●経緯
これまでにも,マルハナバチやミツバチがネオニコチノイド殺虫剤によって大量死していることを紹介してきた(「No.274 授粉性ハチの種絶滅に農薬よりも農業のあり方が大きく影響」,「No.269 ネオニコチノイド殺虫剤が脊椎動物に及ぼす影響」,「No.256 日本でもネオニコチノイド系殺虫剤によるミツバチの死亡を確認」,「No.248 ネオニコチノイドとミツバチ消失を巡るEUの動向」)。
しかし,これまでのネオニコチノイドのハチに対する影響に関する研究について,野外の花蜜や花粉で実際にみられるネオニコチノイドよりも高い濃度で影響を調べているとか,ハチの採餌している餌はネオニコチノイドに汚染された花だけでなく,そうでない花もあるので,餌全体のネオニコチノイドの濃度は汚染されてない花で希釈されて汚染濃度よりも低いとか,ハチはネオニコチノイドで汚染された花蜜や花粉の味を識別して回避しているので,曝露される濃度は実際には低いはずだとの意見が出されている。
さまざまな意見があるなかで,マルハナバチとミツバチが,ネオニコチノイドの味を感知して,ネオニコチノイドの混入したショ糖液を回避するか否かを調べた下記の研究が発表された。そこには,ハチはショ糖液に混入したネオニコチノイドのイミダクロプリドとチアメトキサムを回避するどころか,むしろ好んで食べていることを観察したことが記されている。
Kessler, S.C., E.J. Tiedeken, K.L. Simcock, S. Derveau, J. Mitchell, S. Softley, J.C. Stout and G.A. Wright (2015) Bees prefer foods containing neonicotinoid pesticides. Nature 521: 74-76 (07 May 2015) doi:10.1038/nature14414 (http://www.nature.com/nature/journal/v521/n7550/full/nature14414.html)
●ハチはネオニコチノイドを回避せず,イミダクロプリドとチアメトキサムを好む
この調査では,マルハナバチとミツバチがネオニコチノイドで汚染された餌だけを無理矢理採餌させられるのではなく,ネオニコチノイドを含んだショ糖液と含まないショ糖液とを選択して採餌できるようにして,採餌量を測定した。
すなわち,一定数のマルハナバチとミツバチをそれぞれプラスチック容器に入れ,そこに3つの3 mlの給餌チューブを置いた。給餌チューブには2 mmの穴が4つあり,ハチはチューブに舞い降りて開口部から採餌できる。給餌チューブには,(1)脱イオン水,(2)ショ糖液(マルハナバチでは0.5 M,ミツバチでは1 M),(3)特定濃度のネオニコチノイド殺虫剤を混入させたショ糖液を入れた。ハチに24時間採餌行動をさせ,(1)から(3)の給餌チューブの重量を実験の前後に秤量した。これとは別に,培養器にハチなしで脱イオン水のチューブを入れて,実験期間中の水の蒸発量を測定した。そして,(1),(2)と(3)の減量から蒸発量を差し引いて,(1),(2)と(3)の正味の減少をそれぞれハチによる消費量とした。ネオニコチノイド濃度は1〜1,000ナノモルとした(野外の花蜜で観察された濃度は0.5〜150ナノモル)。
注:ナノモルはマイクロモルの1000分の1,ミリモルの100万分の1
その結果,マルハナバチとミツバチの双方が,調べた3種のネオニコチノイド(イミダクロプリド,チアメトキサム,クロチアニジン)のうち,イミダクロプリドまたはチアメトキサムを含む溶液を,ショ糖だけの溶液よりも好むことが認められた。マルハナバチは,実際の花蜜に認められる濃度に近いイミダクロプリドやチアメトキサムの濃度(1〜10ナノモル)のショ糖液を最も多く採餌したのに対して,ミツバチは1〜1,000ナノモルの全濃度範囲にわたって,イミダクロプリドとチアメトキサムを含むショ糖液を,単なるショ糖液よりも優先的に(有意に多く)好んだ。ただし,両ハチとも,クロチアニジンについては好むことも忌避することもなく,クロチアニジンを含むショ糖液を単なるショ糖液と同じように消費した。
なお,イミダクロプリドを好む「引きつけ」効果は,マルハナバチとミツバチともに年齢に依存し,新たに群に加わった若い働きバチは1〜10 ナノモルのイミダクロプリドを回避した。
●ネオニコチノイドを食べたハチは餌の総摂取量を減らす
ネオニコチノイドが存在すると,給餌チューブからのハチ1匹当たりの24時間での餌消費総量(ショ糖液量)が影響を受けた。
マルハナバチでは,イミダクロプリドないしクロチアニジンを食べると,平均すると,チアメトキサムないし対照のショ糖を食べたものよりも餌消費総量が減った。
これと対照的に,ミツバチでは,100〜1,000ナノモル(1マイクロモル)のチアメトキサムまたはクロチアニジンを含む溶液を食べたときにだけ,餌消費総量が減少した。そして,マルハナバチはミツバチよりもネオニコチノイドを含む餌を1.5〜10倍も多く消費し,したがってより多くの農薬に曝露された。
●ネオニコチノイドはハチの味覚ニューロンを刺激しない
昆虫は,食べ物中の栄養分や毒素を,口器から突出した口吻にある剛毛状の感覚子に存在している味覚ニューロンで検出している。ハチがネオニコチノイドを最も感度良く検知するメカニズムを有しているとすれば,味覚ニューロンのはずである。そこで,マルハナバチとミツバチを氷上で低温麻酔して,剛毛状の感覚子に存在する味覚ニューロンに顕微鏡下で塩化銀のワイヤーを接続し,ショ糖液や脱イオン水に溶かしたネオニコチノイドを摂取したときの電気信号を,アンプで増幅して記録した。
その結果,ニコチン酒石酸水素,塩化カリウム,ショ糖や酒石酸ニコチンによる電気的刺激信号は生じたが,3種のネオニコチノイドの場合には,テストしたどの濃度でも刺激信号が生じなかった。つまり,マルハナバチとミツバチともに,花蜜中のネオニコチノイドを,味では検知できないと結論できた。
では,ハチがイミダクロプリドまたはチアメトキサムを含む溶液を好むとした上述の実験結果はなぜ起きたのか。証明できていないが,これらのネオニコチノイド化合物が,味覚ニューロンでなく,ハチの脳に存在する,ニコチン性アセチルコリンレセプターに薬理学的作用を起こしたためと推定される。この点について,原著論文はこれ以上の説明を行なっていない。筆者が勝手に補足するなら,ニコチンは,分子構造の点で神経伝達物質であるアセチルコリンに類似して,ニコチン性アセチルコリンレセプターとなる。ニコチンがアセチルコリンに結合すると,人間では中枢神経のドパミン神経系が活性化されて,爽快感や覚醒作用が得られる。ハチもネオニコチノイド(イミダクロプリドまたはチアメトキサム)を摂取すると,タバコに似た軽い依存症になるのであろう。
●結論
ネオニコチノイドの混入した花蜜を採餌・消費することによって,採餌する働きバチの自然死を高めるととともに,花粉に対する採餌効率を低下させることになりうる。このことは,単独性のハチやコロニーを作るミツバチよりも,採餌ハチの割合が相対的に少ないマルハナバチなどの野生ハチに,より大きなインパクトを与えよう。
また,採餌ハチがイミダクロプリドやチアメトキサムを含む花蜜を好んで収集して,コロニーに持ち帰ることになれば,コロニー全体が,これまで予想されていたよりも高いレベルのこれら農薬に曝露されることになろう。それゆえ,ネオニコチノイド殺虫剤の使用削減を含む戦略が必要である。ネオニコチノイド殺虫剤の使用を続けながら,それを散布しない花蜜や花粉源を植えて,採取した餌中の殺虫剤濃度を希釈するといった軽減戦略は,ハチが曝露されるリスクを減らすのに十分でないであろう。