No. 301 人間のダイオキシン類暴露の汚染源の主体は動物性食品

・ダイオキシン類

ダイオキシンは発ガン性,催奇性,免疫毒性などの強力な毒性物質あることが証明ないし疑われている。ダイオキシンには,類縁化合物を含めて多種類が存在する。

WHO(世界保健機関)は,75のポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンpolychlorinated dibenzo-p-dioxins (PCDDs),135のポリ塩化ジベンゾフランpolychlorinated dibenzofurans (PCDFs)と12のコプラナーポリ塩化ビフェニル(Co-PCB)(ダイオキシン様PCB (DL PCB)ともいう)を,「ダイオキシン類」または「ダイオキシンとダイオキシン様物質」と総称している。

これらは2つまたは3つのベンゼン環構造を持ち,水素原子がいろいろな程度に塩素原子に置換されており,PCBでは最大10個の塩素原子,PCDDsとPCDFsでは最大8個の塩素に置換されている。なお,「コプラナー」とは,2つのベンゼン環が共通の平面に配置した構造の意味。これらは似た毒性メカニズムを有している (WHO (2010) Exposure to Dioxins and dioxin-like substance: a major public health concern )(異性体の数はEuropean Food Safety Authority (2012) Update of the monitoring of levels of dioxins and PCBs in food and feed. p.82. による)。日本では「ダイオキシン類対策特別措置法」(1999年7月16日法律第105号)で,上記3つの化合物グループがダイオキシン類として,定義されている。

ダイオキシン類の毒性は異性体によって大きく異なり,毒性の強いものから無毒のものまである。このため,毒性の強い異性体である,PCDDsとPCDFsのうちの17の異性体と12のCo-PCBについて,最も毒性の強い2,3,7,8-テトラクロロジベンゾパラダイオキシン2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (2,3,7,8-TCDD)の毒性を1.0として,各異性体の相対的毒性(毒性係数)を測定して,毒性係数と各異性体の存在量の積の総和を,毒性等量TEQ (toxic equivalent,単位はピコグラムpg)で表示している。

・日本でのダイオキシン類汚染の主ルート

日本ではダイオキシン類の発生源として,社会的に野焼きや低温焼却炉での廃棄物焼却に関心が集中した。しかし,産業技術総合研究所の中西準子元安全科学研究部門長が,ダイオキシン類を不純物として含有する農薬が日本では,最も重要な汚染源である。ダイオキシン類を混入した農薬を排出目録に計上せずに,800℃以下の焼却施設の閉鎖・建て替え・焼却灰の処分に莫大な金をかけることは愚であると指摘した(環境保全型農業レポート「No.005-2 ダイオキシンの汚染源は除草剤か焼却炉か?」)。

同レポートに紹介したが,農業環境技術研究所が過去に採取して保存しておいた水田土壌中のダイオキシン類の各種異性体の年次変動を解析した結果,ダイオキシン類の主な起源は,1960年前後は燃焼・焼却過程,1960〜1970年代はPCP製剤とCNP製剤で,1980年代以降は再び燃焼・焼却過程であると推定した。

そして,「農用地土壌及び農作物に係るダイオキシン類実態調査」によって,作物の収穫部位におけるダイオキシン類濃度は,収穫部位における単位重量に対する表面積の割合(比表面積)が高い,ホウレンソウなどの葉菜類や牧草などの作物であることが判明している。これは大気から降下して付着するケースが多いためである。ただし,量的には超微量で,安全性が問題になる量ではなかった(環境保全型農業レポート「No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着〜ダイオキシン類に酷似した動態」)。

こうした経過をみると,ダイオキシン類に汚染された作物由来の食物が,食物を介して摂取されるダイオキシン類の主要ルートと考えるのは難しい。ダイオキシン類は脂溶性であるため,実は食物のなかでダイオキシン類に汚染されている程度が相対的に高いのは,肉類,乳製品,魚類といった脂質含量の高い動物性食品である。

魚類のダイオキシン類濃度については環境保全型農業レポート「No.22 輸入蓄養マグロのダイオキシン類濃度」に,その一端を紹介している。すなわち,陸上から排出されたダイオキシン類は最終的に水系の底泥に蓄積し,そこから食物連鎖を経て魚介類の体に蓄積するので,魚介類のダイオキシン類濃度が一般に農産物より高いことが不可避となっている。そして,天然のカツオ,クロマグロ,ミナミマグロのダイオキシン類濃度に比べて,イタリアやオーストラリアなどで,捕獲後に海中の囲みの中で餌を与えて畜養したクロマグロやミナミマグロのダイオキシン類濃度(合計値)が,天然のものに比べて,前者で平均3.1倍,後者で12.0倍も高いことが認められている。

・EUにおける食物・飼料中のダイオキシン類濃度

EUは1999年から2008年に,当時の19加盟国とノルウェーとアイスランドから収集した合計7,270サンプルのダイオキシン類濃度を分析し,その結果を下記に報告した。

European Food Safety Authority (2010) Results of the monitoring of dioxin levels in food and feed.

その結果の一部を,表1と表2に示す。表のTEQ(毒性等量)は,ダイオキシン類(PCDDs,PCDFsとCo-PCB)のもので,TEQのWHO 05というのは,EUの調査開始時点での毒性等量はWHOが1998年に提唱した毒性係数に基づいた毒性等量であったが,2005年に毒性係数の見直しが行なわれ,それに基づいた毒性等量の意味である。

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表1や表2では,ダイオキシン類の毒性等量の値を食物グループの平均値で表示してあるが,その値は食物グループ間でも大きくフレている。数値には,サンプルの全重量当たりで表示された場合と,脂肪重量当たりの場合とがある。毒性等量の平均値が全重量で表示された食物グループで比較しても,「果実,野菜と穀物」に対して,「魚肉とその製品(ウナギを除く)」が6倍,「ウナギの肉」が12倍,「魚の肝臓とその製品」が57倍も高く,植物性の食物に比べて脂肪の多い動物性食物の方が高い(表1)。

表1で「ウナギの肉」のダイオキシン類の毒性等量が5.77 pg/gと高かったが,表2をみると,ニシン,天然のサケ類(表2では「その他のサケ類」と記載),稚貝,さらに「蓄養・養殖した他の魚」などでも高いことがうかがえる。

EUは,食物グループ別に許容できるダイオキシン類の毒性等量の最大レベルを設定している。サンプル全体では,約8%が最大レベルを超過した。最大レベルを超えるダイオキシン類を含有していた割合の高い食物グループは,「魚の肝臓とその製品」,「豚の油脂」,「魚肉とその製品(ウナギを除く)」などで,いずれも脂肪含量の高い食物であった(表3)。

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・過去の事故による畜産物のダイオキシン類汚染の事例

ダイオキシン類やPCBに対する人間の平均暴露量の約90−98%は食物摂取によるもので,その主たる暴露源は動物性食物となっている。そして,ダイオキシン類は通常は農業との関係が薄いが,農業外から事故によって搬入されたダイオキシン類が家畜飼料に混入し,畜産物を汚染し,世界的に食の安全性を脅かした事例がいくつかあった。その中の有名な代表的事例を,次の資料に基づいて紹介する。

Malisch, R. and A. Kotz (2014) Dioxins and PCBs in feed and food?Review from European perspective. Science of the Total Environment 491-492: 2-10.

A.ドイツを中心にした柑橘類パルプペレットによる牛乳のダイオキシン類汚染

問題の発端

ドイツでは,1989年以降ダイオキシンによる人間と環境の暴露を減らすために,多数の対策がとられた。その結果,翌年から食品や母乳中のダイオキシン濃度の減少が確認された。ところが,1997年9月から牛乳とバターのダイオキシン類濃度の減少傾向がとまり,逆に増加し始めた。1998年1月と2月には南西ドイツのバターが,1997年8月に比べてPCDDsとPCDFsの含量が約2倍になった。

間もなくこのダイオキシン濃度の増加は南西ドイツに限らず,ドイツの他の部分やオランダでもそうであることが確認された。そして,1998年3月にドイツで,牛乳収集タンカー(70の酪農農場から牛乳を収集)からの牛乳の乳脂肪g当たり7.4 pg TEQが認められた。そこで,この汚染を起こしていた農場の消毒剤,洗浄剤,農薬(殺虫剤,除草剤),獣医薬,穀物サイロに使用したペンキ,全ての種類の飼料を分析した結果,配合飼料が約1.8 pg TEQ/g乾物のダイオキシン類で汚染されていることが判明した(飼料や植物性食物のバックグランドレベルは約0.1から0.3 pg TEQ/g乾物の範囲)。配合飼料の原料のうち,柑橘類パルプペレットcitrus pulp pelletsが約5.6 pg TEQ/g乾物で汚染されていた。

柑橘類パルプペレット

オレンジなど柑橘類ジュースの生産量はブラジルが最も多いが,柑橘類パルプペレットは,オレンジジュース製造の副産物であり,残った皮,種子とパルプ(果肉)の混合物のpH2〜3をpH 6〜7に上昇させるのに石灰を添加してpHを調整し,次いで圧力をかけて脱水して乾燥し,ペレットとして販売している。石灰は乾燥した柑橘類パルプペレットの約2%を占める。ブラジルで生産された柑橘類パルプの約60%が,汚染された生産物を含め,ドイツに輸入されていた。

調べたドイツの農場のなかには,汚染された柑橘類パルプペレットを25%含む配合飼料を,乳牛に1頭当たり最大8 kg/日も給餌していた例もあった。柑橘類パルプペレットは年間約1500万トン,1億〜1.5億USドルの価値が生産され,約25万トンが毎年ドイツに輸入されていた。ドイツはこの輸入を直ちに禁止し,EUは1998年7月に,柑橘類パルプ中のダイオキシンについての暫定許容量を0.5 pg TEQ/gとすることを決定した。

★柑橘類パルプペレットがなぜダイオキシン類で汚染されたのか

柑橘類パルプを中和するのに必要な石灰を,ペレット製造業者の1社が,ある化学会社の石灰を含む廃棄物の埋立地から採取していた。当該石灰は同社の重金属含量や色といった品質基準をパスし,主に建設用に使用されていた。そして,ダイオキシン類汚染の知識もないままに,埋立地由来の石灰は柑橘類パルプペレット市場にも販売されてしまった。

その化学会社は,当該埋立地を30年超にわたって,ポリ塩化ビニル製造用の塩化ビニルモノマー製造で生ずる石灰乳や他の残渣の投棄に使用していた。その会社は,PCDDやPCDF放出量の多い2つのプロセス,すなわち,二塩化エチレン製造用のオキシ塩化プロセスとクロロアルカリプロセスとを稼働していた。そこで生じたオクタクロロ?ジベンゾフランが優占したダイオキシン類が,石灰に混入していたのである。このことが判明したのは2008年のブラジルのTorresらの研究によってであり,ダイオキシン類の汚染源が何かがやっと判明した(Machado, T.J.P., L. Claudio, K. Thoma and W. Roland (2008) A contaminated site from the chlorine/organochlorine industry as source of PCDD/F contamination of citrus pulp pellets used as animal feed in Europe during the late 1990s. Organohalogen Compounds 70:793-6.

B.ベルギーでの飼料用リサイクル油脂のPCB汚染

1999年1月,ベルギーで,家禽に大規模な中毒症状が発生した事例がある。飼料用リサイクル油脂がPCB汚染され,国全体に被害が広がり,大きな食物危機にまで拡大した事例である。

原因は,家畜飼料の生産に使用するリサイクルした油脂の在庫に,ダイオキシンで汚染されたポリ塩化ビフェニルの混合物がたまたま誤って添加され,汚染された飼料が,国内の2500超の農場に供給されたことであった。汚染された飼料を給餌された家禽には,中毒症状(大腸菌の毒素によって生ずるひよこ浮腫病に似た症状)が現われ始めた。1999年2月までに顕在化し,急速に国全体に拡大し,これによって大きな食物危機が生じた。ベルギーは大規模なPCB/ダイオキシン食品モニタリングプログラムを実施して,1999年5月,その汚染の源と程度が解明されてやっと解決できた。

リサイクルした油脂に添加されたPCBの重量は50 kg(特に有毒な7つの異性体の合計で)またはPCBの総量で約150 kgで,これは約100リットルのPCBオイルに相当した。このPCBの混合した油脂は,約1 g TEQのダイオキシン(その90%超はPCDFs)と,約2 g TEQのダイオキシン様PCBを含んでいた。この事故によって,1999年9月にベルギーで生じた直接コストは約10億ECU(EUの通貨単位:1999年1月1日に1:1の変換率でユーロに置き換えられた),間接コストは約30億ECUであった(1999年における1ユーロは103〜134.5円ぐらいの間で変動)。

C.飼料に添加した粘土によるダイオキシン類汚染

1990年代後半にアメリカで,鶏などの家禽のTCDD(2,3,7,8-テトラクロロジベンゾパラダイオキシン)の濃度が上昇した。その原因が飼料に添加された粘土にあったが,長いことそのことがわからなかった。

カオリナイトやボール・クレイなどの粘土は,凝固防止剤としてミネラル飼料に混和させているが,飼料に混入されたボール・クレイ(注:他の粘土よりも有機物含量が高い微小な加水ケイ酸アルミニウムを主体とする粘土画分で,アメリカの東部やイングランドの南西部などで産出される。名前はかつて採掘した粘土を15?17 kgのボール状にして運送したことによる。)が,TCDDなどによって汚染されていたことに起因していた。

アメリカでは,ミシシッピーの特定の鉱山の産出したボール・クレイがTCDDで汚染されており,それが,ナマズ,乳牛や鶏の飼料に混入されていた。アメリカ農務省は動物飼料の51%がTCDDを含むボール・クレイを含んでいると推定し,アメリカ食品医薬品局(FDA)による全米で小売りされているナマズのサンプリングによって,アメリカの養殖場のナマズの少なくとも35%が,高いTCDDを含んでいることを明らかにした。

ドイツのウェスターワルトのカオリナイト粘土が,数100 ng TEQ/kgを含んでいることが認められた。また,粘土にいろいろな濃度のダイオキシンが存在した他のケースも認められた。こうした粘土を添加した飼料を給餌したシチメンチョウで約60 pg TEQ/g脂肪までの汚染が生じた。

長い間,この粘土の汚染の理由は不明であったが,次第に自然汚染源が関与していることが判明してきた。恐らく地熱によるプロセスによって,有機物と塩素から時間をかけてこうした独特なパターンのダイオキシン類が生じたと推定されている。こうした生成メカニズムは,ミシシッピー流域(ボール・クレイを採掘),ドイツのウェスターワルト(カオリナイト粘土を採掘)やオーストラリアの東海岸の堆積物といった,世界のいろいろな地域で推定されている。

D.PCPで防腐処理した木材で造った鶏舎でのダイオキシン類汚染

戦後のことではあるが,かつて木材の防腐剤としてPCPやPCPとBHCの混合剤などが世界的に広く使用されていた(花房鴻 (1957) 木材防腐剤としてのPCP.紙パルプ技術協会誌.11: 204 – 208 参照)。PCPなどの有機塩化化合物を合成する際には,不純物としてダイオキシン類が同時に合成されることが多い。このため,PCPを含む薬剤を木材に散布すると,不純物も木材に浸透して残留する。

PCP処理した材木を使って建てた古い建物を鶏舎に改造した場合に,鶏や卵が高レベルのダイオキシン類で汚染されている事例が下記論文で報告されている。

Piskorska-Pliszczynska, J., P. Strucinski, S. Mikolajczyk, S. Maszewski, J. Rachubik and M. Pajurek (2016) Pentachlorophenol from an old henhouse as a dioxin source in eggs and related human exposure. Environmental Pollution 208 (2016) 404 – 412.

ポーランドの収益性の高くない放飼いの養鶏農場の鶏卵から,高レベルのPCDDsとPCDFsが検出され,そのレベルは29.84±7.45 pg TEQ/g脂肪に達した。この値は,PCDDsとPCDFsについてのEU最大耐容レベル(2.5 pg TEQ/g脂肪)を,12倍も超過していた。

飼料,鶏舎の土壌,鶏舎壁の剥離物,木製天井,採卵鶏のダイオキシン類含量を調べた(全部で30サンプル)。そして,鶏舎のダイオキシン類の汚染源が,鶏舎に改造した築40年の農場建物の構造材として使用された,PCP処理した材木であった。当該木材は,PCDD/Fsを3922.60±560.93 pg TEQ/gと,PCPを11.0±2.8 mg/kgを含有していた。そして,鶏舎の床からPCPが11.0±2.8 mg/kgの濃度で検出された。このことから,PCPに汚染された木材のPCPやダイオキシン類が,放飼いの採卵鶏が採餌している地面を汚染していたと推定された。

因みに,ポーランドでは,この建物が建設されたとき,PCPが一般的な材木防腐剤であった。こうしたことから,古い建物の建築材として使用されたPCP処理した材木問題が浮かび上がってきた。それゆえ,PCP処理した材木は,卵や鶏肉の消費を介して人間の健康に深刻な直接影響をなお与え続けていると考えられる。そうした多数の建物が,特にあまり儲かっていない農場で鶏小屋としてつかわれていると考えられる。

・ケージよりも野外の放飼いの鶏卵のほうが,ダイオキシン類濃度が高い

なお,上記の古い建物を改造した鶏舎での上記の解析の前に,当該著者らは4つの生産方式の合計187の養鶏農場の卵のダイオキシン類濃度を調べた。その結果,ダイオキシン類のTEQ pg/g脂肪の平均値から次のことが明らかとなった。

ダイオキシン類濃度が高かったのが,野外の運動場を含めた放飼いの1.95 pgと,同様な放飼いで有機の餌だけを使用するなどの有機の放飼いの1.57 pgであった。

これに対してダイオキシン類濃度が低かったのは,ケージ生産と呼ばれる集約的方法の0.80 pgと,密閉鶏舎内での放飼いの0.49 pgであった。

では,なぜこのような差が発生したのだろうか?

これらのTEQの平均値の中には,上記のPCP処理した木材を使用した鶏舎のケースも含まれているが,大部分は基準未満で,特に汚染が問題にはならない。しかし,そのなかで土壌の上で放飼いをすると,草などの餌と一緒に少量の土壌も摂取することになる。このため,農場外から大気で飛来して土壌に付着していたダイオキシン類を摂取する。つまり,外部から遮断された鶏舎内や,土壌と接触しないケージのほうが,土壌からダイオキシン類を摂取しない分だけ,鶏卵のダイオキシン類濃度が低かったことを示している。