●有機作物の抗酸化物質濃度は,慣行作物よりも有意に高い
環境保全型農業レポート「No.258 有機作物に多い二次代謝産物が,作物の病害虫抵抗性と人間の健康に貢献」に,作物への可給態窒素の施用量を減らすと,病害虫の攻撃から作物体を防御するのに関係する二次代謝産物が増え,このことが人間の健康増進にも役立っていること主張している,ブラントら(2011)の論文を紹介した。
その後,環境保全型農業レポート「No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認」に紹介したが,バランスキーら(2014)は,1992年1月から2011年12月までの有機と慣行の農産物の成分を調べた343の論文についてメタ分析を行ない,有機栽培作物の抗酸化活性および抗酸化物質濃度が慣行栽培作物よりも有意に高いことが多数の研究結果から裏付けられることを報告している。このバランスキーらの結果で注目されたもう一つの点は,窒素含量は有機栽培作物のほうで慣行栽培作物よりも低いことである。
これらの結果から,有機栽培作物では慣行栽培作物でよりも窒素施用量が少なく,そのために抗酸化活性や抗酸化物質濃度が高く,窒素施用量を増やすと,減少すると推定される。しかし,この推定を裏付けるには,有機栽培に限らず慣行栽培を含めて,窒素の施用量と抗酸化活性や抗酸化物質濃度の関係を調べた研究結果を検討することが必要である。そこで,関係する文献を集め、その結果を調べてみた。
●抗酸化物質
生命進化の初期過程で,嫌気的代謝によってエネルギーを獲得していた生命体が,やがて嫌気的光合成にともなって生成された酸素ガスを利用した呼吸によってエネルギーを獲得できるようになった。酸素ガスを利用できるようになった生命体は,それまでの嫌気的代謝よりもはるかに多量のエネルギーを効率的に獲得できるようになり,生命の進化が加速され,今日の多様な生物が出現した。
しかし,呼吸にともなって放出される反応性に富んだ活性酸素は,細胞内の様々な物質を連鎖反応によって急速かつ強力に酸化して正常な代謝を撹乱し,やがて細胞をガン化させたり死に至らしめたりする。そこで,活性酸素の暴走を食い止めるために、活性酸素を捕捉したり,水素原子を与えたりして,安定した化合物に転換させる抗酸化物質に注目が集まっている。人間では植物質の食事によってこの抗酸化物質を摂取して,酸化ダメージから細胞を保護し,ガン,心臓血管疾患や糖尿病のような慢性疾病を防止することが世界的に注目されている。食事で摂取した抗酸化物質は相乗的に機能するので,単一の抗酸化物質よりも効率的に活性酸素を減らすことができるとされている。
作物体に含まれる,主な抗酸化物質を表1に示す。
なお,以下に記されている抗酸化活性は,抗酸化物質を直接定量したものではない。作物体抽出物に,活性酸素発生剤と発生した活性酸素で変化する物質を添加し,活性酸素による添加物質の変化量が作物体抽出物によって減る程度を抗酸化活性として測定したもので,測定方法は研究者によって異なる。
●窒素施肥の抗酸化物質含量や抗酸化活性への影響
A.ビタミンC
Lee and Kaderがまとめた園芸作物のビタミンC含量に関する研究のレビューによると,果実や野菜のビタミンC含量は,作物の種類・品種や栽培時の光照度,温度,灌漑水量や降水量に加えて,収穫後の温度管理や調理方法によって異なってくるが,若干の例外的作物があるものの,多量の窒素を施用すると,植物組織中のビタミンC含量が減少することが結論されている。
B.アカキャベツ
圃場で,窒素肥料(硝酸アンモニウム)の施用量を50,150と250 (150+100) kg N/haに変えて,アカキャベツ(ムラサキキャベツともいう)を栽培した。収量が最も高かった窒素施用量は150 kgであった。アントシアニンと全ポリフェノールの含量および抗酸化活性は50 kgで最高の値を示し,施肥量を増やすと減少し,特に集約的レベルの250 kg N/haでは平均含量が20〜30%減少し,抗酸化活性で7〜12%減少した。
A. Biesiada, A.Nawirska-Olszańska, A. Kucharska, A. SokÓł-Łętowska and K. Kędra (2010) The effect of nitrogen fertilization on nutritive value and antioxidative activity of red cabbage. Acta Scientiarum Polonorum Hortorum Cultus 9(2) 13-21 )。
C.ラベンダー
圃場で,窒素肥料(硫酸アンモニウム)の施用量を50,100 (50+50)と200 (100 + 100)kg N/haに変えて,ラベンダーを栽培した。収量に最適な窒素施用量は100 kg N/haであった。花の全フェノール含量と抗酸化活性は50 kg Nで最も高く,窒素施用量を増やすと減少したが,葉では窒素施用量の影響を受けなかった。これに対して,カロテノイド含量は異なった結果を示し,花のカロテノイド含量は窒素施用量の影響を受けず,葉では窒素施用量が多いほどが高かった。
D.バジル
粗粒の砂を充填したポットで,硝酸アンモニウム濃度を0.1,0.5,1.0 と5.0 mMに変えた無機塩類の改変ホーグランド水耕液を,毎日125mlずつ潅水してバジル(4品種)を温室で栽培した。その結果,窒素施用量が最低の0.1 mMのときに,フェノールおよびロスマリン酸とコーヒー酸といった抗酸化物質の濃度が有意に高かった。そして,また,抗酸化活性は最高の窒素施肥量の5.0 mMで有意に低下した。
E.カチプファティマ
マレーシアの伝統的な薬に使われているハーブのカチプファティマ(Labisia pumila Blume)の3品種を,圃場で,窒素(尿素)の施用量を0,90,180と270 kg N/haとして15週間栽培し,根,茎,葉の全フラボノイド,全フェノール化合物の含量を調べた。いずれの部位でも,両化合物とも窒素無施用で最も多く,窒素施用量を増やすとともに減少した。
F.ブロッコリー,ダイコン
ダイコンで全アントシアニン含量が窒素施用量の増加によって減少し,ブロッコリーでカロテノイド(ルテインとβ-カロテン)が窒素の施用で増加した。
G.コムギ
4タイプのコムギ(エンマーコムギ,スペルトコムギ,デュラムコムギ,普通コムギ)を,圃場で,有機栽培と慣行栽培した。有機圃場では前作でヒヨコマメを栽培し,慣行圃場では前作を休閑とした。有機圃場では前作後に,有機質肥料(イタリアのイルサ社製の有機質肥料(Bio Ilsa N10))を窒素で100単位/ha(全窒素で100 kg/haの意味であろう)施用と無施用とし,慣行圃場では化学肥料窒素肥料を100単位/ha施用した。
コムギの製パン品質やミネラル含量については有機と慣行で差異が認められなかったのに対して,全リグナン含量(ポリフェノールの1種)と抗酸化活性は,いずれのコムギでも,無施肥の有機栽培>有機質肥料施用>慣行栽培であった。さらに,抗酸化活性antioxidant activity(TEAC)は,窒素無施肥の有機栽培で増加し,リグナンで観察された量的応答と合致した。In vitroで測定した抗酸化活性は,慣行栽培より有機栽培したコムギのほうが多く,さらに有機栽培でもN施肥を制限した場合に増加した。他方,全フェノール類含量は,有機栽培よりも慣行栽培で多かった。
H.ワイン用ブドウ
バーミキュライト,パーライトと砂の混合物を充填したプラスチックポットに,赤ワイン用ブドウのメロー品種を接ぎ木した苗木を植え,無機塩養液を1年間ドリップ灌漑した。2年目に生育のそろった個体を用いて,養液の無機態窒素濃度を1.4,3.6および7.2 mMに変えて,窒素施用が生育やワイン醸造用のブドウ破砕物(マスト)の品質に及ぼす影響を調べた。その結果,施用窒素濃度が高いほど,果実の成熟が遅れるとともに,アントシアニン含量が低下した。
●挙動の異なるカロテノイド
上記の文献が示すように,慣行農業によって化学肥料で窒素の施用量を増やすと,大部分の抗酸化物質や抗酸化活性が低下する。また,慣行農業だけでなく,有機農業でもマメ科作物による地力増強に加えて,有機質肥料を施用すると,化学肥料施用と同様な結果がえられたことが確認できた。ただし,ラベンダーやブロッコリーで,抗酸化物質のうち,カロテノイドが窒素施用量を増やしても変化しなかったり,かえって増加したりするケースがみられている。
窒素施用とカロテン含量の関係について,ブラントら(2011)は,既往の研究の多くが窒素施用量を増やすと,β-カロテンが増えることを報告しているものの,それらをまとめると窒素施用量とβ-カロテンとの間には有意の相関が認められず,フレが大きいことを指摘している(環境保全型農業レポート「No.258 有機作物に多い二次代謝産物が,作物の病害虫抵抗性と人間の健康に貢献」参照)。
また,有機と慣行の農産物の成分を調べた総計343の論文についてメタ分析を行なって,有機栽培作物の抗酸化活性および抗生物質濃度が慣行栽培作物よりも有意に高いこと認めたバランスキーら(2014)(環境保全型農業レポート「No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認」参照)の研究において,カロテノイド含量を比較した163の研究すべてでは有機のほうが慣行よりも有意に多いと判定されるたが,実験の反復数,標準偏差または標準誤差を明記した論文に限定すると,有意差がないと判定された。
こうしたことから,カロテノイドの窒素施肥に対する挙動は,他の抗酸化物質とは異なるといえよう。
抗酸化活性はあまり大きくないが,発ガン抑制効果の高いブロッコリーなどのアブラナ科作物のイソチオシアネート含量も,窒素の多施用で減少することが知られている(環境保全型農業レポート「No.277 イソチオシアネートの抗ガン作用とその含量に及ぼす栽培条件の影響」参照)。
●欧米と日本の有機作物の違い
バランスキーら(2014) の研究による,有機作物のほうが慣行作物よりも窒素含量が有意に低いという結果は,マメ科作物やカバークロップの作付体系と家畜ふん尿施用を主体とし,魚粉や油粕のような購入有機質肥料をほとんど使用していない欧米での結果であることを注意する必要がある。EUでは家畜ふん尿や家畜ふん堆肥の施用量の上限を170 kg N/haに法律で規定している。こうした理由で,欧米での有機作物の窒素含量が慣行作物よりも低くなっている。
家畜ふん堆肥に施用量の上限がなく,購入有機質肥料を多投している日本の有機作物では,硝酸含量が慣行作物並みに高く,抗酸化物質含量が低いケースが少なくないと推定される。硝酸含量が低く,抗酸化物質含量が高い有機作物を生産するには,窒素施用量の制限を有機農産物基準に盛り込むことが必要であろう。