No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘

 バイオ燃料については,環境保全型農業レポート「No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響」で,農産物価格への影響を中心に紹介した。その後,先進国で構成するOECD(経済協力開発機構)が,世界的に過熱気味のバイオ燃料に警鐘を鳴らす報告書を2008年7月16日に公表したので,その概要を紹介する (OECD (2008) Economic Assessment of Biofuel Support Policies. 119p) 。

●2007年の主要なバイオ燃料製造国

 2007年における世界のバイオ燃料の製造量は,バイオエタノールが520億リットル(アメリカ265億,ブラジル190億,EU 22.5億リットルなど),バイオディーゼルが102億リットル(EU(ドイツ,スウェーデンなど)61億,アメリカ16.9億リットルなど)である。そして,2007年時点で輸送用燃料総量に占めるバイオ燃料の割合は,ブラジルで約20%にも達しているが,アメリカやEUでもそれぞれ約3%と2%弱にすぎず,他の国ではさらに少ないが,バイオ燃料の生産と利用を開始ないし考慮し始めている。

●バイオエタノールとバイオディーゼル

 エタノールは炭水化物を含むバイオマスから発酵によって生産され,通常低濃度でガソリンに添加されて利用されている。ブラジルやアメリカはガソリンに10%のエタノールを添加しており(E10),この混合物はガソホールと通称されている。ヨーロッパの一部の国は5%を添加している(E5)。こうした低濃度のエタノールならエンジンの改良は必要ない。エタノールのオクタン価は高いので,エタノールを30%以上に高めるケースもあるが,その場合にはエンジンの改良が必要になる。

 高オクタン価のアンチノック剤として機能するMTBE(メチル-t-ブチルエーテル:CH3OC(CH3)3)にエタノールを変換してから,ガソリンに添加することもある。かつてアメリカでは,老朽化した地下タンクから漏出したガソリンによってMTBEの地下水汚染が問題になった。つまり,漏出したガソリンは地下水に混ざらないで,土壌に保持されているうちに,土壌微生物によって徐々に分解された。しかし,発がん性を有するMTBEは地下水に溶けて拡散し,地下水汚染問題を起こした。このため,アメリカは2005年にガソリンへのMTBEの添加を2014年12月31日以降禁止することを決定している。

 動植物性の油脂そのものでは粘度が高すぎて,エンジンに不具合を起こしやすい。そこで,動植物性油脂にメタノールと触媒(通常水酸化ナトリウムか水酸化カリウム)を加えて,油脂分子を分解してエステル交換反応を起こし,これに酸を加えて中和したうえで,脂肪酸メチルエステルとグリセリンに分離させる。分離した脂肪酸メチルエステルを精製したのがバイオディーゼル燃料である。

●原油価格が上昇しても,バイオ燃料のコスト的優位性は高まっていない

 マクロ的にはバイオ燃料価格は原油価格に連動して変動している。このため,原油価格が高騰している現在は,バイオ燃料価格も上昇し,その生産の経済的優位性が高まっていると一般には考えられがちである。しかし,2004年に比した2007年のバイオ燃料原料の国際価格は,トウモロコシが1.86倍,コムギが2.11倍,植物性オイルが1.91倍に値上がりした。このため,ブラジルのサトウキビ由来のエタノールを除くと,バイオ燃料の生産コストは2006年に比して2007年には大幅に上昇した。2007年のバイオ燃料の正味の生産コストを1リットルのガソリン相当価格で表示すると,ブラジルのサトウキビから製造したエタノールは0.2 USドル台で,約0.5ドルのガソリンよりも安価である。しかし,アメリカのトウモロコシから製造したエタノールは約0.7 ドルで,ガソリンよりも高価である。さらに,EUの砂糖テンサイから製造したエタノールが約0.8ドル,コムギから製造したエタノールは約1.3ドル,ナタネから製造したバイオディーゼルが約1.7ドルで,ガソリンよりも高価であり,特にナタネ価格上昇によってバイオディーゼルの競争力は低下している。

●政府支援は国内消費者に割高なバイオ燃料を強いることになる

 ブラジルを除くと,バイオ燃料価格はガソリンよりも高く,政府の公的支援があってはじめてバイオ燃料の利用が可能になっている。本報告書は,アメリカ,EUとカナダのバイオ燃料の供給・利用に対する合計支援額は2006年で年間約110億USドルに達し,中期的(2013-17年の平均年額)には年間250億USドルに増加すると試算している。

 政府がバイオ燃料に対して実施している支援の理由は国によって様々である。共通して温室効果ガスの排出削減や化石エネルギーの削減をバイオ燃料に対する支援の第一の理由としているものの,二位以下の理由は国によって異なり,エネルギー輸入量の削減,都市の汚染軽減,農業所得の向上,農村開発/雇用の創出などの様々な理由を指摘している。

 政府が行なっている公的支援は次の三つのカテゴリーに区分される。

 金銭的支援 バイオ燃料製造業者,小売業者や利用者に対する税の割引か,バイオ燃料の製造・利用に必要なインフラや装置の整備に対する直接支援のいずれかの形でなされている。これらの手段は,既往の税収を減らすか,追加出費を増やすかして,政府予算に直接影響する。

 法的規制 輸送燃料の全使用量に占めるバイオ燃料のシェアないし使用量が最低値以上とすることを法律で規定する。この手段は公的予算に影響しない。しかし,大方の国ではバイオ燃料の方がガソリンよりも高いために,消費者の燃料代負担を増やす。

 貿易制限 主に輸入関税をかける形の貿易制限が行われる。コスト効率の悪い国内のバイオ燃料産業を低コストの外国との競争から保護するための制限であり,国内のバイオ燃料価格を高いものにする。この手段は国外に存在するより安価な代替供給者を活用せずに,国内利用者にコスト負担を強いることになる。

●バイオ燃料による温室効果ガス排出削減効果はケース・バイ・ケース

 栽培・収穫したバイオマス原料から製造したバイオ燃料を使用した場合について,本報告書は温室効果ガス排出量の削減率をまとめている。これは栽培から使用までの全工程で排出される温室効果ガス量を,原油から製造したガソリンやディーゼルだけを輸送燃料として使用した場合と比較した研究を整理したものである。そのうち,土地利用が同じ,つまり,森林や草地を畑に開墾するのでなく,畑を畑として利用した場合については次が示されている。

 ブラジルのサトウキビからエタノールを製造した研究例は,いずれもガソリンの場合よりも70%以上の温室効果ガス排出削減率を示しており,約85%の削減率を示した研究が多い。そして,砂糖製造時の副産物から発電する場合には100%を超えるケースもありうる。

 しかし,アメリカ,EUおよびカナダでの現在の支持政策が対象にしている原料では,温室効果ガス排出の削減はずっと少ない。つまり,コムギ,テンサイや植物油から製造したバイオ燃料では温室効果ガス排出の削減は一般に30%以上から60%までで,トウモロコシから製造したエタノールでは通常30%以下の削減で,削減率がマイナスになるケースもある。これは化学肥料の施用量やエタノール製造時のエネルギー使用量などによって,温室効果ガス削減率が変わってくるためである。それゆえ,化学肥料を施用しない木材を原料にして製造したエタノールの場合には,サトウキビなみの高い削減率が得られている。

 ただし,炭素蓄積量の多い泥炭土壌,森林土壌や草地土壌を開墾して畑にして作物を栽培した場合には,土壌蓄積炭素の多くが二酸化炭素になって放出されるので,上記の温室効果ガス排出削減率は著しく低下する。

●現在の支援策ではバイオ燃料生産増加による温室効果ガスの削減効果はわずか

 現在の政府のバイオ燃料支援策では,先進国での輸送用燃料の総使用量に占めるバイオ燃料の割合がさほど伸びるとは期待できず,輸送で生ずる温室効果ガスの全排出量のうちで削減できるのは,世界全体で1%以下と試算される。また,輸送セクター全体での化石燃料の削減量も1%以下で,EUのディーゼルセクターで2〜3%の削減にしかならない。削減効果が比較的少ないために,節約したCO21トン当たり960〜1700 USドル,または未使用の化石燃料1リットル当たり概ね0.8〜7 USドルとかなり高価となる。

●農産物価格の上昇

 バイオ燃料支援策によって,2007年に世界の粗粒穀物生産量の8%,植物油生産量の9%がバイオ燃料用に使用されたが,中期的にはそれぞれ12%と14%が使用されると予想される。そして,現在のバイオ燃料支援策によって,中期的にはコムギ,トウモロコシおよび植物油の平均価格がそれぞれ約5%,7%と19%押し上げられると試算される。他方,ブラジルでのサトウキビからのエタノール生産量が若干減少し,ヨーロッパでのバイオディーゼル生産が増えて,砂糖価格と油糧種子粕価格が現実に低下している。そして,アメリカの新しいバイオ燃料を助長するイニシアティブとEUの提案中のイニシアティブによって,農産物価格はさらに押し上げられると考えられる。

●政府支援策の強化による環境破壊の危険性

 バイオ燃料に対する既存の政府支援策や今後に追加される支援策は,世界的な土地利用変化をもたらし,特にラテンアメリカとアフリカでは作物栽培農地の拡大を加速することになろう。こうしたことは貧しい農村の人達に新しい収入をもたらすことになろうが,一方では森林伐採の加速,温室効果ガス排出量の増加,生物多様性の喪失,養分や農薬の表面流去をはじめとする,環境破壊の可能性を回避する対策を講ずることが必要になる。

●政策提言

 上記の事柄を踏まえて,報告書は下記の政策提言を行なった。

 (1) 各国とも多数の目的を持ってバイオ燃料に公的支援を行なっているが,国の優先順位や条件に応じて複数の政策を組み合わせるべきであり,どの国にも適用できる共通の政策組合せはない。

 (2) 運輸部門では,温室効果ガス排出削減に要するコストは,バイオ燃料などの代替エネルギー源に切り換えるよりも,燃費効率の向上などによるエネルギー使用量の節減の方がはるかに安い。

 (3) 代替輸送燃料によって,化石燃料の使用量と温室効果ガスの排出の削減を行なう場合には,排出削減率を最大にするバイオ燃料を対象にすることが必要である。

 (4) 土地利用の仕方はバイオ燃料の環境パフォーマンスに影響する。政府は,劣化しているか自然価値が低くて,作物生産に現在使用されていない土地を使用すべきであり,環境的にセンシティブな土地の使用は止めさせるべきである。

 (5) 国内生産を保護するために原料やバイオマスに輸入関税をかけることは,投入物価格を上昇させてバイオ燃料生産に事実上課税することになる。関税はバイオ燃料輸入にもかけられるが,それによって資源配分を歪曲させ,使用者に負担を強いることになる。バイオ燃料と関連原料の市場開放によって,生産効率の一層の向上と生産コストの一層の低下が可能になり,それと同時に,環境パフォーマンスを向上させて化石燃料への依存度を下げるのに役立つことになる。

 (6) バイオ燃料セクターの今後のさらなる発展・拡大は,中期的な食料価格の上昇をもたらし,開発途上国の最も弱い人達の食料不安定性を高めることになろう。上述した線に沿って現在の支援政策を改善することによって,意図しなかった悪影響を減らすことができよう。そして,より自由な貿易環境の下でバイオ燃料生産を増やすことは,一部の途上国における雇用や収入機会の改善を可能にしよう。