●これまでの経緯
EUでは種子粉衣したネオニコチノイド系殺虫剤がミツバチの消失の大きな要因になっているとの証拠が蓄積され,ミツバチが訪花する作物にネオニコチノイド系殺虫剤の使用を制限すべく法律を強化した(環境保全型農業レポート「No.248 ネオニコチノイドとミツバチ消失を巡るEUの動向」参照)。これに対して,日本での予備調査では,ミツバチの死滅例はEUほどの大量死でなく,その死滅の主因を特定することができなかった。
しかし,日本で2009〜12年に行なわれた緊急調査において,北日本の水田地帯で,斑点米カメムシ防除用ネオニコチノイド系によってミツバチの死亡が生ずることが確認された。そして,農林水産省は2013年からこの問題について本格的調査を開始した。こうした経緯については,環境保全型農業レポート「No.256 日本でもネオニコチノイド系殺虫剤によるミツバチの死亡を確認」を参照されたい。
農林水産省が2013年度から本格的に取り組んだ調査を2014年度と2015年度にも継続し,3か年の結果をまとめた下記の報告書などを2016年7月7日に公表した。
【報告書】農林水産省:蜜蜂被害事例調査(報告書)(本文26頁,参考資料11頁)
【プレスリリース】農林水産省消費安全局農産安全管理課農薬対策室: 蜜蜂被害事例調査(平成25 年度〜27 年度)の結果及び今後の取組について.
この報告書の概要を紹介する。
●調査の方法
養蜂家がミツバチの被害(巣門前の死虫の顕著な増加,巣箱の働き蜂の減少などの異常)を発見した場合には,都道府県に連絡してもらい,連絡を受けた都道府県の畜産部局は,
(1) 養蜂家に対する被害の発生場所や確認日時等の聞き取り
(2) 被害現場での被害の状況の検分及び蜜蜂に見られる症状や蜂病の兆候の有無の視認等の調査を行ない,被害について,以下の事項を現地調査で確認した。
(被害が発生した場所および日時)
・被害を受けた蜂場の所在地
・養蜂家が被害に気付いた日時
・養蜂家が被害発生前の直近に蜂場を確認した日時、方法、内容
(被害の状況)
・被害を受けた巣箱の状況
・巣門前に死虫が観察された場合は、蜂場中で最も被害が大きかった巣箱の死虫数(死虫100g 又は茶碗山盛り1杯を1,000 匹に換算)
・同一蜂場内の他の巣箱の被害の状況
・巣外の生存虫で観察される異常な症状
(ダニ、蜂病の有無)
・外部寄生ダニの有無(寄生が確認された場合は寄生率)
・蜂病の症状の有無(症状がある場合は有症率)
・病原体の検査の有無(検査を実施した場合は検出率)
(養蜂家が農薬使用者から受けた情報提供)
・農薬の使用に関する事前の情報提供の有無、情報の内容、提供者
(過去の被害状況)
・被害蜂場での過去の被害の有無
(被害防止対策)
・養蜂家が情報を受けて実施した被害防止対策の有無,内容
・養蜂家が対策を実施しなかった(実施できなかった)理由
また,現地調査時に,瀕死のミツバチまたは死虫の腐敗の有無などから判断して,死後間もないと考えられるミツバチの試料を入手することができる場合には,100 匹程度以上を分析用試料(検体)として採取し,清浄な容器に入れて,冷凍状態で独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)農薬検査部に送付した。
(3) 周辺農地に関する調査
上記の現地調査で,ミツバチの異常死の原因として,ダニ,蜂病等の農薬以外のものが特定できなかった場合,都道府県の農薬担当部局は,周辺地域における農薬の使用の可能性を検討するため,以下の情報を収集した。
(周辺農地での栽培作物)
・被害が発生した蜂場の周辺地域(半径2 km。その範囲に農薬を使用する可能性のある農地,ゴルフ場,山林等がない場合は半径5 kmまで)の主要な農作物とその作付面積
・被害発生時に周辺で栽培されていた作物の生育段階
(農薬の使用状況)
・被害発生時前後に,農作物等に対し使用されたことが想定される殺虫剤
・農薬の使用計画又は使用実績が確認できる場合は,散布日,面積,散布方法
(農薬使用者から養蜂家に行なった情報提供)
・農薬の使用に関して養蜂家に提供された情報提供の有無,情報の内容,提供者,提供手段
●被害の発生状況
1.報告のあった被害事例の数
報告のあった被害事例の数は,2013年度(5月30 日〜3月31 日)は69 件,2014年度(4月1日〜3月31 日)は79 件,2015年度(4月1日〜3月31 日)は50 件であった。
蜂の増える夏季(8月〜9月)に全国の蜂場に置かれていた巣箱数約41 万箱に対し,被害の報告のあった蜂場に置かれていた巣箱数は約3,000 箱(約0.7%),2014年度は全国の巣箱数約42 万箱に対して約3,300 箱(約0.8%),2015年度は全国の巣箱数約42 万箱に対して,約2,800 箱(約0.7%)であった。
2.被害の発生時期
各年度とも被害事例の多くは,7月中旬から9月中旬に発生した。具体的には,2013年度は69 件の被害事例のうち60 件(約87%),2014年度は79 件の被害事例のうち59 件(約75%),2015年度は50 件の被害事例のうち39 件(約78%)が,当該時期に発生していた。
3.被害の発生地域
被害の発生都道府県数は,2013年度は14 道府県,2014年度は22 道府県,2015 年度は10 道県で確認され,都道府県別では北海道で多くの被害の発生が確認された。
筆者の解釈を加えると,被害発生件数を地域別に表示すると,北海道と九州・沖縄が多い(表1)。これは定置養蜂に加えて,移動養蜂も多く,九州・沖縄で越冬した後,北上して夏を北海道で過ごすケースが少なくないためと理解できよう。
4.死虫数
被害発生の報告があった事例では,1巣箱当たりの最大死虫は,1,000〜2,000 匹と1,000匹未満のケースの和が,2013年度で70%,2014年度で59%,2015年度で56%と,比較的小規模な事例が多くを占め,1箱当たりの最大死虫が1万匹を超える被害は毎年3〜4件確認された程度であった。
5.ダニ・蜂病の有無
(1) ダニの発生状況
3年間にダニの発生が認められた被害事例は,2013年度で3件,2014年度で4件のみであり,発生の有無が不明だったものを除けば,被害事例の84〜96%でダニの発生は認められなかった。
(2) 蜂病の発生状況
3年間で蜂病の発生が認められた被害事例は,2013年度で1件,2014年度で4件のみであり,発生の有無が不明だったものを除けば,被害事例の約78〜90%で蜂病の発生は認められなかった。
6.蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorder:CCD)の有無
アメリカでは,女王蜂や幼虫だけを残して働き蜂がいなくなる「蜂群崩壊症候群」が報告されている。蜂群崩壊症候群には,以下の(1)〜(5)の特徴が見られるとされている。
(1) 働き蜂の減少は,短期間のうちに,急激に生じる
(2) (1)の結果,巣箱内には,蜜,蜂児,女王蜂が残されている
(3) 働き蜂は数百匹程度しか残っていない
(4) 死虫が巣の中や周りに発見されない
(5) 広範囲に大規模に発生している
日本で3年間に報告された被害事例のうち,アメリカで報告されている上記の蜂群崩壊症候群の5つの特徴が当てはまる事例は,確認されなかった。
7.被害後の蜂群の消長
2014年度と2015年度の被害事例のうち,1巣箱当たりの最大死虫数が10,000 匹以上だった蜂群の,被害後(被害の報告のあった翌年度の4月時点)の消長を確認した。
2014年度では,該当する被害事例は7件あり,被害時に働き蜂のほとんどが失われた1件を除く6件では,蜂群の回復の程度に差があったものの,蜂群は越冬できた。
2015年度では,該当する被害事例は10 件あり,そのうちの3件では,元の群の蜂数のほぼ100%に回復し,蜂群が越冬できた。その他の7件についても,蜂群の回復の程度に差があったものの,蜂群は越冬できた。
●被害の原因
1.被害の発生した状況
3年間の被害を詳しく調べ,以下の傾向が認められた。
(1) 被害の77〜90%は,巣箱を置いた場所(蜂場)の周辺で,水稲が栽培されている状況下で発生した。
(2) そのような被害事例を作期別にみると,80〜85%の被害は,水稲のカメムシ防除が行なわれる時期(水稲の開花直前から開花後2週間程度の時期)に発生していた。
なお,巣箱の周辺で水稲が栽培されていた被害事例で,水稲とともに栽培されていた「水稲以外の作物」としては,果樹,野菜(露地野菜),畑作物などが多く報告された。また,巣箱の周辺で水稲が栽培されていなかった事例で,巣箱の周辺で栽培されていた「水稲以外の作物」としては,果樹,畑作物,ゴルフ場(芝など)などが多く報告された。
2.蜂場の周辺で散布されていた農薬
上記(2)の被害事例をさらに詳しく調べたところ,57〜67%の被害事例で,被害の発生直前に,水稲のカメムシ防除に使用される殺虫剤が,蜂場の周辺の水稲に散布されていた。
3年間を通じて,被害の発生直前に散布が確認された水稲のカメムシ防除に使用された殺虫剤は,7種類(ネオニコチノイド系3種類(クロチアニジン,ジノテフラン,チアメトキサム),ピレスロイド系2種類(エトフェンプロックス,シラフルオフェン),フェニルピラゾール系1種類(エチプロール),有機リン系1種類(フェニトロチオン(MEP)))であった。これらの殺虫剤は,いずれもミツバチに対する毒性が比較的強いため,農薬容器のラベルには,ミツバチに関する注意事項が付されていた。
3.散布されていた農薬と被害との因果関係
各年度に巣箱の周辺で採取した蜜蜂の死虫中の農薬を分析し,死虫から検出された殺虫剤の成分が,ミツバチの半数致死量(LD50値)(暴露することにより,半数が死亡すると予想される物質の量)の1/10 以上に相当する濃度で検出された事例が存在した(表2)。
これらの事例を詳しく調べたところ,以下のことが認められた。
☆ 巣箱の周辺で蜜蜂の死虫が採取された被害事例のうち,水稲のカメムシ防除の時期(水稲の開花期及び開花期前後)のものは,2013年度は14 件,2014年度は22 件,2015年度は13 件であった。
☆ これら49 件の約7割にあたる36 件(2013年度12 件/14 件[約86%],2014度15 件/22 件[約68%],2015年度9件/13 件[約69%])の死虫から,水稲のカメムシ防除に使用される殺虫剤が,半数致死量(LD50 値)の1/10 以上に相当する濃度で検出された(表1)。また,水稲のカメムシ防除以外に使用される殺虫剤も,少数ながら検出された。
☆ これらのことは,分析に供した死虫が,水稲のカメムシ防除に使用された殺虫剤に,直接暴露したことを示唆しており,死虫の発生原因が殺虫剤への直接暴露である可能性が高いと考えられた。なお,検出された各種の殺虫剤の被害への影響の程度は特定できなかった。また,国内外で関心の高いネオニコチノイド系農薬については,水稲のカメムシ防除において使用されている割合が散布延べ面積ベースで約63%(2012 年度植物防疫課調べ)であるが,半数致死量の1/10 以上の値で検出された全農薬中の割合も約66%[25/38]であった。
☆ 一方,巣箱の周辺でミツバチの死虫が採取された被害事例のうち,水稲のカメムシ防除の時期以外の事例および周辺で水稲の栽培がない地域の事例は,2013年度は12 件,2014 年度は15 件,2015年度は3件であった。これらのうち,殺虫剤の成分が,半数致死量(LD50 値)の1/10 以上に相当する濃度で検出された件数は,2013年度6件,2014年度10 件,2015年度0件であった。
☆ これらの殺虫剤成分については,周辺で使用された農薬や周辺で栽培されている作物等の情報が不十分であったため,被害の主な原因として,具体的な殺虫剤を特定することはできなかった。
●被害の軽減に有効な対策
被害報告がなかった,または,被害報告数が減少した都道府県などに対して,対策の取り組み状況についての聞き取りなどを行なった結果,農薬によるミツバチの被害を軽減させるためには,以下の対策を実施することが有効であることが明らかになった。
1. 農薬使用者と養蜂家の間の情報共有
☆ 養蜂家は,巣箱の設置場所などの情報を農薬の使用者と共有する
☆ 農薬の使用者は,農薬を散布する場合は,事前に,散布場所周辺の養蜂家に対し,その旨を連絡する
☆ 農林水産省はミツバチ被害の減少を図るため,農薬使用者と養蜂家の間の情報共有が適切に行なわれるよう取り組み,調査を行なった3年間で,情報共有が行なわれた割合が増加し,被害報告件数が減少した。
2.巣箱の設置場所の工夫・退避
☆ 養蜂家は,周辺を水田に囲まれた場所にはできるだけ巣箱を設置しない。
☆ 養蜂家は農薬の使用者から連絡を受けた場合,巣箱を別の場所に退避させる。
3.農薬使用の工夫
☆ ミツバチの活動が盛んな時間帯の農薬散布を避ける。
☆ ミツバチが暴露しにくい形態の農薬(粒剤など)を使用する。
4.農林水産省の行なった取組
☆ 農林水産省は2015年に,ミツバチへの注意が必要な農薬については,そのラベルの農薬の使用上の注意の欄に,「周辺で養蜂が行なわれている場合には,農薬使用に係る情報を関係機関(都道府県の畜産部局や病害虫防除所など)と共有する」などの記載を追加するよう,農薬の製造者などに要請した。その結果,2016年5月末現在,ミツバチへの注意が必要と考えられる約950 製剤のうち,577 製剤について,当該記載内容が追加された。
☆ 農林水産省は2014年度に,被害が多かった都道府県に対し,個別に対策(農薬使用者と養蜂家の間の情報共有,巣箱の設置場所の工夫・退避,農薬の使用の工夫等)を実施するよう働きかけた。その結果,2015年度にはそれらの県のほとんどで被害件数の減少が認められた。
●今後の課題
農林水産省からの働きかけによって,農薬による蜜蜂の被害の減少が認められたが,北海道については被害が減少しなかった。北海道では養蜂家の間の情報共有の取組は進んでいるものの,巣箱の設置場所の工夫・退避に関する取組は進んでいなかった。このことは,北海道の同一の場所において,複数回・複数年次にわたって被害が報告されていることにも反映されている。
●まとめ
−ミツバチ被害事例調査の結果について
【被害の発生状況】
○ 報告された被害事例の数は,69 件(2013年度),79 件(2014年度),50 件(2015年度)であった。
○ 被害のあった巣箱の比率は,いずれの年も,全国の巣箱数の1%未満であった。
○ いずれの年も,報告された被害のうち,1巣箱当たりの最大死虫が1,000〜2,000 匹以下という,比較的小規模な事例が多くを占めていた。
○ 一般的に1つの巣箱には数万匹の蜜蜂がおり,巣の蜜蜂の数に多少の減少が生じても,養蜂家の飼養管理により,蜂群は維持・回復する。なお,働き蜂の寿命は,約1か月(夏季)といわれている。
○ なお,いずれの年も蜜蜂の大量失踪(いわゆる「蜂群崩壊症候群」に該当する事例はなかった。
【被害の原因】
○ 被害の発生は水稲のカメムシを防除する時期に多く,巣箱の前から採取した死虫からは各種の殺虫剤が検出されたが,それらの多くは水稲のカメムシ防除に使用可能なものであった。
○ これらのことから,分析に供した死虫の発生は,当該防除に使用された殺虫剤に蜜蜂が直接暴露したことが原因である可能性が高いと考えられる。なお,検出された各種の殺虫剤の被害への影響の程度は特定できなかった。
【被害の軽減に有効な対策】
被害件数が減少した都道府県に聞き取り等を行なった結果,以下の対策が有効であることが明らかになった。
(1) 農薬使用者と養蜂家の間の情報共有
・養蜂家は,巣箱の設置場所等の情報を農薬の使用者と共有する
・農薬の使用者は,農薬を散布する場合は,事前に,散布場所周辺の養蜂家に対し,その旨を連絡する
(2) 巣箱の設置場所の工夫・退避
・養蜂家は周辺を水田に囲まれた場所には,できるだけ巣箱を設置しない
・養蜂家は農薬の使用者から連絡を受けた場合,巣箱を別の場所に退避させる