●有機農業基準の国際的経緯
(1)コーデックス委員会
1998年にコーデックス委員会 * によって,国際的な有機農産物(畜産物を除く)の生産および表示基準のガイドラインが合意された(コーデックス委員会:「有機的に生産される食品の生産、加工、表示及び販売に係るガイドライン(CAC/GL 32-1999)(日本語訳)」:Codex Alimentarius Commission. Guidelines for the Production, Processing, Labelling and Marketing Of Organically Produced Foods (CAC/GL 32-1999)(英文)。
*コーデックス委員会:FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会で,国際的な食品基準,ガイドライン,優良行為規範などを策定する国際機関。
(2)日本
これに先だって,日本は,1992年に「有機農産物等に係る青果物等特別表示ガイドライン」(加工米と米麦を除く)を施行したが,正規の法律ではなかった。コーデックス委員会によるガイドラインの決定を契機に,「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)の一部を改正して,同法が有機農産物の生産と表示を扱えるようにした。そして,コーデックス委員会のガイドラインに準拠して,2000年に「有機農産物の日本農林規格」,2005年に「有機畜産物の日本農林規格」を告示した。
(3)アメリカ
アメリカは,州ごとに作られていた有機農業法を連邦として統一するために,1990年に「有機食品生産法」を公布した。しかし,これは枠組だけで具体的基準は規定されなかった。1997年に「全米有機農業基準案」を策定したが,正式承認には至らず,2000年になって「全米有機農業基準」が公布された。
これに対して,EUは,1991年にいち早く「有機農業基準」(除家畜生産)を施行した(Council Regulation (EEC) No 2092/91 of 24 June 1991 on organic production of agricultural products and indications referring thereto on agricultural products and foodstuffs)。そして,コーデックス委員会のガイドラインの成立を待って,家畜生産に関する有機農業基準を含め,1999年に有機農業基準の改定を行なった。
(4)EU
EUは,2004年以降に旧東ヨーロッパの国々などが新規に加盟して,それまでの15か国が現在27か国に増えている。こうした加盟国の増加に対応し,農業における環境,生物多様性や動物福祉の保護を強化するように有機農業の位置づけを再強化し,有機農産物の品質の一層の向上を図るために,EUは,有機農産物の生産と表示に関する規則(以下「規則」と略記)(Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91)とその実施規則(COMMISSION REGULATION (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labeling and control )を全面的に改正し,2009年1月1日から施行した。
●EUの有機農業規則の問題点
EUは,新しい「規則」の立案段階において,次のいつくかの点について議論を決着できなかった。そこで,「規則」の第41条に,施行後の経験を踏まえて,欧州委員会が,下記の問題点の状況と今後の扱い方について報告書を欧州議会に提出することが規定されていた。
(1) 「規則」の範囲:特に大規模ケータリング経営体の調理した有機食品を「規則」の範囲に含めるのか否か。
(注:大規模ケータリング経営体とは,「EUの衛生と食品表示に関する指令」(Directive 2000/13/EC of the European Parliament and of the Council of 20 March 2000 on the approximation of the laws of the Member States relating to the labelling, presentation and advertising of foodstuffs)によって定義されているが,レストラン,病院,ケータリング(仕出し)業者などに,調理した食品を提供する大規模なケータリング経営体のこと)
(2) GMO(遺伝子組換え生物)生産物の意図しない混入:GMOの栽培・飼育やその生産物の使用は「規則」で禁止されている。しかし,GMOによらない生産物を全て完全に排除することは現実的に難しくなっている。そこで,GMO生産物の意図しない混入をどう扱うのか。
(3) 有機生産物の管理システム:「規則」に定められている有機生産物の管理システムが,EUとEU域外との間における有機生産物の貿易をゆがめていないか。
欧州委員会は各加盟国に上記の問題を中心にした質問状を送付し,2011年3月に寄せられた回答を参考にして,下記の報告書を作成した。その概要を紹介する。
●有機農業規則の範囲
A.大規模ケータリング経営体は対象に含めない
「規則」は,その第1条において,『「規則」を大規模ケータリング経営体に適用してはならない。加盟国は,大規模ケータリング経営体に由来する製品の表示と管理が,共同体の法律に準拠しているなら,国の規則またはそれがない場合には民間の基準を適用することができる。』と規定している。
こうしたのは,「規則」の立案段階では,「衛生と食品表示に関する規則(Directive 2000/13/EC)にしたがって,大規模ケータリング経営体はきちんと管理できていると判断して,大規模ケータリング経営体を対象範囲に含めることは時期尚早であると判断した。
現在,7つの加盟国が,ケータリング経営体のが提供する食品の表示について国の規則を導入しており,他の10の加盟国では民間基準を適用している。これらの規則は,成分,料理,メニューないし全ケータリング操作を認証するものとなっている。こうした管理システムを確立している加盟国からは,特に難しい問題が指摘されなかった。
加盟国の大方は,大規模ケータリング経営体を対象に加えると,複雑性が増すだけでなく,そのローカル特性から貿易に与えるインパクトは限られているため,当面,有機生産に関するEU規則の対象にすべきではないという意見であった。欧州委員会は,現段階では大規模ケータリング経営体を「規則」に含める必要は現在ないと結論するが,当該セクターの今後の展開を注視するとした。
B.織物と化粧品も対象に含めない
「規則」は,対象を農産物(特に無加工農産物ないし食用加工農産物)に限定し,織物や化粧品を対象にはしていない。そのため,現在の「規則」の範囲を超える製品を対象にするには,「規則」を根本的に変更する必要が生じてくる。
EUは様々な製品について自主的なエコラベル制度を設けているが,織物についてもエコラベル基準が定められている(Commission Decision of 9 July 2009 establishing the ecological criteria for the award of the Community Ecolabel for textile products. 2009/567/EC )。エコラベル基準で,ワタの場合,綿製品の95%が「規則」に準拠した有機ワタで作られているなら,「有機綿」の名称が許されている。また,綿製品の70〜95%が有機ワタで作られている場合には,「有機ワタ○△%製品」と表示することが許されている。
化粧品には,いろいろな植物油や植物抽出物のような農業由来原料が使用されている。現在EUには,自然ないし有機の化粧品の基準を定めた法律はない。ISO(国際標準化機構:様々な工業製品の国際規格を策定する民間の非政府組織)が,「自然および有機」の表示を含めて化粧品の国際基準を作成中である。
欧州委員会は,将来的には,EUの法律でも「有機」の表示を織物や化粧品にまで拡大する価値があると考えている。しかし,当面は,織物と化粧品の有機表示を「規則」の拡大によって行なわなくとも,他の方法によって消費者と生産者の利益を適切に保護できる。そして,対象とする生産物の範囲を拡大するよりも,農業生産物のための規則と管理の側面を深化させることを優先することが必要と結論した。
●有機食品生産における遺伝子組換え生物の禁止
A.有機食品における遺伝子組換え生物の禁止の規定
有機生産システムは慣行生産システムと完全に分離されていないので,有機農業システムにGMOそのもの,GMOまたはその一部から生産した加工品(GMOそのものを含まない),およびGMOを利用して生産した製品(遺伝子組換え微生物などによって生産したビタミン,アミノ酸などの食品や飼料の添加物,加工補助剤の酵素など)が意図せずに混入することを完全に排除することはできない。
しかし,1991年の「旧有機農業規則」はGMOを禁止しつつも,意図しない混入には対処していなかった。EUは「遺伝子組換え食品および飼料に関する規則(EC) 1829/2003」によって,2003年にEUにおける遺伝子組換え食品や飼料の承認手続や表示などを規定した。その中で,非遺伝子組換え生物の食品や飼料に,遺伝子組換え生物のものが偶然または技術的に不可避な形で混入する閾値として0.9%を認めた(因みに日本は,この閾値を5%としている)。2007年の新しい「規則」では,その第9条で,この不可避なGMOの混入について,上記の一般規則(0.9%)を適用することを明記した。
B.GMO混入リスク軽減のための方策の必要性
遺伝子組換え作物の栽培が増えると,有機農産物へのGMOの混入率が高まる危険が増える。なかでも飼料で意図しないGMOの混入が懸念されているが,有機生産者の努力によって,ダイズやトウモロコシでの意図しない混入は 0.1%未満のごくわずかなレベルでとどまっている。
加盟国などに出した質問状への回答の大部分は,現在の「規則」の法的フレームワークは,有機生産システムにおけるGMOの禁止について十分な保証を与えており,表示にGMOについて何らの論及なしで市場流通している生産物には,0.9%未満の意図しない混入しかないことが担保されているとしている。
いくつかの加盟国は,GMOの検出レベルについて,有機生産で使用する生産物には特別な閾値として,0.1〜0.3%の検出限界を使用することを推薦してきた。そして,5つの加盟国では,有機生産物中に存在する意図しないGMOの混入レベルを,一般的レベルの0.9%よりも低いレベルで認証する民間事業が,ダイズ,トウモロコシ,ナタネ,コメ,アマで実施されている。しかし,有機生産物中のGMOの意図しない混入について特別の閾値を設定すると,事態が複雑になり,生産者と消費者の負担するコストが増えることが懸念されるため,0.9%と同じ閾値を維持するのが好ましいという意見が多数派となっている。
欧州委員会は,2009年に遺伝子組換え作物と慣行農業および有機農業との共存についての報告書(COM (2009) 153 final of 2.4.2009 Report from the Commission to the Council and the European Parliament on the coexistence of genetically modified crops with conventional and organic farming )を刊行し,その中で,GM作物は既存の非GM農業に証明できるほどのダメージを生じていないと結論した。
しかし,GMOの意図しない混入が0.9%を超える事態がいったん生じるようになると,有機農業の所得が大幅に減少する可能性がある。このため,2010年に欧州委員会は,慣行および有機の作物におけるGMOsの意図しない混入を回避する,国としての共存方策を策定するためのガイドラインを勧告した(Commission Recommendation 2010/C/200/01 of 22 July 2010 )。さらに,欧州委員会は,欧州議会および閣僚理事会に,採択されたら,加盟国が自国内でGMOの栽培を制限ないし禁止するのを可能にする規則案を提出している(COM (2010) 375 final of 13.7.2010 Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council amending Directive 2001/18/EC as regards the possibility for the Member States to restrict or prohibit the cultivation of GMOs in their territory )。
欧州委員会は,最近におけるGMOの展開と有機農業への影響を分析した上で,これらの作業をさらに進めるか否か,検討する必要があるとした。
C.日本の「有機農産物の日本農林規格」
因みに,日本の「有機農産物の日本農林規格」,「有機飼料の日本農林規格」や,「有機加工食品の日本農林規格」などでは,遺伝子組換え原材料の使用を認めていない。しかし,遺伝子組換え技術を用いていない原材料なら,非有機原材料の5%以下の混入を認めている(「有機農産物及び有機加工食品のJAS規格のQ&A」(問21-14))。
これと同様に,遺伝子組換え食品の表示に関する規定では,遺伝子組換え食品と非遺伝子組換え食品とを分別生産流通管理することを義務づけている。しかし,分別生産流通管理を行なっても,非遺伝子組換え原料への遺伝子組換え原料への意図しない混入が生じやすい。このため,ダイズとトウモロコシについては,5%以下の意図しない混入の生じた有機加工食品は有機食品として表示することを認めている(消費者庁食品表示課:食品表示に関する共通Q&A,第3集:遺伝子組換え食品に関する表示について)。
他方,「有機農産物の日本農林規格」など有機生産の基準では,食用農産物や加工食品ならびに飼料は,原則として,すべて遺伝子組換え技術を用いていないものと規定している。ただし,有機飼料については,飼料に微生物や酵素を添加する場合の微生物の培養では,使用する微生物などの生育に必要不可欠であり,かつ,やむをえない場合には,製造工程において化学的に合成された物質が添加された培地や,遺伝子組換え技術を用いた培地を使用することができるとしている(「有機畜産物及び有機飼料のJAS規格のQ&A」問7-4)。
また,「有機農産物の日本農林規格」の別表1に規定した肥料および土壌改良資材のうち,植物およびその残さ由来の資材,発酵,乾燥または焼成した排せつ物由来の資材,食品工場および繊維工場からの農畜水産物由来の資材並びに発酵した食品廃棄物由来の資材については,その原材料の生産段階において組換えDNA技術が用いられていない資材に該当するものの入手が困難である場合には,当分の間,組換えDNA技術を用いたトウモロコシなどを飼料に利用した家畜ふん尿や,遺伝子組換え農産物を原料にした加工食品製造にともなう食品廃棄物の肥料や堆肥への利用を認めている。
●有機生産物のEUへの輸入制度
(1)世界の有機食品の販売額
2008年における世界の有機食品(飲料を含む)の販売額は,USドルで509億ドル(2008年の年間平均為替レートによる1ドル104.23円での換算額で5兆3000億円)であった。このうち,北アメリカが230億ドル(2兆4000億円),ヨーロッパが260億ドル(2兆7000億円)で,北アメリカとヨーロッパで96%を占めていた。これは両者とも,自国での生産量をはるかに超える多量の有機食品を,中央・南アメリカ,オーストラリア・ニュージーランド,アフリカなどから輸入しているからである(環境保全型農業レポート「No.172 世界の有機農業の現状(2)」)。
(2)EUの法律に準拠した有機食品のEUへの輸入
EUは「規則」の第32条と第33条で,EUが有機食品を輸入する際の2つの制度を規定している。その内容についてより具体的には,実施規則(Commission Regulation (EC) No 1235/2008 of 8 December 2008 laying down detailed rules for implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 as regards the arrangements for imports of organic products from third countries. )で規定している。
2つの制度の1つは,EUの「規則」にしたがって生産し,認証を受けるものである。この制度は,有機農業に関する法律や認証などの必要な管理体制が整備されていない途上国などが,EUの承認を得た所管官庁や認定を受けた認証機関を整備して,EUのシステムどおりに自国の有機農業者の生産する農産物を認証するものである。
(3)EUの法律との同等性に基づくEUへの輸入
もう1つは,EUの同等性承認である。これは申請のあった国の生産システムがEUの有機農業の原則および生産基準に同等であり,その管理手段も同等の効果を持つと承認する制度である。日本から輸出された農産物を例にあげると,その農産物が「有機農産物の日本農林規格」および「有機加工食品の日本農林規格」に基づいて生産され,日本の13の登録認定機関の認証を受けた有機農産物と有機農産物加工食品(原材料も含めて日本で生産されたもの)は,EUの「規則」に基づくものと同等であるとして,EU加盟諸国に「organic」などと表示して輸出できる。そのことが2010年5月31日付けで認められている(Commission Regulation (EU) No 471/2010 of 31 May 2010 amending Regulation (EC) No 1235/2008, as regards the list of third countries from which certain agricultural products obtained by organic production must originate to be marketed within the Union.)(農林水産省プレスリリース「有機JASマークが付された有機農産物等に「organic」等と表示してEU加盟諸国へ輸出することが可能となったことについて」)。
しかし,「同等性」であることは,「同一」であることではない。EUは既に11か国との間で同等性の承認を行なっているが,11か国の有機農業に関する法律がEUのものと同一であることは決してない。各国の有機農業基準は,コーデックス委員会の「有機的に生産される食品の生産、加工、表示及び販売に係るガイドライン(CAC/GL 32-1999)」を最低条件として踏まえて作られている。コーデックス委員会のガイドラインを下回っていては論外だが,それを満たしていれば,関係国間での話し合いで同等性の是非が検討される。つまり,マイナーな違いは認められるが,あまりにも異なる規則は認められないが,その境界は明確ではなかろう。
(4)例外的暫定措置
輸入事業者が流通業者に販売するのではなく,EUの最終消費者に直接販売する場合ならば,EUの「規則」と同等性を持つ有機生産物を荷口ごとに加盟国の所管官庁に輸入を申請して,許可をえることができる。この対象になる荷口は,同等性を認められている生産国の検査証明を添付していることが前提である。ただし,これは暫定措置であり,徐々になくしていくことになっている。
(5)欧州委員会の結論
EU以外の国が,EUの「規則」を完全に遵守して有機生産を行なっていることを管理する所管官庁や管理機関を整備して,EUの法律に準拠した有機食品の生産・管理ができることを承認して欲しい場合は,2014年10月31日までに申請することになっている。この方式はEU域外にあって,EU域内と同じ基準や管理を要求し,それを完遂していることの証明を求めるものである。
この方法は,同等性の承認に基づくものに比べて,EU域内市場にアクセスしやすいとはいえず,輸出国に利益を余計にもたらすかは疑問で,消費者に利益をもたらすこともないであろう。さらに,同等性の承認に基づくシステムと比べて,事務的労働負担をふやすことになろう。欧州委員会は,貿易相手国に同等性の承認に基づくシステムを行なうように説得したいとしている。
同等性の申請書類を検討する際には,当該国の有機基準と管理システムが,EUのものに同等であるか否かを判定するために,現地調査を含めて詳細な評価を行なう。この評価にはかなりの人的,金銭的資源が必要である。その上,評価は複雑で高度な技術的ノウハウが必要で,これまでになされた評価では時間を要している。欧州委員会は使用している手続のさらなる合理化を研究し,監督の単純化や補強の方策を提案する予定である。