No.269 ネオニコチノイド殺虫剤が脊椎動物に及ぼす影響

●はじめに

1980年代後半以降,世界的にネオニコチノイド殺虫剤の使用量が最も急速に伸び,現在では殺虫剤のなかで最も多く使用されている。ネオニコチノイド殺虫剤の特性および使用量の統計については,下記を参照されたい。

Simon-Delso, N. et al.,(2015) Systemic insecticides (neonicotinoids and fipronil): trends, uses, mode of action and metabolites. Environmental Science and Pollution Research. 22:5-34(オープンアクセス)

ネオニコチノイドはミツバチ消失の大きな原因の1つになっていると,EUや日本で問題になっている(環境保全型農業レポート「No.248 ネオニコチノイドとミツバチ消失を巡るEUの動向」,「No.256 日本でもネオニコチノイド系殺虫剤によるミツバチの死亡を確認」)。

ネオニコチノイドは,種子粉衣または土壌施用の形で施用するが,やがて生育にともなって植物体全体に浸透して作用する,浸透性殺虫剤である。同様な浸透性殺虫剤にフィプロニルがあるが,これはフェニールピラゾール系の殺虫剤である。ネオニコチノイドもフィプロニルも,中枢神経系における神経伝達を妨害する。ただし作用機作に違いがあり,ネオニコチノイドはアセチルコリン受容体と結合するが,フィプロニルはガンマアミノ酪酸(GABA)受容体と結合して,神経伝達を妨害する。ネオニコチノイドとフィプロニルの双方とも,無脊椎動物の受容体に強い親和性をもっているだけでなく,それよりも低いが,脊椎動物の受容体にも親和性を持っている。

このため,これらの殺虫剤が,野生の脊椎動物(哺乳類,鳥類,魚類,両生類,爬虫類)に対して影響するのではないかと懸念されている。イギリスとカナダのグループが,浸透性ネオニコチノイド殺虫剤のイミダクロプリドとクロチアニジンとフィプロニルが野生の脊椎動物の生活に及ぼす影響に関する152の研究から,下記総説をまとめた。

Gibbon, David, Christy Morrissey and Pierre Mineau (2015) A review of the direct and indirect effects of neonicotinoids and fipronil on vertebrate wildlife. Environmental Science of Pollution Research (2015) 22:103-118.

この概要を紹介する。

●直接的影響(急性毒性)

農薬を多量に,1回だけまとめて成熟個体に投与したときに,半数の個体が一定時間内(アメリカでは,陸生の脊椎動物の場合には96時間以内)に致死する投与量(半数致死量)を急性毒性の指標値にしている。半数致死量は,陸生動物の場合にはLD50(体重kg当たりの農薬の投与量ミリグラムで表示)で表示し,水生動物の場合はLC50(体重kg当たりの水中濃度で表示している。水中濃度とは,水1リットル当たりのミリグラムである。

これまでは,半数致死量は農薬登録のためにメーカーによって測定されたものが大部分で,測定された生物種は限定されている。調べられた生物種は,鳥類ではコリンウズラとマガモを中心に11種,哺乳類ではラットとマウスの2種,爬虫類ではフサアシトカゲ1種,魚類ではニジマスとティラピアニロチカを中心に6種,両生類ではカエル4種にすぎない。

調べた3種の殺虫剤の半数致死量は,生物種と薬剤の種類によって大きく異なり,イミダクロプリドは陸生動物で13.9〜475 mg/kg体重,水生動物で1.2〜366 mg/Lの範囲である(表1)。これをアメリカEPA(環境庁)の毒性分類に照らすと,陸生動物で「高度な毒性」から「中程度毒性」の範囲,水生動物で「高度な毒性」から「事実上無毒」の範囲となる。そして,イミダクロプリドは,鳥類,特にイエスズメやカナリアといった体の小さな鳥類には「中程度」ないし「高度な毒性」を示しており,ヨーロッパヤマウズラには「非常に高度な毒性」に近くなっている。この薬剤はラットやマウスには「中程度の毒性」だが,実際的には魚類(ニジマスとその稚魚を除く)と両生類には無毒である。

クロチアニジンは,陸生動物で「中程度の毒性」から「事実上無毒」の範囲,水生動物で「軽微な毒性」から「事実上無毒」の範囲であった。また,フィプロニルは,陸生動物では11.3から>2,000 mg/Lで「高度な毒性」から「軽微な毒性」,魚類では0.083から0.34 mg/Lで,「非常に高度な毒性」から「高度な毒性」の範囲であった。

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こうした急性毒性は一度に多量を投与した実験で測定しているので,野外では通常みられないと一般には考えられる。しかし,イミダクロプリドは一部の脊椎動物グループに「高度な毒性」を有し,フィプロニルは一部の脊椎動物グループに対して「高度な毒性」や「非常に高度な毒性」を有している。こうした急性毒性の強い殺虫剤は,感受性の高い生物グループに対して,施用の仕方によっては急性毒性が生ずる可能性が考えられる。

●直接的影響(致死未満の毒性)

成熟個体を死亡させるよりも低い濃度で調べた殺虫剤は,脊椎動物の成長,繁殖や個体発生を低減させる。繁殖への影響は,哺乳類(主にラットとマウス)では,精子生産の減少,受精プロセスへの悪影響,妊娠率の低下,胚の死亡・死産・早産の割合の上昇,子供の体重減少などが観察されている。鳥類では,精巣異常や受精成功率の低下,卵殻の厚さの減少,胚の大きさの低下,孵化成功率の低下,雛の生残の低下,雛の発達異常が報告されている。そして,調べた全ての分類群の動物で,摂食の減少ないし停止にともなっているケースもあるが,体重低下ないし体重増加の低下が生じている。

この他に,哺乳類では,化学物質が直接的または間接的にDNAに変化を与える遺伝毒性影響,子供(子宮内の子供も含む)の神経性行動障害,甲状腺障害,網膜萎縮,運動低下,不安や恐れの程度の増加も報告されている。鳥類では,神経障害による飛翔能力の低下,遺伝毒性影響,免疫応答の低下が報告されている。魚類では,胚や幼魚での遺伝子転写にともなう変化,赤血球損傷,生殖組織の崩壊,損傷された泳ぎ,脊索の退化,運動障害などが報告されている。

一般にいろいろなグループの農薬で,半数致死投与量の1/10未満の投与では,上記のような致死未満の影響が生ずることは滅多にないとされている。しかし,イミダクロプリドの場合には,半数致死投与量よりも完全に1オーダー低い(1/10)の濃度で,厳しい衰弱(運動失調など)の兆候が観察されており,さらに低い投与量(1/1,000)でもある種の影響が検出されていること指摘されている。

●自然環境におけるネオニコチノイドなどへの曝露濃度

A.水生脊椎動物

環境中の水に混入する殺虫剤濃度は,イミダクロプリドについて,オランダでのある研究で,1,465の測定値のうち98%は0から8.1μg/Lだが,残りの2%は320 μg/Lまでであることが報告されている。他の研究でも多くは8μg/L未満だが,一部にはこれを超える49 μg/Lまでの値が報告されている。クロチアニジンおよびフィプロニルの水中濃度については,5 μg/L未満の濃度が報告されている。

魚類と両生類についてのイミダクロプリドの半数致死量(LC50)は,1,200μg/Lから366,000μg/L,クロチアニジンでは94,000μg/Lから117,000μg/L(魚類のみ)と報告されている。したがって,最も極端な場合を除き,環境濃度は,魚類や両生類のLC50よりも約2から7オーダー低く,これら生物群の死亡率がこの2つの殺虫剤によって,通常濃度で使用されている限り,直接影響を受けることはないと考えられる。しかし,生理学的ストレスやDNAの損傷といった,致死未満の影響の可能性は排除できない。

一方,フィプロニルについては,魚類の半数致死濃度が0.083〜0.34 mg/L(8.3〜340μg/L)で,環境中の水での濃度として0.004〜6.4μg/Lが報告されている。この最大の環境濃度はLC50値の1オーダー内にあるため,魚類(特に感受性の高いブルーギルやティラピアニロチカ)の生残に大きなリスクが存在している。個体以下のレベルの赤血球損傷や,遺伝子転写の変更などの他の影響も考えられる。

B.陸生脊椎動物

施用した殺虫剤に陸生脊椎動物が曝露される系路には,粉衣種子の摂食,殺虫剤が浸透した作物の摂食や、殺虫剤の残留している作物体表面上を移動中における付着や,土壌中の残留殺虫剤の摂食,混入水の飲用,近傍の植生や無脊椎動物の摂食,スプレーの直接被曝や処理表面への接触による皮膚の被曝,ミストの吸入など,いくつかの系路があり,水生動物の場合よりも曝露リスクの測定が難しい。

しかし,ネオニコチノイド殺虫剤を種子粉衣する場合,例えば,種子の大きなトウモロコシでは,種子kg当たり7.5 g有効成分の粉衣が推奨されている。そして,粉衣したトウモロコシ種子にはネオニコチノイドの有効成分を最高濃度で1 mg含有していることが報告されている。イミダクロプリドの半数致死量は,ヨーロッパヤマウズラで体重kg当たり13.9 mg,イエスズメで41 mg/kgである。このため,粉衣した種子を播種した直後に土壌表面に種子が露出していて,それぞれ6粒と1.5粒を摂食するだけで,ヤマウズラとスズメの個体が50%殺される可能性が指摘されている。ヘクタール当たり13万種子の最大播種密度で播種後に土壌表面にビート種子のたった0.17%が残っていると,それぞれ270 m2と70 m2の面積に6および1.5粒の種子が土壌表面に存在し,それぞれの種の毎日の摂取範囲内にあることになる。誤って種子がこぼれた箇所にはもっと高い密度で存在しよう。イミダクロプリド処理種子が感受性の高い鳥の種に影響する潜在的リスクがある指摘されている。

また,EPAは,哺乳類と鳥類が処理した種子の餌だけを食べたと仮定して,クロチアニジンの毎日の摂取量を試算し,クロチアニジンは,少なくともナタネやワタの種子に使用した場合は,小型の鳥類や哺乳類の生残を減らしうることを示している。

●間接的影響(食物連鎖)

ネオニコチノイドなどが野生生物に直接影響するのではなく,餌となる生物を減らして,食物連鎖を介して脊椎動物を減らしたり,対象野生生物を抑制している他の生物を減らして,対象野生生物を増やしたりするといったことなどが,間接的影響である。

これまでに,ネオニコチノイドとフィプロニルの,脊椎動物の野生生活に及ぼす間接的影響を調べた研究は少ないが,そうした研究から,次が認められている。

(1) 水稲試験圃場で,イミダクロプリドとフィプロニル双方の施用によって,メダカの成熟個体と稚魚の成長が低下したのは,農薬の水中濃度がメダカに直接的影響を及ぼすには低すぎ,餌の無脊椎動物の量を減らすには十分高いため,メダカの餌の量が減ったことによる間接的影響と推定された。

(2) マダガスカルで,移動性バッタの大発生を防除するために行なったフィプロニルの散布によって,シロアリ個体の数が半分に減少した。その結果,シロアリを餌にしている2種のトカゲ,マダガスカルイグアナとスキングトカゲの個体群が減少した。

●結論

殺虫剤のネオニコチノイドとフィプロニルは,脊椎動物に対して,その毒性によって直接的に,また,餌の供給量を減らして間接的に影響を与えている。急性毒性(LD50やLC50)は,生物群や浸透性殺虫剤の種類によって大きく異なるが,イミダクロプリドとクロチアニジンは穀食性の鳥類種に,フィプロニルは感受性の高い魚類に急性毒性をあたえるリスクが存在する。しかし,そうした極端なケースを除き,環境中に存在するネオニコチノイドやフィプロニルの濃度は,致死を引き起こす値よりもかなり低いと考えられるが,致死未満の影響はまだ広くは研究されていない。最近の浸透性殺虫剤は,脊椎動物自体を殺すというよりも脊椎動物の餌の無脊椎動物を殺す点でもっと効果的なので,脊椎動物に対する間接的影響は,直接的影響よりもはるかに重要であろう。