No.284 アメリカの除草剤抵抗性ダイズ畑で除草剤抵抗性雑草が増加

●アメリカにおける除草剤抵抗性ダイズとトウモロコシの普及と除草剤使用の状況

アメリカから始まって,世界的に除草剤抵抗性遺伝子やBt毒素生成遺伝子を組み込んだトウモロコシ,ダイズ,ワタなどの遺伝子組換え作物の栽培が拡大している。

このなかで除草剤のグリホサート(商品名ラウンドアップ)抵抗性作物は,トウモロコシとダイズで1996年に商業利用が始まり,グリホサートの特許権が2000年に終了して,安価な製品の利用が可能になった。そして,グリホサートは,広範囲の雑草を防除するうえに,抵抗性作物には害作用が少なく,発芽の前でも後ででも散布できる,使用しやすい防除効果の高い除草剤である。そのうえ,土壌細菌によって迅速に分解されて土壌での残留期間が短く,哺乳類,鳥類,魚類に対する毒性が非常に低いことが,米国学術研究会議 (NRC) によって確認されている (National Research Council (NRC). 2010. The impact of genetically engineered crops on farm sustainability in the United States. National Academies Press, Washington, DC. 4p. )。こうした状況下でグリホサート抵抗性作物が急速に普及した。

因みに,グリホサートは,5-エノールピルビンシキミ酸-3-リン酸合成酵素(EPSPS 酵素)を阻害する。この阻害によって芳香族アミノ酸のトリプトファン,チロシン,フェニールアラニンが欠損し,生育に必要な蛋白質や代謝系路が不足してしまい,植物は枯死してしまう。そこで,土壌細菌の持っている,グリホサートの阻害を受けないEPSPS 酵素の遺伝子を作物に組み込んだ,遺伝子組換え作物が開発された。

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アメリカにおける遺伝子組換えトウモロコシとダイズの普及状況を,アメリカ農務省経済研究局(ERS)のデータベースから作成したそれぞれの栽培面積に占める割合(図1)でみると,ダイズは専ら除草剤抵抗性ダイズが利用され,2015年で95%に達している。他方,トウモロコシでは導入された遺伝子は,アワノメイガの被害を防止するために,Bt毒素(細菌の生成する昆虫の神経毒素)が大部分で,除草剤抵抗性遺伝子は最も多かった2007年でも24%,2015年で12%にすぎない。

●ダイズにおけるグリホサートへの過度の依存による抵抗性雑草の増加

ダイズでは,急速かつほぼ全面的にグリホサート抵抗性品種に切り替えられた。そして,グリホサートによる防除に過度に依存した結果,グリホサート抵抗性雑草が増えて,グリホサートの防除効果が低下している。この問題を主に下記資料に基づいて紹介する。

Livingston, M., J. Fernandez-Cornejo, J. Unger, C. Osteen, D. Schimmelpfennig, T. Park and D. Lambert (2015) The economics of glyphosate resistance management in corn and soybean production. Economic Research Report. Number 184. 45p.

(1) なぜ除草剤抵抗性作物はダイズで多く,トウモロコシで少ないのか?

では,図1でダイズの遺伝子組換え体が全て除草剤抵抗性なのに対して,除草剤抵抗性トウモロコシのシェアがわずかしかないのはなぜか。Livingston et al. (2015) は次を指摘している。すなわち,トウモロコシでは,安価なアトラジンで雑草管理が可能だし,除草剤抵抗性品種を使えば,グリホサートでも可能である。これに対して,広葉のダイズを損なわずに,広葉雑草を防除する安価で優れた除草剤がない。このため,除草剤抵抗性品種を用いたグリホサートによる防除が急速かつ広く普及した。

(2) ダイズとトウモロコシでの除草剤使用総量の推移

ERSは農務省の統計局と協力して,農業資源管理調査Agricultural Resource Management Survey (ARMS)を実施している。このなかでダイズとトウモロコシへの除草剤使用についても代表的な州について調査を実施している。このデータベースから,ダイズとトウモロコシにおける除草剤の使用量の推移のグラフを作成した。なお,ダイズについては,イリノイ州,インディアナ州,アイオワ州,ミシシッピー州,ネブラスカ州,ノースカロライナ州の6州,トウモロコシについては,イリノイ州,インディアナ州,アイオワ州,ミネソタ州,ネブラスカ州,オハイオ州の6州について,グリホサートとその他の除草剤の総使用量の推移をグラフ化した(図2と図3)。

対象にした6つの州におけるダイズへの除草剤使用総量は有効成分で,1997年の1.82万トンから2006年には2.3万トンに増加した(図2)。グリホサートのシェアは1997年に散布された使用総量の17%から,2000年には52%,2006年には93%に増加した。トウモロコシでは,対象にした調査した6つの州での除草剤使用総量は1996年の6.2万トンから2002年には4.0万トンに減少したが,2010年には5.1万トンに増加した(図2)。グリホサートは1996年には除草剤使用総量の0.8%だけであったが,除草剤抵抗性品種がより多くの面積に栽培されるのにともない,2010年には散布された全除草剤の33%に増加した。

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(3) 2006年以降にグリホサート抵抗性雑草が深刻化

除草剤抵抗性ダイズの栽培の拡大とともに,グリホサートが繰り返し使用され,しかも,ダイズでは除草剤としてグリホサートだけを使用した面積が1996年に約25%だったのが,2000年に60%超,2006年には約95%に増加した。この結果,ダイズ圃場でグリホサート抵抗性雑草が急速に増えた。そして,2006年と2012年の間にダイズにおける除草剤使用量の動向が変化した。2006年までは専らグリホサート使用量が増加し続けてきたが,2006年以降グリホサートの効かない雑草を防除するために,作用様式の異なる他の除草剤の使用量が,2006年の1700トンから,2012年には5200トンに増加した(図2)。その結果,ダイズでのグリホサートのシェアが2006年の92.5%から2012年には80.2%に低下した。

トウモロコシでは,グリホサート以外に安価で効果の高い除草剤が利用できたため,グリホサートの使用量が元々多くなく,使用総量に占めるグリホサートの割合が対象にした6つの州で1996年に0.8%,2005年で8%に過ぎなかったが,除草剤抵抗性品種がより多くの面積に栽培されるのにともない,2010年には33%に増加した(図2)。トウモロコシでは,グリホサート抵抗性雑草の問題はまだダイズほど深刻になっていない。

(4) グリホサート抵抗性雑草の蔓延による除草剤抵抗性作物利用の環境便益の減少

除草剤抵抗性ダイズとグリホサートによる雑草防除は,使用する除草剤の種類と量を減らすことを可能にし,そのうえ,グリホサートの生物毒性が低く,残留期間も短いのに加えて,耕耘による雑草防除を不要にした。それによって,不耕起栽培などの保全耕耘が可能になり,土壌侵食で失われる土壌量を減らすといった,環境便益の向上が評価されている。

しかし,図2のダイズで明確にみられるように,グリホサート抵抗性雑草の蔓延が深刻化した2006年には,グリホサートの使用総量が増加し,2012年にはグリホサートの使用量の増加が停止したものの,他の作用様式の除草剤の使用量が増えて,除草剤使用総量が増加した。

こうした除草剤抵抗性作物の導入による環境へのプラス効果と,グリホサート抵抗性雑草の蔓延によるプラス効果の低下について,下記は次を指摘している。

Vencill, W.K., R.L. Nichols, T.M. Webster, J.K. Soteres, C. Mallory-Smith, N.R. Burgos, W.G. Johnson and M.R. McClelland (2012) Herbicide resistance: Toward an understanding of resistance development and the impact of herbicide-resistant crops. Weed Science Special Issue:2-30.

遺伝子組換え作物が急速に採用されて,除草剤を含む農薬の世界での使用量が1996年から2001年の間に有効成分で2億2400万kg(6.9%)減少し,農薬使用にともなう環境インパクト全体が15.3%減少した。なかでも,アメリカEPA(環境保全局)の規定による地下水警告ラベル表示の除草剤の数は60%,使用量は770万kg減少した。しかし,グリホサート抵抗性雑草の防除に使用されている除草剤の多くは,メタクロールやホムセイフェンなどの地下水汚染リスクの高いものになっており,グリホサート抵抗性雑草の蔓延はグリホサートに比べて環境安全性の乏しい除草剤の使用量を増やすことが懸念されている。

(5) 抵抗性雑草の蔓延を放置するよりも抑制するほうが,長期的には所得が高くなる

Livingston et al. (2015) は,除草剤抵抗性のダイズとトウモロコシを生産する際に,(1) グリホサートのみを使用したほうが雑草防除コストが低く,短期的所得が高くなるので,抵抗性雑草の蔓延を無視するケースと,(2) グリホサート以外にも作用機構の異なる別の除草剤を併用するケース(例えば,発芽前除草剤または発芽後除草剤プラスグリホサート)について,抵抗性雑草の蔓延や作物収量などを予測する生物モデルとコストや所得を予測する経済モデルを統合したシミュレーションモデルを作って検討を行なった。

その結果,グリホサート以外の他の除草剤を併用すると,防除コストは増加するが,雑草害が減少して,作物収量が増加する結果,2年目以降は異なる除草剤を併用したほうが,所得が高くなることを示した。

(6) 雑草の除草剤感受性は共有資源

抵抗性雑草の種子は風などによって拡散するので,隣接農場がグリホサートのみで雑草防除を行なうことによって抵抗性雑草を蔓延させていると,自分の農場が複数の除草剤の使用や耕種的方法で抵抗性雑草の蔓延を遅らせるようにしていても,その効果が減じてしまう。そこで,Livingston et al. (2015) は,雑草が除草剤感受性であることは,除草コストを低くし,高い作物収量を維持するので,雑草の除草剤感受性は共有資源(common-pool-resource)としての性格を有することを強調している。そして,近隣の農場が協同で抵抗性管理を行なって,抵抗性雑草の蔓延をできるだけ食い止めることの重要性を指摘している。

●除草剤抵抗性のダイズから雑草への遺伝子流出はどの程度か

では,除草剤抵抗性作物の花粉が近縁雑草と受精して,除草剤抵抗性の雑草を生じる可能性はないのか。Vencill et al. (2012) は,ダイズとトウモロコシの双方とも,アメリカには近縁野生種が存在しないので,導入したグリホサート抵抗性遺伝子が花粉を介して雑草に移る可能性は低いとしている。

しかし,日本には栽培種ダイズの原種と見なされているツルマメ (Glycine soja) が野草地,道端や川の土手で生育している。日本では除草剤抵抗性ダイズの栽培は法的には可能だが,実際には実施されていない。もしも除草剤抵抗性ダイズが日本の農家で栽培されたら,交雑によるグリホサート抵抗性遺伝子のツルマメへの転移が懸念される。

しかし,ダイズとツルマメは,双方とも自家受精である上に,開花時期も異なるので,交雑が容易に起きるとは考えにくい。ダイズとツルマメをあえて隣接して栽培し,夏期にツルマメのツルがダイズに巻き付いた状態になるように栽培した実験がある。

吉村泰幸・水口亜樹・松尾和人 (2007)(農業環境技術研究所:平成18年度研究成果情報.)

実験でツルマメは8月初旬から9月20日まで開花し,開花最盛期は9月初旬であった。そして,播種日を変えてダイズを栽培し,ダイズの開花が8月中旬から9月初旬で,開花最盛期が8月下旬で,ツルマメの開花最盛期と最も近かった組合せで,11,860個のツルマメの種子をえた。そのうちの1つだけがグリホサート抵抗性であった。このように空間と開花時期の双方をあえて非常に近い条件にしても,除草剤抵抗性遺伝子のツルマメへの流出率は,0.01 %にすぎなかった。このことから,ツルマメと組換えダイズが自然に交雑する可能性は極めて低いと結論された。

しかし,仮に日本でグリホサート抵抗性ダイズが栽培され,ツルマメと交雑が起きて,グリホサート抵抗性遺伝子がツルマメに流出したとする。そして,圃場だけでなく,圃場周辺の雑草防除にも毎年グリホサートだけが散布されたとすると,抵抗性ツルマメが選抜される可能性がある。

Livingston et al. (2015)のように,「雑草の除草剤感受性は共有資源」とするなら,特定の除草剤を多用しないだけでなく,除草剤抵抗性遺伝子を組み込んだ作物を利用すること自体が共有資源を損なうことになろう。その意味では除草剤抵抗性作物は栽培しないほうが共有資源の保全には良い。除草剤抵抗性作物の栽培を認可する際には,自家受粉作物と他家受粉作物,花粉の交雑する近縁野生種の存在の有無を確認したうえで,グリホサートだけに依存した雑草防除でなく,グリホサート以外の除草剤の併用や耕種的雑草防除法との組合せが具体的に記した,栽培マニュアルの作成とその励行を義務化することが必要になろう。