No. 302 抗酸化物質による亜硝酸の害作用の緩和

●はじめに

水や食物中の硝酸が体内で亜硝酸に還元されて,メトヘモグロビン血症や胃ガンなどを発症することが以前から指摘されている。しかし,環境保全型農業レポート「No. 300 野菜の硝酸は有毒ではないのか」に記したように,食物,特に野菜には硝酸と同時に各種の抗酸化物質が含まれている(抗酸化物質については,環境保全型農業レポート「No.296 有機栽培作物で高い抗酸化物質濃度は窒素多用で減少しやすい」参照)。このため,野菜などとともに抗酸化物質を摂取した場合には,メトヘモグロビン血症や発ガンリスクが大幅に低下する。しかし,水や貯蔵した肉などから多量の硝酸を摂取した場合には,抗酸化物質が含まれていないか少いため,メトヘモグロビン血症や発ガンリスクが高まることを紹介した。

では,抗酸化物質によって,メトヘモグロビン血症や発ガンリスクはどの程度減少するのであろうか。この点について若干補足を行なう。

●家畜におけるメトヘモグロビン血症

余談ながら,家畜も人間と同じメカニズムでメトヘモグロビン血症を発症する。家畜共済の統計には,補償対象になった原因別家畜頭数が記録されている。1頭当たりの価格が高い牛などの大型家畜が主に共済に加入しているので,牛での死亡頭数が記載されているが,メトヘモグロビン血症はどの家畜でも生じうる。1980年代には乳用牛と肉用牛のメトヘモグロビン血症による死亡頭数は類似したレベルで推移していたが,1990年代になってから,乳用牛では死亡頭数がかなり減少したものの,図1に示すように,肉用牛では現在でもまだ死亡頭数がかなり多い。メトヘモグロビン血症の兆候を認めたら,直ちに還元剤のメチレンブルーを注射すれば,回復できる。

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●抗酸化物質によるメトヘモグロビン生成の減少

いろいろな抗酸化物質について,そのメトヘモグロビン生成に及ぼす影響が調べられているはずだが,そのごく一部だけを紹介する。

A.ビタミンEとC

Atyabi, N., S. P. Yasini1, S. M. Jalali1and H. Shaygan (2012) Antioxidant effect of different vitamins on methemoglobin production: An in vitro study Veterinary Research Forum. 3 (2) 97 – 101 は次を報告している。

採取した健康な牛の血液サンプルに,5,10,20 mmol/Lのビタミンを添加して,4℃24時間,事前培養してから,亜硝酸ナトリウム(10 mmol/L)で10分間処理して,メトヘモグロビンの生成を分光光度計で測定した。その結果,10と20 mmol/LのビタミンEを添加すると,対照(生理食塩水を添加)に比べて,メトヘモグロビン濃度をそれぞれ63.4%と60.4%に,5 mmol/LのビタミンCを添加すると,メトヘモグロビン濃度が56.1%に有意に減少した(P < 0.05)。ただし, 10と20 mmol/LのビタミンCを添加した場合には,メトヘモグロビン濃度が対照よりも有意に増加した。また,ビタミンAとB1はどの濃度でも有効ではなかった。ビタミンAとB1の添加ではどの濃度でもメトヘモグロビンが減少しなかった。

このように,既に人間で確認されており,ビタミンCやリボフラビンは新生児のメトヘモグロビン血症の治療に使用されているが(環境保全型農業レポート「No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例」参照),ビタミンCとEは,in vtroでのメトヘモグロビン生成を誘導する亜硝酸の酸化的影響を減らした。

B.クルクミン

クルクミンはウコンの黄色色素で,ポリフェノールの一種である。クルクミンが赤血球における亜硝酸によるメトヘモグロビン生成を抑制することを,下記が報告している。

Unnikrishnan, M.K. and M.N.A. Rao (1992) Curcumin inhibits nitrite-induced methemoglobin formation Federation of European Biochemical Societies Letters. 301(2):195-196.

血液から分画した無傷の赤血球を,クルクミンの添加ないし無添加で30分間保持した後に,亜硝酸ナトリウムを0.6 mMになるように添加して,120分間培養した後,赤血球を洗浄して溶菌して,放出されたメトヘモグロビンの生成量を調べた。

クルクミン無添加の場合のメトヘモグロビンの生成量に対する,クルクミン存在下でのメトヘモグロビン生成量の減少量を阻害率で表示すると,8μMのクルクミンの存在で阻害率が8.6%,20μMの存在で16.0%,80μMの存在で25.0%,400μMで51.2%と,クルクミン濃度を高めると,メトヘモグロビンの生成の阻害率が高まった。

ただし,クルクミンは亜硝酸の添加よりも前に添加していないと,メタヘモグロビン生成の阻害率が激減した。

このことから,抗酸化物質は常日頃摂取していることが大切といえよう。

●抗酸化物質によるニトロソ化合物生成の減少

N-ニトロソ化合物が実験動物に発ガン性を有することが確認されているのに,人間の発ガン物質としては認定されていないことを,環境保全型農業レポート「No. 300 野菜の硝酸は有毒ではないのか」に記した。この点について,若干の補足を下記によって行なう。

Brambilla, G. and A. Martelli (2007) Genotoxic and carcinogenic risk to humans of drug-nitrite interaction products Mutation Research 635: 17?52

★ N-ニトロソ化合物が発ガン性を有することは,130超のN-ニトロソ化合物の約80%が,39の実験動物種に腫瘍を作ることによって確認されている。しかし,WHO(世界保健機関)の「国際ガン研究機関」(IARC)の発ガン性の疑いのある物質についての評価(IARC (1987), Monographs on the Evaluation of the Carcinogenic Risks to Humans, Supplement 7, Overall Evaluation of Carcinogenicity http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/suppl7/)で,グループ1(人間に対する発ガン物質)に評価されたものは1つもない。グループ2A(人間での発ガン性の証拠は限られているものの,実験動物では十分な証拠が存在する物質で,人間に対する発ガン性が恐らく(probably)あると考えられている物質)が4つと,グループ2B(人間に対する発ガン性の可能性があると考えられる物質)が15指摘されているだけである。

★ いくつかの国で,硝酸摂取量や飲料水中の硝酸レベルと胃ガンとの間に相関があることの疫学的証拠が存在する。特に,硝酸(NO3)の濃度が平均88 mg/Lを超える飲料水を常用していると胃ガンリスクが高いことが観察されている。これは,胃酸の分泌量の少ない胃に存在する多数の細菌が,硝酸から亜硝酸の生成と,その亜硝酸をアミノ化合物と反応させてN-ニトロソ化合物を生成し,胃ガンが発症したためとされている。

★ ビタミン類,フェノール化合物,イオウ化合物などに加えて,茶,コーヒー,果物ジュース,乳製品,大豆製品やアルコール飲料が,N-ニトロソ化合物の生成を阻害する。人間の胃液のなかでの阻害作用が最も良く研究されているのはアスコルビン酸(ビタミンC)である。人間の胃のなかで,食事ごとに500 mgのビタミンCを摂取したとすると,食物中のアミドからのニトロソアミンの生成を99%阻害し,食物中のアミドからのニトロソアミドの生成を74%,胃液や唾液中のアミンやアミドから生成されるN-ニトロソ化合物の生成を約50%阻害する。

★ ビタミンEはいろいろなα-トコフェノールを含み,体のなかで抗酸化物質の役割を果たしているが,亜硝酸を酸化窒素(NO)に還元して亜硝酸を減らすために,N-ニトロソ化の阻害剤となっている。

★ 部分の食物中にはN-ニトロソ化合物は検出されるほど存在しないが,硝酸を加えて貯蔵・製造したベーコンやチーズに加えてビールには,この20年間に減少してきてはいるものの,10から1000mg/kgのN-ニトロソ化合物が含まれている。

★ EUでは,肉や家禽製品の製造に許されている亜硝酸源として使用する硝酸レベルは250-500 ppmであったが,最近は,ニトロソアミンの生成を抑制するために,硝酸(および硝酸と亜硝酸の和)のレベルを引き下げる傾向があり,加熱肉製品の硝酸投入レベルは150 ppmに減らせば,残留レベルを100 ppmに減らせられることが指摘されている。EUではフォアグラに50 ppmまでの硝酸ナトリウムまたはカリウム(硝酸ナトリウムとして)を使用できる。日本では肉製品に許容された残留亜硝酸は70 ppmである(「食品衛生法」の「添加物一般の使用基準」)。アメリカ農務省の「食品安全性検査局」所管の食用の肉類や家禽製品の製造に許される食品原料に関する法律のなかで,ベーコンの色付けや細菌の殺菌などのために,同時に550 ppmのアスコルビン酸ナトリウムまたはエリソルビン酸ナトリウムを同時に添加することを条件に,亜硝酸ナトリウムを120 ppm(亜硝酸カリウムなら18 ppm)を使用して良いことを規定している (FSIS§424.22 )。

●おわりに

野菜の硝酸が人間の摂取する硝酸の主要供給源であるために,野菜の硝酸の危険性が指摘されてきている。しかし,野菜の含む各種抗酸化物質が硝酸の害作用を抑制していることが,環境保全型農業レポート「No. 300 野菜の硝酸は有毒ではないのか」とそれを補完する今回のレポートで理解いただけたであろう。問題なのは,乳児の人口乳に使用する水に高い濃度の硝酸が含まれている場合や,野菜をあまりとらずに硝酸濃度の高い肉製品などを摂取した場合である。

WHOは野菜+果実を少なくとも1日400 gとることを勧告している(Joint FAO/WHO Workshop on Fruit and Vegetables for Health (2004 : Kobe, Japan) )。ただ,日本ではなぜか,野菜の1日の摂取目標として350 gが宣伝され,400 gとなっていない。これは50gの果実分が省略されているのであろう。それはともかく,多少硝酸濃度が高い野菜でも,野菜の必要量をしっかり摂取することが,沖縄人の長寿命を支えていることを思い出す必要がある(環境保全型農業レポート「No. 299 沖縄県人の長寿命は食事からの高硝酸摂取による」を参照)。

では高窒素施肥で高硝酸濃度の野菜を生産してもかまわないのかといえば,そうではない。高窒素施肥は余剰窒素の流亡を引き起こして,水系の硝酸汚染を起こし,飲料水の汚染や水系の富栄養化を引き起こす。そして,高窒素施肥で作物の抗酸化物質レベルが低下する。こうしたマイナス側面を起こさないために,高窒素施肥はやめるべきである。