●経緯
福島第1原発事故で汚染された農地土壌の放射性セシウムの除染技術を開発するために,農林水産省農林水産技術会議事務局は,農林水産省所管独立行政法人(農研機構,農環研),経済産業省所管独立行政法人(産総研),文部科学省所管独立行政法人(物材機構,原子力機構),福島県農業総合センターなど,7独立行政法人,11大学,6県の農業試験場,1財団法人,3民間企業の参加した農地土壌の除染技術を開発するプロジェクト研究を,福島県の飯舘村および川俣町の現地圃場などにおいて実施した。
技術としては,表土の削り取り,水による水田土壌の撹拌・除去,反転耕による汚染土壌の下層への埋め込み,高吸収植物による除染などの技術の実証試験に加えて,除染にともなって生じる汚染土壌や植物体の処理・保管技術を検討した。2011年6〜8月を基礎技術の開発期間とし,8月までに成果を報告し,それを踏まえて,本格的な浄化対策は,2011年度第2次補正予算案に盛り込むことを目指すこととした。その開始時点での構想は新聞報道された(日本農業新聞,2011年6月14日)。
農林水産省は,このプロジェクト研究で得られた成果をとりまとめ,地目や放射性セシウム濃度に応じた農地土壌除染の技術的な考え方を整理して,2011年9月14日に公表した。
●土壌中の放射性セシウム低減現地試験の概要
(A)表土の削り取り
実証試験を行なった飯舘村伊丹沢の水田では,放射性セシウムは表面から2.5 ?の深さに95%が存在した。そこで,(1) 基本的な削り取り,(2) 固化剤を用いた削り取り,(3) 芝・牧草のはぎ取りの3つの方式を検討した。
(1) 基本的な削り取り
トラクタに取り付けたバーチカルハローで,圃場表面を浅く(約4 cm)砕土して膨軟にした後,トラクタに取り付けたリアブレード(排土板)によって砕いた表土を削り取り,5〜10 mごとに集積した。トラクタのフロントローダで,集積した表土をダンプトラックに積み込み,圃場外へ搬出し,バックホーなどで土嚢袋に詰めた。
土壌の放射性セシウム濃度は10,370 Bq/kgが2,599 Bq/kgに減少した(除去率75%)。廃土量は約40トン/10 a。
(2) 固化剤を用いた削り取り
土壌を砕土して削り取る際に,汚染された表土が分散して回収効率が低下してしまう。そこで,水に懸濁させたマグネシウム系固化剤を圃場に吹き付けて表層土壌に浸透させ,十分に固化(晴天時7〜10 日)させた。その後,油圧ショベルのアームを押し付けながら表層土壌(厚さ約3 cm)を削り取り,バキュームカーで排土を収集し,フレコンバッグに移し替えて,所定の場所に仮置きした。
土壌の放射性セシウムの濃度は,9,090 Bq/kg から1,671 Bq/kg に低減した(除去率82%)。廃土量は約30トン/10 a。
(3) 芝・牧草のはぎ取り
芝や牧草の根は,表層2〜5 cmの深さに,土壌を抱え込んだ形でマット状に絡み合ったルートマットを形成する。ルートマット層にターフスライサーで幅90 cm程度で深さ3または5 cmの切り込みを入れ,フロントローダではぎ取って搬出した。深さ3 cmの削り取りで,土壌のセシウム濃度は,13,600 Bq/kgから327 Bq/kgに低減した(除去率97%)。草を含む廃土量は約40トン/10 a。
(B)水による水田土壌の撹拌・除去
水田の表層土壌を浅く撹拌(代かき)した後,細かい土粒子が懸濁している濁水をポンプで沈砂地に強制排水し,凝集剤を投入して固液分離を行ない,上澄み液の放射性セシウム濃度を確認した後,分離した土壌のみを廃土として,乾燥した後にフレコンバッグに移し替え、決められた場所に仮置きした。
予備試験では,土壌の放射性セシウム濃度の除去率は,土壌によって29〜71%と異なり,粘土含量の少ない土壌では高い効果が期待できないことがわかった。土壌の放射性セシウムの濃度は,15,254 Bq/kg から9,689 Bq/kg へ低減した(除去率36%)。廃土量は1.2〜1.5トン/10a。分離した上澄み液の放射性セシウムは検出限界以下であった。
(C)反転耕
吸着材(バーミキュライトなど)を水田土壌表面に散布した後,反転プラウ耕(耕深30,45,60 cm)を行ない,放射性セシウムで汚染された表層土と下層土とを反転させて,土壌表面の空間線量率を低下させるとともに,作物の土壌からの吸収量を低下させた。反転耕では,廃土を生じない利点がある。
汚染表土は,耕深30 cmの反転耕で15〜20 cm層,耕深45cmで25〜40cm層,耕深60cmで40〜60cm層に埋没された。圃場表面の線量率は,不耕起で0.66 μSv/hだったが,ロータリ耕で0.40 μSv/h,耕深30 cmのプラウ耕で0.30 μSv/hに減少した。
廃土を生じない利点があるが,次の点に注意する必要がある。
(1) 放射性物質を除去する方法ではないので,比較的軽度の汚染農地向きで,高度汚染農地への適用にはリスクが大きい。
(2) 事前に簡易ボーリングによる地下水位調査と土壌の放射性セシウム溶出試験を実施し,地下水汚染リスク評価が必要。
(3) 反転深度が深いほど,地表面の空間線量率の低下効果等は高いが,水田の耕盤を壊す恐れがある。水田には30cm タイプが適する。
(4) 反転耕によってやせた下層土が上層になって作物生育を低下させる場合には,堆肥や土壌改良資材の施用による地力向上対策が必要。
((D)植物による除染
放射性セシウム吸収能力が高いと考えられている植物による,土壌からのセシウム回収効率を確認・実証することを目的として,現地や研究所内圃場で,ヒマワリ,アマランサス,ケナフ,キノア,ソルガム,キビ,ヒエを栽培した。
飯舘村二枚橋現地圃場(土壌の放射性セシウム濃度:7,715 Bq/kg)で栽培したヒマワリでは,開花時(8 月5 日)の放射性セシウム濃度は,硫安+無カリ区において茎葉で52 Bq/kg,根で148 Bq/kg であった(土壌から茎葉への移行率は0.00674)。
飯舘村現地圃場の土壌の放射性セシウムは,1,067,820 Bq/m2と計算される。一方,ヒマワリの収量(新鮮重)を10 kg/m2,放射性セシウム濃度を52 Bq/kg とすると,520 Bq/m2がヒマワリに吸収された計算になり,土壌に含まれる放射性セシウム(1,067,820 Bq/m2)の約2,000 分の1 にあたる。このことから,ヒマワリによる除染効果は小さいと考えられる。ただし,今回のヒマワリの値は開花時の値であり,今後,開花30 日後まで経時的に採取したサンプルの結果や,他の植物での結果を加えて総合的に評価する必要がある。
●コンクリート製容器による汚染土壌の貯蔵
外寸1.5×1.5×1.5 m,壁厚15 cm,内容積は1.6 m3の普通コンクリート製と重量コンクリート製の容器(重量はそれぞれ4.2 tと6.0 t)を試作し,吊り金具をもちい,安定した水平面にコンクリート製容器を設置した。飯舘村での試験で削り取った廃土(放射性セシウム濃度:約5 万Bq/kg)を詰めたフレコンバッグを防水シートに包んだ後,コンクリート製容器に封入した。蓋とのジョイント部にフチゴムを使用し,雨水の浸入と内部からの漏洩を防止した。土壌を封入したコンクリート製容器表面の線量率は,フレコンバッグ表面と比較して90.1〜94.3%減衰しており(普通コンクリート製よりも重量コンクリート製の容器で減衰率が3〜4%高かった),コンクリート製容器による放射線の遮蔽効果が確認された。
●土壌からの放射性物質の分離技術の開発
飯舘村の畑から採取した放射能非汚染土壌に,土壌重量の100〜200倍の重量の希塩酸 (0.5 mol/L)を加えて,200℃に加熱すると,土壌中のセシウムのほぼ100%を希塩酸溶液に抽出できた。抽出液にセシウム結合剤のプルシアンブルーの超微粉末を添加して,セシウムを捕捉・回収した。
プルシアンブルーの超微粉末を塗布した布や不織布をフィルターにして,上記の「(B)水による水田土壌の撹拌・除去」の上澄み液中の放射性セシウムの除去に使用した。
さらに,既知のセシウム結合剤とは異なる,新規の環状構造をもった,選択的にセシウムを結合するクラウンエーテルを新たに設計・開発し,溶液中のセシウムを100%回収でき,繰り返し利用できることを確認した。
今後,こうした新しい技術を発展させることによって,汚染土壌から放射性セシウムを分離・回収し,保管すべき土壌量を大幅に減少させるとともに,除染した土壌を元の圃場に戻すことが期待できる。
●農地土壌除染技術の適用の考え方
上記の「●土壌中の放射性セシウム低減現地試験」の結果を踏まえて,農林水産省は農地土壌除染技術の適用の考え方について,次の提言を行なった(表2)。
(1) 既に耕作が行なわれている場合が多い,稲の作付制限対象区域設定の際の判断基準としている放射性セシウム濃度5,000 Bq/kg以下の農地(原子力災害対策本部の「稲の作付に関する考え方」参照)については,必要に応じて反転耕などにより農作物への移行低減対策,空間線量率低減対策を講じることが適当である。
(2) 5,000〜10,000 Bq/kgの農地については,地目や土壌の条件を考慮した上で,水による土壌撹拌・除去,表土削り取り,反転耕を選択して行なうことが適当である。
(3) 10,000〜25,000 Bq/kgの農地については,表土削り取りを行うことが適当である。10,000 Bq/kgを超えると,深さ30cmの反転耕による希釈で5,000 Bq/kg以下にすることが困難になる。
(4) 25,000 Bq/kgを超える農地については,固化剤などによる土ぼこり飛散防止措置を講じた上で,5cm以上の厚さで表土の削り取りを行うことが適当ある。表土を薄く削ると,廃棄土壌の放射性セシウム濃度が100,000 Bq/kgを超える可能性がある(2011年6月16日原子力災害対策本部「放射性物質が検出された上下水処理等副次産物の当面の取扱いに関する考え方」により,脱水汚泥等について,100,000 Bq/kgを超える場合には,適切に放射線を遮へいできる施設で保管することが望ましいとされている)。また放射線量が高いため,固化剤による土ほこり飛散防止等,除染作業時の被曝に対する様々な安全対策を講じる必要がある。
●農地土壌除染技術の適用の考え方の問題点
上記の「農地土壌除染技術の適用の考え方」にはまだ次の問題点が残されている。
(1) 「農地土壌除染技術の適用の考え方」は,除染だけを考え,その実施による環境影響,コスト,多量の廃土の保管場所などについての農業者・地域住民・消費者などの受入可能性などを考慮していない(環境保全型農業レポート.No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか参照)。これらを考慮した実施ガイドラインを作成する必要がある。
(2) 稲の作付は原子力災害対策本部によって放射性セシウム濃度5,000 Bq/kg以下の水田とされているが,「農地土壌除染技術の適用の考え方」では,反転耕を5,000〜10,000 Bq/kgの畑や水田に適用させるとしている。この適用を消費者などに納得してもらうには,どうしても食品中の放射性物質に関する暫定規制値を確保した農産物を生産できる栽培ガイドラインを,原子力災害対策本部か農林水産省から,裏付けのあるデータとともに通知する必要がある。
(3) 畑では表土を削り取って裸地状態で長期間放置しておくと,強風で風食,豪雨で水食や冠水が起き,植物がないと,土壌肥沃度の低下に加え,土壌生物量が減少し,それにともなって地上部生物の量や多様性が減少し,景観も劣化する。これらの影響を最小に抑えるために,表土の削り取りを実施した後,季節を考慮しつつ,何日以内に,客土,再播種などを行なうべきかのガイドラインを提示する必要がある。
(4) 上記の(2)と(3)のガイドラインにしたがって生産した農産物が食品中の放射性物質に関する暫定規制値を満たしていることを確認する検査・表示態勢を構築する必要がある。
●土壌からの放射性物質の分離技術の今後の課題
上述したセシウム結合剤のプルシアンブルーやクラウンエーテルを用いて,土壌から溶液に抽出したセシウムを分離する技術は,汚染土壌全体を保管せずに,分離した放射能セシウムだけを保管することを可能にして,保管施設などの必要面積を劇的に減らせる可能性をもったものといえる。
しかし,実用化させるには次の検証が必要であろう。
(1) 土壌中のセシウムの溶液への抽出と溶存セシウムの回収を実規模で連続運転性できることを確認し,コストと回収効率を算出する。
(2) 特に畑土壌では,抽出済み土壌を中和し,乾燥してから圃場に戻すことが望ましいが,そのための酸洗浄・乾燥プロセスのコストと実施効率を算出する。
(3) 削り取りから抽出済み土壌の圃場還元までの期間を最短化する作業プロセスを提示する。
●終わりに
放射能除染技術については広範な利害関係者の意見を聞きながら,できるだけ広範囲な人達の支持が得られる形で合意をえて,農業生産を早急に再開できるようにすることが望まれる。再開を急ぐあまりに利害関係者の意見を聞かずに実施して,削り取った汚染表土の保管や処理のための場所を確保がえられずに,かえって再開が大幅に遅れることのないようにすることが望まれる。