●グリーングロース
いろいろな国際機関が最近,グリーングロース(グリーン成長:Green Growth)という用語を用いている。OECDは2011年に,グリーングロースを,「人間の繁栄や幸福が依存している資源や環境サービスを提供している自然資産を維持しつつ,経済成長を発展させること」と定義している(OECD (2011) Towards Green Growth )。
1992年にリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連特別総会」では,持続可能な開発という用語が用いられた。これは,資源や環境の破壊や汚染を起こしながら目前の経済利益だけを追求する開発をやめ,資源と環境を次世代に引き継げるように保全しつつ,持続可能な開発を行なうことを求めたものである。
あれから20年が経過した。一部の国では,今なお乱開発や深刻な環境汚染を起こしながら経済発展を優先させているケースが存在するものの,全体的に世界経済は下降し,開発をスローガンにするのが似つかわしくない時代になったといえる。そうした状況が,自然資産への投資を増やし,資源利用効率を高め,環境への悪影響を減らしつつ,着実な経済成長を推進することを目指して,新たにグリーングロースというスローガンを創りだしたともいえよう。
●農業用グリーングロース指標(案)
グリーングロースを推進する政策を立案・施行する際には,立案した政策が,経済活動をよりグリーンな道にどの程度シフトさせうるかを計測する指標が必要である。グリーングロース指標は,経済成長と資源・環境結果の双方の関係を同時に把握できるものでなければならない。
OECDは,グリーングロース全般の経済や資源・環境の全般に関する指標の概念的フレームワークを創り,指標セットを開発している(OECD (2011) Towards Green Growth: Monitoring Progress: OECD Indicators,.)。
こうした経緯を踏まえて,OECDは農業部門でのグリーングロース指標案を策定し,下記資料で公表した。
OECD (2014) Green Growth Indicators for Agriculture−A Preliminary Assessment. OECD Publishing. 95p.
指標(案)は次の原則を踏まえて策定した。
▼ 農業に関する重要な問題について,「グリーン」と「グロース」という2つの側面を把握する指標をバランス良くカバーする。
▼ 国横断で計測し比較できる。
▼ OECD国におけるグリーングロースに共通に関係する,グローバルな主要問題を反映している。
▼ 分かりやすい。
▼ グリーングロースのためのOECD計測フレームワークに整合する。
▼ 一部のOECD国が既に立案しているグリーングロース戦略に役立つものにする。
▼ 指標は既存のデータ源(OECD,FAO,世界銀行,EUSTATなどのデータベース)に基づいて計算できる。
提案した指標(案)の数は25だが(表1),今後の概念の進化やデータベースの整備にともない,さらに変更されうる。このうち,特に農業環境問題と関連の強い若干の指標を紹介する。なお,表1のグリーングロース指標(案)とは別に,国の農業実績に関する各種指標(農業総生産額の伸び,全要素生産性,農産物貿易における貿易の相対的重要性,国際農産物価格の動向,GDPに占める農業の割合,全体に占める農業従事者の割合,作物・家畜の生産量の伸び,農業労働生産性の伸び率,農業資本生産性の伸び率,単収の伸び率など)と照合しつつ,グリーングロース指標を評価することになる。
●炭素生産性
いうまでもなく,農業は温室効果ガスを排出して気候変動の一因になっている一方,気候変動によってその生産が大きな影響を受ける。国の温室効果ガス総排出量に占める農業の比率が高い国では,農業についても,温室効果ガス排出の全体レベルを引き下げるとともに,単位農業生産量当たりの温室効果ガス排出量を引き下げることが課せられている。
農業の炭素生産性の指標(案)は,農業の排出した単位炭素相当量当たりの農業GDP額(国内総生産)である。炭素生産性を向上させることによって,気候変動の緩和と経済成長の2つの課題に対処できる。これに加えて,補足的指標は
(1) 総温室効果ガス排出量に占める農業の割合
(2) 農業における温室効果ガス排出源(土壌の脱窒,反芻家畜の消化管,家畜ふん尿管理,水稲栽培)別の農業生産性
(執筆者注:OECD全体の平均では,農業からの温室効果ガスに占める割合は2008-10年の平均で,土壌の脱窒46%,反芻家畜消化管37%,家畜ふん尿管理15%,水稲栽培1%,その他1%である)
(1)総温室効果ガス排出量に占める農業の割合
図1に,総温室効果ガス排出量に占める農業の割合と,GDPに占める農業の割合とを示した。OECDの農業用グリーングロース指標に関する資料は,得られた結果のグラフについて特に解説をしていないが,この紹介記事ではあえて若干の解説を加える。
概括的にいえば,GDPに占める農業の割合と,総温室効果ガス排出量に占める農業の割合とがほぼ同じ割合であれば,農業部門は他部門と比肩できる炭素生産性を上げているといえよう。例えば,日本ではGDPに占める農業の割合が1.2%で,総温室効果ガス排出量に占める農業の割合が2%なので(図1),他部門とほぼ比肩できる炭素生産性を上げているといえよう。他方,ニュージーランドではGDPに占める農業の割合が7.2%だが,総温室効果ガス排出量に占める農業の割合が46%にも達している。ニュージーランドでは農業の炭素生産性が他部門よりもかなり低いといえよう。
ニュージーランドでなぜこうした結果がえられたのか。ニュージーランドの1990年から2011年の農業総生産量の年平均増加率は,OECD国のなかでもトップクラスで2.0%も増加した。作物は1.7%の増加で,穀物は1.2%にすぎないものの,野菜が4.0%,果実が4.8%と施肥量の多い作目大きく増加した。さらに,家畜生産が全体で2.1%増加し,そのなかでもかつて主力であった羊の飼養頭数は年平均3.8%減少した反面,牛が2.1%増加し,消化管からの温室効果ガス排出量の多い,体の大きな畜種への切り替えがなされた。こうした温室効果ガス発生量の大きい作目を中心に農業生産が拡大したことが,上記結果の原因と推定される。
なお,蛇足を述べると,日本では総温室効果ガス排出量に占める農業の割合が2.06%しかない。にもかかわらず、温室効果ガスの一層の削減をはかるために,全部門で仮に20%の削減を行なうとする。しかし,日本の農業は放置しておけばますます縮小してゆくので,あえて農業で温室効果ガス削減技術をこれ以上実践する必要はないということになろう。もしも農業生産が拡大するとしても,20%の排出削減を行ないつつ生産拡大しなければならぬと頑張る必要はなかろう。何分にも,農業の温室効果ガスの総排出量に占めるシェアがあまりにも小さいので,農業分野での削減はあまり貢献できない。もっと排出シェアの大きな部門が,まず努力すべきである。日本の農業は温室効果ガス排出というグローバルな環境汚染の視点ではなく,土壌や水の汚染などの,ローカルな環境汚染の防止を前面に出して取組を行なうことが必要であろう。
(2)農業総生産額当たりの農業の排出した炭素相当量
炭素生産性のメイン指標として,OECDは農業の排出した単位炭素相当量当たりの農業GDP額を提案している。しかし,ここでは,農業GDP額の代替値として,FAOの国際ドル換算の農業総生産額を用いて,農業総生産額当たりの農業の排出した炭素相当量を計算する。
FAOの国際ドル換算の農業総生産額については,環境保全型農業レポート「No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス」に記した。つまり,農業総生産額は各農産物の生産量に農産物の単位価格を乗じて計算するが,このFAOの値は,年によって変動する農産物価格を採用するのではなく,2004-06年の平均国際農産物価格を基準の固定単位価格として計算する。対象農産物は,種子と飼料作物を除く一次生産した作物と家畜で,加工品は対象外にしている。国による物価の違いは物価指数作成のラスパイレス算式によって補正し,国民勘定集計量の多国間比較を行なうGK法(ギアリー・カーミス法)によって農産物の基準価格を計算している。基準価格なので,例えば,コムギ1トンは世界中で同一価格となる。単位は「国際ドル」で,これは基準価格を計算したときのUSドルのレートを用いている。各国の通貨のドルに対する為替レートは当然現在変動しているが,そうした変動は無視して,基準価格を使い続ける。このため,各国の農産物の総生産額は,為替レートで計算した額とは異なってくる。
図2に,2011年におけるOECD国と一部の非OECD国における,農業からの温室効果ガス発生量と炭素生産性を示す。この図の炭素生産性は,農業総生産額(1,000国際ドル)当たりの温室効果ガス排出量CO2相当量 kg)で,この値が大きいほど,単位農業総生産額当たりの温室効果ガス排出量が多い。
図2で,オーストラリアの炭素生産性が他の国々に比べて極端に悪いことが注目される。この値は農業総生産額当たりの温室効果ガス排出量なので,排出量が同じであっても,農業総生産額が小さいほど,値は大きくなって,炭素生産性が低下してしまう。オーストラリアの2011年の農業総生産額は264億国際ドルで,例えば,農地面積がはるかに少ないドイツの377億国際ドルの約70%しかない。オーストラリアでは付加価値の高くない一次農産物の生産が主体であるために,こうした結果が生じていると推定される。
(3)農業総生産額の伸び率と炭素生産性の伸び率の関係
資源劣化や環境負荷を減らすかなくしつつ,経済を成長させることが求められている。そして,経済成長と資源劣化や環境負荷を切り離すことを,資源ないし環境負荷デカップリングと呼ぶ。
デカップリングには,絶対的と相対的の2つのタイプが存在する。環境指標(資源劣化ないし環境負荷の指標)の値が安定か減少を維持しつつ,経済発展がなされている場合は,絶対的デカップリングという。他方,資源投入や環境負荷の絶対的量がなお増加しているにもかかわらず,それよりも経済が急速に成長している場合には,相対的デカップリングという。ただし,炭素生産性の伸び率と農業総生産額の伸び率の場合には,炭素生産性のプラスの伸びは,資源劣化ないし環境負荷のマイナスの伸び(低下)を意味するので,伸び率の正負が上記と逆になっている。このため,農業総生産額の伸び率よりも炭素生産性が高い伸び率を示す場合は絶対的デカップリング,農業生産額の伸び率がプラスだが,農業生産額の伸び率よりも低い場合は相対的デカップリングとなる。
図3 にOECD国と一部の非OECD国における,1990年に対する2011年の農業総生産額の伸び率と炭素生産性の伸び率との関係を示した。この21年間に,OECD国には農業総生産額が減少に転じた国が少なくない。農業総生産額の伸び率がマイナスの場合,炭素生産性がその分上昇して当然だが,農業生産額の減少率以上に炭素生産性の伸び率が高まった場合(ドイツ,イギリス,オランダなど)には,絶対的デカップリングが生じているといえよう。日本はこの21年間に農業総生産額が13.6%減少したのに,炭素生産性は5.5%しか上昇しなかった。これは環境負荷をデカップリングした農業生産とはいえない。また,農業総生産額が多い一部の非OECD国(中国,ロシア連邦など)は,全て相対的デカップリングであって,絶対的デカップリングではなかった。
なお,OECD((2014)は,農業総生産額の伸び率と炭素生産性の伸び率が等しい場合は絶対的デカップリングに位置づけた。しかし,これまでの議定書での約束以上に温室効果ガスを削減しなければならない状況下では,絶対的デカップリングは炭素生産率が20%以上上昇した場合として,一段と厳しくすべきであろう。
●エネルギー生産性
OECD(2014)は,エネルギー生産性の指標として次を提案している。
(1) 農業のエネルギー生産性(直接エネルギー(固形燃料,石油,ガス,電力,再生可能,熱,工業廃棄物)の単位使用量当たりの農業GDPの比率
(2) 農業で生産された再生可能エネルギー量の動向
これらの指標を,温室効果ガス排出生産性,エネルギー効率や再生可能エネルギーに関連した研究開発や特許,エネルギー価格や税,炭素価格やバイオ燃料支持と関連させて調べる。
エネルギー生産性については,GDPの代わりに国際ドルで表示した農業生産生産額を用いて,環境保全型農業レポート「No.232 OECDが2010年までの農業環境状態を公表」にOECD国の値を図示して紹介した。ここでは2010年単年の値を図4に示す。
図4で次の2点が注目される。
(1) 寒い北欧の国々ではエネルギー生産性が低い。
(2) ドイツのエネルギー生産性が他の国々比べて非常なまでに高い。
(1) は,温室や畜舎などの暖房に莫大な直接エネルギーを使用していることに起因していると考えられる。
では,(2) のドイツでエネルギー生産性がなぜ極端に高いのか。この原因は,ドイツの農業における直接エネルギー消費量が他の国々比べて極端に低いことである。すなわち,ドイツでは,石油量換算の直接エネルギー消費量が,1990〜92年は300万トンを超え,1993〜98年は270万前後であったのが,1999〜2009年は100万トン前後,2010年には78万トンにまで減少した。他の国々ではこれほどの直接エネルギー消費量が減少していない。
環境保全型農業レポート「No.199 EUにおけるバイオガス生産の現状と規制の現状」に紹介したが,ドイツは,2010年時点でバイオガスを原油相当量のエネルギー量で356万1千トンも生産し,EUで断然トップの位置にある。このバイオガス由来のエネルギー量を,直接エネルギー消費量から差し引いているためと推定される。
なお,ドイツでは,生産効率の低い家畜ふん尿を原料として利用するのを放棄し,当初は家畜ふん尿用に建設されたプラントを,ガス生産と収益を最大にするために,青刈りトウモロコシなどの作物を原料にするように転換してきている。それは作物体を家畜の飼料量に利用すると,バイオガスのメタンの原料になる作物体中の炭水化物が激減して,ふん尿中の炭水化物量が乏しくなって,バイオガス生産量が激減するからである。ドイツは家畜ふん尿の嫌気消化によるバイオガス生産に対する補助金を止め,作物体を直接メタン原料にするバイオガス生産に力を入れている。そのため,2010年時点で,65万haでバイオガス用の作物を生産している。バイオガスの原料は,重量で,作物が41%,家畜ふん尿が43%,その他が16%となっている。しかし,エネルギー生産量では,作物が73%を占め,家畜ふん尿は11%だけで,作物がバイオガス原料の主体をなしている。
●養分バランス
OECD国で程度の差はあるが,養分の過剰施用が広範囲に生じており,養分による環境汚染に対処するために,様々な政策手段(所得補償支払,税,法的規制,農場指導等々)が講じられている。農場からの養分ロスとそれにともなう環境劣化を最小限にしつつ,生産を高める道を探るために,次の指標が提案されている。
▼ 農業生産の変化と関連させた,農地ha当たりの総Nバランスの変化
▼ 農業生産の変化と関連させた,農地ha当たりの総Pバランスの変化
▼ 市販肥料のha当たりの年間消費量
これらの指標は農業生産にともなう環境圧と土壌肥沃度低下(養分不足の場合)のリスクの代理値である。
OECD国の養分バランスの動向は,環境保全型農業レポート「No.232 OECDが2010年までの農業環境状態を公表」に紹介した。
そのなかの1998-2000年に対する2007-08年の農業総生産額(国際ドル)と窒素およびリンのバランスの増加率との関係を図5と図6にそれぞれ示す。
この間に,窒素とリンのバランスは多くの国で減少した。そして,窒素では,窒素バランスの減少率ほどは農業総生産額が減少せず,中には増加しているケースもあって,窒素バランスがよくなった国が大部分であった。とはいえ,日本,チェコ,ポーランドでは,農業総生産額が減少したにもかかわらず,窒素バランスが増え,環境デカップリングがないと評価された(図5)。
リンでは,リンバランスが減少した国が非常に多かったものの,その多くには農業生産額が増加したか,農業総生産額の減少率がリンバランスの減少率よりも小さく,絶対的デカップリングを確保した国が非常に多かった。例えば,イタリアはリンバランスが433%も減少したのに,農業生産額は2.7%しか減少しなかった。これはいままでに土壌に蓄積したリンが利用されて,収量の減少を軽減したためと考えられる。しかし,リン施用量の減少を今後とも続けたとすると,農業総生産額が激減する事態が生ずるはずである。他方,農業総生産額が減少したにもかかわらず,リンバランスが増加し,環境デカップリングがないと評価された国(ギリシャ,ポーランドなど)がいくつか存在した。