも,2つの施肥レベルで,慣行施肥よりも有機施肥の植物体に,最大3倍多く存在した。

単食性のダイコンアブラは,グルコシノレート解毒機構を有しており,グルコシノレート濃度の高い有機施肥管理のキャベツに多いのに対して,多食性のモモアカアブラはグルコシノレート解毒機構を持たないので,グルコシノレート濃度の低い慣行施肥管理のキャベツに多く存在したことがわかった。

3.コナガの産卵とグルコシノレートとの関係

コナガ幼虫Plutella xylostellaはグルコシノレート解毒機構を持っていて,アブラナ科だけを摂食するが,化学肥料を施用した植物上により多く,かつ,慣行施肥管理のキャベツを好んで産卵した。コナガの産卵は,グルコシノレートの存在で促進されることが知られている。しかし,本研究ではグルコシノレート濃度の高い有機施肥管理のキャベツで産卵が多いことは認められず,慣行施肥管理で栽培された,葉の窒素濃度の高いキャベツで産卵が多いことが認められた。コナガの産卵は,ある閾値濃度まではグルコシノレートによって促進されようが,それを超えるとグルコシノレート濃度の影響を受けないのであろう。別の研究者らも,グルコシノレートの組成や濃度が様々なキャベツ品種上のコナガの数や産卵数を説明しないことを観察している。閾値濃度以上では,グルコシノレート濃度よりも,葉の窒素濃度のほうがより重要であろう。

●有機栽培のキャベツにおけるアブラムシとコナガ幼虫の競争

Joanna T. Staley, David B. Stafford, Emma R. Green, Simon R. Leather1, John T. Rossiter, Guy M. Poppy and Denis J. Wright (2011) Plant nutrient supply determines competition between phytophagous insects. Proceedings of Royal Society B (2011) 278, 718-724.

ステーリーら(2010)は上述の研究で,有機と慣行の施肥管理によって,キャベツのグルコシノレートと全窒素含量が異なり,それによってアブラムシの種類と数やコナガ幼虫の数が異なることを確認した。これを踏まえて,彼ら(2011)は,ダイコンアブラとコナガ幼虫は通常互いに競争しあうことはないと考えられているが,施肥管理の仕方によってはキャベツ中の防御物質レベルの変化を介して,両者に競争が生じうることを上記の論文によって示した。

1.実験方法

10リットルの配合土を充填した直径13 cm×高さ12 cmのポットに,(1)硝安,(2)JI肥料,(3)市販鶏ふん,(4)無肥料の施肥処理を行なった。ポット当たり全窒素で3.2 gになるように(1)〜(3)の資材を混和した。このとき,同時に,(2)では4.5 gのリンと6.3 gのカリウム,(3)では1.8 gのリンとカリウムが混和された。そして,事前にプラグトレーで発芽後2週間生育させたキャベツの苗を,1個体ずつ植え付けた。

空気が通過するように,ミシン目を入れたプラスチック袋(直径24 cm,高さ65 cm)でポットを囲み,昆虫を接種して,環境制御室でキャベツを生育させた。処理ごとにキャベツ8個体を使用した。キャベツの第5葉に,(1)ダイコンアブラ成虫5個体だけを接種,(2)その48時間後に第2齢のコナガ幼虫10個体だけを接種し(ダイコンアブラ成虫は接種せず),(3)ダイコンアブラ成虫5個体を接種し,その48時間後に第2齢のコナガ幼虫10個体も接種し,アブラムシ導入から14日間実験を行なった。

なお,実験に使用したアブラムシとコナガはキャベツの上で別々に数世代,上述と同じ条件で飼育したものであり,アブラムシの後にコナガを感染させたのは,イギリスにおけるアブラナ科植物での両種の飛来順序を真似て設定したものである。そして,経時的にアブラムシの数とコナガ幼虫の数と体重を測定した。

2.防御物質レベルが高くなる施肥管理でコナガ幼虫が共存すると,アブラムシが減った

施肥管理と,コナガ幼虫の存在数や成長速度とアブラムシ数との間には,有意な相互作用が存在した。14日目の実験終わりの時点では,硝安を除く,残りの3つの施肥管理で育ったキャベツ上のアブラムシ数は,コナガ幼虫が共存すると有意に減少した。

コナガ幼虫による食害を受けてもグルコシノレート濃度が上昇することはなく,グルコシノレート濃度の変化がアブラムシ減少の原因とは考えられなかった。コナガ幼虫の食害によって,アブラムシの成育に必須な他の二次化合物や,特定のアミノ酸の濃度が変わったことが原因と推定された。他方,硝安を施用したときにはキャベツの生育量や窒素吸収量が大幅に上昇したが,それによってコナガ幼虫の数や蛹の重量が増えることはなかった。恐らく硝安施用でキャベツが窒素を多く吸収するほど,コナガ幼虫の食害に応答して生じたキャベツ体内での代謝産物の変化によるマイナス影響に,アブラムシが打ち勝てたのであろう。

この結果は,フェランらのミネラルバランス説(環境保全型農業レポート「No.228 有機栽培作物は害虫に食べられにくい」)と同様に,有機管理下で,明確には実態がまだ把握できていない植物の昆虫の食害に対する防御物質のレベルが作り出され,さらにコナガ幼虫の食害によって,それが高まる結果,グルコシノレートの解毒機構を有する単食性アブラムシのダイコンアブラの数が減少したと推定された。

●おわりに

これらの結果は,有機管理の作物は,化学肥料を施用された作物よりも,植食昆虫に対して良く防御されていて,作物体上の植食昆虫の種類や数を施肥管理によってコントロールできる可能性を示している。こうした基礎的研究の積み重ねの上に,害虫被害を軽減する安定した技術が構築されることが期待される。