●経緯
環境保全型農業レポート「No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状」において,イギリスの有機農業団体である土壌協会が委託した調査報告書の概要を紹介した。その中で,ドイツは,バイオマスから生産したメタンを主体とするバイオガス生産量がEUで断然に多いことと,バイオガス生産効率の低い家畜ふん尿を原料として利用するのを放棄し,青刈りトウモロコシなどの作物を原料にするように転換してきていることを紹介した。
また,環境保全型農業レポート「No.264 OECDの農業用グリーングロース指標(案)」において,農業での直接エネルギー単位使用量当たりの国際ドルで表示した農業生産生産額の比率が,ドイツが他のOECD国に比べてダントツに高いことを紹介した。ドイツの農業粗生産額は日本の約2倍もある。ドイツの農業における直接エネルギーの消費量は,1998年から1999年にかけて半減した(図1)。その理由は不明だが,直接エネルギー消費量は日本よりも少ない。ドイツは農業由来の有機物に起因したバイオガス由来のエネルギー量が世界で最も多いので,これを直接エネルギー消費量から差し引いているのも一因と推定される。
こうしたことから,ではドイツでのバイオガス生産がどのようになっているかを調べ直してみた。
●ドイツにおけるバイオガス生産の概要
下記の文献を基にして,ドイツにおけるバイオガス生産の概要を紹介する。
(1) FNR (Fachagentur Nachwachsende Rohstoffe e.V.) (2008) Biogas – an introduction. 25p.
(3) EurObserv’ER (November 2014) Biogas Barometer 2014. 6p.
まず,用語を説明しておく。
▼ バイオガスは,バイオマスの嫌気的発酵で生じたメタンと二酸化炭素を主成分とするガスで,その組成はメタン50-75%,二酸化炭素25-45%,水分2-7%,酸素<2%,窒素<2%,アンモニア<1%,硫化水素<1%である(文献(1))。
▼ バイオメタンは,バイオガスないし他のバイオマス由来のガスで,メタンを>87%に濃縮し,アンモニアや硫化水素を除去して,天然ガス供給網に注入できるように処理したものである(文献(1))。
ドイツでは,1991年の「電力固定価格買い取り制度法」Act on Feed-In of Electricity (StrEG) と,2000年の「再生可能エネルギー法」Act on Renewable Energy (EEG)と2004年のその改正よって,農業におけるバイオガス生産のブームが始まった。バイオガスプラント数と発電設備容量(メガワット:100万W)を図2に示す。
バイオガスは様々な有機物から生成できるが,図2の統計を得る過程で,2011/12年に652のプラントについて原料有機物を調査した結果,プラントに投入された有機物重量は,エネルギー作物49%,家畜ふん尿43%,食品工業残渣および農業残渣1%などであった(文献(2))。このことは,バイオガスプラントの大部分は,農場に設置されて,農業由来の有機物資源を使ってバイオガスを生産していることを表わしている。
バイオガスは上記のプラント以外にも,下水処理場や工場の排水処理施設で生じた下水汚泥からや,埋立地の有機性ゴミからも生産されている。こうした下水汚泥や埋立地から生じたバイオガスを収集して利用しているケースもある。イギリスは,有機物からメタン発酵させるプラントは持っておらず,バイオガスの大部分は,埋立地で発生したバイオガスを収集したものである。バイオガスは直接燃焼させて熱エネルギーとして利用する場合もあるが,大部分は発電に使われている。また,メタン>87%に濃縮し,アンモニアや硫化水素を除去したバイオメタンを,天然ガス供給網に注入して天然ガスと混和して,天然ガスとして熱エネルギーに利用したり,発電に利用したりしている。コジェネレーションでの発電の際には,電気に加えて,生じた熱を地域暖房などに用いている。また,バイオメタンを水素ガスに変換して,燃料電池としての利用も今後強化されると考えられる。
EUの2013年におけるバイオガスから発電量(ギガWh:1000 MWh)を図3に示す。図から分かるように,バイオガスの生産量とそれからの発電量はドイツが断然多い。
●農業由来有機物からのバイオガス生産
嫌気的条件で様々な微生物が関与し,大きく分けて4つの段階を経て,有機物が分解されてメタンが生産される。
(1) 高分子有機物(炭水化物,蛋白質,脂肪)の低分子有機化合物(糖,アミノ酸,長鎖脂肪酸)への分解
(2) 低分子有機化合物からの揮発性脂肪酸(プロピオン酸,酪酸,酢酸など)の生成
(3) 脂肪酸から酢酸,水素+二酸化炭素の生成
(4) バイオガス(メタン+二酸化炭素)の生成
(4)のプロセスを行なうのがメタン生成細菌で,酢酸からメタンと二酸化炭素を生成する細菌と,水素と二酸化炭素からメタンを生成する2つのタイプが存在する。ドイツのバイオガスプラントで調査した結果によると,大部分のプラントには後者のメタン生成菌が優占し,前者のメタン生成菌が優占しているのはアンモニア濃度が低く運転されているプラントだけであったという(文献(4))。
代表的な有機物からのバイオガス収量(m3/t新鮮重)を比較すると(括弧内はメタン濃度%),トウモロコシサイレージ202 (52%),牧草サイレージ172 (54%),家禽ふん80 (60%),豚ぷん尿60 (60%),牛ふん尿45 (61%),液状豚ぷん尿28 (65%),液状牛ふん尿25 (60%)などである(文献(1))。有機物中の炭水化物,蛋白質や脂肪が家畜に吸収されて,その含量が低下してしまっている家畜ふん尿では,バイオガスの収量が少ない。このため,環境保全型農業レポート「No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状」で,次のように記した。すなわち,「家畜ふん尿はバイオガス生産のための基質としては,植物体そのものよりも劣るために,家畜ふん尿を原料にしたバイオガスプラントの生産能力は低く,多くのプラントは深刻な資金問題を抱え,家畜ふん尿だけに依存している限り,集中バイオガスプラントが経済的に活力を持てるのは不可能であると指摘されている。」。他方,青刈りのトウモロコシなどのエネルギー作物は,サイレージ化すると,メタン発酵の中間産物の乳酸や酢酸を数日中に生成して貯蔵性が高い上に,メタン収量が高い。このため,ドイツではエネルギー作物を利用したバイオガス生産に傾斜した。
バイオガスを効率良く生産するには,元素の重量比をC:N:P:S=600 : 15 : 5 :1を目安に調整することが必要である。このため,炭素の少ない豚,乳牛,鶏のふん尿には,ガス収量を高めるために補基質を添加している。典型的な補基質は,シュガービートの茎葉,農業関連産業の有機廃棄物,食品残渣,家庭やエネルギー作物から集めた廃棄物などである(文献(4))。
●エネルギー作物利用によるバイオガス生産を抑制
バイオガスをトウモロコシサイレージなどのエネルギー作物から生産するのは,家畜ふん尿を原料にする場合よりもはるかに効率的である。しかし,農地で食料用作物を生産し,それを食料に利用しないことは,人類の持続可能性の将来を考えたときに,アメリカのトウモロコシからのバイオエタノール生産と同様に,好ましいものではない(環境保全型農業レポート「No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘」参照)。このため,EUの欧州委員会は2014年7月28日に,電力,加熱および冷却に使用される固形および気体バイオマスの持続可能性に関する作業文書を刊行した (SWD(2014) 259 final )。
この文書のバイオガスのセクションで,エネルギー作物の使用によって生ずる環境問題に焦点を当て,バイオガス装置の温室効果ガス排出パフォーマンスを向上させるために,家畜ふん尿,スラリー,他の有機廃棄物の使用パーセントを高めることを奨励した。そして,EUのJRC(共同研究センター)は,100%の有機廃棄物ないし70%スラリーと,30%トウモロコシのブレンドを奨励した(文献(3))。
また,ドイツは再生可能エネルギーのコスト効率向上を図る観点から,「再生可能エネルギー法」の改正を2014年8月1日に施行した。この改正で,コスト効果が悪い固形バイオマスとバイオガスが特にやり玉にあげられ,エネルギー作物を使用したバイオガス生産に対してこれまで支給されていた割増金が撤回され,有機廃棄物や農業廃棄物の使用を助長するとともに,バイオガス生産への割増金全体が引き下げられた。このため,ドイツだけでなく,EU各国のバイオガス生産は営業的に厳しくなり,アジアやアメリカのマーケットでの事業展開で収益減をカバーし始めている(文献(3))。