●はじめに
作物への可給態窒素の施用量を減らすと,病害虫の攻撃から作物体を防御するのに関係する二次代謝産物が増えることが多くの研究によって示されている。このことが人間の健康増進にも役立っていることを下記の論文が主張している。
この論文の概要を紹介する。
●有機栽培による作物体の二次代謝産物の増加
有機農業で作物を栽培する際には,一方で,原則として化学合成農薬を使用しない。このため,病害虫に対する抵抗性の高い作物品種を選択することが多いが,高抵抗性品種には,病害虫に対する防御関連二次代謝産物含量が比較的高い傾向があることが多くの研究によって示されている(二次代謝産物については次節参照)(環境保全型農業レポート「No.229 有機栽培によるグルコシノレートの増加と害虫個体群の変化」参照)。他方で,化学肥料の使用を原則排除するため,通常は有機質資材の確保に労力とコストを要するケースが多く,可給態窒素の供給量が慣行栽培に比べて少なくなり,それにともなって有機作物体の窒素含量が低くなる。作物への可給態窒素の供給量の低下によってフェノール性防御化合物の含量が増加して,これによって植物の病害虫に対する抵抗性が高まることが指摘されている。それとともに施肥量を減らすと,アスコルビン酸(ビタミンC)含量が増加するのに加えて,βカロテン(ビタミンAに転換される)含量が減少することが示されている。ただし,窒素供給量が減れば,生育速度と収量が低下する。それゆえ,可給態窒素を多量に施用して作物の生育速度や収量を高めたとしたら,有機と慣行の産物の成分は似たものなろうとされている。
●二次代謝産物含量の違い
生物の基本的生命活動(細胞成長,発生,生殖)に直接関与する代謝を一次代謝と呼び,その代謝産物のDNA,RNA,蛋白質,炭水化物,脂質などの高分子化合物とその構成単位となっている物質が一次代謝産物である。これに対して,生物の基本的活動に必要不可欠ではないと考えられる代謝を二次代謝,その産物を二次代謝産物といい,抗菌物質や色素などが代表例である。
Brandt ら(2011)は,1992年1月から2009年10月に刊行された,有機栽培と慣行栽培の果実と野菜の二次代謝産物の含量に関する研究論文から,比較可能な結果を示している65の論文から得られた275のデータペアについてメタ分析を行なった(メタ分析については環境保全型農業レポート「No.257 有機食品と慣行食品の安全と品質をめぐる意見の対立」参照)。
そして,Brandt (2011)は,二次代謝産物を表1のように区分し,既往の文献を比較分析した。その結果,作物体の二次代謝産物の含量は,品種や気象条件で2〜3倍の違いを生じさせるケースがあるが,この要因による結果は安定しておらず,制御可能でないとした。それに対して,有機と慣行の栽培方法の違いによる果実と野菜の二次代謝産物の含量の違いは,2〜3倍も異なることはないが,有機栽培のほうが安定して多い結果を数多くもたらし,有機栽培と慣行栽培によってコントロール可能であった。ただし,二次代謝産物含量の違いは,有機起源であることを証明する手段として使用できるほど体系的ではないとした。
Brandt ら(2011)は,既往の文献を整理し,有機の果実と野菜の二次代謝産物含有率は,慣行のものを100とすると,二次代謝産物総量が112,防御関連二次代謝産物総量が116であるとした。そして,消費者が慣行の果実と野菜を専ら消費していたのを,同じ種類と量の有機産物を選択するように変更すると,二次代謝産物の総摂食量が12%,防御関連二次代謝産物が16%増加するといえるとした。
●二次代謝産物含量の高い果実・野菜の摂取による健康の増進効果
最近話題になっているポリフェノール(フェノール性化合物)やカテキン(フラボン類+フェノール性化合物)など,二次代謝産物とビタミンは,野菜や果実の体に良い主要な成分と考えられている。多少強引に思えるが,果実や野菜の健康増進効果がここで問題にした二次代謝産物とビタミンCに起因するとして,Brandt ら(2011)は,慣行の果実・野菜を摂取していた消費者が,有機栽培で増加した二次代謝産物総量の12%の増加を,果実・野菜の摂取量を12%したと読み替えて,それによる健康増進効果を試算した。
(A)Veermanら(2005)の研究
健康増進効果の試算はオランダのVeermanら(2005)の研究をベースにして行なった。Veermanの研究が行なわれた当時,EUの共通農業政策は,果実と野菜の価格の下落を防止するために,果実と野菜の市場価格が一定価格未満に下落すると,市場に出された果実と野菜の一定割合を回収して処分し,価格の下落を防止し,生産者にはその補償金を支払う政策を行なっていた。
一方,WHO(世界保健機関)は,疾病予防のために摂取すべき食品の目標値を設定している(WHO (2003) Diet, nutrition and the prevention of chronic diseases. Report of a joint FAO/WHO Expert Consultation. WHO Technical Report Series. Geneva, 149p. )。そのなかで果実および野菜は,「いろいろな食品栄養成分,カリウム,植物繊維によって,心臓血管の健康に貢献しており,新鮮な果実および野菜(ベリー類,緑葉,アブラナ科野菜,マメ科を含む)を適切な量(日当たり400〜500g)摂取することを冠状動脈心臓病,脳卒中,高血圧を減らすために勧告する。」と記している。しかし,ヨーロッパ(特に北および中央ヨーロッパ)の国々では,果実・野菜の日摂取量がこの400gに達しておらず,こうした果実・野菜の少ない摂取量がEUでの病気の原因となっている割合が,男で4.3%,女で3.4%になっている。
Veermanらは,果実・野菜の高価格維持政策を止めて,回収した果実・野菜をそのまま市場で販売させ,市民が安価になった果実・野菜を購入できるようにしほうが,健康増進に貢献すると考えた。因みに,1997-2001年の5年間にEUで果実および野菜が年間総計7000万トンが市場に出されたが,平均年間127万トンが回収されたと試算されている。そこでVeermanは,こうした政策変更を行なった際の健康増進効果を試算した (Veerman,J.L., J.J.Barendregt, and J.P.Mackenbach (2005) The European Common Agricultural Policy on fruits and vegetables: exploring potential health gain from reform. European Journal of Public Health, Vol. 16, No. 1, 31-35. )。
その計算方法の概略は,果実と野菜の総摂取量が100g増加するのにともなう,虚血性心臓病に加え,食道,胃,直腸結腸,肺,女性の乳房などの器官の発作やガンの発病リスクの相対的減少率を既往のデータから整理しておく。そして,オランダ人の年齢別の疾病別の現在の発病率に対して,市場からの回収分を全て市場に戻して,増えた果実・野菜によって減少する発病率を計算する。そのうえで,上記の病気別の発棒率データを統合し,これから平均余命などを計算する。
果実および野菜に対するEUの価格支持が廃止され,それまで回収されていた生産物が全て販売されるとすると,消費量が平均1.80%(95%不確実性区間は1.12%〜2.73%),平均1人1日当たり5〜6gの果実・野菜の消費量が増加することになる。そして,平均余命が最大で男で3.8日,女で2.6日増えると試算された。そして,もしも全人口が少なくとも1日当たり400gを消費したとすると,平均余命は男で半年超,女で約4か月増えると試算された。
(B)Brandt ら(2011)の研究
Veermanら(2005)の手法を用いて,Brandt ら(2011)は,慣行の果実・野菜を摂取していたオランダの消費者が,有機栽培の果実・野菜に切り替えて,果実・野菜の摂取量を12%増加させたと仮定したときの健康増進効果を試算した。
その結果,平均余命が女性で17日,男性で25日増えると計算された。これを別の人達の研究結果に基づいて評価すると,乳ガン検査を完全実施して,乳ガンをなくすと,女性の平均余命が全体で35日間増えると試算されているが,この効果は男女を合わせた全人口でみれば,その半分の約17日の平均余命の増加となる。このため,果実・野菜の摂取量12%の効果は,乳ガン撲滅と同じような大きさの効果になる。別の研究で,肥満の人が体重を25kg減らすと平均余命が3年間増えると試算されているので,平均余命が女性で17日間,男性で25日間増えることは,女性で体重390gの減少,男性で570gの減少に匹敵する。したがって,果実・野菜の摂取量12%の増加による健康効果は,決して無視して良いものではないといえる。
●おわりに
果実および野菜がその二次代謝産物やビタミンによって病気の発生を抑制するが,そのために望ましい新鮮な果実および野菜の摂取量が1日当たり400〜450gに対して,日本人の果実および野菜の摂取量はどうであろうか。
厚生労働省の2012年国民健康・栄養調査報告によると,日本人全体の果実および野菜の平均摂取量は400gに達していない。しかし,60歳以上の高齢者は400gを超えている(表2)。因みにWHOの勧告は生鮮物を対象にしているので,国民健康・栄養調査報告の値からジュース,果汁,漬け物やジャムを除いた,生鮮物でみても同様である。したがって,若い世代ほど果実や野菜,特に有機栽培の二次代謝産物やビタミンの多いものを摂ることが望まれることになる。