●はじめに
オーストリアは,農地面積に占める有機農業面積のシェアが約20%と世界的にも高く,EU加盟国のなかでナンバーワンとなっている。そこで,オーストリアの有機農業の現状と発展の歴史を下記資料に基づいて紹介する。
2) EU DG EAC (Education and Culture DG) (2010) Ecofarming, Austria: Country report. 32p.
●オーストリアの有機農業の現状
オーストリアは連邦制の国で,州政府の自治が大幅に認められている。西側はスイスと接し,その国境から東側にアルプス山岳地帯が伸びており,国土の63%を占めている (Sanders et al., 2011)。国土面積の46%が森林,38%が農地,2%が水面,14%がその他の土地利用となっており,国土の70%は条件不利地域に分類されている。そして,2011年時点で,農地の54.9%が永年草地,43.0%が耕地,2%が永年作物地となっている。
2012年におけるヨーロッパ主要国の有機農業の状況を概観すると,全農地に占める有機農地面積の割合がオーストリアでは19.7%で,EU加盟国のなかでナンバーワンであり(表1),全農場数に占める有機農場数の割合もナンバーワンである。参考までにアメリカと日本の数値も欄末に記載したが,いずれでも1%未満にすぎず,国の農業全体においてオーストリアでは有機農業の比重が高いことがうかがえる。また,有機食品の人口1人当たりの消費額も127ユーロ(約13,550円)と,ヨーロッパで3番目に多くなっている。
●オーストリアにおける有機農業の発展経過
A.1980年代まで
オーストリアは,有機農業の1つであるバイオダイナミック農法の提唱者ルドルフ・シュタイナー(1861〜1925年)の母国である(シュタイナーについては,環境保全型農業レポート「No.254 有機農場の養分収支」も参照)。シュタイナーはバイオダイナミック農法を具体的に実践していないが,彼の哲学からあるべき農業についての考えを1924年に提唱した。そのときの講演記録が出版されている(ルドルフ・シュタイナー著.新田義之・市村温司・佐々木和子訳:農業講座−農業を豊かにするための精神科学的な基礎.イザラ書房.訳書2000年)。シュタイナーの考えに共鳴した農業者が,1927年に彼の考えを実現するために有機農場を設立した(BMLFUW, 2012)。しかし,当時,他の農業者からは嫌われ,バカげたものと見なされ,反対を受けた(EU DG EAC, 2010)。
1962年を過ぎると,地方に多数のバイオダイナミック農法や関連した農法(オーストリアでは有機農業の別称として,バイオロジカル農業,バイオ農業とかエコロジカル農業も使われている。ここでは有機農業と表現することにする。)のグループが作られて,指導を開始し,アドバイスやトレーニングが行なわれた。そして,有機農業団体が各州に設立されるに至った。また,オーストリアの連邦のラジオやテレビ放送システム(OEF)などが,番組で有機農業を広報した。こうして,1980年になると,オーストリアには有機農業を指向する約200の農場が存在するようになった(EU DG EAC, 2010)。
1980年に連邦保健食品省は有機農業と特にその生産を調べる委員会を設置して,世界で最初の有機農業に関する法律を定めた。つまり,同委員会は,植物の有機栽培の条件(1985年)を規定し,有機農業の公的ガイドラインを1986年に導入した。そして,動物の有機飼養(1989年),加工過程における有機生産物のその後の処理に関する規則(1993年)を規定した。これらの規則にしたがった生産物だけに,「バイオロジカル」または「有機」のラベルを使用することを許した(Sanders et al., 2011)。
B.1990年以降
90年代初期に有機農業の大ブームが起き,1990年と1994年の間に有機農場数は8倍超増加した(図1)。オーストリアでの有機農業は主にアルプス地方から始まり,2010年現在でも有機生産者の87%が条件不利な山岳地域に存在しており,有機面積の66%は永年放牧地,33%が耕地である。家畜生産者の活動の多くは粗放的草地畜産に分類できる(Sanders et al., 2011)。アルプス地方の草地管理は伝統的に非常に粗放的で,集約的に管理していた耕地や専門特化した作物の経営体よりも容易に有機管理に転換しやすかったことも背景にあった(BMLFUW, 2012)。
では,オーストリアで有機農業が1990年代初期にこれほどまでになぜ急激に拡大したのであろうか。オーストリアがEUに加盟したのは1995年だが,それ以前の「1988年農業法」のなかで,その目的として,生産の集約度を低く維持し,特に生態学的要件を考慮した農業生産方法を採択した代替農業生産を導入するとともに,マーケットの需要に応えることを打ち出した。これによって,有機農業はオーストリアの農業政策の主流の一部になっている。そして,京都議定書に基づいた持続可能性目標を達成する戦略と農村開発の適切な手段とみなしている(Sanders et al., 2011)。
「1988年農業法」に基づいて有機農業に対して助成が開始された。まず,1989と90年に,有機農業団体に対して,アドバイス,認証,広報やマーケティングの活動を援助する支援を提供した。これは,農業者に対して有機農業への転換支払を支給するのに先立って,普及とマーケティングのインフラを構築することを目的にしたものである。この支援は一部の州(ニーダーエスターライヒ州,オーバーエスターライヒ州,シュタイアーマルク州(最後者では継続農場のみ)の農場が対象であった(図2参照)(Lampkin et al., 1999)。
1990と91年に,農業者が有機農業に転換するのを助成する転換支払パイロットプロジェクトが連邦レベルで開始された。そして1992年に,有機農業への転換とその継続に対する農業者への広範囲な金銭的支援が開始された。同時に,転換に加えて,既に有機農業を開始していた農業者への継続生産の支援を含む農業環境モデル(有機農業追加モデル)も開始された。
このときの支払額は,例えば,1991年の転換支払パイロットプロジェクトで,耕地3,000シリング/ha(218ユーロ/ha:上限5 ha),草地1,500シリング/ha(109ユーロ/ha)であった。また,1993-94年には,転換と継続とも,耕地で2,500シリング/ha(182ユーロ/ha:条件によって最大4,000シリング/ha(291ユーロ/ha),支払上限額は1993年で55,000シリング(4,000ユーロ),1994年で100,000シリング(7,267ユーロ)),草地で1,000シリング/ha(73ユーロ/ha)であった(Lampkin et al., 1999)。これらの事業は1995年のEU加盟まで続いた。なお,最近におけるEUでの有機農業に対する補助金の概要については,環境保全型農業レポート「No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要」を参照されたい。
オーストリアで有機農業が急速に発展した理由として,法律で有機などの代替農業の推進を位置づけたことに加えて,政府の補助金の力が強かった。補助金の役割を裏付ける証拠として,連邦政府がEU加盟後に1999年に補助金を廃止したが,有機農場総数のうち,1999年に補助金事業の1つに登録していたのは4,834であったが,2002年までにその約1,700が有機を止め,残った有機農場は3,131だけとなったことがあげられる。(EU DG EAC, 2010)(図1で1999年からしばらくの期間,有機農場数が減少したことに符合する)。
1995年のEU加盟後,オーストリアの有機農業がさらに拡大したが,その理由の1つとして,スーパーマーケットなどの大規模販売チェーンが有機生産物の販売を開始し,多くの人達が初めて有機農業生産物にアクセスできるようになったこともある。そして,もう1つの理由として,消費者の生態学的認識の高まりがある。消費者は健全な環境を保全するのに貢献したいと思い,有機生産物の高い価格を受け入れたことがある。これによって,販売チェーンが有機生産物を販売する動きに弾みがついた(BMLFUW, 2012)。
●おわりに
オーストリアで有機農業が大きく展開できた原因を、その歴史を追いながら見てきたが,整理すると次のことが指摘できる。
(1) 法律で有機などの代替農業の推進を位置づけたこと
(2) 補助金によって有機農業を支援したこと
(3) マスコミによって有機農業を広報したこと
(4) 国民の需要に応えて大規模販売チェーンが有機生産物の販売を開始したこと
(5) それによって広く国民が有機生産物を購入できるようになったこと
(6) 消費者の環境や農業における生態学的認識が高まったこと
(7) 国民1人当たりのGDP(国内総生産)が高くて割高な有機生産物の購入力が高いこと
(8) 農業者,流通業者,消費者の参加した有機農業団体が活躍していること
これらがオーストリアの有機農業を発展させたといえよう。
なお,GDPや所得と有機農業の発展には3つのグループの国が存在する。
第1は,GDPや所得が高くて,消費者の有機生産物購入力が高く,自国での有機生産物に力を入れている国のグループである。因みに,オーストリアの2012年における国民1人当たりのGDPは43,272 USドルで,EU加盟国ではトップである。ただし,ヨーロッパではEUに加盟していないノルウェーが1位(64,833ドル),スイスが2位(52,585ドル)で,オーストリアよりも高い。
第2は,輸出用に有機生産物を多量に生産して収益をあげている国である。これにはGDPや所得が高い国と低い国の双方が存在する。
第3は,GDPや所得が高いが,主に有機生産物を輸入して,自国産有機生産物のシェアが小さい国である。日本やアメリカが代表例である。
ところで,オーストリアで有機農業が活発なことは環境保全に貢献しているのであろうか。オーストリアでは有機農業だけでなく,低投入の代替農業が幅広く推進されているので,有機農業だけによるのではないが,養分や農薬の投入量が,集約農業国として有名なベルギー,オランダ,韓国,日本よりも1桁少なく,低集約農業を実践していることが分かる(表2)。ただし,投入する養分について化学肥料でなければ量的に無制限に投入できる日本の有機農業でなく,家畜ふん尿施用量に上限値が規定されているEUのような有機農業規則でなければ,有機農業が環境保全に貢献する保証はない。
また,OECDのデータベースで,オーストリアなどの水質状態に関するデータをまとめてみた(表3)。オーストリアでは,表流水への総排出量に占める農業の割合が硝酸で35%,リンで30%と,農業のシェアが高い。しかし,飲用水基準を超えたモニタリングステーションの割合は他の国に比べて低い。これも,有機農業を含めた低投入農業に取り組んでいる成果と考えられる。
なお,日本の飲料水基準を超えたモニタリングステーションの割合が5%と低いのは,調査メッシュ間隔の目安が市街地では1〜2 km,周辺地域で4〜5 kmで,市街地重点の調査がなされていて,農村地帯の調査精度が低いためである。日本でも農村地帯では農業による汚染が深刻なケースが少なくない(環境保全型農業レポート「No.241 環境省のモニタリング調査でも地下水の硝酸汚染の主因は農業」参照)。