No.195 福島県の農林地除染基本方針とその問題点

●国の農地,森林の除染方針

内閣府の原子力災害対策本部は,2011年8月26日に「除染に関する緊急実施基本方針」を出し,これを踏まえて9月30日付けで「農地の除染の適当な方法等の公表について」と「森林の除染の適切な方法等の公表について」を通知した。

除染対象とする農地や森林は,推定年間被曝線量が20 mSv(ミリシーベルト)を下回っている地域にあるものであり,2年後までに被曝量を50%減少,長期的には1 mSv以下になる程度に空間線量率を引き下げることを目標としている。したがって,年間被曝量が20 mSvを超える地域にある農地や森林は,除染の対象外となる。

 原子力災害対策本部は,対象とする汚染農地については,土壌中の放射性セシウム低減現地試験の結果を踏まえて,農林水産省から提案された農地土壌除染技術の適用の考え方を採用して,表土削り取り,水による土壌撹拌・除去,反転耕を選択して行なうことが適当とした(環境保全型農業レポート.No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表)。

森林では放射性物質の多くが枝葉や落葉などに付着している。樹種別では,原子力発電所からの放射性物質の放出が3 月に集中していたため,その時点で新葉が展開していなかった落葉広葉樹林においては,放射性物質が林床へ降下し,落葉などの堆積物に付着している傾向がある。このため,落葉広葉樹林では一回の除去作業による除染効果が高いと見込まれる。他方,葉が茂っていた常緑針葉樹林では,放射性物質が枝葉に付着している割合が高い。常緑針葉樹の葉は通常3〜4年程度かけて落葉することから,一度の除染作業だけでなく,汚染された葉が落葉し終わる3〜4年にわたって継続的な落葉等の除去が必要である。そして,落葉などの除去は,森林近隣の住居などにおける空間線量率(対象とする空間における単位時間当たりの放射線量。通常は地面から1 mの高さで計測することが多い)にもよるが,林縁から20 m程度の範囲を目安に行なうことが効果的・効率的であるとしている。

●福島県の農林地等除染基本方針の概要

福島県は国の除染方針などを踏まえて,2011年12月5日付けで福島県農林地等除染基本方針(農用地編)と同(森林編)を公表した。

これらの方針は,県内で実施される農用地や森林の除染についての福島県の基本的な考え方をまとめたもので,市町村の除染実施計画策定と除染の実施の目安とするものである。その概要は下記のとおりである。

(1)水田・畑地

(a) コメを作付けした市町村または地域

玄米のモニタリングで放射性セシウムが検出されたところは,放射性物質吸着資材(以下「吸着資材」:ゼオライトやバーミキュライトなど)を施用して反転耕または深耕を実施する。玄米のモニタリングで放射性セシウムが検出されなかったところは,吸着資材を施用して30 cm程度の深耕または反転耕を実施する(注:放射性セシウムが検出されたところは反転耕,検出されなかったとことは深耕をまず推奨)。

(b) コメを作付けしなかった市町村または地域

今年耕起していないところは,除草を行なった後,表土の削り取り,または吸着資材を施用して,反転耕・深耕を実施する(水田の場合,水による土壌攪拌・除去も可能)。今年耕起しているところは,吸着資材を施用して反転耕または深耕を実施する。

(2)樹園地

土壌と樹体に付着した放射性物質を,下記の除染技術を組み合わせて実施する。

(a) 福島県の開発した粗皮削りおよび高圧洗浄機による樹皮の洗浄。

(b) 大型化した側枝の間引きや側枝の更新,混み合った園地の縮・間伐,放射性物質が直接付着した旧枝の剪除。

(c) 必要に応じて除草を行なった後,樹体を傷つけない範囲での表土の削り取り。

(d) 上記の(a)〜(c)の対策を実施しても空間線量率が低下しない園地では,計画的な改植(同時に表土除去を実施)。

(e) 老朽化園においては,改植(同時に表土除去を実施)を前倒して実施。

(3)牧草地

(a) 牧草のモニタリングで飼料中の暫定許容値300 Bq(ベクレル)/kgを上回った地域

・牧草の剥ぎ取り(リター(枯葉などの残さ物)層とルートマット(牧草の根が絡み合った層)を含む),または吸着資材を施用して反転耕・深耕を行い,草地更新を実施する。

・中山間地域などで,表土が浅く反転耕や深耕ができない地域では,牧草の剥ぎ取り,必要に応じて客土を行ったうえで,草地更新を実施する。

(b) 牧草のモニタリングで飼料中の暫定許容値300 Bq/kgを下回った地域

吸着資材を施用しての反転耕または深耕を行ない,草地更新を実施する。なお,土壌の放射性セシウム濃度に応じ,牧草の剥ぎ取りを行なうことは有効。

(4)畦畔など

畦畔などの除草や必要に応じて用排水路の底質土の除去,周辺施設などの洗浄等を実施。

(5)森林

(a) 生活圏の除染に寄与するための森林などの除染(森林公園を含む)

除染方法は,農林水産省が9月30日に公表した「住居等近隣の森林における除染のポイント」に基づくこととし,生活圏と接する森林の林縁部について次を実施する。

 - 落葉など堆積有機物の除去

– スギなど常緑樹については,3〜4年程度にわたり継続的な落葉などを除去し,落葉樹については,1回の除去作業による除染効果が高いと見込まれる。

– 落葉などの除去は,林縁から20 m程度の範囲を目安とするが,作業実施後の空間線量率の低減状況を確認しつつ,その範囲を決定して行なう。

– スギなどの常緑樹で,落葉などの除去で十分な除染効果が得られない場合は,立木の生長を著しく損なわない範囲で,枝葉などの除去による除染をあせて行なう。

(b) 生活圏以外の森林の除染

・次の森林については空間線量率を勘案し,地域の意向を尊重して,除染の優先順位を決める。

 - 生活環境保全林,森林レクリエーション施設など保健休養のための森林

– 人工林,有用広葉樹林など林業生産のための森林

– 水源となる森林

– 局所的に線量率の高い森林

・除染方法は,土砂流出防止などの森林の持つ多面的機能に及ぼす影響を十分考慮する必要がある。そのことから,落葉などの堆積有機物の除去および枝葉の除去のほか,林外搬出を前提とした下刈り,除伐,間伐などによる効果的・効率的な方法について,試験研究や実証試験を実施しているところであり,これらの状況を踏まえつつ,利用目的及び樹種を勘案して総合的に検討することとする。

(c) 林産物への放射性セシウムによる影響の低減

木材やキノコ,薪,木炭,漆,タケノコなどへの影響低減については,現在,国や研究機関等とともに,実態の把握と低減技術の開発に取り組んでおり,効果が確認された技術については,市町村や関係団体とも連携し,林業者等に対して速やかな普及を図る。なお,キノコ栽培を行なうほだ場では,キノコへの放射性セシウムの付着を防止するため,必要に応じて落葉および枝葉さらには表土の除去などを行なう。

●福島県の農地除染基本方針の問題点

国の農地の除染方針が,表土削り取り,水による土壌撹拌・除去,反転耕を軸にしたものであったのに対して,福島県の除染方針は,水田・畑地については,これらに加えて吸着資材の施用を取り込んでいる点で,若干の前進を示しているといえる。しかし,それでも直面している重要な問題に向き合っていないと指摘せざるをえない。その一つは,土壌中の放射性セシウムの玄米への移行率を0.1に設定していることにともなう事態への対応,もう一つは,山辺の谷津田で暫定基準値を超えたセシウム濃度の玄米が相次いで検出されたことへの対応である。

(1)土壌中の放射性セシウムの玄米への移行率を0.1に設定していることにともなう事態への対応

来日したIAEA調査団は「農地のレメディエーションについて,調査団は,次の作付期に向けて,IAEAの出版したデータや係数および現地実証試験で得られた結果を踏まえて,慎重な保守的姿勢をある程度弱めるべき余地があると考える(土壌から作物への放射性セシウムの移行を求める係数などで)。IAEAは,日本が新たなより適切な基準を検討するのを支援する用意がある。」とアドバイスしている(環境保全型農業レポート.No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書)。

これは,日本が土壌中の放射性セシウムの玄米への移行率を0.1に設定したが,移行率の値が大きすぎ,はるかに小さい値で良い,必要なら設定し直しをIAEAがお手伝いしますよという意味である。

移行率0.1に固執していると,2012年のコメの作付で大変な問題が生ずることが予想される。それは,福島第1原発事故の沈静化が見通せる状況になったことを受けて,厚生労働省が,非常時の食品の暫定規制値に代わって,平常時の食品の新しい規制値を検討していることに関係する。暫定規制値は食品からの許容線量を5 mSv/年として設定されたが,新しい規制値は,平常時の食品からの許容線量を1 mSv/年にすることとしている(小宮山厚生労働大臣2011年10月28日記者会見)。

新聞報道によると,新基準の検討は厚生労働省の薬事・食品衛生審議会で進められており,「一般食品」「乳児用食品」「牛乳」「飲料水」の4種類の食品群についてセシウムだけの基準値を定め,2011年内に基準値案をまとめる模様である。

この基準が公布されるまでは暫定基準に準拠することになる。暫定基準では,穀類の放射性セシウムの規制値は500 Bq/kgであり,土壌中のセシウムの玄米への移行率を0.1としたために,土壌の放射性セシウム濃度が5000 Bq/kg以下の水田でのイネの作付を認めた。新しい基準は未定だが,食品からの許容線量を,暫定基準の1/5(1 mSv/年)に変更するとしたら,穀類の放射性セシウムの規制値は暫定基準500 Bq/kgの1/5にあたる100 Bq/kg,あるいはそれに近いに値になることが推定できる。仮に100 Bq/kgになったとして,セシウムの玄米への移行率を0.1のままにしていると,コメを作付できる水田は,土壌の放射性セシウムが1000 Bq/kg以下となる。

農林水産省が行なった農地土壌の放射性物質濃度分布調査によると,2011年6月14日に補正した農地の放射能セシウム濃度(Cs-134とCs-137の合計値)は,福島県の浜通と中通では5000 Bq/kg以下だが,1000 Bq/kgを超えている事例が非常に多い(農地土壌中の放射性セシウムの分析値)。

2011年の作付に先立って,水稲の作付可能水田を5000 Bq/kg以下の土壌の水田としたが,移行率を0.1にしたまま同じ論法を使うと,2012年の水稲作付可能地の放射線セシウム濃度は1000 Bq/kg以下となってしまい,浜通や中通では水稲栽培可能水田が激減してしまう。

(2)山辺の谷津田で暫定基準値を超えたセシウム濃度の玄米が相次いで検出されたことへの対応

福島県では2011年産米の放射性セシウム濃度は,本調査結果(10月12日終了)では食品の暫定規制値の500 Bq/kgを超過せず,コメの安全宣言を行なった。しかし,その後,調査対象外の自給的農家が,我が家のコメは安全だろうかと,独自に調査をしたコメから暫定基準を超える放射性セシウム濃度が検出された。これを契機に福島県が緊急調査を行なったところ,11月16日から12月8日の間に,福島市(旧小国村)の1戸から630 Bq/kg;11月28日,伊達市(旧小国村と旧月舘町)の3戸から580〜1,050 Bq/kg;12月2日,福島市渡利地区の3戸から510〜590 Bq/kg;12月7日に二本松市(旧渋川村)の1戸から780 Bq/kg;12月8日,二本松市(旧富成村と旧柱沢村)の各1戸から1240と580 Bq/kgが検出された(新聞報道による)。汚染されたコメは,一部販売されたが,大部分は生産した農家などに保管されていて,出荷されていないようだが,これらの地区の農家にはコメの出荷を差し控えるよう要請が出されている。

これらの地区の水田で暫定規制値を超える汚染米が生じた原因はまだ解明されていないようで,公表されていない。マスコミ報道では,谷津田の上部に位置している森林に蓄積していたセシウムが雨で流し出されて,水田に流入したことが原因と推定されているようである。福島県の農地除染基本方針は,こうした山あいの谷津田での放射性セシウム汚染軽減に対して,具体的な方針を出していない。

●おわりに

福島県の農地除染基本方針は,上記の問題点に積極的に立ち向かう姿勢を示していないと指摘したが,国としての対応の不備に起因している部分も大きい。

放射性セシウムの玄米への移行率を0.1に設定したために,2012年の水稲作付可能地をどのような論理で設定するのかの説明づけは,国の責務である。また,山あいの谷津田での対策は,原因が解明されてからでないと打ち出せないし,国との事前協議も行なってからでないと明示できないという問題もあろう。

とはいえ,福島県が抱えている問題に,もっと積極的に取り組む姿勢が読み取れる方針が望まれた。