●はじめに
環境保全型農業レポート「No.248 ネオニコチノイドとミツバチ消失を巡るEUの動向」で,EUでは種子粉衣したネオニコチノイド系殺虫剤がミツバチの消失の大きな要因になっているとの証拠が蓄積され,ミツバチが訪花する作物にネオニコチノイド系殺虫剤の使用を制限すべく法律を強化した。
日本でもネオニコチノイド系殺虫剤がミツバチに悪影響を与えていると強く推測されていたが,その明確な証拠に欠けていた。今回,北日本の水田地帯に限定されているが,斑点米カメムシ防除用ネオニコチノイド系殺虫剤によるミツバチの死亡が生じていることが示されたので紹介する。
●2009年のミツバチ不足に関する調査研究報告書
日本では2009年春に花粉交配用ミツバチ不足の問題が顕在化して以来,世界的に生じているミツバチの大量死や消失が日本でも生じているのでないかと,大きな関心が寄せられている。農林水産省ではこの問題について,(独)農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の畜産草地研究所の家畜育種研究グループに所属するみつばちユニットを中核に,関係機関が協力して研究に取り組んでいる。
2009年,畜産草地研究所と名古屋大学大学院生命農学研究科は緊急調査研究を実施し,その結果を2010年に「ミツバチ不足に関する調査研究報告書」(全16頁)として刊行した。ミツバチの病気,農薬,ダニ,ウイルスの側面から検討を行ない,いくつかの要因が蜂群に影響を与えている可能性が示唆されたものの,現在我が国の蜂群に最も影響を与えている要因については同定することはできなかった。
●北日本の水田地帯の巣箱周辺でミツバチへい死の原因
2009年の緊急調査では特定の原因に絞り込むことができなかったが,北日本の水田地帯で,斑点米カメムシ防除用ネオニコチノイド系によってミツバチの死亡が生ずることが確認された。すなわち,畜産草地研究所と農業環境技術研究所は,プロジェクト研究「ミツバチ不足に対応するための養蜂技術と花粉交配利用技術の高度化」(2010〜2012年度)において,2012年7月下旬からの1か月間,北日本(具体的な場所は無記載)の水田周辺の8蜂場(ほうじょう:巣箱を置いている場所)の合計415の巣箱を対象として,継続的に調査を実施し,下記の結果を得た。
なお,この研究では,研究対象とした「巣門前でミツバチが大量に死亡して山のように蓄積する現象」を「巣門前でのへい死」と表現している。一般に「へい死」(斃死)とは,原因がはっきりしない死亡を意味する。このような現象は「大量死」として表現される場合も多いが,「大量死」は,ミツバチ群の減少や蜂群崩壊性症候群など別事象を指しても使われる場合があるため,「巣門前でのへい死」と表現した。そして,当該研究者は,対象とした「へい死」はミツバチ群の減少や蜂群崩壊性症候群などは別であるとしている。
(1) 夏季における巣門前でのへい死現象は,8蜂場のうちの5蜂場で認められた。へい死したのはすべて成虫であり,外勤蜂だけでなく,内勤蜂も含まれていたことから,ミツバチ群として影響を受けていたと考えられる。
(2) へい死の発生回数は蜂場当たり2〜10回で,のべ24回,1回当たりのへい死発生箱数は平均10.6箱であった。また,巣門前でのへい死は,8月上旬〜下旬に発生したが,この時期はイネの開花時以降で,斑点米カメムシの防除のために水田に殺虫剤を散布する時期と重なっていた。
(3) へい死したミツバチの体から,殺虫剤濃度を分析したところ,ネオニコチノイド系のクロチアニジン,ジノテフラン,フェニルピラゾール系のエチプロール,ピレスロイド系のエトフェンプロックス,有機リン系のフェントエートが検出され,これらはすべて斑点米カメムシの防除用に水田で散布されていた殺虫剤成分で,全ての死虫から2成分以上の殺虫剤成分が検出された。
(4) 検出された殺虫剤残留量は,各殺虫剤の半数致死量よりも低かった。しかし,死虫に含まれる殺虫剤の残留量は,光分解,体内での代謝,排泄等により曝露後に減少することが知られており,ミツバチ個体間には殺虫剤への感受性にばらつきがあることも確認されている。このため,実際にはミツバチ群の一部が死亡しうる量の殺虫剤に曝露された可能性が考えられた。
(5) さらに,ミツバチ群から病気は検出されず,スズメバチによる被害もみられなかったことから,今回,確認されたミツバチのへい死は,水田で斑点米カメムシ防除のために散布される殺虫剤に曝露されたことが原因である可能性が高いと考えられた。
(6) 水田周辺のミツバチ群では,収集される花粉の大部分をイネが占め,イネを花粉源として利用していた。さらに,へい死が発生したミツバチ群が収集した花粉団子から,ミツバチ死虫に残留していた上記と同じ殺虫剤成分が検出され,殺虫剤が散布された水田から花粉を収集していたことも確認された。このため,開花期にイネ花粉を求めて水田を訪れるミツバチは,この時期に斑点米カメムシ防除のために散布される殺虫剤の影響を受けていると考えられる。ただし,今回の調査で,イネの開花時期以降もへい死が発生し,死虫から上記の殺虫剤成分が検出されたことから,ミツバチは,イネ花粉の収集以外の理由によっても水田に訪れていた可能性が考えられた。
(7) 殺虫剤に曝露されたミツバチ群が,その後,群勢の低下や崩壊に至ることが懸念される。そこで,北日本の水田地帯において,夏季の斑点米カメムシ防除用殺虫剤を散布する期間に水田周辺に設置したミツバチ群と,同時期に水田用殺虫剤を散布しない山間部に設置したミツバチ群を比較調査した。水田周辺に設置されたミツバチ群では,平均300匹程度のへい死が見られ,ミツバチが収集した花粉団子の一部には殺虫剤ジノテフランが検出され,殺虫剤の影響を受けていたと考えられた。しかし,山間部に設置したミツバチ群では,へい死は発生せず,花粉中のジノテフラン濃度は検出限界以下で,殺虫剤の影響はみられなかった。その後,8月末に茨城県つくば市に両ミツバチ群を移動させて,秋季の巣箱重量の変化を比較したが,ミツバチ群間に違いは見られず,また,すべてのミツバチ群が越冬することができた。
以上のことから,今回の研究では,夏季に殺虫剤の影響を受けたミツバチ群において,秋季の群勢の低下や崩壊は確認できなかった。
(8) さらに,イネの開花期間に相当する2週間にわたって,0〜500ppb濃度のネオニコチノイド系殺虫剤クロチアニジンを含む代用花粉をミツバチ群に与える試験を行なった。給与開始から4週間後,ミツバチ群の繁殖性や育児能力の指標となる有蓋蜂児域(ゆうがいほうじいき)面積は,500ppbの場合に増加量がやや低い傾向となったが,統計学的な違いは見られず,巣門前でのへい死も発生しなかった。このことから,ミツバチが,クロチアニジンとして500ppb程度の殺虫剤を含む花粉を水田から収集,利用しても,ミツバチ群が致命的な影響を受ける可能性は低いと考えられた。
●2013年度のミツバチ被害事例調査結果
A.調査の仕方
農林水産省は2013年度から3年間,全国の都道府県の畜産部局の協力を得て,「蜜蜂の被害事例に関する調査」を次のように実施している。
(1) 養蜂家からミツバチ被害(巣門前の死虫の顕著な増加,巣箱の働き蜂の減少などの異常)を都道府県に連絡してもらい,当該都道府県の畜産部局が,被害の状況の検分およびハチに見られる症状や病気の兆候の有無の視認などを現地調査する。
(2) このとき,死後間もないと考えられるミツバチの試料が入手できる場合は,100匹程度以上を分析用試料として冷凍状態で(独)農林水産消費安全技術センター農薬検査部に送付してもらい,同農薬検査部が農薬分析を行なう。
(3) これらの調査でミツバチの大量死の原因として農薬が疑われた場合には,周辺農地での栽培作物,農薬の使用状況,養蜂家への周辺農家における農薬使用に関する情報の提供状況なども調査する。
この調査の2013年度分の結果が2014年6月に公表されている( 農林水産省 (2014) 蜜蜂被害事例調査中間取りまとめ(平成25年度報告分).18p.)。
B.調査結果
上記調査で2013年度分(調査実施期間は2013年5月30日〜2014年3月31日)として次の結果が報告された。
(1) 2013年度に都道府県から報告されたミツバチ被害は69件であった。
(2) 69件のうちの60件(87%)の被害が,7月中旬から9月中旬に発生した。なお,農林水産省が実施してきた『農薬の使用に伴う事故及び被害の発生状況』に係る調査では,4〜5月の果樹の開花期に果樹産地においてミツバチのへい死が報告されている。しかし,今回の調査は実施開始が5月末からであるため,これらの時期の被害は含まれていない。
(3) 被害は14道府県から報告された(北海道35件,青森県4件,栃木県5件,千葉県3件,岐阜県9件,広島県2件,福岡県3件,大分県2件,福島県,京都府,奈良県,島根県,岡山県及び徳島県が各1件)。北海道で多くの被害が報告されたのは,事例報告の多数を占める水稲のカメムシ防除期間(7〜9月)に,多くの養蜂家が北日本に移動して養蜂を行なっていることと関連していると考察される。
(4) 報告された被害のうち,農薬以外のへい死の原因として考えられる外部寄生ダニや蜂病の発生はほとんど認められなかった。
(5) 69件のうち57件(83%)で,巣門前に死虫(同一の蜂場の中で被害が最も大きい巣箱で1,000匹/箱以上)が観察された。
(6) 巣箱前に死虫が観察された57の蜂場には十数〜数十箱の巣箱が置かれていたが,最大の死虫数は2,000匹以下/箱のものが36件(63%)で最も多かった。10,000匹/箱以下のものが54件と全体の95%を占めていたが,20,000匹/箱の死虫が観察されたものが2件,30,000匹/箱の死虫が観察されたものも1件あった。なお,30,000匹/箱の死虫が観察された1件では,チョーク病(ハチノスカビ原因とするミツバチの届出伝染病に指定されている感染症)が認められた(有症率10%)。
(7) 被害が発生した蜂場のうち,61の蜂場の周辺で水稲が栽培されていた。そのうち水稲の開花期(出穂期〜穂揃期)に発生した46件の被害について,周辺で散布された農薬と被害の関係の解析をしたところ,そのうちの31件(67%)で,被害が発生する直前に水稲のカメムシ防除のために周辺で殺虫剤散布が行なわれていたとの報告があった。
被害発生期間に散布が確認された殺虫剤は,水稲のカメムシの防除に広く使用されている殺虫剤7種類(ネオニコチノイド系3種類(クロチアニジン,ジノテフラン,チアメトキサム),ピレスロイド系2種類(エトフェンブロックス,シラフルオフェン),フェニルピラゾール系1種類(エチプロール),有機リン系1種類(フェニトロチオン(MEP))および水稲のウンカ類等の防除に用いられる殺虫剤(昆虫成長制御剤)2種類(ブプロフェジン,テブフェノジド)であった。カメムシ防除用の7種類の殺虫剤は蜜蜂への毒性が強いため,使用にあたっては蜜蜂の被害を防止するための注意が必要なものである。
水稲の開花期に被害が発生した46件のうち,12件で死虫が採取され,その大部分から,散布の確認されなかったものも含めて,殺虫剤の成分が検出された。検出された9成分のうち6成分は水稲のカメムシ防除に用いられる殺虫成分であり,カメムシ防除に用いられる3成分(イミダクロプリド,クロチアニジン,エチプロール)は,LD50値(半数致死量)の1/10程度〜LD50値程度の高い値で検出された。なお、イミダクロプリドはネオニコチノイド系で,今回の調査では散布したとの確認はされなかった殺虫剤である。
これらから,蜜蜂被害は水稲の開花期に多く,水田においてカメムシ防除に使用した殺虫剤に直接暴露したことが原因の可能性があると考えられた。ただし,検出された農薬の有効成分の濃度からは,報告された被害の全てが農薬によると推定することはできなかった。
(8) 耕種農業者からの農薬使用情報の提供と養蜂家の情報受取の状況を比較したところ,69件の被害のうち,20%で耕種農業者から養蜂家への農薬使用時期等の情報提供が行なわれていなかった。耕種農業者が情報提供を行なったと回答した事例においても,30%の養蜂家が情報提供を受けていないと回答していた。耕種農業者からの情報を受けて,あるいは自ら情報を収集して,巣箱の退避により被害を一部軽減した事例もあった。しかし,農薬散布の情報提供を養蜂家が受けていたものの,有効な被害軽減対策が取られていないことが被害に結びついた事案が多いことが推測された。
●日本ではネオニコチノイド系殺虫剤によるミツバチのへい死は,水田地帯に限定されているのか
上記の2012年に行なわれた畜産草地研究所の研究と2013年に行なわれた農林水産省の調査は,いずれも6月以降であり,春には行なわれていない。6月以降になると,養蜂家の多くが北海道に移動していたために,2013年の農林水産省の調査が示すように,ミツバチへい死の圧倒的に多くの部分が北海道で生じ,しかも水田地帯で斑点米カメムシ防除が行なわれる7月のへい死が多く観察されたのであろう。もし,調査時期がもっと早い早春であれば,養蜂家は北海道にはまだ移動しておらず,水稲生産が始まっていない関東以西にいて,ミツバチは水稲以外の作物を訪花していたはずである。
ネオニコチノイド系殺虫剤は,多様な果樹,野菜,花き,茶樹などにも登録されている。このため,北日本の水田地帯以外でも,ネオニコチノイド系殺虫剤によるへい死が生じている可能性が考えられる。この点の確認が望まれる。
そうした確認の際に,ミツバチのへい死が群の全滅や縮小につながるほどの大規模なへい死が生じているケースの有無についても,今後2年間行なわれる予定の調査で確認することが望まれる。